ステラとセーラ
クラウスを何とか山に転移させた時、休息を取っていたのは、セーラだった。
セーラは、ほとんど無意識に治癒魔法をかけていた。
龍の治癒などしたこともなかったから、恐ろしい勢いで、魔力が失われているのも気がつかない。
ノアが慌ててセーラを引き離したから、無事だったものの、セーラは今まで治癒するのが簡単に出来ていたから、自分が魔力枯渇を起こしかけていたことに気がつかなかったのだ。
「待って下さい。まだ治癒が終わっていません」
「一度の治癒でどうにかなる状態ではない。
それにセーラ。
君が龍の赤子に魔力を与えてやらないと、ステラは夫に会うことも出来ないのだぞ」
そう言われてやっとセーラは自分の役割を思い出した。
「かなり魔力を減らしてしまったな。
少し私の手をとりなさい」
そう声がかけられて、初めてセーラは相手が皇帝陛下であることに気がついた。
慌てて礼をしようとしたセーラを身振りで押しとどめると、ライアン皇帝は、ゆっくりと己の魔力をセーラに与え始めた。
セーラは思いのほか温かな皇帝の魔力に驚くと、すぐに納得した。
そうだ。
この方は、愛しいジークフリート皇子のお父様だったのだ。
魔力が似ていて当たり前だ。
「これで、しばらく保つだろう。
ステラと交代してやってくれるかい?」
「はい、ありがとうございました。陛下」
「お父様と呼んでもらえないか?
ジークの妻になるのだろう。それなら私の娘だ。
魔力が取り持つ縁もあることだし」
「はい、お父様。ありがとうございました」
そう言って恥ずかしそうに部屋をでたセーラを、皇帝はまぶしそうに見つめた。
「よい冥土の土産ができましたな」
ノアもそう言って笑った。
ステラはすぐにやって来た。
夫に寄り添うと、クラウスが謝っているのが聞こえる。
皇帝とノアはそっと部屋を出た。
「さて、どうしたものかなぁ」
「申し訳ないが、ジーク殿下は、最低1年は結婚できないでしょう。
何しろ服喪期間がありますからな」
「チェ、もう俺は死人扱いかよ」
皇帝がむくれるのも構わずに、ノアは続けた。
「ですから、セーラをここに1年留めていても、恨まれはしないでしょう。
それにセーラがいなければ、サトリも聖女はひとりきり。
悲しみに暮れている暇もありません。
お互いに願ったり叶ったりではありませんか?」
「お前って奴は。
だから長生きできないんだよ!」
「もう十分生きましたよ。
それに辛いのは、我らより息子たちだ」
「あぁ悪評に苦しめられるだろうなぁ。
だが、これが一番手っ取り早い」
そんな軽口を叩いている間に、ステラが二人を呼びに来た。
「申し訳ありません。お客様を放置してしまって」
「いや、すまない。
クラウスをあんな目に遭わせてしまって」
「いいのです。
リーナのことを思い出した時に、実は覚悟していたんです。
あの絵を手渡すためには、時の女神に近づく必要がありますからね」
「いつ思い出したのですか?
クラウスは気がついていなかったようだけれど」
「どうなんでしょう?
ずっと気に掛かっていたのです。
ルーナが死んだときに思い出していました。
ルーナは何を予知していたのだろうか?
もっときちんと聞いておけば良かった。
ルーナが元気だった時に」
「お互いに幼い子供だったのです。
仕方がないことでしょう」
「我々は、すぐに戻らないといけません。
事態を収束させるための手順を踏む必要がありますから」
「では、お眼にかかるのはこれが最後ですね。
セーラは知っているのでしょうか?」
「いいえ、幼い龍の為にも、セーラの為にも、知らせない方がいいのです」
「そうですね。
では、申し訳ありませんが、セーラ様をお預かりいたします。
お迎えに来られるまで」
「あぁ。息子は必ず迎えを寄越す。
だから1年から3年の辛抱だと、セーラには伝えてください。
間違っても3年を超えることにはならないでしょう」
「ああ、ジークもせっかちなところがあるからな。
お前とそっくりだ。
1年で迎えにくるさ」
「クラウスに挨拶をしてやって下さい」
そしてセーラは深々と頭を下げた。
皇帝とノアはクラウスの枕元に立った。
「ありがとう。黒龍クラウス。
そなたのおかげで、息子達が生き延びた。
礼を言う」
「いいんだ。誓約だろう。
俺はアストラル皇国の守護龍だ。
多分、あと200年は地上に降りることは出来ない。
だから青龍を頼れ。
プロイセン王国の守護龍はニルヴァだからな。
今回は貸しだ。
取り立ててやれ。
息子の青龍は、後20年もすれば下界に降りる。
孫息子の嫁にリーナと同じように、青龍の娘を選ばせるのだ!」
「そうそう上手くいけば良いがなぁ」」
「きっとうまくいくさ」
「そうだなぁ。ありがとう。もう行くよ」
「あぁ、大精霊は公平だ。
きっといつか会えるだろう」
「そうかもしれないな」
そう言って二人は顔を見合わせると、転移してしまった。
セーラは、小さな龍に魔力を与えると、いつものようにぐっすりと眠った。
目覚めたセーラに、ステラは申し訳なさそうに告げる。
「セーラ。クラウスはしばらく役に立ちそうにないの。
それで皇帝陛下にお願いして、セーラをしばらくお借りすることにしたのだけれど。
相談しないで、ごめんなさい」
「そんな!謝らないでください。
私もそうするつもりでした。
食事を済ませたら、少しクラウスさまの治癒をしますね」
「無理はしないで。
セーラの一番のお役目は黒龍を育てることなのだから」
「はい、大丈夫です。
この間は、無我夢中だったので。
暫くここにいるのですから、ゆっくりと治癒していきます。
お任せ下さい」
「ありがとう。
貴方は私たちの大恩人よ。
このお礼はきっとするからね」
「お礼なんて。
クラウスがいないと、国は壊滅していたかもしれません
お礼を言うのは、私達の方です。
こんなことでお役に立てるなら嬉しいですわ」
セーラがそんなに可愛らしいことを言うので、ステラは嬉しかった。
このような娘が、息子の嫁になるなんて!
セーラはまだ若い。
生まれ変わるのはずっと先の話だし、何しろクラウスが幼龍に与えられる魔力も少なくなった。
幼龍が人化できるまで、100年どころか200年ほどかかることも考えられる。
気が遠くなるような未来のことなのに、ステラにとっては既に確定事項のようだ。
そしてセーラは知らないが、幼い黒龍も既にセーラを番と認めていたようだ。
なぜなら、そうでなければ黒龍が、他人の魔力を受け入れる筈はないからだ。
龍はとても誇り高い生き物だから。
認めた者しか受け入れない。
それが分かるから、ステラは確信しているのだ。




