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第12話 朝比奈がダイバーになった理由《ワケ》・前編

本話は『朝比奈(あさひな) 柚葉(ゆずは)』視点で進みます。

(……せっかくなら、ダイバーになってみる?)


 16歳の朝比奈 柚葉は、軽い気持ちで自分の進路を決めた。

 場所はダンジョン協会の名古屋支部。

 自身に発現した魔法の力がどんなものなのか、検査をしてもらっている時のことだった。


「――朝比奈さん、世界の人口はご存じですか?」


 職員に問われ、社会科の授業を思い出す。


「うーんと……80億人とかですか?」

「その通りです。その中で、体内で魔力を生成する事ができる特異体質の人間は0.1%――およそ800万人と言われています」

「は、800万……ですか」


 朝比奈は微妙な顔をした。

 多いのか少ないのか、よく分からなかったからだ。

 数字を見ると多いように感じるし、人口割合で見ると少なくも感じる。


「そして、そこからさらに0.1%。約8000人が()()という謎の力を発現しています」

「その8000人の中に、私が?」

「はい。しかも貴方の能力は――」


 そこからの説明は、正直半分も理解できなかった。

 ただ、自分には珍しい才能があるらしいという事と、それが人を助けられる力らしい事だけは分かった。


(だったら、やってみようかなあ……他に夢も無いし)


 そんな軽い気持ちで、朝比奈は『女子高生(JK)ダイバー』という肩書きを得た。


 それからの日々は、依頼に忙殺されてあまり覚えていない。


 助かった。

 ありがとう。

 キミがいてくれてよかった。


 そんな言葉を一日に何度も聞いた。

 最初は嬉しかったし、明日も頑張ろうと思えていた。

 しかし、いつからだろうか。


「もう少しだけ潜っていいかな? キミがいると怪我しても平気だから」

「ここで戻ったら勿体ない。多少無理しても朝比奈さんがいるしね」

「頼む朝比奈ちゃん! キミが踏ん張ればなんとかなる!」

「あ、そうそう。次は私の知り合いが来てほしいみたいで……」

 

 かけられる感謝の言葉が、少しずつ重く、あつかましくなっていった。

 誰も悪意があったわけではない。

 朝比奈に感謝しているのは間違いないし、必要だと言ってくれていた。

 だからこそ、断ることができなかった。


 手が震えていても。

 膝に力が入らなくても。

 視界の端が白くちらついていても。


「……大丈夫ですよ。まだやれます」


 朝比奈はいつもそう言って笑った。

 笑わないと、泣き出してしまいそうだったから。




 その日も朝比奈はあるチームに同行し、依頼のサポートを行っていた。

 規定量の魔石を採掘し、帰路につこうとする。

 その時だった。


『――こちら管制。ダンジョン内で救援要請。繰り返します……』


 通信用の小型端末から緊迫した声が響いた。

 朝比奈は顔を上げる。

 チームのリーダーが、端末に向かって話しかける。


「こちら菅原、同行の他四名もいる。救援可能だ。状況を」

『ありがとうございます。ソードゴブリンの群れが発生。救援要請を出しているのはC級ダイバー一名。負傷報告がありました』

「負傷者……朝比奈さん、行けるか?」


 正直言って、限界に近い。

 やっと帰って休めると思っていた所への追加依頼は、かなり堪える。

 けれど、断るという選択肢はなかった。


「……はい、行けます」


 少しだけ遅れて返事をした。

 

「助かる。すぐに向かおう」

『――また別件で一名、同ダンジョン内に入場中のダイバーがいます。そちらにも救援要請を送ります。救援地点からやや離れた位置にいるようなので、間に合わないかもしれませんが、念のためお伝えしておきます』

「分かった。一応気にしておく」


 リーダーが短く答え、通信はそこで切れた。

 五人は、救援地点へ駆け出した。




「見えた!」


 先頭のダイバーが叫ぶ。

 少し開けた空間に、ソードゴブリンの群れがいた。

 

 小柄な体に汚れた革のような皮膚。

 手には石造りの粗末な剣が握られている。


 その奥に、倒れている人影が見えた。

 壁に背を預け、片腕で腹部を押さえている。

 そこから赤いものが滲んでいるのが確認できた。


「奥に負傷者! 朝比奈さん以外は前に出て、群れの注意を引く!」

「了解!」


 リーダーが即座に指示を出す。

 三名のダイバーが飛び出し、ゴブリンの群れに背後から急襲した。

 ゴブリンたちは一斉にこちらへ振り返る。


「そこから奥までの道をこじ開けろ! 朝比奈さんを行かせる!」

「くっ……数が多いぞ! 無理があるんじゃねえのか!?」

「多少の無理はしてもいい! 怪我は後で朝比奈さんが治せる!」


 リーダーの言葉に、朝比奈は重圧を感じた。

 

「朝比奈さん、道ができたら奥まで走ってくれ! 負傷者を回復させて、一緒に奥で戦うんだ!」

「は、はい……!」


 弱気な自分を押し込めるように、威勢よく返事をした。

 

「――開いたぞ、今だ!」


 メンバーの一人が叫んだ。

 

「頼む、朝比奈さん!」

「はい!」


 左右では仲間たちがゴブリンを食い止めている。

 硬いもの同士がぶつかる音がして、鮮血が飛ぶ。

 朝比奈は振り返らずに、まっすぐ負傷者のもとへ走った。


「大丈夫ですか!」


 倒れていたダイバーのそばに膝をつく。

 傷はそう大きくない。

 腕と腹部に裂傷があるが、命に関わる程ではない。

 少しの安堵を胸に、朝比奈は両手をかざした。


「『生命の大(ユグドラシ)』――っ……!?」


 ふいに、視界がぐらりと揺れる。

 掌に集めた魔力も虚しく霧散した。

 

(魔法が出ない……!?)


 思い当たる要因があるとすれば、連日の依頼による疲労。

 魔法の発動には、魔力はもちろんのこと、体力と集中力も必要になる。

 使えるようになった当初こそ失敗することは多々あったが、ここしばらくはそんな事も起こっていなかった。

 だから、すっかり失念していた。

 

 朝比奈はもう一度患部に手を添え、唱える。


「――『生命の大樹(ユグドラシル)』……!」


 淡い緑の光が、指先にわずかに灯る。

 けれど、それは傷口に届く前に、ほどけるように消えた。


(まずい……!)


 そう思った瞬間だった。

 背中に、強い衝撃が走った。


「――っ」


 息が詰まる。

 剣で切られたのだ。

 朝比奈の背からわき腹にかけて、鋭い痛みが走った。


 遅れて、カッと熱くなる。

 血が流れているのがわかった。

 朝比奈の身体は前に倒れる。

 床に手をつこうとしたが、力が入らなかった。


(そんな……こんな所で……)


 倒れた朝比奈の視界に、一体のゴブリンが映った。

 振り上げられる石剣。

 

 もう、終わりだ。


 朝比奈は諦めた。

 剣が振り下ろされる、その直前。


 ――ドシュッ


 肩口から腰まで。

 袈裟懸けに、真っ二つ。

 ゴブリンの身体が斜めに裂け、黒い血が噴き出した。


「大丈夫か!」


 知らない男の声だった。

 仲間の誰でもない。

 誰だろう、と顔をみようとして、瞼が重たくなった。


 暗闇が視界を塗りつぶしていく。

 最後に聞こえたのは、何かを叫ぶ知らない男の声だった。

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