皇后の想い
皇帝とノア老公が、皇帝の私室に戻ったとき、ジークフリート皇子とシーフ公子は、飛びつかん勢いで父を出迎えた。
「おかえりなさい父上」
「父上、お疲れではないですか」
「どうも罪人に対して、随分過分なお出迎えですな、皇帝陛下」
「あぁ、シーフ。そなたも覚悟を決めてくれたのだな。
アレクとアナベルは無事にヴァレンティノ城に向かったか?
王にはよくよく頼んでおいたのだが」
「はい、父上、兄上も、義姉上も無事に到着したと、知らせを受けました。
2階を全て明け渡してくださったようで、のんびり過ごしてします」
「そうか。良かった。
これからは、星の娘も取り締まりの対象になるだろう。
アレクも良く先んじてくれた」
「ジークよ。
我らがここにいては、差しさわりがあろう。
兵を呼んでくれ」
「父上!畏まりました。
しかし法王が応えて審判が行われるまでは、今は使っていない皇子宮でお過ごしください。
老公もよろしいですね」
「それは厚遇すぎるが、お前を困らせたくはない。
実はセーラはしばらくステラ様に、お預けしてきた。
1年から3年ほどで、迎えに行くと言っておいた。
事が済んだら、迎えにいってやれ」
「父上。父上の中では、もう御身は死者のおつもりなのですね。
服喪期間まで、計算に入れてしまわれるとは!」
「皇帝陛下。それだけではございません。
クラウス殿の容態も、芳しくはございません。
クラウス殿より、皇子が生まれたら、青龍の娘を娶るように勧められました」
「心にとめておくが、アストラルの男は、自分の伴侶は自分で選ぶぞ。
まぁ、生まれてもいない皇子よりも。父上たちのことが大事だ。
警備は万全にいたしますが、不自由がございましたら、お申しつけください」
「衛兵、入ってこい。
ライアン前皇帝とノア前公爵を、閉めていた第一皇子宮に幽閉しろ。
警備は厳重に。
面会希望は、必ず皇帝の許可を得た者だけだ。
なに、法王猊下の裁可が下るまでの間だ。
そう長くはかからん」
そう言われて騎士たちは動揺した。
プロイセンの鉱山での出来事は、既に英雄伝となっている。
その主人公が、罪人となるなんて!
兵士たちは何が何でもお二人を守ると誓った。
このような薄情な皇帝陛下よりも、俺たちはよほど、人の気持ちがあるのだと思いながら。
二人が行ってしまうと、ジークもシーフもぐったりと座り込んだ。
決まっていたことなのに、現実はずっと辛い。
「母上に父上の帰還を知らせてくれ。
シーフ。お前の母上にも。
必ず自分で知らせてくれよ。
僕は駄目だ。母上に泣かれたら、とても明日の戴冠式は行えない。
すまない。嫌な役目ばかり、お前に頼って」
「いいのです。
私は殿下よりずっと年上なのですから。
皇后陛下に謁見してきます」
皇后の宮でシーフは跪いて口上を述べた。
「皇后陛下に、ご挨拶申し上げます。」
「あら、私は廃皇后ではないのかしら?
既に廃皇帝は、幽閉されたとか。
私もまいりますから、供をなさい。シーフ公爵」
「お待ちください。
父君だけでなく母君までそのように申されたら、ジークフリートさまは立つ瀬がございません」
「大方、私の悲しむ顔が見たくないとでも言ったのでしょう。
シーフ。忘れているようだけれども、私もフィクトス公爵家の娘です。
そのことはジークが、一番よく知っている。
自分では、私の離宮入りが止められぬゆえ、そなたを遣わしたのじゃ。
残念だがシーフ。そなたもよく分かっている筈。
フィクトス公爵家は常に皇帝と共にある。
例外はありません」
シーフは頭をあげられなかった。
オロオロとした目を侍女長に向けると、かすれた声で頼んだ。
「せめてそなたも共をしてくれ」
「当然でございます。
皇后宮の者は、全員陛下のお供をいたします」
「それはならん。そんな事をすれば謹慎にはならぬではないか!」
「それでは問いましょう?
皇帝陛下は皇后宮に仕える者たちの、自由を奪えと申しつけられましたか?」
「いえ、それは。しかし」
「良かったです事。ジーク坊ちゃまにも、まだ理性が残っていて。
シーフ公、どうなさいます。
先導なさるか?陛下だけをいかせるのか?」
「先導つかまつります」
しまった。
何故俺は、侍女長に助けを求めたりしたのだ。
海千山千の王宮を、しっかりと引き締めてきた立役者。
叶うわけもない。
しかも皇帝陛下を坊ちゃま呼び。
遠慮する気はさらさらないのだ。
女ってこわいな!
今更ながら思い知ったシーフだった。
ぞろぞろと、使用人を引き連れて歩く皇后陛下の姿は、人目を引くなんてものではなかった。
思わず、引き留めようとした大臣などは、
「あら、皇帝が廃皇帝になったのですから、皇后も廃されるのは当然でしょう。
それとも大臣は、廃皇帝に反対ですの?
貴族たちが、全員で頭を下げれば、皇帝陛下も思いとどまりましてよ」
そう、言い放たれて、ぐうの音も出なかった。
口でこそ、皇太子の残虐を訴えても、彼らは皇帝弾劾の手を緩めるつもりなどありはしない。
ノアに先手を打たれて悔しくて堪らないのが本音だろう。
見事な引き際に、貴族たちは口々にフィクトス公爵家を呪った。
あいつらは、いつだって貴族たちの鼻づらを引き回して、知らん顔をしているのだ。
今回の失態は、絶好の機会だったのに、大精霊召喚の義まで持ち出して、今やノア老公は悲劇の英雄扱いだ。
ここでフィクトス公爵家を更に追い詰めることなど、出来はしないのだ。
「あなた。随分やんちゃをなさいましたのね」
「お転婆は、貴女の方でしょう。皇后陛下。
少しはジークを甘やかしてやれば良いものを」
「冗談でしょう。皇帝陛下を甘やかすのは、皇后の役目。
幸いセーラという、優しい娘を選びましたからね。ジークは。
私のような情の強い女を娶るより、よほど幸せでしょう」
「そうだろうか、ベルベット。
確かにそなたは、いつも無謬のフィクトス家の娘であろうとしてきたが、人一倍情に厚いことは、この私が知っているよ」
「また、そのように。私を甘やかして下さるのは、いつもライアン。あなただけですわ」
「それは光栄です。皇后陛下。
私は永久にあなたのしもべですから」
「嬉しいことを。けれどもあなた、私は最後までお供が出来ませんわ。
セーラが皇后として立つまでは、どうしても助けてやらないとなりません。
それにセーラが立后するのには、時間が掛かりますからね」
「ありがとう。ベルベット。
もしもそなたが我が儘を言ったら、どうやって説得しようかと思っていた。
君はいつも、私の心を知るのだね」
「つまりませんわ。時には、全部投げ捨ててしまいたくなりますのに。
フィクトス公爵家の娘でなければ、私も最後くらいは我が儘を通せたでしょうか?」
「少し先に逝くだけのことだ。
待っていてあげるから、そんな風に嘆いたりしないでおくれ。
私のベルベット。愛しい妻」
「分かりました。
必ずお待ちくださいませ。我が王」
二人の影が、いつの間にか一つに溶けた。




