帰還
クラウスは、誰の目にも重体だった。
黒龍が死にかける。
高位精霊ともなれば、龍ですら赤子のようだ。
精霊の恐ろしさと、精霊を味方につけた古代魔法が、どれほど強大な力を持っているか?
人々は、改めて思い知った。
皇帝は聖女を皇国から呼び寄せようとしたが、クラウスは断った。
それで皇帝とノアが、クラウスを山に戻すことにした。
ノアが位置情報を組み込んだ魔法を編み、それに皇帝が魔力を送る。
その際に皇帝は後事を息子達に託した。
「後始末をおろそかにするな。
大きな災厄を乗り越えて気が緩んでしまうだろう。
だが、もうひと踏ん張りが、必要な時なのだ。
皇国でも王国でも、危機の時には黙っていた連中も饒舌になる。
誰かに責任を押し付けたくなるものだ。
それでなくとも災厄の後始末は、とても大変なのだがな。
王国は国王陛下が全てを被ることで収束出来るだろう。
だが皇国は、それでは済まない。
私は、全てを詳らかにすると諸侯に約束をした。
私の退位などで済むと思っていない。
戻ればすぐに、私の糾弾状を書くのだ。
ノア老公を含めてな。
私達を、皇太子であるお前が率先して糾弾することで、怒りの方向性が定まる。
怒る先があると言う事は幸いなのだ。
理不尽に蹂躙されて、怒りの持って行き場がないのが、一番つらい。
皇帝とノア老公を、裁きの場に引きずりだせ!
法王による『大精霊召喚の義』を申請しなさい。
ミゼラブル大聖堂に、直ちに使者を送るのだ」
「嫌だ!そんな事が出来るはずがない。
この度の事件を解決したのは、父上とノア老公だ。
どうしてその二人が、罪を負うというのです!」
「お待ちください。
『大精霊召喚の義』だけはいけません。
精霊には情と言うものがない。
精霊に取り込まれれば、輪廻転生の輪からも外れるのですよ。
私の父、国王陛下は退位されます。
それしか方法が見つからない。
だから皇帝陛下。
退位ですまないなら、幽閉を選ばれれば良いでしょう。
仮にも世界の覇者。世界を統べる者。
それが、自らを幽閉する。
十分ではありませんか」
ローラン王子が、たまりかねて割って入った。
それをプロイセン王が、厳しくしかりつけた。
「控えろ、ローラン!
そなたの浅知恵では見られぬものを見ておられるのだ。
それともローラン。
そなたは、大賢者であるノア老公よりも知恵者だと言うつもりか!」
大音声で一喝されて、ローラン王子は跪いた。
「申し訳ございません。申し訳……。」
最後は言葉に出来ずに涙する若者に、皇帝はほほ笑んだ。
「そなたの温かい心は受け取った。
王たるものの資質はあまたあるが、その心根やよし。
息子ジークフリートと共に、民を守っていくのだぞ」
そして、その姿を見ていたジークフリート皇子も、跪いた。
「偉大なる皇帝陛下。聡明なるノア老公。
お二人の御覚悟、しかと受け止めました。
陛下の仰せの通りに準備いたします。
心置きなく、黒龍さまをお連れ下さい」
全員が跪いて見送る中、黒龍と皇帝、そしてノアは消えてしまった。
「さぁ、めそめそしている時間は、ないぞ。
元凶たるオズワルド・クレイを探し出せ。
ジークフリート皇子の手土産にせねばならん」
兵たちは、全員が散っていった。
先ほどは、数十名だった捜索部隊が、全兵力になったのだから、見つけられない訳がない。
程なくして意気揚々と、まるでぼろ雑巾の様になったオズワルド・クレイを引きずって来た。
別に私刑をおこなったわけではない。
黒龍が意図せずに取り落としたので、全身打撲、おまけにいくつかの骨が折れていたのだ。
「バカ者、早く治癒をかけて、しっかり拘束せぬか。
皇子殿下への手土産だと言っただろう。
そんなにボロボロでどうする気なのだ」
王に叱られて、慌てて体裁を整える。
洗浄魔法までかけてやる。
そしてしっかりと、物理と魔法で拘束してから、皇子に差し出した。
これにはさすがの皇子もシーク公子と顔を見合わせて苦笑いをした。
シーフは、責任という言葉が大嫌いだった。
だから漆黒の梟を任されながらも、どこかに逃げる気持ちがあった。
シーフは、己の不明を恥じていた。
義姉に不審を感じた時、徹底的に調べていたら、ここまで被害は拡大しなかったろう。
己の責任を父親であるノアが、何も言わずに背負った。
ノアは引退していたのだから、責任などなかったのに。
シーフが責任から逃げ続けた結果がこれだ。
兄上に嫌われるのが怖かった。
義姉を糾弾すれば、兄を追い落とすのが狙いと思われないか?
そんな保身が、矛先を鈍らせた。
だからシーフは、もう逃げないと決めたのだ。
父の背中を見てさえ逃げるなら、僕はもう父の息子を名乗れないだろう。
シーフは、そう思うのだった。
ジークフリート皇子も汚名を被ることを覚悟した。
父親を糾弾し、あまつさえ大精霊召喚の儀まで、法王猊下に要請する。
皇帝になるために、父親を売り渡した男。
そう言われ続けるだろう。皇位は針のむしろになる。
それが何だと言うのだろう。
あの父の息子なのだ。胸をはって皇帝になってやる。
ジークフリート皇子の顔には、もう迷いがない。
皇子と公子は、お互いの顔を見た。
晴れやかな顏。
それだけでお互いが何を決意したか分かった。
「殿下、参りましょう」
しっかりとオズワルドを抱え込んでシーフが言うと、ジークフリートも頷いた。
「ああ、帰ろう。我が領土へ」
二人が消えた後、ぽつりとローラン王子が呟いた。
「僕は、まだまだなんだな。
到底あんな顔は出来ない」
その肩を父王が叩いた。
「それに気づけたのだ。そなたにも出来る筈だ。
何に気づけるか?どこに視点を置いているか?
なぁ、王子よ。
器が整うまで、目の前にあっても見えないものなのだ。
何かに気がついたら、落ち込むより喜べ。
ようやく、そこに気がついたのだとな」
「はい。父上」
父親の言葉を、これほど素直に聞いたのは子供の頃以来だ。
それに気がついて、王子はまたほほ笑んだ。




