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星の欠片と老公爵ノアの最後の冒険  作者: こもれびの空


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サトリの想い

 シーフはほうほうの体で、母がいる外宮を訪ねた。

 フィクトス公爵家は皇城内に別邸を賜っている。

 外宮にあるそれは、今や助けられて来た娘たちで、まるで野戦病院のようだ。


 それでもサトリは、夜には自室に引き籠る。

 神聖力を使える聖女は、今現在サトリしかいない。

 サトリが倒れる訳にはいかないから、周囲も夕方5時になれば、必ずサトリを部屋に戻す。


 実際には痛みは夜の方が激しい事が多い。

 精神的に落ち込むのも夜だ。

 不思議な事に、朝日と共に、症状が和らいだりする。

 お日様には、人を元気にする力があるのかも知れない。


 だから本当は、夜こそ苦しむ人の側にいたいサトリではあった。

 高齢であること。

 代えがいないこと。

 そして何よりも、私達を信じてくれと言われれば、引き下がるしかない。


 その代わりに、部屋着に着替えたら、侍女やメイドは下がらせてしまう。

 人手は多い方がよいのだから。

 夕飯はバスケットで運ばれた簡素なものだ。

 年と共に、食べられる量も減っている。

 それに、食事は皆と同じものを!

 そう厳しく言い渡してあるのだ。


 サトリはバスケットを眺めてため息をついた。

 食欲は、まるでない。

 でも、このまま戻してしまえば、侍女たちが心配するだろう。


「母上。そんなものでは食欲も出ないでしょう。

 クラウスから少し果物を分けてもらいましたから、お食べ下さい」


 いつの間にやって来たのだろうか?

 そう言いながら返事も待たずに、シーフが器用に果物の皮をむく。

 そうだった。

 この子は、いつも人の手を借りずに、自分の事は自分でやっていた。 


「貴方が来たということは、アレクとアナベルは無事に皇国を出たのね」


「真っ先にそれを聞くのですか?

 父上と同じですね。

 父上も真っ先に、兄上と義姉上の安否を尋ねましたよ」


「あらあら。もう大人なのに焼きもちですか?シーフ」


「そんなのじゃありません。ただよく似た夫婦だなぁと羨ましく思ったのですよ」


 そう言ってシーフが剥いた桃を差し出したから、サトリはそれを口に含む。

 桃はするりと喉を通り、疲れを癒してくれた。


「年だとばかり思っていたけれど、かなり疲れていたのね。

 気がつかなかったわ」


「人を救うことにばかり熱心で、自分を構わない癖を直すように、父上に叱られていらしたでしょう」


「そうねぇ。でもノアだって似たようなものよ。

 国のことばかり考えて、シーフにも寂しい想いをさせたでしょう?」


「僕はこれでも男の子ですからね。

 父のことは誇りには思っても、恨んだりはしませんでしたよ。

 けれど、娘がいたなら、父上も母上も、少しは家族と時間を過ごしたかもしれませんね」


「さぁ、どうでしょうねぇ。

 でもシャルロッテという娘ができたわ。

 セーラという孫娘も。

 シーフのお手柄ね」


「そうでしょう。

 もっと褒めてくれて良いのですよ。

 けれど、そのセーラですが、クラウスが重症なので、しばらくはサトリ様にお預けすることになりました。

 今のクラウスでは幼龍に、魔力を与えることができませんから」


 サトリはさっと青ざめた。

 その顔色をシーフは見ない振りをする。

 その代わりに、もうひと切れを母の口に持っていった。


「貴方に食べさせてもらう日が来るとはね。

 セーラはいつ頃帰れるかしら?」


「そうですね。1年から3年といったところでしょうか?

 ジークフリート皇帝陛下が自ら迎えに行かれる予定ですよ」


 サトリの青ざめた顔に、諦めの色が浮かんだ。


「そうなの。なんて酷い方なのかしら?

 ノアは、私にお供をさせて下さらないのね」


 母の頬に涙がつたうのを見て、シーフは慌てた。

 まさか、母が涙を見せるなんて!

 今日は、いったい何という日だろうか?

 この年で、ここまで女たちに翻弄されることになるとは!


 シーフは皇太子が母の涙を見たら、即位なんて出来ないと零していたことを思い出した。

 俺だって同じだ。

 母親が、ここまで嘆いているのに、何も出来ない!


 シーフがオロオロとしていると、サトリは笑った。


「大丈夫よシーフ。少しだけ希望を持っていたの。

 セーラがいるなら、私もノアに連れていって貰えるかもと。

 ノアはそれを承知で、セーラを山に残してしまったのね」


「母上。皇后陛下から伝言がございます。

『明日、廃宮で朝食をご一緒するように』とのことでございます。

 既に外宮の者に申し伝えて、明日は聖女は皇后が預かると伝えているそうです」


「皇后陛下から?

 では、皇后陛下は皇帝陛下と共に廃宮にいらっしゃるの?」


「そうです。母上。

 皇后陛下も、苦しいお立場。

 母上と少しお話をなさりたいとのご希望です」


「そうでしたの。

 でも羨ましいわ。

 皇后陛下は皇帝陛下のお供が出来るのでしょう?」


「母上、それは不可能です。

 次期皇后であるセーラは、下手をすると3年間は結婚できません。

 その間、皇后不在で宮廷がまわるわけがございません。

 皇后陛下も、母上と同じお立場なのですよ」


 それを聞いてサトリの顔色は少しよくなった。

 果物を盛った皿を渡しながら、不思議な夫婦だとシーフは思った。


 父上は恐ろしいほど聡い方だ。

 けれども母上は少女の様に純真で、いまだに宮廷の悪癖に染まらない。

 言われたことを、そのまま受け止める。

 父上の庇護が無ければ、到底宮廷で生き延びることは出来なかっただろう。


 けれど、父上はあれほどの切れ者だったからこそ、母上の初心な心に癒されていたのかも知れない。

 明日、父上があやして差し上げれば、少しは母の心も落ち着くだろう。


 シーフはシャルロッテを想った。

 彼女は快活で、豪胆な娘だ。

 きっと僕とでなくても、どこでも生きていけるだろう。

 そしてそんな雑草のような逞しさに僕は惚れたのだ。


 けれど、彼女も宮廷ではしおれてしまうかも知れない。

 それでも手放す気はないから、もしそうなったら父上が母上を守ったように、僕もシャルロッテを守ってやろう。

 シーフがそんな事を思いめぐらしているうちに、母は眠くなったようだ。


 そっと、母をベッドに入れてやりながら、やはりよく気がつく侍女を侍らせなければとシーフは決意した。

 父を亡くせば、母を守る者がいなくなる。

 あの逞しい侍女長のような女が、どうしても必要だ。

 シーフの頭は、あっという間にフル回転していた。



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