第8話 人選おかしいだろ
本話の前半は『文月 知世』視点です。
後半から『御影 仁』視点に戻ります。
「凄い……なんて成果なんでしょう……」
文月 知世はPCに打ち込んだレポートを眺める。
『御影 仁 特別指南記録』と銘打たれたその報告書には、彼が指南役に着任してからの1ヵ月が事細かに記録されていた。
「――七瀬 涼真、対人訓練成績が前月比で35%向上。田中 信一郎、かねてからの課題だった魔力消費効率の悪さが大幅に改善。大喜多 淳、S級ダイバーに昇格……」
誤記が無いかを読み上げながら確かめる。
一通り確認し終えて、文月は小さく息を吐いた。
仁の活躍は、完璧と言って差し支えない。
特に七瀬涼真を中心とした、若手たちの伸びが著しい。
最初は反発もあったが、今では仁が訓練施設に訪れた途端に、若手たちが集まってくるようになっている。
「流石の一言に尽きます。やはり先生は、指導者としても世界最高峰……」
文月は報告書を見つめながら、うっとりと目を細めた。
だが次の瞬間、その表情がわずかに曇る。
「ですが、少し人気すぎやしませんか……?」
人気なのは良い事だ。
本当に良い事なのだが、文月には大きな不満があった。
「――私との時間が、減りまくってる!」
完全なる私情だ。
始めのうちは、近所を案内したり昼食を一緒に取ったりと、そこそこ穏やかな時間を過ごせていた。
しかし今、そのポジションは若手たちに奪われてしまっている。
文月は今、深刻な『先生ロス』を患っていた。
「……いえ、落ち着きなさい知世。先生が忙しいのも今だけ。皆さんがある程度成長したら先生の需要も減るはず。その時を待つの。大丈夫。必ずその時はやってくるから」
わなわなと震える拳を必死に抑え、自分自身に言い聞かす。
そんな独り言を遮るように、PCが通話を受信した。
「長野支部から……?」
文月の表情が険しくなる。
慣れた手つきでヘッドセットを装着し、通話を許可する。
『――東京支部、聞こえますか。こちら長野支部です』
「聞こえています、用件をどうぞ」
『現在攻略中の鑪ダンジョンについて、進捗報告です』
「鑪ダンジョンですね、少々お待ちください」
文月はモニタに関連資料を表示した。
約2ヵ月前に、長野県北西部に発生したダンジョンだ。
先遣隊の調査の結果、S級と判定されている。
「お待たせしました、続きをお願いします」
『攻略状況ですが、芳しくありません。現在までに4度の突入を経て、いずれもボス部屋にすらたどり着けず撤退しています』
「4度も……?」
投入されているのは、S級ダイバー5名を中心とした攻略班。
さらに医療支援として、世界ランク19位の『朝比奈 柚葉』が派遣されている。
普通に考えれば、過剰と言っていい程の戦力だ。
『朝比奈様の力で被害は最小限に抑えられていますが、これ以上の停滞は避けるべきだと判断しました』
「……はい。続けてください」
『次の突入には、朝比奈様ご本人にも同行していただきたいと考えています』
(やっぱり、そういう報告だったか……)
文月の手が止まった。
朝比奈 柚葉という人物の希少性は高い。
それは単に「19位のランカーだから」というだけじゃない。
他のどのダイバーにも代わりのできない、貴重な能力を有しているからだ。
彼女に万が一のことがあれば、損失は計り知れない。
彼女は世界で唯一の、ダンジョン攻略が禁じられているダイバーなのだ。
「今回の用件は、朝比奈さんのダンジョン攻略許可の申請……ということでよろしいでしょうか」
『はい。前向きにご検討いただきたく』
文月は必死で思考を巡らせた。
朝比奈は世界ランク19位だ。
その実力は疑うまでもない。
S級ダイバーが束になっても敵わない難関ダンジョンであっても、朝比奈1人で充分攻略できてしまうだろう。
(だけど、念には念を入れたい……)
文月はすぐにダイバーの一覧表を確認した。
長野に追加戦力を派遣するためだ。
手の空いているS級……もちろんナシ。
日本にいる別のランカー……こちらも他の案件で手一杯。
訓練中のA級以下……送れないことは無いが、S級ダンジョンではサポートどころか足手まといになる可能性が高い。
(S級ダンジョンの魔物と戦えて、いざという時に朝比奈さんを守れる人なんて……)
「――あ」
文月の脳裏に、一人の顔が浮かんだ。
御影 仁。
戦力面では申し分なし。
経験値も群を抜いている。
それに朝比奈との連携もバッチリだろう。
適任すぎるくらいなのだが、文月にはその判断を渋る理由があった。
(先生と朝比奈さんを近づけるの、嫌すぎる……!!)
完全なる私情だ。
朝比奈は危険だ。
戦力的な意味では無い。
女の魅力がありすぎる、という意味だ。
抜群に顔が可愛いし、女の子らしくふわふわしているし、なぜか甘い匂いがするし、それに何より、もはや凶悪と言える程の胸囲を持っている。
文月は一度、目を閉じた。
(……これは仕事。私情を挟んじゃダメ)
心の中でそう唱え、目を開ける。
そこには、恋する乙女……ではなく、国際ダンジョン協会職員の表情があった。
「朝比奈さんのダンジョンへの入場を許可します。ですがそれに伴い、東京支部より追加戦力を一名派遣します」
『ありがとうございます……追加戦力? S級ダイバーですか?』
「……いいえ」
文月は、血涙を流しながら答えた。
「――C級ダイバーです」
『C級……?』
現地職員の声が露骨に揺れる。
無理もない。
S級ダンジョンにC級ダイバーを送るなど、正気の沙汰ではない。
だが、今回はこれが最適解なのだ。
「不安は分かりますが、問題ありません。こちらで責任を持ちます」
『は、はあ……。分かりました。派遣をお待ちしております』
通信を切る。
文月は椅子にもたれ、深く息を吐く。
「朝比奈さん。先生に変な事したら、タダじゃおきませんからね……!」
虚空に向かって、そう呟いた。
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「――朝比奈のサポートぉ? 俺がぁ?」
まったく予想だにしていなかった依頼内容に、俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
「い、行き先は?」
「長野のS級ダンジョンです」
「人選おかしいだろ……」
俺はこめかみを押さえる。
だって、そうだろ。
俺はC級だぞ、C級。
小鬼とか犬っころと戯れてるだけの、しがないおっさんダイバーだ。
「先ほども言いましたが、先生には朝比奈さんのサポートをお願いしたいと思っています」
「いやサポートされる側だって。俺が」
朝比奈、世界ランク19位なんですけど。
俺なんてもはや何百万位かも分かんねーよ。
ため息をつきながら、文月の瞳を見つめ返す。
「……一応聞くけど、サポートって何すりゃいいんだよ?」
「朝比奈さんと共にダンジョン攻略に参加してください」
文月の返答を聞き、俺は一瞬呼吸を止めた。
「潜るのか、朝比奈」
文月はこくりと頷く。
うーん、そりゃちょっと事情が変わってくるなあ。
朝比奈がいればほぼ確実に攻略できるとは思うが、万が一何かあった時がまずい。
ダンジョン協会に……いや、この世界にとっての大痛手だ。
「……分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
俺は頭を搔きながら答えた。
文月の表情が少しだけ明るくなる。
「ありがとうございます、先生」
「礼はいいよ、教え子のお守りをするのも師匠の仕事だ。……で、具体的な動きは?」
俺が問うと、文月はにっこりと笑みを浮かべた。
そして背後からぱんぱんに膨れた鞄を取り出して、机上に置く。
「細かいことは追って説明しますが、まずは大前提として、宿泊するホテルの部屋にこちらのセキュリティを追加してください」
「セキュリティ……?」
文月は鞄のチャックを開ける。
その中には、南京錠やらダイヤルロック、防犯カメラに警報機、果ては魔力駆動のバリア発生装置まで。
ありとあらゆる防犯グッズが詰め込まれていた。
「な、何だよコレ? こんなもん必要な――」
「大・前・提として! ホテルの部屋に! こちらのセキュリティを! 追加してください!!」
「お、おう……」
文月の鬼気迫る表情に、俺は頷かざるをえなかった。




