一撃
ジークフリート皇子が、オズワルト・クレイを捕まえた。
一報は、瞬く間に皇都に広がり、人々は英雄の帰還をもろ手を挙げて喜んだ。
ところが、この事件の最高責任者として皇帝陛下とノア老公を弾劾し、あまつさえミゼラブル法王に、大精霊の審判を求めたと聞いて、人々は慌てふためいた。
「皇太子殿下は、一体何を考えておられる」
「なぜ皇帝陛下とノア老公が、精霊の審判を受けねばならないのだ!」
皇太子糾弾の声は民にも広がった。
そのほとんどが、皇帝の擁護に回ったから、ジークフリートは失笑した。
「見て見ろ!これが世論という奴だ。
ついさっきまで、皇帝の退位を求める声が、ほとんどだったというのに」
「そうです。父上については、ノアを責任者として処刑しろと言っていた奴らですからね。
処刑など生ぬるい。
皇国を危険にさらしたのだから、火刑にしろとまで言っておりました」
シーフ公子はそう言って、寂しそうな顔をした。
「さすがにノアだ。
世論をひっくり返しやがった。
これでフィクトス公爵家を弾劾する輩はいなくなるだろう。
父上についても同じだ。
だが私は皇位に就く。
停滞はできないからね。
非情の皇帝。
父を殺めて皇位を得たと言われる覚悟も出来ている。
だが、ノア。お前はしばらく漆黒の梟の仕事に専念したらどうだ?
オズワルドの尋問があるから、名目は立つ。
兄上にお会いするのは、辛いだろう」
「いいえ、陛下。
フィクトス公爵家は皇帝陛下をお支えするのが役割。
尋問の必要もないほど、証拠は揃っております。
私事をかたづけて、すぐに戻ります。
殿下は明日にも、即位されるのでしょう?
その傍らに立つのは私です。
陛下にだけ泥水を啜らせる真似が、出来るとお思いですか!」
「お前。まさか!」
「はい、平時ならばともかく、この緊急時には兄上では務まりません。
義姉も重篤な状況。
兄上には隠居して頂きます」
「お前は、お前は兄をたてるために、ずっと放蕩息子を気取っていただろう。
そこまでして、兄を支えていたのに」
「はい、私はもう逃げません」
遠慮会釈ない拳が、シーフの鳩尾に食い込んだ。
まともに受けて吹っ飛んだシーフを掴みあげて、さらに殴りつけようとしてアレク公爵は気がついた。
弟が、殴られる覚悟をしていたと。
それでもアレクは、次にシーフの顎に強烈な一撃を見舞った。
さすがのアレクもすぐには起き上がることができない。
「最初の一発は父上の分。2発目は俺の分だ」
「一言も無しに、会うなり殴られるとは、思いませんでしたよ。兄上」
「あぁ、凡庸ではあっても、これでもフィクトス公爵家を守って来たのだ。
そなたが、外国に逃げた時でもな」
「良い顔をしている。
フィクトス公爵家を、アストラル皇国を守ってくれ。
皇帝陛下は、四面楚歌になるだろう。
しっかりお支えするのだぞ!」
「兄上!」
ボロボロと泣き出したシーフを、柔らかい笑顔でアレクは見た。
「皆はセレスティア王国の姫に恋をしたと噂したがなぁ。
本当に好きなら、遠慮なぞするものか。
不思議なのだがフィクトス公爵家の男たちは高貴な姫には惹かれないらしい。
父上も、私も、そしてお前までそうだったろう?
苦難の中、耐えていた女。
恨みすら抱える影のある女。
どういう訳か、そんな女に惚れてしまうようだ」
「では兄上は、ほんとうに姉上を愛しておられるのですね」
「その通りだ。
聞いていたのだろう?アナベル。
いい加減に、私を信じてくれてもよさそうなものだ」
「どうして、私が聞いていると判ったのですか?」
おずおずとした様子で、アナベル公爵夫人が入ってきた。
龍の娘どころか、星の娘と判明した今でさえ、公爵は、妻を公爵夫人の座に留め置いたのだ。
「シーフが公爵の位を乗っ取るのではないかと、屋敷の者が騒いでおった。
そなたが心配して様子を見にこない筈があるまい」
「アナベル。
お前の故郷はプロイセン王国だったな。
プロイセン王が、私達を招いてくれた。
あの美しいヴァレンティノ城に滞在することにしたのだ。
あの城の警護は、この城よりもはるかに強固だ。
しかも使用人の教育も行き届いている。
きっと安心して暮らせるだろう。
使用人を全員集めてくれ。
すぐにシーフにめんどうな役目を押し付けて、呑気な楽隠居だ。
簡易転移門をお借りしたから、爵位の譲渡手続き完了次第、すぐに飛ぶからな。
手荷物は何も持つな。
全部収納庫に格納済みだ」
「兄上!いったいいつ準備されたのですか?」
「お前たちの帰還と、父上の不在を知ったときさ。
これでも情報源は持っているのだぞ」
「はい、承知いたしております。兄上」
「辛くなったら、遊びに来い。
愚痴くらいは聞いてやるさ」
「大丈夫です。兄上。
これは父上からお預かりした聖玉です。
聖女の力が込められています。母上の想いも。
姉上が完治するとまでは、いかないかもしれません。
けれども、思うよりずっと長生きなさいますよ」
「そんな。
お義母さまは、私を嫌っていらっしゃるとばかり……」
「アナベル。母上は聖女だ。
苦労なさってきたのだよ。
此度は伴侶まで亡くされる。
それでもお前を想って用意したのだ。
お前も思う所はあったろうが、全ては済んだことだ。
そうだろう?」
「はい。はい。あなた。
今、お母さまは?」
「この瞬間も、攫われた娘の傷を癒している。
父上がご心配であろうに」
「私は、間違っていました。
王侯貴族なんて、贅沢をする人たち。
苦労知らずだと思っていたのに。
平民よりよほど心労が大きいのですね」
「どこにいても、楽ばかりではないさ。
でも私は、幸せだよ。
君という伴侶と生涯を共にできるのだからな」
「兄上、こんな時に惚気ですか?」
「悔しかったら、さっさとシャルロッテを迎えに行け。
明日から、皇城から出られないのだろう?」
「今頃、こちらに向かっています。
警護はしっかりつけていますから、ご安心下さい」
「兄上、義姉上。お元気で」
「もう行くのか?」
「はい、書面も頂きましたし、ジークをひとりには出来ません」
「では、我らも行くか。
皆の者、弟を頼んだぞ。
弟が歩むのは、もっとも険しい道だ。
皆で支えてやってくれ」
「御意」
全員が深々と礼をした。
噂とは違って、この兄弟が強固な絆で結ばれていることを目の当たりにして、すっかり安心したのだ。




