クレヨン画
クラウスはなつかしのヴァレンティノ城に転移した。
クラウスとステラは本来ならば当主夫妻が利用する、3階の続き部屋を利用していた。
さすがに今は当主夫妻の部屋として本来の使い方をしているようだ。
それでも神龍ニルヴァが、娘たちの思い出として保存魔法までかけているのだ。
当時のまま保存されている筈。
さて、入り口は何処だろうか?
龍の気配が漏れたりすれば、あっという間に城内の者たちが駆け付けるだろうから、気配遮断の魔力を使いながら神龍ニルヴァの宝部屋を探す。
全く無理な要求をさらりと突きつけるのだ。私の妻は!
そう思いながら、せっせと探知魔法を使う自分は、つくづく甘いと思う。
さすがに神龍ニルヴァの隠し部屋。
そう簡単に見つかる訳はないか。
仕方がない。
負けた気分がするので使いたくはないのだが、ステラから渡されたペンダントを取り出す。
ペンダントは、たちまち主の魔力を見つけたらしい。
嬉しそうに飛んでいこうとするのを必死で抑えながら、クラウスは細心の注意を払って移動した。
「まったく、ノアもノアだ。
絶対に誰にも見つかるな!なんて……。
ここはヴァレンティノ城だぞ。
ヴァレンティノ公爵が、そんなにぼんくらな訳ないだろう」
たかが、隠れ家に入るのにここまで苦労することになるとは思わなかった。
賢者でもある黒龍が、盗人みたいに自分の古巣を忍び足で歩いている。
違う意味で、絶対に見つかりたくはないクラウスであった。
向かった先は屋根裏に上がる階段の側。
よくある階段下収納だ。
収納場所とはいえ、ここは城。
十分な広さはあるだろうが、こんなところに?
クラウスが扉を開けようとした、その時。
「やぁ、そこは開かずの間でね。
いつか入ってみたいと思っていたんだ。
さすがに黒龍さま。神龍の秘匿魔法すら解除されるなんて!」
あわてて振り返ると、少年がニコニコ顔で立っている。
年の頃なら10歳前後。
一番生意気な年ごろだ。
クラウスは黙って自分の唇に人差し指を当てた。
全世界共通、黙れの合図だ。
少年も自分の唇に指を持って行って、同じしぐさをする。
そしてにやりと笑った。
自分が優位に立っていると知った顔だ。
忌々しいが優秀な奴だ。
そして誰かに似ていることに気がついた。
こいつ多分あのカールの子孫なのだろう。
この人を食ったような顔。
あいつそっくりだ。
クラウスは黙って扉を開ける。
当然のように、男の子も入ってくる。
結界に弾かれるだろうと思っていたクラウスは驚いた。
龍は子供に甘い。
侵入しようとしたのが子供なら、殺すようなことはしない。
きっと意識を失うだろうから、忘却の魔法を掛けようと思っていたクラウスは唖然としてしまった。
そうだ。こいつはカールとエリーゼの子孫のはず。
エリーゼは、神龍の番であるリゼリアの孫娘だ。
中身はかなり面倒なことになっていたようだが。
つまりこの少年は、神龍にとっては番の子孫。
結界が侵入を許可するはずだ。
理解できたが、忌々しいことこの上ない。
「やぁ、大叔父上、見て下さい。
大きな宝玉が3つありますね。
ちゃんと番号が振ってある。
1番は長女のリリアーヌさまのですね。僕の御先祖さまだ。
2番はステラさまのだ。大叔父様の奥様ですね。
3番は、ルーナさま。
凄いや、伝説しか知らない龍の娘たちは、本当にいたのですね」
「伝説でしか知らないくせに、俺を龍だと確信していたようだが?」
「だって、どれだけ凄い魔法使いでも、許可なくヴァレンティノ城に転移できるはずはありません。
それに最近は何かあったらしく、転移魔法は全て不許可になっているのです。
だったら、伝説の龍だけでしょう?
神龍が掛けた防御結界を破れるのは!」
「それで?連れてけってことだよな?」
少年はこくこくと高速で頷いた。
そのしぐさは年相応に可愛いものではあったが、騙されてはいけない。
この手合いは、自分の幼い容姿ですら利用するのだから。
クラウスが自分の擬態を見破ったのを、悟ったのだろう。
少年はにやりと笑って言った。
「さっさと行きませんか?
ぐずぐずしていると誰か来るかも知れない」
「俺を脅すつもりなのか?」
「まさか! でもステラ大叔母さまにとっても、僕は可愛い身内ではありませんか?
それに結界も認めているようですし」
クラウスは諦めて少年の手を取った。
子供らしい柔らかな手だ。
クラウスは少し笑って、そのままステラの宝玉へと転移した。
目の前に広がるのは、懐かしい子供の頃の玩具や家具。
あぁ、そうだった。
あのころのステラはとても愛らしかった。
少年も目を輝かせて玩具に突進している。
それはそうだ。
世界中の玩具を集めるつもりか?と呆れられたぐらいだからな。
そう。
どんな王侯貴族でも、ステラほどたくさんの玩具に囲まれて育ったりはしないだろう。
とりあえず、合図があるまでここで待機だ。
少年は返す時にでも、忘却魔法を掛ければよい。
楽しそうに玩具を物色する少年を眺めながら、クラウスはそう決めた。
さて、それでは俺は愛する妻が御所望の絵でも探すとしますか。
激動の最中に何を呑気なことをと思わないでもないが、今は待機が仕事なのだ。
クラウスが、絵本や絵画を整理していると、少年が近づいてきた。
「ねぇ、探し物?
僕も手伝ってあげようか?」
「いや、いい。どうせ時間はまだある。
のんびり探すさ」
「多分時間は、あまりないと思うよ。
ヴァレンティノ公爵とその騎士たちは、とある鉱山に召集されたからね。
今王都から、続々と騎士たちが秘密裏に鉱山に向かっている。
大きな戦争でも、おきそうな気配だよ」
「お前、どこからそれを?」
「知らなかったの?
そりゃ、そうか。来たばかりだものね。
そのうち連絡がくると思うよ」
少年が予言した通り、ノアからの伝言が、魔法石に表示されている。
なるほど。
皇太子、王太子、そして漆黒の長シーフ公子、選りすぐりの手練れが、オズワルド・クレイ捕縛に動きだした。
もしも失敗すれば九分九厘、時の女神が出張ってくるだろう。
そうなれば、魔法使いたちは全員で、時の女神に対抗しようというのだ。
心意気は買わないわけではないが、犬死にだろう。
女神が皆殺しまでは出来ないだろう事が救いだ。
虐殺が始まれば、さすがに大精霊が動くだろう。
大精霊が人間と同じような感情を持つかは知らないが、世界の均衡を崩すことは許さないだろうから。
自分に出来る魔法を脳内で列挙する。
少しでも多くの魔法使いたちを救いたい。
クラウスの心はすこしばかり、人間に似てきていた。
「確かに、時間は無さそうだ。
手伝ってくれるか?
子供が描いたパステル画だ。
青い髪の少女を描いたもの」
「いいよ!
それって、きっとステラ様を描いたんだよね」
「あぁ、そうだ。でも幼児の描いた絵だからな。
人間に見えるかどうかも怪しいぞ」
それを聞くと少年はケラケラと笑いながら、スケッチブックの束に突進した。
スケッチブックか?
普通はそうなんだろうが……。
でも確かあの絵は……。
一枚だけ画用紙に描いた。
プレゼントとして、くるくる巻いてリボンを掛けて。
でも渡せなかった。
どうしてだろう?
あの時、何があったのだろう?
ノアの記憶はそこで止まった。
でもステラは俺から渡されて隠したと言ってなかったか?
なぜステラは絵を隠した?
何かあったんだ。
何だっけ?
クラウスは、子供が隠しそうな場所ばかり探した。
そうだ!
ルーナだ。
ルーナは言った。
「その絵は隠して置いて。
きっと役に立つから。
私が死んで、ずっとずっと後に、役に立つの。
その絵を持って行って、こう言うのよ。
『闇に許しを乞うものが、誓約を果たすことを願います』
忘れないで。絵は時が来るまで隠して。
時が来たら、女神に届けて。
女神は忘れている筈。
約束を!誓約を!大昔のことだから。
だから見せて!青い髪の幼女の姿を。
命を対価にしたはず。誓約を守れ!
そう言うのよ!」
あの時、ルーナは3歳だった。
幼い娘の戯言。
でもあまりに必死だったから、俺もステラも絵を隠した。
ステラはそれを思い出したんだ!
ルーナは予言の娘。
それならきっと、今度も守ってくれるはず。
クラウスは真剣な顔になった。
必死に探すクラウスに、少年がリボンで結んだ絵を見せた。
ほどくと、青い髪の少女。
間違いない。
クラウスが手を伸ばすと、少年が必死の顔をした。
「これをあげる。だから記憶を消さないで。
僕は全部知っておきたいんだ。
世界の理を知りたいんだ。
僕の夢、僕の生きる意味。
奪わないで! 僕の希望を!」
「誓約しよう。
お前が、俺と会ったことを誰にも言わないと誓うならば」
「いつまで」
蒼白な顔で少年が聞いた。
「時の女神が手を引くまで」
「誓約します」
そう言って少年は絵をクラウスに渡した。
その時青い光が二人を包む。
「誓約はなされた。
俺はいかねばならない。
ここを出よう」
少年はあっさりと頷いた。
少年を城に戻すと、クラウスは即座に転移した。
どうしてもこの絵を時の女神に手渡さなければならない。
女神は龍を阻むだろうが、この絵だけは手渡さなければ。
転移する時、クラウスは少年の名前を聞かなかったことを、思い出した。
けれども名前など、どうでも良かった。
彼が何者であるか?
それは分かっていたから。
そしてクラウスがそれを察知したのを、少年も理解していたから。




