第5話 若手は尖ってナンボ
「あ゛ー……寝不足だ……」
洗面台の鏡で、ゾンビみたいな顔色の自分を見る。
昨晩は久々に悪夢を見たのと、あとは朝比奈&文月が押しかけてきたせいでろくに寝られなかった。
「準備するかあ……」
だが、今日は指南役としての初出勤日である。
こういうのは最初が肝心だ。
舐められてしまっては、指導も右から左だろう。
俺は顔を洗い、無精ひげを剃り落とした。
あとは、伸びっぱなしのうねった長髪をゴムで止める。
「……ちったあマシになったか」
そう呟いて、俺は洗面所を出た。
そして財布とスマホ、鍵だけをズボンのポケットにしまい、ジャケットを羽織る。
備え付けのリ〇ッシュを全身に浴びてから、部屋を後にした。
宿舎のエントランスには、既に文月がいた。
ダンジョン協会職員の制服を着て、背筋を伸ばして立っている。
ぱっと見は、仕事のできる真面目な人って感じだ。
ぱっと見はな。
「悪い、待たせたか」
「おはようございます、先生……えぇ!?」
こちらを見た文月が素っ頓狂な声をあげた。
目を丸くしている。
「ど、どうした……?」
「いえ、その……!」
文月の顔が赤い。
顔を手で隠しながら、指の間からこちらをちらちら見ている。
「か……」
「か?」
「かっこい……いえ! 何でもないです!!」
ぴしゃんと言って、文月はぶんぶん顔を振った。
朝からどうしたんだコイツは。
俺は気を取り直して、文月に再び問いかける。
「結構待たせちゃったか?」
「あっ、いえっ、今来た所ですので!」
「……本当か?」
訝し気に目を細めると、文月は「ひぐっ」と喉を鳴らした。
視線がわずかに横に泳いだのを、俺は見逃さない。
「あの後、ちゃんと帰ったか?」
「…………ハイ」
「急に声ちっさ」
今朝、五時ごろ。
俺の部屋に朝比奈と文月が来た。理由は知らん。
俺はすぐに二人とも追い出した。
朝比奈は名残惜しそうにぶーぶー言ってたし、文月は文月で「説明を! 納得のいく説明を求めます!」と食い下がっていたが、問答無用で放り出した。
たぶん文月、そこからずっと待ってたんじゃないかな。
「……大方、俺がどこにも行かないか見張ってたんだろうが」
「ぎくっ」
「逃げねえよ。やるって約束したからな」
「せ、先生……!」
緑の瞳を潤ませる文月に、俺はやれやれとため息をつく。
「それじゃ行くか。訓練施設とやらは近いんだっけか?」
「あ、はい! ダンジョン協会の東京支部、この宿舎、そしてダイバー用の訓練施設は同一敷地内に併設されていますので、徒歩移動が可能です」
俺たち二人は宿舎を出て、訓練施設に向かった。
朝の涼しい空気が肌に当たる。
「本日は初日ですので」
前を歩く文月が言う。
「いきなり訓練に入っていただくのは難しいと思います。まずは施設の案内と、現在訓練中のダイバーの様子を見ていただいて、今後の方向性を考えましょう」
「そうだな、その方が俺も助かる」
心の準備ってやつがあるから。
昨日見上げたガラス張りのビルを超え、さらに奥へ。
すると、横に長い建物が現れた。
入り口の自動ドアを抜け、内部の広いロビーへ。
受付には制服姿の職員がいて、奥の通路にはラフなスポーツウェアの若い奴ら。
恐らく訓練中のダイバーだろう。
朝早くから偉いな。
「つか、すげえ綺麗な場所だな。訓練っていうより、病院とか研究所とか、そんな感じだ」
「はい。実際、その両方も兼ねていますから」
隣で文月がこくりと頷く。
「様々なトレーニングはもちろんのこと、最新鋭の装備を実験したり、訓練トラブルで発生した負傷者のケアなども行えるんですよ」
「へえ……俺の知ってる訓練場とは違うなあ」
なんて会話をしながら、文月に促されて二階への階段を上る。
いくつかある大きな両開きの扉を開けて、訓練場の中へ入った。
案内された先は、だだっ広い体育館のような場所だった。
天井が広く、俺が今いる二階は階段状に椅子が配置され、観覧席のようになっている。
そこから見下ろせる一階には、四辺を光の膜で囲ったリングがいくつも設置されていた。
「ここが対人訓練室です。訓練模様を把握するには、ここが一番早いかと」
「なるほどね。あの光の膜は……魔力バリアか?」
「はい。一定以上の衝撃を吸収し、流れ弾を防ぎます」
「便利なもんがあるんだなあ」
科学の進歩に感心しつつ、俺はリングの中のダイバーたちを見る。
剣や槍、盾に銃なんかもいるな。
思い思いの武器を使ってスパーリングに励むダイバーたちは、見たところ、全員よく鍛えられているように見えた。
「しっかり強いじゃねえか、皆」
俺は手すりにもたれかかりながら言う。
「俺が出る幕、あるか?」
「勿論あります。先生のご指導はレベルが違いますから」
「そ、そうかねえ……」
真面目な顔でそう述べる文月。
冗談じゃないんだろうな。本気でそう思ってんだ。
俺は改めて下を見る。
その中で、ひときわ目立つ奴がいた。
金髪のセンターパート。
背は高く、体つきもがっしりしている。
歳は20代前半くらいだろうか。
細身の剣を使ってヒットアンドアウェイの戦法を取る姿は、かなり様になっていた。
「……アイツ名前なんて言うの?」
「はい?」
「あの金髪」
「ああ、彼ですね」
文月が慌ててタブレットを操作する。
「ええと……名前は七瀬 涼真。22歳で現在A級……わ、凄い。ダイバー登録から一年でA級まで上がっていますね」
「信じられない昇格スピードだな」
「過去の成果を見ても、ほぼミスなく依頼を達成してきてますね……期待の若手と言って差し支えないかと」
だろうな。
だってアイツ、明らかに強いもん。
ただ……。
「彼が何か?」
文月がこちらを見て小首を傾げる。
「……いや、そろそろ死にそうだなと思って」
「死っ……!?」
「ああ、悪い。ただの感想だから気にすんな」
「気にすんなって……」
俺はそう言って、もう一度七瀬の動きを見つめた。
すると、文月がおずおずと聞いてくる。
「……せっかくなので、訓練中の皆さんに先生をご紹介しましょうか」
「え、今?」
「はい。今後関わっていくので、早い方がいいかと」
「いや、ちょ、俺まだ心の準備が」
「大丈夫です。先生なら」
「その根拠のない自信はどこから来んだよ……」
すたすたと階段へ向かう文月。
俺は仕方なく後を追った。
一階へ降りると、訓練中のダイバーたちはすぐ文月に気づいた。
「お、おい、アレ文月さんじゃねえの……!?」
「えっ、本人!? マジ!?」
「マジじゃん! うわあ流石世界ランカー、オーラがちげえな……!」
どんどんざわめきが広がる。
スパーリングしていた者たちの手が止まり、こちらに視線が集まった。
そりゃそうだ。
世界ランク27位で、テレビにもバンバン出てる大スター。
若手からしたら憧れの的だろう。
そんな羨望の視線にも慣れた様子で、文月は大きな声を出した。
「皆さん! 少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか!」
その言葉に、さっきまであちこちでスパーリングをしていたダイバーたちが、ぞくぞくと集まってくる。
ざっと、合計30名ほど。
「皆さんもご存じの通り、現在、世界的にS級ダイバーの数が不足しています。その状況を打破するために、協会ではA級以下の育成強化を進めることになりました!」
集まったダイバーたちの表情が引き締まる。
「その一環として、皆さんの特別指南役になっていただく方をご紹介します――こちら、御影 仁先生です!」
文月が俺を手で示しながら言った。
ダイバーたちにじろじろ見られた俺は、軽く頭を下げてみた。
反応はまちまち。
素直に会釈を返す者もいれば、にこにこ愛想よくしている者も、誰だコイツと訝しげに睨む者もいた。
「とはいえ、まだ具体的な準備は整っておりません。時期が来ましたら皆さんの訓練に関わっていただく予定をしておりますので、よろしくお願いします」
文月がぺこりと礼をする。
するとダイバーの中から、はっきりと声を出す者が一人だけ。
「――アンタ、実績はどんなもんなんすか」
さっきの金髪くん――七瀬涼真だ。
周囲の奴らがぎょっとした顔で彼を見る。
すげえ度胸だな。この空気感の中で前に出れるか。
「七瀬くんですね。実績とは?」
「言葉通りの意味っすよ。俺たちだって命がかかってるんだ。得体の知れないおっさんにただ従うなんて、できっこないっす」
ま、当然の言葉だな。
小汚いおっさんが出てきて、今日から指南役ですと言われても困るだろう。
七瀬は鋭い目つきでこちらを睨みつけ、続けた。
「例えば世界ランカーだとか、そうじゃなくてもS級だとか、過去に高難度の依頼を何度も達成してるとか……そういうの、ないんすか?」
「なるほど。でしたら、先生は私や上位ランカーの――」
「文月」
文月が言いかけた言葉を、俺は手で制する。
確かに世界ランキングの中に、かつて俺が関わってきた奴らがいる。
だが、それは別に俺の手柄や実績じゃない。
アイツらが頑張っただけなんだ。
「――悪い。実績は特にない」
俺は一歩前に出て、七瀬の目をまっすぐ見返した。
集まったダイバーたちがざわつく。
「ダイバーランクはC。強いて自慢を挙げるなら、この業界に20年いるってことくらいかな」
七瀬の目が、ひときわ鋭く光る。
「C級が指南役だって……? フザけてんすか。協会から予算が降りないって噂は聞いてたっすけど、ここまでとはね」
「っ……七瀬君! 言葉を選びなさい!」
「文月さんのことは尊敬してます。でも、それとこれとは別だ」
七瀬は俺を睨みつけて言う。
「C級のおっさんダイバーに教わることなんてありません。少なくとも、俺には」
「いい加減に――」
「まあまあ、無理もないさ」
俺は文月の言葉を遮り、肩をすくめた。
「彼の言う通りだよ。いきなり納得しろって言う方が無理さ」
俺は笑みを浮かべながら七瀬を見る。
「徐々に慣れてくれればいい。気が向いたら話を聞きに来てくれ。君に教えたい事もたくさんあるんだ」
「教えたい事……?」
「ああ、さっき訓練の様子を上から見てたんだが、ちょっと気になることがあってね」
「っ……だから、アンタに教わることは無いって言ってるでしょう!」
七瀬はむしろ苛立ちを強くした。
俺の態度が気に食わなかったのだろうか。
「わかりましたよ! なら今ここで、俺と勝負してください!」
「えっ」
えっ。
思わず心の声がそのまんま漏れた。
なんでそうなる?
「勝てとは言いません、C級のアンタとA級の俺じゃ実力も段違いなことは分かってますから。……ただ、何か一つでも俺を認めさせることができれば、素直に指導に従いますよ」
「み、認めさせられなかったら……?」
「一生アンタの言うことは聞きません」
こ、子供か……!?
若手たちがどよめく。
中には「やれやれー!」とこの状況を楽しんでいる者もいた。
「先生、どうされますか……?」
文月が不安げに聞いてくる。
俺はため息をつきながら頷いた。
まあ、ちょうど良いかもしれないな。
こいつには、言いたいことがいくつかあったから。
「ああ、いいよ。面倒くさいけど、ちょっと小突いてやれば済む」
顎で近くのリングを指す。
「――上がれ、七瀬」
七瀬の口元がわずかに上がった。




