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第10話 鑪ダンジョン攻略記

 中に入った瞬間、肌がぞわっと粟立った。

 魔力濃度が高いのは外からでも感じていた。

 しかし、内部はやはりその比じゃない。

 息を吸うたびに、肺の奥へ粘ついたものが入り込むような気持ち悪さがあった。


 石壁や床の表面には、枯れた根のような文様が走っていた。

 まるで、ダンジョンに血管が通っているみたいだ。

 

「……嫌な場所だな」


 心の声が思わず零れる。

 その直後、前方のS級ダイバー四名から声が上がった。


「――敵襲だ!」


 暗い通路の奥から唸り声が届く。

 現れたのは、黒い毛皮の獣型の魔物だった。


「デーモンウルフちゃんですねぇ」


 隣で朝比奈が呟く。

 いや、ちゃんってお前。

 めちゃくちゃ強い魔物なんだけど。

 S級ダンジョンでも限られた場所にしか出ないし。

 こんなのが道中でゴロゴロ出てくるなら、そりゃS級が五人いても厳しいわなあ……とか思ってたぞ、俺。


「朝比奈さん! お願いします!」

「はぁい」


 女のダイバーに促され、朝比奈は両手を胸の前に掲げた。


「――『生命の大樹(ユグドラシル)』」


 朝比奈の背後に現れた大樹から光が降り注ぎ、S級四名の身体を淡く照らした。


「すげえ! 力が無限に湧いてくるみてーだ!」

「これならデーモンウルフも余裕ね!」


 S級ダイバーたちが散開し、デーモンウルフを囲む。

 その動きの速さは凄まじく、四方からの同時攻撃であっという間に討伐してしまった。


「皆さん、お疲れ様でしたぁ」


 朝比奈がぱちぱち拍手をして、『生命の大樹(ユグドラシル)』を解く。

 緑の光はふっと消え去った。


「朝比奈さん、これ凄いですよ! 羽が生えたみたいに身体が軽くなって……!」

「しかも、魔力を消費した感じがしない!」


 S級ダイバーたちは、興奮した様子で朝比奈に駆け寄る。

 朝比奈は何でもないことのように、にこっと微笑んだ。


「それが、『生命の大樹(ユグドラシル)』の効力ですからぁ」


 さらっと言うが、普通に反則級だ。

 朝比奈の能力は回復だけじゃない。

 生命力を活性化させ、身体能力を底上げする。

 さらに自分の魔力を他者へ譲渡し、魔力切れを補うこともできる。


 早い話が、味方をスーパーマ〇オのス〇ー状態にできるってことだ。

 ただでさえ強いS級ダイバーがもう一段階強化されて、そのうえダメージも疲労も魔力切れも気にせず全力で暴れることができる。

 ぶっとんだ能力だよな。

 

「いける! これならボスまで辿り着けるぞ!」

「残してきたフミヤの分も頑張りましょう!」

「おー!!」


 S級ダイバーたちが歓喜の咆哮をあげていた。


「……こりゃ、俺の出る幕ないかもな」


 その後方で、ぽつりと呟いた。

 

 いや、良い事だよこれは。

 俺が何もしないで済むなら、それが一番いい。

 後ろで腕組んで「ホホホ……流石ですねぇ皆さん」とか言っときたい。

 なんてくだらない事を考えていたら、隣の朝比奈がとんと肩を触れさせてきた。


「……どうでしたかぁ?」


 上目遣いで聞いてくる。

 俺は素直に頷いた。


「さすが世界ランク19位様……って感じだよ」

「ああっ、からかってますねぇ」


 朝比奈はぷくーと頬を膨らませた。

 俺は苦笑しながら謝る。

 

「すまんすまん。でも、本当に感心してるぞ」

「むぅ、許してあげましょう。……ですが、今日は何だか調子が良い気がしますぅ。先生がいてくださるからですかねぇ?」

「それで戦闘力が上がるなら、俺は一生置物として生きてくよ」

「はっ……! 先生の等身大ぬい……!?」

「おいちょっと待て、何か変なこと閃いてんだろ」


 そんな軽口を叩きながら、俺達は先へ進んだ。

 もちろん道中で魔物は何度も出現した。

 どれもこれも厄介な魔物だ。

 普通に出くわしたら即死レベルの奴ばっかり。

 だが、朝比奈の支援を得たS級四名の相手ではなかった。


 順調にしばらく進んだ時、ふと、鼻の奥に血の匂いが刺さった。

 

「くっ……!」


 俺は思わず足を止める。

 鈍器で殴られたような痛みが脳へ走った。


『――仁! こっちだ!』


 脳裏で誰かが俺を呼ぶ。

 視界の端が黒く滲む。

 ……ああ、マズい。こんな所で来るな。


『――足を止めるな! 走れ、仁!』


「ぁ……たい、ちょう……」


 喉の奥から掠れた声が出る。

 脳裏に響く叫びがどんどん大きくなって。

 脳の痛みも強くなって。

 目の前が真っ暗に――




「――先生?」

「っ……」


 朝比奈の声で、現実に戻った。

 気づけば、朝比奈がこちらを見ていた。

 薄茶色の瞳が不安そうに揺れている。


「だ、大丈夫ですかぁ……?」


 俺は何度か瞬きをして、大きく息を吐いた。


「何でもねえよ。歳食うと、これくらいの段差でも躓くんだ」

「段差、ないですよぉ」

「あるんだよ。お前には見えない段差がな」

「……そうですかぁ」


 朝比奈は少しだけ視線を伏せ、それ以上追求してこなかった。

 朝比奈のおかげで助かった。

 今ここで、情けない所を見せるわけにはいかない。

 弟子を助けるために来てるってのに、俺が膝を折ってどうする。


「……悪い。先に進もう」


 俺たちは、攻略を再開した。




------




「――はっはっは! やった! もう辿り着いたぞ!」


 ボス部屋へと続く巨大な扉の前で、S級ダイバーの一人が勢いよくガッツポーズをした。

 

 攻略開始から三時間ほど。

 順調に攻略を進めた俺達は、最深部に到達した。

 朝比奈もまだ魔力は余裕がありそうだし、S級四名の士気も高い。

 だが、だからこそ。

 慎重にいった方がいいと思った。


「……一度、確認しよう」


 俺が言うと、S級ダイバーたちが一斉にこちらを見た。


「確認、ですか?」

「ああ。順調すぎて嫌な予感がする。ボスもどんなタイプか分かってないことだし、いきなり突っ込むのはやめた方が――」

「大丈夫ですよ!」


 S級ダイバーの一人が力強く言った。


「朝比奈さんの力があれば、どんなボスでも押し切れますって!」


 他の三人もそれに同調する。


「道中も楽勝だったしね!」

「それに、もし多少崩れたとしても、朝比奈さんの能力で回復できる」

「理由もなく、ここで足踏みはしたくないです」


 イケイケって感じだな。

 まあ、気持ちは分かる。

 実際、ここまでは魔物を圧倒できてたしな。

 俺も何か根拠があって止めてるわけじゃない。

 変に士気を下げない方がいいのかも、とも思う。


「……ま、朝比奈がいる限り大丈夫か」

「はい。どれだけ皆さんがバラバラになっても、私が治しますぅ」

「バラバラになる前提で話さないでくれ、怖いから」


 俺はため息をつきながら扉を見た。

 嫌な感じは消えないが、行くしかない。


「準備はいいでしょうか、皆さん」


 全員が頷いたのを確認し、一人のS級ダイバーが扉に手をかけた。

 重い音を立てて扉が開く。


 中は広い円形の空間だった。

 部屋の中央には、一頭の鹿が立っている。


「アレがボスなのか……?」


 誰かが呟いたが、誰も返事をしなかった。

 皆、違和感を抱いていたからだろう。


 見たままを言えば、()()()鹿()


 痩せた肉体に骨ばった脚。

 力なく垂れた首。

 頭に生えた角も、枯れ木のように白く細い。

 感じる魔力の圧もそこまでじゃない。

 少なくとも、道中で現れた魔物の方がよほど強そうだった。


 何かがおかしい。

 S級ダンジョンのボスには見えない。

 まさか弱いわけじゃないだろう。

 これは、何かを隠している。


「……おい、やっぱり一旦――」

「いけるぞお前ら!」


 一人が声を上げた。

 それを合図に他三人のS級も武器を構える。

 

「朝比奈さん、強化を頼みます!」


 言われ、朝比奈が両手を掲げた。

 すぐさま淡い緑の魔力が広がっていく。

 その光がS級ダイバーたちに届こうとした、その時。

 ボスから魔力の揺らぎを感じた。

 

「――待て! 何かあるぞ!」


 俺は叫んだ。

 だが、間に合わなかった。


「――『生命の大樹(ユグドラシル)』」


 朝比奈が唱え、強化の光が降り注ぐ。

 次の瞬間、ボスの角が超高速で伸びた。

 幾重にも枝分かれし、S級ダイバーたちの四肢を絡め取る。

 そしてそのまま、身体を宙へ吊り上げた。


「ぐ、あ……っ!」

「くそっ、外れないぞ……!?」


 四人は抵抗するが、角はびくともしない。

 彼らの身体を包んでいた緑の光が、角を伝ってボスへ流れていくのが見えた。


「あれは……」


 呟いた瞬間、隣で朝比奈の身体がぐらりと揺れた。


「朝比奈!?」


 慌てて肩を支える。

 朝比奈の顔から血の気が引いていた。


「せ、先生……私の力が……吸い取られて……」

「っ……そういうことか」


 ようやく合点がいった。

 このボスは、朝比奈の『生命の大樹(ユグドラシル)』を吸っている。

 朝比奈が味方に渡した力を、角を通じて根こそぎ奪っているのだ。


 その証拠に、鹿の痩せた体へ少しずつ筋肉がついていく。

 枯れ木のようだった角も膨らみ、生命力に満ち満ちた。

 そして背には、黒ずんだ花のようなものまで咲き乱れている。


「なんて相性の悪い……朝比奈、魔法を止めろ!」

「は、はい……」


 朝比奈が『生命の大樹(ユグドラシル)』を解除する。

 緑の光が消えた、その直後。


「ぐ、ああぁぁぁ……!」

「な、なんだ、こ、れ……ち、力が……」


 S級ダイバーたちが悲鳴を上げた。

 角に囚われた四人の身体が、目に見えてやつれていく。

 朝比奈の力を吸えなくなった途端、直接彼らの生命力を吸い始めたのだ。


「チッ、朝比奈もう一度だ!」

「はい……! 『生命の大樹(ユグドラシル)』……!」


 再び、淡い緑の光が広がる。

 S級四人の顔色がわずかに戻った。

 だが同時に、角がその光を吸い上げ始めた。

 ボスの魔力がさらに強まる。


「先生……すみません……」

 

 朝比奈が震える声で言った。


「私、動けそうにありません……少しでも気を抜くと、供給が追い付かない……」

「謝まるな、お前は四人を生かすことに集中しろ」


 落ち着け、俺。

 状況はシンプルだ。

 

 朝比奈が『生命の大樹(ユグドラシル)』を止めれば仲間が死ぬ。

 だが、続ければボスがどんどん強くなる。

 朝比奈は動けず、もちろんS級ダイバーたちも戦闘不能。


 つまり、俺がやるしかないってことだ。


「何秒持つ?」

「……すみません。百秒が限界かと」


 朝比奈は荒い呼吸のまま答えた。


「十分だ」


 俺はそう言って、一歩前に出た。

 両手に魔力を込める。

 足元から影が立ち上った。


「――『影操術(アンブラル・アーツ)』」


 タイムリミットは百秒。


 それまでに、終わらせる。

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