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第9話 朝比奈柚葉の希少性

 長野県北信地方。

 S級指定――(たたら)ダンジョン。

 現場についた俺は、まずこう思った。


「帰りてえ……」


 いや、まだ何もしてないけどね?

 ダンジョンの手前まで来ただけ。

 それなのに、もう既に空気が重たい。

 空気中の魔力濃度が高いんだよな。

 高難度ダンジョンの近辺では、そう珍しくない現象だ。


 あー嫌だ嫌だ。ひじょーに嫌だ。

 俺、こういう場所から足を洗ったつもりだったんだけどな。

 

「――すみません、関係者以外は立ち入り禁止です」


 入り口付近はフェンスで囲われていて、そこで職員に止められた。

 俺の頭からつま先までをじろじろ眺め、怪訝そうな表情を浮かべている。


「俺は東京支部から派遣された者だ。名前は御影 仁」

「御影……ああ、貴方がC級の。事情は伺っておりますが」


 職員の眉が露骨に寄った。

 完全に信頼してない顔だ。

 まあ当然か。

 S級ダイバー五人で攻略できないダンジョンに、応援としてC級ダイバーを一人派遣する。

 嫌がらせかと疑ってしまうレベルの謎采配だ。


「朝比奈はどこに?」

「……ご案内します」


 渋々、といった様子で頷く職員。

 フェンス脇のゲートを開け、拠点の中へと歩き出す。

 俺もその後に続いた。


「攻略を四度失敗したと聞いたが、状況は変わりないか?」


 歩きながら問うと、職員は少しだけ足を止める。


「いえ」

「何かあったのか?」

「貴方が派遣されるまで、朝比奈様をダンジョン内部に入れてはいけないということだったので……」


 なんか嫌な言い方だな。

 来るのおせーよってか?

 

「朝比奈様を除くS級ダイバー五名で、再び攻略に臨みました」

「結果は?」


 職員は、正面を向いたまま答えた。


「……ちょうど先ほど、撤退してきたところです」


 ダメだったか。

 普通、S級ダイバーが三人もいれば攻略できるんだがな。

 どうやら今回のダンジョンは、S級の中でもかなり手強い部類らしい。

 職員は再び歩き始め、やがて、とある大型テントの前で足を止めた。


「こちらに朝比奈様がいらっしゃいます。ただ、現在は撤退してきた攻略部隊の治療対応をされています。……くれぐれも、朝比奈様の集中を乱さないよう」

「了解」


 声を落として言う職員に、俺も小さく返す。

 できるだけ物音を立てないように、そっとテントの入り口をくぐった。


 中はかなり広い。

 複数台のベッドが余裕を持って設置されている。

 そこに寝かされている男が一名と、部屋の隅に立ち尽くす四名の男女。

 合わせて五名。彼らがS級ダイバーだろう。


 そしてベッド脇には、よく見知った顔の女――朝比奈が立っていた。


「これは……ひときわ酷い怪我ですね」


 朝比奈が呟く。

 ベッドの上の男は、かなりの重傷を負っているようだった。

 普通なら、既に危険な状況だろう。

 ……普通なら、だが。


「すぅ……」


 朝比奈は小さく息を吸いこみ、両手を男の上に掲げる。

 周囲の魔力がその手に集まった。


「――『生命の大樹(ユグドラシル)』」


 最初は、細い緑の光の筋だった。


 それが朝比奈の足下から伸びる。

 彼女の背後で広がって、やがて木の形になる。

 

 幹は透き通るような翡翠色。

 枝葉は淡い光で編まれている。

 そこから、葉脈のような無数の光が男へと降り注いだ。


「う……!」


 男が呻いた。

 折れていた腕が、ゆっくりと正しい位置に戻っていく。

 腹部の裂傷が塞がる。

 流血が止まる。

 土気色だった顔に、少しずつ赤みが戻っていく。

 止まる寸前に見えた浅い呼吸が、規則的で深いものに変わる。


 生命維持から身体強化まで含めた、高出力の回復系能力。

 これが世界ランク19位、朝比奈 柚葉の『生命の大樹(ユグドラシル)』だ。 


 瀕死の重傷になっても、朝比奈がいれば生き返る。

 本来なら失われるはずだった命を、繋ぎとめる事ができる。

 何が起こるか分からない未知の空間(ダンジョン)において、これほど頼もしい能力はない。


 だから朝比奈は重宝される。

 ダイバーという存在の価値が上がれば上がる程、朝比奈の価値も増す。


 ――20年前に、朝比奈がいれば。


 そんな()()()()を、俺は喉の奥で飲み込んだ。 


「……ふう」


 朝比奈が小さく息を吐くと、背後の大樹の幻影が消えた。

 ベッドの上の男は、まだ目を覚ましてはいなかった。

 けれど外傷は消え去り、呼吸も安定している。


「一晩休めば元気になります。無理に起こさず、このまま安静に」

「っ……ありがとうございます! 朝比奈さん!」


 部屋の隅にいたダイバーの一人が、朝比奈に頭を下げた。

 そして別の一人が悔しそうに拳を握る。


「すみません……無理を言ってもう一度挑戦させていただいたのに、今回も突破できませんでした……!」


 朝比奈は柔らかく微笑んだ。


「気にしないでください。これが私の仕事ですから」

「……不甲斐ない限りです」

「それに皆さん、私を出動させまいと奮起してくださったんでしょう?」

「そ、それはそうですが……」

「そのお気持ちだけで充分です。今はまず、皆さんが生きて戻ってきてくれたことを喜びましょう」


 朝比奈の返答に、ダイバーたちが言葉を詰まらせた。

 

 へえ、大人じゃないか。

 俺の前では結構子どもっぽいけど、しっかり仕事してんだな。

 文月といい朝比奈といい、立派になったもんだ。


 なんて感心していると、ふいに朝比奈の肩がぴくりと跳ねた。


「……あら?」


 小さく呟いて、鼻を鳴らし始める。


「くんくん……すんすん……」

 

 おい、何してんだお前。


「この匂いは……!」


 朝比奈がくるりと振り返った。

 俺と目が合う。

 次の瞬間、その顔がぱあっと緩んだ。


「――御影先生ぇ!」

「うおっ!?」


 ぴょーん、と飛んできた。

 比喩じゃない。本当に飛びかかってきた。

 俺は咄嗟に受け止める。


「先生ぇ……先生ぇ……」


 朝比奈の腕が俺の背中に回され、そのまま胸元に顔をぐりぐり押し付けてきた。


「本当に来てくださったんですねぇ……」

「来た。来たから。いったん離れような?」

「先生の匂いがしますぅ……」

「それこの前も言ってたけど俺そんな臭う? 結構ショックなんだけど」


 風呂は毎日入ってる。

 指南役の給料が入って、服もちゃんと新調した。

 最低限の清潔感は保っているはずだ。

 それでも臭うというのなら、それはもはや加齢……いや、考えるのはやめよう。


 ふと視線を感じて顔を上げると、S級ダイバーたちが目を皿のようにしてこちらを見ていた。

 そりゃそうなる。

 さっきまで聖母みたいな顔してた世界19位の女が、今は緩み切った顔で――


「はすはす、はすはす……」


 だもん。

 俺が逆の立場でも、三度見くらいする。


「朝比奈、すまん。剥がすぞ」

「あぁん」


 名残惜しそうにすんな。

 俺は朝比奈の肩を掴み、無理やりひっぺがした。


「お、お取込み中のところすみませんが……」

「いや、全く取り込んでないぞ。どうした?」


 S級ダイバーのうち、大柄な男が遠慮がちに口を開いた。


「貴方が東京支部から来た……?」

「ああ、御影 仁だ。よろしく」


 俺が軽く手を上げると、細身の女が困惑した顔のまま聞いてきた。


「し、失礼ですが……お二人はどういうご関係で?」

「関係か……難しいな。まあ、昔――」

「深く体を繋げたんですよねぇ?」

「だからお前は言い方!」


 最悪の割り込み方をしてきた朝比奈。

 俺はすかさずツッコミを入れる。

 S級ダイバーたちは、開いた口が塞がらない様子だった。


「ふ、深く体を……!?」

「ホラ、勘違いしちゃってんじゃねーか!」

「事実ですもぉん」

「切り取り方が悪質なんだよ!」


 俺は一度咳ばらいをして、答え直した。


「ま、早い話が師弟関係だな」


 朝比奈もこくんと頷く。


「はい。私の大切な先生ですぅ」

「あ、朝比奈さんの師匠……!?」


 大柄な男が驚く。

 細身の女も、俺と朝比奈を交互に見る。


「ですが、C級ダイバーのはずでは……?」

「ああ、C級だよ。大した実績はないからな」

「は、はあ……そうですか」

 

 S級ダイバーたちは、納得いったようないってないような、微妙な顔をした。

 まあ、信じられんよな。


「で、朝比奈はいつ潜るんだ?」


 俺は話を切り替えることにした。

 朝比奈はこてんと首を傾げる。


「そうですねぇ……先生さえよければ今からでもぉ」

「大丈夫か? さっき魔力を使ったばかりだろ」

「あれくらいの治療なら、大して影響はないですよぉ」


 朝比奈はくすくす笑った。

 さっきの重傷者を治して、大した影響はない……か。

 かなり魔力消費の激しい能力だったはずだが、それだけ成長しているという事だろうか。


「……じゃ、行くか?」

「はい」


 俺がそう言うと、朝比奈は嬉しそうに頷いた。

 その時。


「――ちょっと待ってください!」


 大柄なS級ダイバーが声を上げた。

 続いて、細身の女も一歩前に出る。


「我々四人も同行させてください」

「同行って……さっき撤退してきたばかりだろ?」

「ですが我々四人は比較的軽傷でした! まだ戦えます!」


 大柄な男の声には、悔しさがにじんでいた。


「我々だけでは届きませんでしたが、朝比奈さんの能力があれば、我々もお役に立てるはずです!」


 ダイバーたちの言葉を聞いて、朝比奈は俺に視線を向けた。


「先生、どうしますかぁ……?」

「俺に聞くなよ。お前がリーダーだろ?」

「でも、先生のご意見を聞きたいですぅ」


 そう言われると困るな……。

 俺は四人のS級ダイバーを見る。

 宣言通り、体のダメージは大したことなさそうだ。

 目も死んでない。

 負けた直後だからか、むしろ燃えているようにすら感じる。


「……わかった。来てもらおう」


 朝比奈が負けるとは思っていないが、戦力は少しでも多い方がいいだろう。

 それに彼らの言う通り、朝比奈の能力があれば、彼らでも役に立てる――というか、彼らだけで攻略できる可能性すらある。


「ありがとうございます!」


 S級ダイバーの四人は、引き締まった表情で頭を下げた。


 ということで。


 世界ランク19位。

 S級ダイバー四名。

 そして、なぜか混ざっているC級(おれ)

 この六人で、(たたら)ダンジョンの攻略へ臨むことになった。


 ……いや、これ俺()るか?


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