第11話 百秒の死闘
「――『影操術』」
詠唱と同時、ボスが頭を震わせる。
朝比奈の魔力を吸って大木のように成長した角が、絡まりながら殺到した。
「っ……!」
床を蹴って避ける。
さっきまで俺がいた場所を、角の槍が貫いた。
硬い石床が砕けて破片が散る。
「まともに喰らえば、即お陀仏だな」
言いながら、俺は足を踏み出す。
朝比奈が定めたタイムリミットは百秒。
それまでに奴を始末しなければ。
「――キュォォォオオオオ!」
ボスが叫ぶと、再び角が射出される。
前方から太いのが三本。
ねじれ合いながら高速で迫りくる。
「――はあっ!」
俺は左手で空中を薙いだ。
それと同じ軌道を描き、足元から影が飛び上がる。
――ズバッ!
影は漆黒の刃へと形を変え、迫っていた角をまとめて切断した。
「なっ……!?」
捕らわれているS級の誰かが、息を呑んだ。
「魔法……!?」
「C級が……? あり得ない、でも、今のは……」
驚いてる暇があるなら拘束から抜けろ。
と言いたいところをグッと堪え、俺はボスへと突き進む。
だが、ボスの角の切断面が膨らんだ。
緑の光が角を伝い、失われた先端を埋めていく。
斬ったそばから、角が再生してしまった。
「朝比奈さんの能力を吸ってるからか……!?」
「あれじゃ、何度切っても元に戻っちまう……!」
回復役の力を奪って再生するボス。
まさに絶望的だな。
だけど、朝比奈の能力には弱点があるんだよ。
「しぃっ!」
俺はまた一本、影の刃で角を切り落とした。
そして、それが再生するより早く――
「もう一発!」
再び影を尖らせ、角のさらに奥を切る。
「――うおおおおおおおっ!」
流す魔力を強める。
俺の足下から漆黒が噴き上がった。
広く、長く、鋭く。
鋭利な刃をいくつも生み出し、その全てを迫りくる角へ向ける。
同時に、俺自身も前へ出た。
振り下ろされる角を自前の剣で切る。
左から薙がれる角を影の刃で落とす。
背後から回り込んでくる一本を壁状にした影で止める。
正面から迫りくる太い角を、影と剣で真っ二つに切り裂く。
「さ、再生が……遅れてる……?」
「違うわよ! 御影さんの攻撃が、再生速度を遥かに上回ってるの!」
斬っても再生するのなら、それが追いつく前に次を斬る。
朝比奈の力でもノータイムで再生できるわけじゃない。
圧倒的な猛攻による再生の無効化。
それが『生命の大樹』の攻略法だ。
制限時間は、残り五十秒。
俺との距離が数メートルまで近づいた時、ボスは初めて足を動かした。
「――キュイッ!」
たくましくなった足で地を蹴り、軽やかに跳躍する。
そのまま背後の角の上に乗った。
「くそっ……」
また跳躍し、広間に張り巡らせた角を伝って高度を上げる。
朝比奈に限界が来るまで、時間を稼ぐつもりか。
「逃がすかよ!」
俺は足元から影を射出した。
その影に足をかけ、上に乗る。
黒い杭のようになった影が、俺を乗せて空中を突き進んだ。
「影を使って空を飛んでる……!?」
「そんな使い方もできるのか……!」
S級ダイバーたちが驚きの声を上げる。
説明してやりたい所だが、残念ながら今はそれどころじゃない。
残り三十五秒。ふと後方の朝比奈を見る。
「ハァ……ハァ……くっ」
顔色が悪い。
膝もガクガク震えている。
大量の魔力を吸われ続け、もう立っているのも辛いのだろう。
それでも手を下げず『生命の大樹』を維持している。
本当に大した奴だ。
「――朝比奈! もう少しの辛抱だ!」
「っ……はい、先生……!」
俺が叫ぶと、朝比奈が唇を震わせた。
揺らいでいた緑の光が、わずかに勢いを持ち直す。
そうだ、その調子だ。
もうすぐ決着がつく。
「――キュォォォオオオオ!」
その時、前方で再びボスが咆哮をあげた。
すると角が一斉に伸びてくる。
前後左右、四方八方から。
俺の逃げ場を潰すように、角の槍が群れになって襲いくる。
俺は乗っていた影を蹴り捨てた。
「――ハァッ!」
手を突き出し、空中に新しい影を生成する。
それを足場にし、軌道を変えて跳ぶ。
跳んだ先に次の影を生み出す。
踏んで、さらに別の方向へ跳ぶ。
「空中で曲がった……!?」
「なんだ、あの動き……!」
俺は空中で何度も切り返しながら、迫る角の隙間を縫うように跳ぶ。
残り十秒。
角が肩を掠めた。
服が裂け、血が噴き出す。
知るか。止まるな。
残り七秒。
鹿のボスが正面に見えた。
が、角の壁が行く手を阻む。
残り五秒。
無数の影の斬撃でこじ開ける。
三秒。
足場を蹴ってそこに突っ込む。
二秒。
鹿の濁った瞳が俺を見た。
一秒。
すれ違いざま、剣を振る。
――ごとり。
ボスの首が、床へ落ちた。
次の瞬間、張り巡らされた角がふっと消える。
同時に、S級四名が空中に放り出された。
「うわっ……!?」
「きゃあ!?」
俺は床に着地すると同時、影を広げた。
黒い布のように変形させ、落下する四人を受け止める。
無事にキャッチできたことを確認すると、俺は振り返った。
「朝比奈!」
見ると、彼女の身体はぐらりと傾いていた。
俺は駆け寄って、倒れる寸前で抱き留める。
「朝比奈! 無事か!」
返事はなく、瞳は閉じられている。
だが、息はある。
脈もある。
目立った外傷も見られない。
魔力枯渇か。
限界まで『生命の大樹』の供給を続けた反動だろう。
ひとまずは、無事と言っていい。
「……頑張ったな」
俺はようやく、息を吐いた。
気を失ったままの朝比奈を抱き上げ、S級ダイバーたちに向き直る。
「お前らも無事か?」
四人はその俺の言葉を聞き、こくりと頷いた。
「御影さん……あ、ありがとうございます……」
「その……すみません。俺達、足を引っ張ってしまって……」
「そんなに落ち込むな。世界ランカーがいても、ダンジョンじゃ何が起こるか分からない。良い経験になったろ?」
意気消沈といった様子の四人に、俺は少しだけ声のトーンを上げた。
「さ、動けるならさっさと立て! 帰って成果報告だ!」
「は、はい!」
四人はハッとしたように動きだす。
「み、御影さん……貴方はいったい……」
そのうちの一人が、俺を見ながらポツリと言った。
まだ何が起こったか理解できてないような目をしている。
そんな彼の強張った表情に、俺は苦笑した。
「――しがないC級ダイバーだよ」
背を向けながらそう答える。
俺は朝比奈を抱え直し、出口へ向かって歩きだした。




