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第14話 ずっと好きでした、先生

 目を覚ますと、ベッドの中に薄着の女がいた。


「……またか。おい、起きろ」


 朝比奈は目をつむったまま、すーすーと規則正しく寝息を立てている。


 寝間着はピンク色のワンピース。

 肩口から覗く肌は白い。

 布越しでも分かる柔らかな体が、俺にぴたりと寄せられている。


 あー。

 これはよくない。

 非情によくないです。


「朝比奈。あーさーひーなー」

「んむぅ……先生ぇ?」


 朝比奈は薄目を開け、甘えるような声で囁いた。

 俺は彼女の頬をぺちぺち叩き、目が再び閉じられるのを食い止める。


「何してんだよ、こんな所で」

「んー……添い寝ですぅ」

「それは見りゃわかる。そうじゃなくて、何でここにいるのかってこと」


 ここは(たたら)ダンジョン近くのホテルの一室。

 ダンジョンを出てから、職員へ攻略の報告だの検査だのに付き合わされた後、ここへ押し込まれたのだ。

 魔力枯渇に陥っていた朝比奈は、そのまま病院に運ばれたハズ。

 だというのに、なぜここへ。


「先生が寂しそうに寝ていたのでぇ」


 朝比奈は俺の胸元に頬を寄せたまま、ふふっと笑った。

 いや、寂しくねえよ。

 ていうかむしろ怖えよ。

 お化けとか……じゃないよな。

 さっき触れたし。


「……あ。そういやお前、入り口のセキュリティは?」


 (たたら)ダンジョンへの派遣が決まった時、文月にありとあらゆる防犯グッズを持たされたのだ。

 約束した手前、使わないわけにもいかず、文句言いながらセットしといたハズなんだが。


「私、これでも世界ランク19位ですよぉ?」

「まあ効くわけねえか……」


 国防レベルの防衛線を敷かないと無理だろう。

 俺は追い出すことを諦めて、身体を起こそうとした。

 が、朝比奈が服の裾をぎゅっと掴んできて、上手く動けない。


「……離せよ」

「嫌ですぅ」

「お前なあ、病み上がりだろ?」

「ただの魔力枯渇ですのでぇ」

「ただの、で済ませるな。酷いとそのままお陀仏だぞ」

「魔力量には自信があるんですぅ」


 そこに関しては、朝比奈の言う通りだ。

 『生命の大樹(ユグドラシル)』は、自身の魔力を生命力に変換して他者に分け与える力。

 若い頃から過労死レベルに魔力を使いまくっていた恩経か、魔力量だけで言えば、朝比奈は世界ランカーの中でもトップクラスだろう。


「それに」


 朝比奈はそこで言葉を区切り、さらに体を寄せてくる。

 柔らかい感触が胸に押し当てられた。

 胸元から温もりがじんわりと伝わってくる。


「先生とくっついてた方が回復しますからぁ」

「するもんかよ……」


 俺は呆れてため息をつき、朝比奈を引っぺがそうとする。


「ほら、冗談もいい加減にしろよ」

「――冗談じゃありません」

 

 空気が変わった。

 深夜の静けさが、急に重みを持つ。


「おいっ……」


 朝比奈は素早く体を起こし、仰向けになった俺の上にのしかかった。


 柔らかい髪が俺の頬に触れる。

 月明かりを受けて光る、淡い蜂蜜色の長髪。

 風呂に入ってから来たのか、ほんのり甘い香りがした。


「先生」

「……なんだ」


 語尾が伸びていない。

 普段の甘えるような声じゃない。

 真剣で、逃げ場のない、そんな声。


「――私、先生が好きです」


 大きな薄茶の瞳でこちらを見つめ、静かに言った。

 目は微かに潤んでいるようにも見える。

 けれど視線は逸れない。

 普段はふわふわと掴みどころのない奴なのに、今は真剣で、綺麗だった。


「今日助けてもらって、やっぱり好きだと思いました」

「……それはな、きっと」

「――勢いじゃないです」


 俺が言う前に、自分で否定した。


「命を救われたからとか、その場の気分で言ってるわけじゃありません」


 朝比奈が俺の服を掴む。


「昔から、ずっと好きでした。助けてもらった時からずっと」

「朝比奈……」

「先生がいなくなってからも、ずっと忘れられませんでした。ダイバーとして強くなって、世界ランキングに載って、色んな人と出会っても……先生に会いたいって思ってました」


 その指に、ぎゅうっと力がこめられる。


 ……ああ、困ったな。本当に。

 いつものふざけた調子なら、いくらでも逃げられる。

 冗談にして、ツッコんで、こいつを病院へ送り返して終わりにできる。


 だが、これは()()()()()じゃない。

 朝比奈は本気だ。

 だから、こっちも雑には扱えない。


「……そういうのは、死にかけた時に言うもんじゃねえよ」

「っ……ですから、勢いじゃないと――」

「助けた側の俺が、助けた相手から差し出されたもんを、こうやって受け取るわけにはいかねえだろ」


 俺は朝比奈の両手を、自分の手で上から包み込んだ。

 朝比奈はしばらく黙りこくって、やがて泣きそうな顔で聞いてくる。


「……先生は、私のことが嫌いですか?」

「嫌いな奴を命がけで助けるほど、俺は聖人じゃねえよ」


 肩をすくめてそう言うと、朝比奈は小さく噴き出す。


「……確かに、先生は聖人じゃありませんねぇ」


 普段の声に戻った。

 甘ったるく、何かをおねだりする子どものような声だ。

 俺は少し安堵する。


「……おい。そこは否定しろよ」

「ふふ、してあげません。勝手に私の前からいなくなる人ですからぁ」

「根に持たれてるなあ、それ」


 そんな軽口を言い合う。

 ひとしきり笑った後、俺は腹筋を使って無理やり身体を起こした。


「きゃ――!?」


 そのまま朝比奈を押し倒し、逆に仰向けに寝かせる。


「せ、先生ぇ……?」


 朝比奈の瞳が揺れる。

 緊張と不安と、少しの期待……そんな色。


「ま、ちゃんと元気になって、色々考えて、頭も冷やして、それでも同じことを言うんなら……そん時に聞いてやるよ」


 朝比奈は始め驚いた表情をしていたが、やがて、いたずらっ子のように目を細めた。


「……本当ですかぁ?」

「本当だよ……たぶんな」

「ああっ、ずるいですぅ! 逃げ道を作らないでください!」

「おっさんってのは、歳食ってる分ずるいんだよ」


 にやっと笑って言うと、朝比奈はむっとした顔をする。


「そうやって大人ぶって、いつも私を子ども扱いしますねぇ」

「実際、俺から見りゃ子どもみたいなもんだ」

「もうそんな年齢じゃありません」


 不満そうに頬を膨らませる朝比奈は、すっかりいつもの調子を取り戻している様子だった。

 俺は小さく息を吐いて、ベッドから降りる。

 そしてソファ……なんて洒落たもんはこのビジホには無いので、一人用の椅子にどかっと腰かけた。


「先生ぇ? ベッドで寝ないんですかぁ?」

「同じベッドはダメだ。俺は椅子(こっち)で寝る」

「ええっ!? 身体を痛めますよぉ? 先生がベッドで、私が椅子に寝ますよぉ……!」

「病み上がりをこんな所で寝かせるわけにはいかねーだろ」

「うぅ……すみません……」


 ぼふんと羽毛布団に倒れ込む朝比奈を見て、俺は少しだけ笑って、それから目を閉じた。




------




「あー……()ちち……」


 バッキバキになった体に鞭打って、俺は(たたら)ダンジョンの仮設テントまで辿り着く。

 そこには、見送りにしてはやや重い面子が揃っていた。


 現地の職員が数名に、ダンジョンへ同行したS級ダイバー四名。

 それに加え、すっかり顔色の良くなった朝比奈だ。


「朝比奈はまだここに残るのか?」

「はい。ボス討伐後の後始末がありますのでぇ」


 ボスを倒すと、そのダンジョンの魔力濃度が著しく低下する。

 そうすると、生み出される魔物も弱いものばかりになる。

 あとはボス討伐前から残っていた強い魔物たちを掃討してやることで、そのダンジョンは危険度が下がり、ランクの低いダイバーでも入場できるようになる……というのが、ダンジョン攻略後のお決まりの流れだ。


「大変だな」

「ふふ。S級の皆さんがいますので、大丈夫ですよぉ」


 朝比奈はそう言って笑った。

 隣に並ぶ四名のS級ダイバーも、ぺこりと礼をする。

 するとそのうちの一名が、俺の前に進み出てくる。


「御影さん。我々を救っていただいたこと、感謝いたします。貴方がいなければ、我々は全滅していました」


 続けて、他の三人もいっそう深く頭を下げた。

 あー、やめてほしい。

 こういう真正面からの感謝は苦手だ。

 何だか背中が凄くむず痒くなる。


「礼なら朝比奈に言っとけ。全滅を防いだのはアイツだからな」


 俺は朝比奈を顎で示した。

 S級ダイバーたちは、同様に朝比奈にも礼を言う。

 朝比奈は少し恥ずかしそうに、それと嬉しそうに笑っていた。

 

 ひとしきり礼を言い終えたあと、S級ダイバーはもう一度俺を見る。


「あのボスとの戦闘……感動すら覚えました。しかし、貴方のようなお方がなぜC級に?」

「そ、そうですよ。御影さんなら、世界ランキングに名前が載っていてもおかしくないんじゃないかって、皆で話してたんです……! なあ!」


 S級たちが顔を見合わせ、うんうんと頷く。

 俺は肩をすくめて答えた。


「そこが居心地良いからさ」

「い、居心地……?」

「騒がれず、目立たず、酒代くらいなら稼げる。……な? 一番良いランクだろ?」

 

 S級ダイバーたちは目を皿のようにして、ぱちぱちと瞬きをする。


「……本気で仰っていますか?」

「もちろん」

「な、なるほど」


 あまり納得いってない顔だが、それ以上は追求されなかった。

 大人で助かるよ。


「先生」


 次は朝比奈が一歩近づいてきた。

 俺は首を傾げて返事をする。


「次は、死にかけてない時にお願いしにいきますからぁ」

「う゛」

「覚悟しておいてくださいねぇ……ふっふっふ」


 せ、世界ランカー怖ぇ……。

 一気に胃が痛くなった俺は、逃げるように(たたら)ダンジョンを後にしたのだった。

第14話をお読みいただき、ありがとうございました。

鑪ダンジョンもひと段落つきまして、物語は次の展開に進みます。

何やら、とある打診が仁に来るとか……?


続きが気になる、仁の活躍をもっと見たい、弟子とのやり取りが好き!

もしそう思っていただけましたら、応援等いただけると励みになります。

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