思い出
残すところあと2日。
ライアン皇帝とベルベット皇后は、この日を友と懐かしい話をして過ごしたいと願った。
今更身分になどこだわってどうする?
そう言う皇帝の言葉にノアとサトリも頷いた。
元もと、ライアンとベルベットはノアやサトリにとっては子供のような存在だった。
前皇帝アーサーとノアは従兄弟同士。
共に笑い、悩み。戦って来た戦友だった。
ライアンが生まれた時、アーサーもリゼもまだ15歳。
アーサー達は皇太子夫妻だった。
親が若い時の子供だったから、アーサー皇帝の在位期間は短い。
アーサー皇帝が、亡くなったのは45歳。
今から丁度15年前だ。
アーサーには、人を支配することが出来る異能があった。
けれども、それはアーサーを蝕んでしまう。
人の心や体に入り込むことは、直接のその魂に触れる行為だったから、受けるダメージも大きかった。
サトリがせっせと浄化魔法を使ったし、そんな時いつもアーサーは、
「ありがとう。楽になったよ」と笑っていた。
その奥で身体はどんどん衰弱していたのに。
リゼも同じようなものだった。
リゼ皇后の異能は、異空間生成。
どんな場所にも異空間を生成して人を取り込むことができる。
当時は当たり前のように使っていたけれど、よく考えれば人間技ではない。
ほとんど精霊魔法に近いくらいだ。
だから結局リゼも長くは生きなかった。
皇太子という無理が聞く地位だったのも良くなかったろう。
ノアはアーサーに頼まれれば、嬉々として作戦をたて、アーサーは皇国の危機をいつも救って来た。
それが命を縮めると知っていたら、ノアはもっと泥臭い作戦を練っただろう。
例え時間が掛かっても、粘り強く解決する方法を模索したはずだ。
だがアーサーは、それをおくびにも出さなかった。
いつも颯爽と敵を粉砕する若き皇太子。
皇国はそんな皇太子夫妻と軍師ノアにすっかり頼り切ってしまっていた。
アーサーが皇帝になったのは40歳。
「もう皇太子時代のような訳にはいきませんよ」
ノアがそう言うと、アーサーも頷いた。
「そうだな、これからはライアンの時代だ。
僕らは、すっかり老いてしまったな」
「何を言いますか?
まだ40歳ですぞ。
これからではありませんか」
ノアが笑い飛ばしたが、実のところアーサーの身体は、既に限界だったのだろ。
ノアの異能は演算。
綿密な計算で、人の心を読み、行動を誘引する。
勝利から逆算した計画は、いつも鮮やかな勝利を皇国にもたらした。
けれど、ノアの異能はあくまでも人間の能力の範囲だった。
だから人を越える異能の恐ろしさを知らなかった。
若き英雄皇帝と皇后の死去は、皇国に深い悲しみと喪失感をもたらした。
ライアンが、偉大過ぎる父に、押しつぶされそうになっているのを見かねて、ノアは、それからも皇帝を支え続けた。
アーサーの異変に気がつかなかった罪悪感もあったかも知れない。
親友を失った悲しみを、そうやって働き続けることで耐えてきた。
「ライアンは貧乏くじを引く定めだったのかもしれませんわ」
ベルベットがぽつりと漏らした。
「確かに、人々がようやくアーサー皇帝の御代を忘れ、ライアン皇帝を慕って来たと言うのに、この騒ぎですからな」
ノアも頷いた。
「そんなことは無いよ。ノア。
私は恵まれていた。
妻のベルベットとノア、君が支えてくれた。
ジークフリートも君の孫娘を娶る。
後顧の憂いもない。
父上は45歳でなくなった。
私は30歳で即位し、父上と同じ年齢で亡くなる。
不思議な運命だなぁ。
ジークフリートは、25歳の若さだ。
けれどきっとシーフが支えてくれるだろう。シーフの娘を嫁にもらうのだから。
セーラはまだ13歳だろう。
12歳も年下の娘に惚れるとは思わなかったな」
「そうですね。
そう考えると、年齢と言うものは、関係ないかもしれませんな。
ただ、どう生きたかが問われるだけのこと」
「アーサーは、いつも笑っていたわ。
いつも飄々としていたから、毎回浄化魔法が必要な異能が、問題だとは気がつかなかった。
よく考えたら、魔法を使うたびに浄化と治癒を求めに来ていたのは、アーサーだけだったのに」
「それはしかたがないわ。サトリ。
貴方ってばノアの事しか見ていないでしょう?
何かするときだって、自分がやりたいか?ではなくてノアの役に立つか?で決めていたわ。
私の方が、年は下だけれども、妹みたいに思っていたわ」
「まぁ。だって私の方が15歳も年上なのに」
「だって本当の事だろう?
ライアン、ベルベット。
この子ときたら、どうやら大精霊に直談判に及ぶつもりのようなのですよ」
「酷いわ、ノア。バラすことないでしょう!」
皇帝と皇后はあっけに取られたらしい。
お互いの顔を見つめ合っている。
「ご心配いりませんよ。
大精霊の声を聞けたり、話したり出来るのは法王だけらしい。
普通の者は、姿を直視することもできないそうですからね」
「ノアったら、そんなつもりだったのね。
どうせ出来っこないって思ったんだ!
覚えてらっしゃい! 明後日になって驚いても知らないんだから」
「あぁ、もう君ってば!
どうしてそんなに可愛らしいんだろう?
これではどうしても大人には見えないよ。
まるで子供みたいじゃないか!」
皇帝と皇后も笑い出した。
「心配して損をしたわ。いつものサトリね。
もっと落ち込んでいるかと思って誘ったのよ」
「昨日、思いっきり泣いたから、もう泣かないのです。
ノアとも約束したし。ねぇノア」
「あぁ、僕は生まれて初めて自分のたてた作戦を恨みましたからね。
まさか、あんなに泣かれるとは思わなくて。
神に縋ったぐらいです。
人間、どうすることも出来ないことがあると、思わず神に縋るのですね。
生まれて初めての経験です。
どんな問題も解決法はあると信じていましたから」
「やぁ、ノアがそこまで弱るなんて!
見て見たかったな。ノアが神に縋る姿を!
それを見たら、貴族会議の奴ら、大喜びをするぜ」
「からかわないでください。
どうやら僕のアキレス腱はサトリらしい。
どうして誰もそれに気がつかなかったのだろう?」
「それは、あれね。
サトリがちょっとぼんやりさんに見えるからでしょうね」
「今、私のこと貶していますか?」
「まさか、サトリほど、可愛い女はいないって話よ」
「うーん、まぁいいわ」
サトリが考えるのを放棄したので、またみんなで大爆笑した。
「あぁ、あんまり笑うから、何事かと、さっき騎士が覗き込んでいたわよ。
これを聞いたら、さぞかし反皇帝派は怒るでしょうね」
「あぁ、いい気味だ。
まったく、こんなに楽しい会になるとは思わなかったな。
もう聞けないんだ。
父上や母上の若い時のことを話して下さいノア」
すると横からサトリが口を挟んだ。
「私に頬を打たれた話もするといいわよ。ノア」
ライアンは驚いてノアを見た。
そしてノアの表情で、それが本当だと分かったらしい。
「凄いや。いい冥土の土産話が出来た。
ノア、飲みましょう。二人で!」
「それでは、私たちは、お茶会にしましょう。
楽しまないとね。サトリ」
「はい。ベルベット」
こうして実に和気あいあいと二日目は過ぎていった。




