付与された魔法
セーラは館の1ブロック手前で馬車を降りた。
「どうせ私のことなんて気にする人はいないと思うけれど。
用心するに越したことわないものね」
小さく独り言を呟くセーラは、裏門からそそくさと館に入ると、自分の部屋に急いだ。
セーラの部屋は、1階の隅にある。
子爵家の皆さんの部屋は2階。
使用人たちは地下に部屋がある。
セーラはどちらにも属さない。
それを象徴するような部屋の配置だった。
雪に濡れた長靴を丁寧に拭い、濡れそぼった外套と共に、部屋の隅にかけて置く。
そうしてセーラは寝間着に着替えると、そっと自分の手首を眺めた。
あの鍵と小さな銀のペンダントを、セーラは執事に返却しようとしたのだ。
「あの、これをお返しします。持っていても、きっと捨てられてしまいますから」
それを聞くと執事は、ほんの僅かに顔を曇らせた。
そうして、しばらく何事か考え込んでいたかと思うと、奇妙な道具を持ってきたのだ。
「お嬢さん、少し手をこちらに置いて頂けますかな。
そうです。こちらのテーブルに手首を上にして」
セーラは命令に従うように躾られていたので、素直に手をテーブルに置いた。
執事はそこに小さな青い花びらをおくと、そこにスポイトで薬剤を1滴落とす。
すると花びらはセーラの手首に吸い込まれて、手首には小さな花びらの形をした痣が出来た。
「申し訳ございません。
美しいお手に痣を作ってしまいました。
不要になれば、すぐに消しますからご勘弁ねがいますよ」
セーラは黙って頷いた。
自分を美しいとも思わないし、できた痣もよく見なければ分からないほど薄いものだったから。
「お嬢さん、さっきの鍵とペンダントを痣の上に持って来て、収納と言ってみてください」
セーラが言われたようにすると、鍵とペンダントはみるみる内に痣の中に入ってしまった」
「おじいさまは魔法使いなのですか?
魔法使いは本当にいるのですね」
「怖くはありませんか?
魔法使いを怖がったり、厭う人も多いのです」
「いいえ、怖くはありませんわ。
不思議だけれど、美しい魔法だと、わくわくいたしました」
「そうでしょうね。お嬢さんも魔法の素養をお持ちですから」
「私が?まさかそんなことは……」
「お嬢様は貴族ですね。
試しの儀に参加しない権利を持つものは貴族だけ。
もしも試しの儀に参加していれば、今頃はアストラル学園で魔法を学んでいたことでしょう」
「私が、魔法使いだなんて!そんな訳ありませんわ」
「そう思われるなら、そうなんでしょうね。
では少しこのマジックバックの使い方を、お教えしましょう。
痣の上で、検索と言えば、中身がリストで表示されます。
それから品物の名前を言えば、その品物を取り出すことができますよ」
セーラはそっと「検索」と呟いた。
すると目の前に、鍵、銀の符丁、という言葉が現れた。
どうやらマジックバックは、そのものの本当の名前を表示するらしい。
「銀の符丁」
セーラが呟くと、小さな銀のペンダントがセーラの手の中に現れた。
「お上手ですね。もう使いこなしていらっしゃる」
セーラはすぐにペンダントを、もう一度収納すると深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
こんな貴重なものを貸していただいて」
「おや、それはもうお嬢様の物でございますよ。
わが主が、そのようにお決めになったのですから」
「ご主人様が、私に下さったのは、鍵と銀の符丁だけですわ」
「わが主はお嬢様に、主の庇護をお与えになりました。
ゆえに、お嬢様は我等にとってもお守りすべきお方なのです」
「そこまでですの?
どうして私などに主様は、そのような恩寵を下さったのでしょう?」
「それについて私から言えることは何もございません」
執事の言葉にセーラは黙って頷いた。
身分の高い者の気まぐれなど、誰にも推し量ることなど出来ないから。
「そのマジックバックは、優秀ですぞ。
かなりの量が入りますし、食べ物も、いれた時のまま保存できます。
しかも、こちらから、そのマジックバックに品物を入れることも出来るのです。
こちらの収納庫と繋げておりますからな」
セーラがきょとんとしていると執事は薄く笑った。
「お部屋に戻ったら、検索してみて下さい。
そのマジックバックに入っている物は全てお嬢様の物です。
使わないと、主様が戻られた時にお叱りを受けますぞ」
叱られると聞いてセーラは反射的に頷いた。
その姿をみた執事が、セーラを哀れに思っているように感じて、セーラは余計に申し訳なく思うのだった。
そんな事があったから、ベッドに腰かけるとセーラは「検索」と呟いた。
そして驚いた。
リストには、長々と食べ物や衣類。布団や食器。
あろうことか、風呂という記載まであるではないか。
「まさかね。そんなことがある訳ないわ」
そういったものの、セーラだって12歳の子供である。
好奇心から思わず呟いた。
「風呂」
するとどうだろう。
狭い部屋いっぱいに猫足の風呂が現れたのだ。
あたたかそうなお湯には、バスボムまで入っている。
セーラは今までずっと、井戸の水で身体を拭って清潔を保ってきた。
エリーゼお嬢様のお風呂の準備のために、何度も井戸に水を汲みにいくのはセーラで、お湯を用意するのはメイド達だ。
お風呂というのは、それほど贅沢なものなのだ。
セーラは迷うことなく、お風呂に飛び込んだ。
「いい気持ち、温かくて身体の疲れが取れるようだわ。
あぁ、なんといい香り何でしょう。
でも急いで身体と頭を洗ってしまいましょう。
明日も、早いのだから。
お風呂にはバスタオルやブラシや寝間着までセットになっていたから、セーラはそれらを存分に活用すると、大急ぎで収納してしまった。
どうしても、人目を気にするセーラだったが、お風呂に入ってしまったことで、セーラの遠慮は吹き飛んでしまったようだ。
このさいだからと、上等な寝具セットを出してふかふかのベッドで眠る。
寝具セットを出す前に、古いベッドを収納することも忘れないセーラであった。
セーラはベッドの中で小さく笑った。
「本当に私は、この魔道具を使いこなしてしまったようだわ」
そのままぐっすりと眠ったセーラは、明け方の4時には、目を覚ました。
すぐにベッドや寝間着を収納すると、元のベッドを出す。
「検索」というと(コイルの壊れたベッド廃棄品)と表示された時には、思わず笑ってしまった。
「嫌だ、私ったら昨日から笑ってばかりだわ。
今まで一度も笑ったことなんて、なかったのに」
そうはいっても、検索の中に洗面セットや本日の朝食を見つけると、やはりニコニコしてしまうセーラなのだ。
洗面セットにはお湯が張られ、素敵な歯ブラシもついていた。
洗面を終えると、セーラは刺繍用に与えられたテーブルに、本日の朝食を出した。
温かいミルクティー。パンプキンスープ。そしてメインはホットケーキとカリカリベーコン、それにグリーンサラダとリンゴのコンポート。
「早起きしてよかったわ。
ゆっくりご飯が食べられる」
冬の間、セーラの仕事が始まるのは、朝の5時からだ。
だからセーラは1時間かけてのんびりと朝食を楽しむと、雪が積もった外の井戸に元気に水くみに出かけていった。




