別れ
ノアとクラウス、そしてステラは共に晩餐を食べた。
「夫婦揃って食事をするなんて、何年ぶりだろう?」
クラウスがしみじみとそんな言葉を口にする。
そうか、交代で魔力を与えるから、夫婦揃って何かをすることは出来ないのだなぁ。
ノアは今更ながら、そう思った。
これほど睦まじい夫婦が100年の禁欲生活に耐えるなんて、龍とは何と忍耐強い生き物なのだろう。
そう言えば、番が現れるまで何百年も待つという。
番に対する執着が強いのも頷けると言うものだ。
「ノア老公は、これからどちらに向かわれるのですか?」
ステラが静かに聞いてくる。
私の夫をどこに連れて行くつもりか?とは尋ねない。
古龍の番も、聡明らしい。
どうしてこれだけ聡明な娘に、脳筋の父親がいるのだろう。
ノアはしみじみと、これが逆であれば事はずっと簡単だったのに、と思わずには
いられなかった。
「皇太子殿下とせがれが一緒に行動している。
まずはプロイセン王に会う。
それから一度、せがれたちと合流するつもりだ。
殿下たちにも計画はあるのだろうし、それを確認しておきたい」
「それなら、ノアは魔力が残っていないから、私が運んでやろう」
「いや、クラウス殿は最後の切り札。
姿は隠して欲しいのだ。
位置情報を渡すから、そちらに転移して貰えるか?
情報は適時そちらに流すから」
「漆黒の梟の拠点か?」
「そこは殿下たちの拠点になっている。
敵を欺くには、まずは味方からだ。
子育て中の龍が下界に降りることはない。
その常識が、相手の油断になるのだから、クラウス殿は誰にも知られてはならないのだ」
「では、どこに隠れろというのだ」
「ステラ様。
ステラ様の娘時代のお部屋は、結界を張って保存されているのでしたな?」
「まさか、ヴァレンティノ城に、クラウスを隠すというの?」
「そのまさかです。
クラウスなら、ステラ様の結界を掻い潜って、中に入ることが出来るはず。
誰も、龍の番であり娘でもあるステラ様の部屋に、入ることはないでしょう?
当主様でさえ、遠慮されている筈。
第一、龍の結界を破れるものは、あまりいないと思いますぞ」
「あの結界は、神龍ニルヴァがかけたもの。
私が破れるだろうか?」
「大丈夫よ、クラウス。
このペンダントを持っていれば、結界は素通りできるわ。
お父様が下さったの。
私の許しなしには、誰もこのペンダントに触れることも出来ないのよ」
「あぁ、確かにニルヴァの魔法が掛かっているな。
貸して貰うよ。ステラ。
自分の部屋から持ってきて欲しいモノはあるか?
事が済んだら、持ち帰ってやろう」
「それなら、昔あなたが描いてくださった私の絵を、隠しておいたの。
暫くはお暇でしょうから、その絵を見つけて持ってきてくださらない?」
「僕が描いた絵?いつの事だ?」
「そうねぇ、確かあなたが5歳くらいの時よ」
「それは!凄く下手くそな絵だと思うよ。
肖像画ならいくらでも描いてあげるから、そんな昔の絵のことなんて忘れてくれ」
「ダメですよ。クラウス。
私と、ナイトを置き去りにするのですから、罰は受けて頂かないと」
「お前、その言い方。ずるくないか?」
「さぁ、どうかしら? 老公はどうお思いになって?」
「クラウス。大人しく絵を探してきた方がよいと思うぞ」
「ノア、お前がそれを言うのか?
いったい誰のせいだと思っているのだ」
「さぁ、確かご自身に降りかかる火の粉を、払いに行かれるとお聞きしましたが?」
「お前、ほんと陰険だよな」
「まさか、古龍さまには遠く及びませんよ」
「あぁ、もう!とりあえず、お前はプロイセンの王宮に飛ばしてやる。
さっさと行きやがれ」
クラウスがそう言うと、ノアの姿は一瞬で消えてしまった。
二人きりになると、クラウスはそっとサトリを抱き寄せた。
「ごめんよ。不安な思いをさせて。
すぐに戻るから、信じて待っていて欲しい」
「私はクラウスを信じているのよ。
不安になるはずがないでしょう。
ご武運を祈っているわ。
それに、そのペンダントには、守護の魔法が掛かっている筈。
きっとあなたの力になるわ」
「あぁ、怖いくらいきっちりと詰め込んでやがる。
この攻撃を人間がくらったら、一撃で家ごと吹っ飛ぶぞ。
相変わらず神龍は加減ってものを知らないな」
「だって、あのお父様ですからね。
けれど今回はお父様も、役に立ちそうでしょう?」
「全くだ。それじゃあ僕はもう行くね。
ステラ。くれぐれもナイトを頼んだよ」
「任せておいて。
どうやらナイトの番も見つかったことだし、絶対に守って見せるわ」
「番? あの娘か?
皇太子には内緒にしておこう。
来世の話とはいえ、気分が良いモノでもなさそうだからな」
「そうねぇ。
皇家の男たちは龍の血が濃くて、嫉妬深いから。
私とあなただけの秘密にしましょう。
それでナイトが番を連れてきたら、言ってやるの。
私達は貴方の番を、前世から知っていましたよ。
随分時間がかかったのね。って」
「おやおや、私の妻は、息子にも意地悪をするんだな」
「当然ですわ。100年もの間、必死に守るのに一人前になったら、番が一番大事なんでしょう?
少しの意地悪だったら許されると思うの」
「セーラも可愛そうに。
まだ、生まれ変わってもいないのに、もう姑さんに目を付けられてしまって」
「あら、私はセーラを気に入っていますのよ」
「そうか?」
「そうですわ」
「では、奥様が正しい」
クラウスはそっとステラにキスを落とすと、消えてしまった。
「もう、相変わらず恥ずかしがり屋なのだから。
最後は、もう少しロマンチックにお別れしてもよいのに」
そんな別れ方は二人とも辛いだけだ。
わかっていても、そう言ってしまうステラだった。




