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第7話 指南役としての一歩目

「カヒュー……カヒュー……」


 七瀬はリング上に座り込み、今にも事切れそうになっていた。

 サラサラだった金髪も汗で額に張りつき、服もぐっしょり濡れている。

 そしてその顔面には、俺の細剣が付きつけられていた。


「く……」


 七瀬は悔しそうに歯を食いしばった。


「俺の、負けか……」

「――当たり前だバカ!!」


 俺は思わず声を張り上げた。


「もう()()()()だぞバカ! つか1試合目から完全なるお前の負けだバカ!」

「む、無念……! カハッ」


 七瀬はがくりと項垂れ、絶命した。

 うーむ、惜しい奴を亡くしたな。

 荒削りだが、光るものはあったのに。


 ……というのは冗談で。

 これは単に、魔力を使い果たしてしまったのだろう。


 ダイバーという人種は、魔力で自分の体を強化して戦う。

 筋力や反応速度、耐久力なんかを底上げすることで、魔物と対等に()り合えるようになるのだ。

 力の源である魔力が切れると、こうなる。


「文月、救護班を――」


 言いかけて、止める。

 白い服を着た職員たちが、既にリング周辺に待機していたからだ。


「……もう呼んでたか、流石だな」


 リングを囲んでいた魔力バリアが切れると同時に、職員たちがばたばたと上がってきた。


「七瀬さーん、大丈夫ですかー」

「……カヒュ」

「意識はありますね。軽度の魔力枯渇でしょう、このまま医務室へ」

「ハイ行きますよー、せーの」


 職員たちは手際よく七瀬の容態を診て、二人がかりで担いだ。

 が、なんと七瀬はそれを振り払う。


「ま、待て……」


 覚束ない足取りでこちらへ向きなおる。

 俺は眉をひそめた。


「おいおい。お前、まだ()るとか言うんじゃないだろうな……?」

 

 流石にもう相手してやらないぞ。

 見上げた根性だが、それで魔力が回復するわけでもなし。

 七瀬はそんな俺の予想とは裏腹に、深く頭を下げた。


「……疑って、そんで生意気言って……すみませんでした」


 静まり返った訓練場に、独り言みたいなこもった声が響く。


「アンタの実力は……本物す」


 七瀬は腰を折ったまま、顔だけこちらを向いた。


「これから、よろしくお願いします……御影先生」


 先程までの、尖った物言いではなかった。

 もちろん、悔しさは滲み出ている。

 格下だと思っていた相手に負けた悔しさ。

 それと、大見得を切っておいて、こてんぱんにされた恥ずかしさ。

 けれどそれらを全て嚙み殺して、強くなるために頭を下げている。


 いいじゃないか。


「……はは」


 俺は少しだけ笑った。

 細剣を自分の肩に担ぐ。


「任せろよ、期待のエリートくん」

「……す」


 七瀬はもう一度頭を下げたあと、今度こそ救護班に連れられて、リングを降りた。

 

「若いな」


 俺はその後姿を見ながら呟く。

 若くて、プライドが高くて、面倒くさくて⋯⋯だがとびっきりの才能がある。

 厄介なタイプだが、それでこそ鍛えがいがあるってもんだ。


「――先生!」


 文月がリングに上がってきた。

 

「お疲れさまでした」

「ホントだよ……ったく、起き抜けの運動は堪えるな」


 俺は大きく息を吐いた。


「ですが、流石ですね」


 文月はどこか誇らしげに言った。

 その眼鏡の奥の瞳は、宝物を前にした少年のように輝いている。


「上がったばかりとはいえ、A級ダイバーを余裕で圧倒していました」

「余裕なもんかよ」

「そうですか?」

「ああ。アイツ、弱点を突くたびにどんどん修正してきやがる」


 最初に指摘した溜めもそうだ。

 戦いを重ねるうちに、その溜めが短くなったり、逆に溜めを見せて誘ってきたりしやがった。


「アレでまだ22だろ? 大したもんだよ、まったく……ん、どうした?」


 文月が俺をじっと見つめてきていた。

 何かを待っているような、期待しているような、そんな様子。

 何だろうか……としばらく考えて、思い当たる。


「……お前はもっと規格外だな。まだ20歳(はたち)だったか?」

「っ、はい! その通りです! 文月は彼より2つも年下です!」

「それで世界ランク27位だもんなあ。正真正銘の天才だよ」

「はうぅ! もっと、もっと言ってください!」

「へいへい、凄い凄い」


 文月は「ふすー!」と鼻息を荒くした。

 もし犬なら高速で尻尾振ってんだろうな。

 かつての師とはいえ、こんなおっさんに褒められて嬉しいもんかね。


「何はともあれ、一件落着ですね」

「一件落着ねえ……初日からこれだと、先が思いやられるなあ」


 俺は腰に手を当て、肩を落とす。

 指導をするにあたって、最も大事なのが信頼関係だ。

 昔から付き合いがあるとか、人として信用できるとか、実績があるとか。

 それがあって初めて、この人の言うことを聞こうと思える。


 だが、そのどれも今の俺にはない。

 せめて仲良くなれればと思っていたのだが、早速痛めつけてしまった。

 これでは、信頼関係もクソも無い。


「……そうでもないみたいですよ?」


 文月が言った。

 彼女が視線で示す方へ振り返る。

 すると、訓練場に集まっていたダイバーたちが、こちらをキラキラした瞳で見つめていた。


「凄ぇよおっさ――いや、御影先生!!」


「……へ?」


 一人が声を上げた。


「七瀬の奴をああもコテンパンにできるなんて、ただ者じゃねえや!」

「しかも見たか!? 七瀬(アイツ)、戦うたびにどんどん動きが良くなっていって……!」

「ただでさえ強い七瀬くんが、もっともっと強くなった! 本当に凄い先生だよ!」

「御影さん! 俺も指導してくれぇ!」

「ぼ、僕も!」

「私もお願いします!」


 一斉に声が飛んでくる。

 ダイバーたちが、わっとリングの近くに集まってきた。

 さっきまで訝しげな視線を送っていた奴らも、例外なく前のめりになっている。


「お、おいおい……ちょっと待てってば! 順番! 順番に喋れ!」

 

 俺は両手を上げ、どうどうと彼らを落ち着かせる。

 すると、隣で文月がふふっと笑みを零した。


「先生、人気者ですね?」

「笑ってないでどうにかしてくれよ……!」

「彼らをどうにかするのが、指南役のお仕事ですよ」


 文月は嬉しそうに言う。

 その顔を見ると、文句も言いづらい。

 

「御影先生ぇー! オレの動きを見てくれー!」

「あっ、ずりぃ! 俺が先に並んでんだぞ!」

「それなら私だって、次の依頼が迫ってるんだから緊急性大よ!」


「――分かった分かった! まずは一人ずつだ! 自分の名前とランク、あと困ってることを言え!」


 俺が声を張り上げると、集まった奴らの顔がぱっと明るくなる。

 そこで俺は、人差し指を立てた。


「……ただし昼飯の後だ。朝から何も食ってないんだよ」


 訓練場にどっと笑いが起きた。

 その笑いの中で、文月が小さく頭を下げる。


「では、これからよろしくお願いします。先生」


 こうして、俺の指南役としての日々が幕を開けた。

 いきなり出鼻を挫かれた……かと思ったが、怪我の功名ってやつかな。

 良い感じのスタートを切れたらしい。


 しかし、前線を退いてから約20年間。

 徹底して面倒事から逃げ回っていた俺が、ダイバーの指南役か。

 それに今朝の夢といい……。

 

「……そろそろ、向き合う時が来たってことか?」


 視線を伏せ、ぽつりと呟く。


「先生?」


 きょとんと小首を傾げる文月に、俺は首を横に振った。


「そうだ、良い飯屋を紹介してくれ。腹が減ってしょうがない」

「はっ!? ご、ご、ご飯をご一緒できるということで!? 今すぐ在社中の職員全員にヒアリングして周辺のおすすめランチ一覧表を製作して参ります!!」

「おい!? ちょ、文月!?」

 

 どぴゃーっと全速力で去っていってしまった。

 まったく、情緒がよくわからん奴だ……。


 こうして俺の指南役としての日々が始まった。

 思った通り、騒がしくて面倒で、腹が減る仕事だ。

 だが、三十代でC級のしがないおっさんでも、必要としてくれる場所があるってのは――



「――悪くないもんだな」

仁が指南役になったことで、ここから物語が大きく動き始めます。

御影 仁という男が「ただのおっさんではない」と世界に知られていく様を、ぜひご覧ください。


続きが気になる、仁の活躍をもっと見たい、弟子とのやり取りが好き!

もしそう思っていただけましたら、応援等で支えていただけると嬉しいです。

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