ルーナの願い
シーフ公子の影使い。
ジークフリート皇子の支配
そしてローラン王子の結界。
この3つの力と漆黒の梟の情報力を合わせれば、例えどれほど屈強な魔法士と言えども、簡単に捕らえられる筈だった。
実際に1度目の急襲は、あっけないほど簡単だった。
当たり前だろう。
彼らは、必ず成功すると確信するまで、何度もシミュレーションを重ね続けてきたのだから。
僅かの齟齬も許さない作戦。
そして絶対に成功させるという信念。
何度も修羅場をくぐってきた歴戦の勇者たち。
けれども秘密基地に潜んでいた、オズワルド・クレイを引きずりだした時、彼は高笑いをした。
「掛かったな!ネズミどもめ」
「何を言っている。捕らえられたのは貴様の方だろう」
シーフ公子が吠えた時、ジークフリート皇子が叫んだ。
「ローラン、結界を張れ!」
ローラン王子が結界を張らなければ、一同はどこともしれぬ異次元の時間帯に捨てられていただろう。
とっさに張った結界は、一度は女神の魔法をはじいたが、2度目は無いことは誰の目にも明らかだった。
「時の女神よ。何故この男の味方をする。
本来、女神が人の世に関与するなど、理に反するだろう!」
ジークフリート皇子の血を吐くような言葉も、女神にとっては意味を持たなかった。
つまらない虫けらでも潰すように、女神は魔力を放った。
その時、彼らの姿が、消えてしまった。
「おのれ、わらわの獲物を転移させるとは!
黒龍!貴様がわらわにかなうと思うのか!」
転移させられた皇子たちは、無事に鉱山に集まった王の元に姿を現した。
「おぉ、ローラン無事であったか」
「父上、申し訳ありません。
作戦は完璧でした。しかしオズワルドを捕らえた瞬間、時の女神が現れて、形勢は一気に逆転しました。
本来ならば、生きて逃げられる訳はなかったのですが、いったい誰が女神の鼻先から我らを救ったのでしょう?」
「まさか!龍が味方したのか?」
「そのまさかです。殿下。
黒龍はギリギリ間に合ったのですな」
「ノア、しかし黒龍は幼龍を育てていた筈。
子を見捨てたのか!」
「いいえ、殿下。
幼龍は、今頃セーラ様が魔力を与えている筈です。
問題は黒龍だけでは、到底女神には勝てやしないこと。
そこで魔法使いによる一斉攻撃を行います。
全員の魔力を女神に集中させて、一斉に放つ。
失敗すれば、全員の命はありません。
しかも攻撃は1度のみ。
成功しても、魔力枯渇により、下手をすれば2度と魔法が使えなくなるかもしれません」
「分かった!
我らも間に合ってよかった。
一緒にやろう!」
「いいえ、殿下方には、撤退命令が、皇帝陛下と国王陛下から出ております。
ここにいるのは老兵のみ。
皇国と王国の未来は、若い皆様にお預けいたします」
「出来るか!そんなこと。
戦力の逐次投入など愚策中の愚策。
我らの魔力がきっと役にたつはずだ!」
「命令に逆らうならば、その少ない魔力を割いてでも、そなた達を捕らえねばならぬ。
そんな真似はさせないでくれ」
「皇帝陛下」
その場の人々は口々にそう言って跪いた。
「歴戦の勇者たちよ。
生き抜いて、我が息子を助けてくれ。
騒乱に見舞われるであろう、母国を守るのだ」
国王も進み出る。
「我らの命に代えて、たとえ敵わずとも、ひと時の平安は取り戻す。
女神を封印する。
だから、国を。民を守ってくれ。この通りだ」
国王が頭を下げる。
皇帝陛下も、そして並みいる老兵たちも、揃って頭を下げた。
死兵。
彼らは既に死を覚悟した。
その上で頭を下げるのだ。
齢浅い、未熟者に!
皇子たちは、すすり泣いた。
泣くべきではない。
ここは勇敢に見送るべき時だ。
分かっているのに涙が止まらない。
しかし死にゆく者たちは笑っている。
あぁ、これが覚悟の違いなのか。
皇子たちは黙って最敬礼をした。
ところが、そこにボロボロになった黒龍がよろよろと現れ、着地するとなんとか人型を取った。
「クラウス。まさかひとりで戦ったのか!」
ノアがクラウスを抱え起こした。
クラウスは笑っている。
「これを見て! 全て解決だ」
クラウスが差し出したのは、幼い子供が描いた絵。
「ここに描かれているのはステラだな。
描いたのはお前だろう?クラウス。
その絵が、どうして我等を救ったと言うのだ?」
その場にいた全員が、わけがわからない。
たった今、死ぬつもりだったのだ。
それなのに黒龍が現れて、全て終わったと言うのだ。
誰ともなく、どさりと’座り込んだ。
緊張の糸が解けたのだ。
誰かが治癒魔法をクラウスにかけている。
次々に交代しながら。
実際クラウスは息をするのも苦しそうだ。
「クラウス。辛いだろうが全て話してもらう」
「あぁ、それなら私が拡声の魔法を掛けよう。
クラウスは、とても大きな声を出せそうもないからな」
「助かるよ」
クラウスの声は弱々しかったが、全員が聞き耳を立てた。
拡声魔法をつかってさえ、聞き取りにくかったのだ。
「これは確かに僕が、ステラにプレゼントしようとした絵だ。
だけどルーナに止められたのだ」
「ルーナ。ステラの妹で、予言の乙女。
確か終末の予言をしたことで、19歳で死んだはずだな」
「その通り。
ルーナがこれを隠せと言ったのは、ルーナが3歳の時だ。
そうしてみるとこの絵を描いたのは僕が8歳の時か?
それにしては下手くそだな」
「クラウス。頼む。
脇道にそれないでくれ。
頭がぼんやりしているのは理解しているが、現状を把握したいのだ」
「あぁ。すまない。
ルーナがこの絵に執着したのは、ステラが描かれていたからだ」
みんな黙っている。
「ルーナは言ったんだ。
『私が死んで、皆も死んだずっと先の未来で、生きているのはステラとクラウスだけだから。この絵を隠して持っていて』とね」
「そして、時の女神が現れたらこう言えと言った」
「『闇に祈りし者の誓約を守れ!』と。
時の女神は、ステラとその愛する人々を守る誓約をしたそうだ」
「ステラがそんな誓約を?」
「いいや、誓約をしたのはルーナだ」
「さっき時の女神に尋ねたのさ。
どうしてステラを守ると誓ったのかと」
「そしたら、女神は寂しそうに笑ったよ。
『わらわの最初の愛し子の願いだから』だと」
「時を司る女神は、闇に付随する。
だから誰も彼女を大切にはしなかった。
光の女神の愛し子は多いのにと言っていたな」
「ルーナが時の女神の愛し子だと言うことは分かった。
でも何故こんなことに?」
「小さなルーナはいつも、時の女神に祈りを捧げていたそうだ。
何しろ、予言というのは時を見通すものだからな」
なるほど、そう言えばそうだなとみんなが納得した。
「女神にはルーナの未来が見える。
初めてできた愛し子が、若くして死んでしまう。
だから女神はルーナを助けようとした。
「『運命を変えてあげよう。
長く生きていけるように、予言の力を封印してあげよう』
女神はルーナに、そう持ちかけたそうだ」
「ルーナは断ったんだ。
まだたった3歳だったのに。
それでも死ぬ意味は知っていたのに」
「ルーナは何といったのだ?」
そう尋ねるノアの声は震えていた。
『私が運命の輪から逃げ出したら、たくさんの人が死んでしまうの。
そんなのは、ちっとも嬉しくないわ。
でも、運命が変えられるなら、ステラを守って頂戴』
「そう言ってルーナは、僕が描いていたステラの絵を時の女神に見せて、誓約させたそうだ。
時の女神は笑っていたよ。『わらわは愛し子の願いをかなえると約束した。
だが、まさかこんな誓約をさせられるとは思っていなかった』とね」
「女神からの伝言だ。
『愛し子との約束だから、今回は手を引く。
オズワルトとの契約も切れたことだし、好きにすると良い』だってさ」
「それでオズワルトは?」
「その辺に落っことした。探してくれ」
慌てて兵士たちが、捜索を開始した。
王が皇帝に尋ねた。
「ルーナさまは皇后になられていた筈。
どのような皇后陛下でいらしたのですか?」
「伝承では、とても無邪気で愛らしい姫であられたそうだ。
在任期間が短く、あまり多くは伝えられていないが、レオニス皇帝に深く愛されて、レオニス皇帝は後添いを娶らなかった」
「あぁ、そうでしょうとも。そうでしょうとも」
王は深く頷いた。
助かるすべがあったというのに、誰にも告げずに断った。
今回の事がなければ、きっと誰にも知られることはなかったろう。
いつの間にか、全員が深い感謝の祈りを捧げていた。
黙って自分の運命を全うした、うら若き乙女に。




