第6話 C級おっさん VS A級エリート
リングに上がって前方を見据える。
俺の正面には、金髪のイケメンくん――七瀬 涼真がいた。
細剣を片手にこちらを睨んでいる。
A級ダイバーか。
昨今はダンジョンの難度が増しているせいで力不足の印象が否めないが、ダイバーの中で言えばかなりの上澄み。
一般人から見れば、十分化け物だ。
「……久々の強敵だな」
ぽつりと呟く。
前線を退いてからおおよそ20年間、俺は低ランクダンジョンにしか行っていない。
口では軽くあしらっているが、舐めてかかれる相手じゃない。
少し集中しないとな。
俺は肩や首を回して骨を鳴らす。
「そういえばアンタ、武器は?」
七瀬が問う。
自前の剣は宿に置いてきてしまった。
だって、いきなりこういう展開になると思ってなかったし。
「そうだな……」
俺は周囲を見回す。
「おい、誰か剣を貸してくれないか。できれば細いやつがいい」
すると、観衆の一人が細剣を掲げた。
「これでよければ!」
「助かる」
投げ入れられた剣を受け取る。
軽く振り、感触を確かめた。
「へえ。見た目に似合わず、アンタも細剣使いなんすね」
「いや? んなことないよ」
「は? だってそれ……」
「お前がこの武器だから合わせただけ」
「なっ……!」
俺が言うと、七瀬の眉が跳ねた。
「とことんナメやがって……! 後悔させてやりますから!」
うーん、完全に怒らせてしまった。
別に煽るつもりはなかったんだがな。
戦いの中で、俺は七瀬へ弱点を伝えたい。
そのメッセージに、武器の相性差という不純物が混ざってほしくなかっただけなのだが……こいつはどうも俺の言葉をイチイチ悪い方へ受け取るな。
そんな事を考えていると、リングの周囲に薄い光の膜が走った。
魔力バリアが起動したらしい。
周囲のさわめきが少しだけ遠くなる。
「お待たせしました。先生の訓練場使用許可が下りましたよ」
リングのすぐ下へ文月が駆け寄ってきた。
「助かるよ。ありがとな」
「ですが、本当に大丈夫ですか?」
文月は心配そうにこちらを見た。
その言葉に、七瀬が鼻で笑う。
「ハッ。安心してくださいよ文月さん、怪我はさせませんから」
だが、文月はきょとんとする。
「いえ。A級とはいえまだ若手なんですから、あまりいじめないであげてくださいね……という意味だったのですが」
ふ、文月さん言うねえ……。
本人煽った自覚無いんだろうけど。
周囲がしんと静まり返り、正反対に七瀬の顔は赤くなる。
「あ、アンタも実力が見えてない口すか!」
「見えているから心配しているのですが……?」
「っ……いいでしょう! 実力で証明しますから!」
文月からの憐れみの視線が、かなり効いたらしい。
七瀬は細剣を構え、いっそう鋭い視線をこちらに向けてきた。
「どこからでもいいぞ」
「――ハァッ!」
七瀬が力強く踏み込んだ。
やはり速い。
床を蹴った瞬間もう間合いの内側にいる。
上から動きを見てなかったら、不意を突かれてたかもしれないな。
俺は半身になって、七瀬の突きを躱した。
「躱された……!?」
「直線的すぎ」
すれ違いざまに言う。
「怒ってるのは分かるけど、あんま感情に左右されるな」
「くそっ!」
七瀬がすぐに振り向いて、二撃、三撃と突きを放つ。
俺は剣の腹を軽く当て、刃を滑らせるようにしてそれを逸らした。
甲高い金属音が鳴り響く。
「す、すげえ……!」
「あの七瀬の攻撃をいなした……!?」
「何者だよあのおっさん!」
リング外から微かに観衆の声が聞こえる。
七瀬の表情がさらに険しくなった。
「――まだだァ!」
七瀬が距離を詰め、また三連撃。
もちろん全て一級品の攻撃。
速さも狙いの良さも素晴らしい。
だが、やはり全部同じだな。
一、二、三回。
攻撃を躱すと、七瀬はそこで身体をわずかに仰け反らせた。
呼吸を吐き、腰を戻す。
次の踏み込みを行うためのタメだ。
俺はその瞬間、前に一歩踏み出した。
「っ!?」
七瀬の目が見開かれる。
俺の振るった細剣は、吸い込まれるように相手の喉元へ。
ぴたり。
皮膚にすれる寸前で止める。
七瀬の喉が、ごくりとなった。
動けない。
あと1㎝でも前に動けば突き刺さる。
そういう位置だった。
「上から見てた時に気づいたんだが、攻撃のリズムが毎回同じだな」
「こ、攻撃のリズム……?」
「三回撃って溜め、三回撃って溜めってな? そのサイクルも毎回同じだし、攻撃の速度も常に一定だ。緩急がない。いくら動きが早くても、タイミングが同じなら躱すのはそう難しくない」
がち、と七瀬の奥歯が鳴った。
「これまで潜ってきたダンジョンはそれで充分だったんだろう。対応される前に倒してしまえるから、癖を直す必要も無かった」
若手の有望株。
恵まれた身体能力を活かして、敗北を知らずにとんとん拍子でA級へ。
輝かしい経歴だが、だからこそ攻撃のバリエーションが少ない。
俺は切っ先を七瀬の喉に押し当てた。
「それじゃ死ぬぞ。ここから先はな」
七瀬は何も言わなかった。
俺は剣を下ろし、ふうと息を吐く。
「ま、若いのに大したもんだよ。これからまだまだ――」
「認めてない」
「……あん?」
七瀬が顔を上げた。
額に汗を浮かべ、呼吸は乱れている。
だが、瞳の闘志の炎は消えていなかった。
「俺は、俺を認めさせることができれば言うことを聞く、って言ったんだ」
「や、だから今、お前を倒して」
「――認めない!」
七瀬は力強く叫んだ。
「あんなまぐれ当たりで認めてなんかやるもんか!!」
えええええ……。
負けたんだからそれでいいだろ……?
「めんどくさ、お前」
「うるさぁい! 俺はまだ認めてないからな!」
「な、七瀬君!」
文月がリングの外から声をかける。
「それはちょっと、あまりにもダサ……」
「うるさいうるさい!!」
文月が言い切る前に七瀬が遮った。
リング外のダイバーたちも、何とも言えない顔をしている。
仲間を応援したい気持ちと、でもそれは流石にダサいだろ、という気持ちがないまぜになったような表情だ。
「偶然だァ……!」
七瀬は剣を握り直した。
「今のは、たまたまタイミングが良かっただけだ!」
「たまたまじゃないって、攻撃後の隙を狙ったんだよ」
「聞いてない!」
「聞けよ、今から教えることなんだから」
「教わるなんて誰が決めた!?」
俺は後頭部を掻いた。
こいつ、めっちゃクソガキだ。
いや、22歳なんてそんなもんか?
「……わかったわかった。それじゃ、もっかいやるか?」
七瀬の顔がぱあっと明るくなった。
「ハハ、今度こそほえ面かかせてやる!」
「完全に小物のセリフなんだよな……」
まあ、若い奴の鼻っ柱を叩き折るのも大人の仕事ってやつだ。
俺は細剣を構えなおした。




