第13話 朝比奈がダイバーになった理由《ワケ》・後編
前話に続き『朝比奈 柚葉』視点で進みます。
目を覚ますと、白い天井が見えた。
薬品の匂いや薄い色のカーテンから、病院だとすぐ分かる。
(これは……)
朝比奈は自分の腕を見た。
細く透明な管が繋がっている。
管の先を視線で辿ると、ベッド脇の血液パックに渡っていた。
そしてその奥。
隣のベッドに、見知らぬ男が寝ているのを発見する。
「貴方は……っ」
体を起こそうとして、強い痛みに襲われる。
ゴブリンに斬られた箇所だろう。
小さく呻いた瞬間、男が目を開けた。
「……気が付いたか?」
男は上体を起こし、朝比奈の顔を覗き込む。
朝比奈はそこで初めて、その男の顔を見た。
黒い髪は長めで、少し癖がある。
顎には無精ひげ。
顔立ちは悪くないのに、身なりにあまり気を使っていない。
そして朝比奈は、彼の声を聴いて思い出す。
「……ゴブリンを、斬ってくれた人」
「お。覚えてたのか」
「あの……助けてくださって、ありがとうございました」
身体が動かせないので、首だけで礼を伝える。
「どういたしまして」
男は少しだけ微笑んだ。
「……私、朝比奈 柚葉です」
「俺は御影 仁だ」
男はベッドの背もたれに体を預ける。
「御影 仁、さん」
「ま、呼び方は何でもいいよ」
「それじゃあ……御影さんで」
男――御影 仁は、こくりと頷いた。
「随分若いな、学生か?」
「高校生です。二年生」
「協会も相変わらず頭おかしいな、こんな子供をこき使うなんて」
「一応、魔法があるので……」
「どんな?」
朝比奈は少しだけ迷ってから、答えた。
「傷の治療と、魔力の譲渡と、少しなら身体能力の強化もできます」
「へえ、そりゃ凄い。貴重な能力だな」
「そうなんです。だから私は、ダンジョンに潜り続けないといけないんです。皆を助けるのが、私の使命なので」
「使命、ねえ……」
仁はあくびをかみ殺し、手を前に突き出した。
「――『影操術』」
そう唱えると、ベッドの下から黒いものが立ち上がる。
ゆらゆら揺れながら、それは伸びたり縮んだりしてみせた。
「魔法……!」
朝比奈は目を見開く。
「俺も使えるんだよ」
仁は面倒くさそうに言った。
黒い影は、空中でくるりと回ってベッド下に戻る。
「だけど俺がダンジョンに潜るのは、金が無くなった時だけだ」
「え……?」
「呑みたいけど金が無えーって時に、ちまちま潜ってんだよ」
「そ、そうなんですか……」
「だからやめてくれ。魔法が使えるなら使命を背負え……みたいな話にされると、俺が困る」
ぶっきらぼうにそう言われ、朝比奈はぽかんとした。
そして、思わず吹き出してしまう。
「……そんな人、本当にいるんですね」
「ここにな」
仁はそう言って自分を指さす。
その腕に白いシールが貼られているのが見えた。
血液検査の後など出血を止めるために貼る、あのシールだ。
「それ、怪我ですか?」
「……いや、輸血したんだよ。ゴブリンにやられて、大量出血した奴がいたからな」
朝比奈はベッド脇の血液パックを見る。
まさか、と思った。
「でも私、かなり珍しい血液型で……AB型Rh-っていうんですけど」
「奇遇だな、俺もだ」
仁は眠そうな顔のまま答えた。
(……ちょっと変な感じ)
輸血されたのは初めての経験だった。
誰かの身体の中を巡っていた血が、今度は自分の身体の中を巡りだす。
(何だか、深いところで繋がってるみたい……)
朝比奈は自分の手首を押さえ、脈拍を感じながら、そんな事を考えた。
「……お前に一つ、アドバイスしていいか?」
ふいに、仁が口を開いた。
「アドバイスですか? ……はい、ぜひ」
朝比奈は顔を仁の方に向け直す。
仁は一度咳ばらいをしてから、朝比奈に向かって言った。
「お前、自分を数に入れろ」
「自分を……?」
「人を助けたいって気持ちは立派だが、そこから自分を抜くなってこと」
「っ……」
朝比奈は言葉を詰まらせた。
「普通に学校行って、普通に飯食って、普通に寝て、普通に嫌なことは嫌って言う。そういう人生を歩いちゃいけない理由なんか、どこにもねえだろ」
仁の声は、決して恰好つけたものではない。
優しく諭すような声でもない。
むしろ雑で、ぶっきらぼうな言い方だ。
しかし、だからこそ、素直に心に入ってくる。
いつの間にか、朝比奈の瞳から大粒の涙が溢れていた。
「ま、休みたきゃ休め。やめたきゃ一回やめろ」
「でも、皆また『助けてほしい』って言うかも……」
「そん時はそいつに言っとけ」
「……なんてですか?」
「うるせえ、って」
朝比奈は笑った。涙を零しながら。
ずっと欲しかった言葉だったのかもしれない。
頑張れでも、助けてくれでも、君にしかできないでもなく。
普通に生きろ。
そんな当たり前のことを、この人は当たり前に言ってくれた。
(……かっこいいな)
魔法という珍しい才能があるからじゃない。
誰かに頼られるからじゃない。
自分の足で立って、自分の意思で、自分の生き方を選ぶ。
そんな姿が朝比奈にはとても眩しく見えたし、それに――。
「御影さん」
朝比奈は天井を見つめながら、隣の仁に声をかけた。
「なんだ?」
「……私を弟子にしてください」
「…………は?」
仁は素っ頓狂な声で返事をした。
「貴方のようなダイバーになりたいんです」
「……俺の話聞いてた?」
「はい、しっかりと」
「好きに生きろって話をしたつもりなんだけどな」
「ですから、貴方の弟子に。……御影先生」
朝比奈がそう呼ぶと、仁は「げ」と嫌そうな声を出した。
「……まだ先生になった覚えはねえよ」
「え? さっき『呼び方は何でもいい』って」
白々しく言う。
「……お前、性格悪ぃぞ」
隣のベッドから聞こえるため息に、朝比奈はくすっと笑みを零した。
それからしばらくの間、朝比奈は仁に師事した。
師事した、というと聞こえはいい。
実際には、嫌そうな顔をする仁を押しきって、朝比奈が勝手について回るだけだ。
仁は面倒くさそうにこそすれど、朝比奈を無理に追い払わなかった。
魔物との戦い方、魔法の使い方、ダンジョンで生き残るために必要なこと……。
口は悪かったけれど、教え方はすこぶる丁寧で。
朝比奈はぐんぐん力を付けていった。
やっぱり、凄い人だ。
仁への想いは、過ごす時間が増すごとに、強くなっていった。
そして想いが強くなれば強くなるほど、朝比奈の語尾は締まりがなくなり、とろけた声音で甘えるようになっていったのだった……。
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揺れている。
温かくて良い匂い。
誰かの腕に包まれている。
朝比奈はぼんやりと目を開けた。
「……先生ぇ?」
「起きたか」
仁がこちらを見下ろした。
朝比奈は数秒かけて状況を理解する。
「……た」
「た?」
自分は今、抱きかかえられている。
いわゆる、お姫様抱っこというやつで。
憧れの先生に。大好きな人に。
「――倒れて良かったですぅ……!」
「よくねえだろ!」
即座に返された。
朝比奈は仁の胸元に顔を寄せる。
「あぁ……先生の匂い……」
「マジやめろ。最近気にしてんだから」
「ええっ!? 気にしないでくださいよぉ!?」
「『違う建物から臭いを追って来た』って言われたら気にするだろ! 柔軟剤もっと良いやつ買えばいいのか……!?」
「そ、そんなことしないでください……どうしてもって言うのなら、今ある先生の服を全て洗わず私に譲ってください! 言い値で買わせていただきますのでぇ……!」
「師匠を金で揺さぶるんじゃない。一瞬揺らいじゃっただろ」
仁は呆れたように言う。
その声を聴いていると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
昔と何も変わっていない。
面倒くさそうで、ぶっきらぼうで、少しも甘い言葉なんて使わない。
それでも朝比奈が倒れた時には、いつだって手を伸ばしてくれる。
「は。そういえば、S級ダイバーの皆さんは……?」
仁は何も答えず、顎でくいっと前方を示す。
そちらに視線を向けると、四人並んで前を歩いていた。
「よかった……皆さん、ご無事だったんですね」
朝比奈はほっと胸を撫でおろす。
が、その直後に、がっくりと肩を落とした。
不甲斐ない所を見せてしまった。
仲間を拘束されていたとはいえ、ボスに手も足も出なかった。
久しぶりに会う師に、成長したところを見せられると思っていたのだが……。
むしろ、真逆の結果に終わってしまった。
世界ランク19位がなんてザマだ。
口を尖らせてしょぼくれる朝比奈に、仁は笑って言った。
「――よくやったな、朝比奈」
「え……」
その一言で、朝比奈の目元が熱くなった。
「で、でも……私何もできなくてぇ」
「何言ってんだよ。S級ダンジョンのボスなんて、一匹で一国潰せるくらいの化け物なんだぞ? んな奴を相手に、誰も死なせなかったじゃねえか」
「それは、先生が倒してくれたから」
「倒したのは俺だが、守ったのはお前だ。もしこのメンバーにお前がいなかったら、俺は一人で帰ることになってたよ。……本当に強くなったもんだ」
「っ……!」
ぶわっと涙が溢れる。
憧れの人が認めてくれた。
強くなったと言ってくれた。
その事実に胸が高鳴って。
胸がぎゅうっと締め付けられて。
身体がぼうっと熱くなって――。
「せ、先生ぇ……♡」
「どうした?」
「私、今日帰りたくないですぅ……♡」
「ダンジョンから!?」
仁のツッコミが、薄暗い通路に響いた。




