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第15話 最悪の案内

 ――カァン!


 剣と盾がぶつかって、甲高い金属音が訓練場にこだまする。


「ホラ、足止まってんぞー」

「っ……はい!」


 『緋見(ひみ) 朱音(あかね)』は、歯を食いしばりながら後方へ跳んだ。

 赤みがかったポニーテールが肩の後ろで大きく揺れる。

 額には大粒の汗。


「武器だけを見るな。足、腰、肩、視線。あらゆるものを使って攻撃の軌道を読め」

「はいっ!」 

 

 緋見は盾を斜めに構えた。

 刃が盾の表面を滑り、軌道が逸らされる。


「おっ」


 盾の影から槍が伸びてきた。

 死角から俺の脇腹を狙う、嫌な攻撃だ。

 俺はくるりと身を翻して受け流す。


「いいじゃねえか」

「余裕で躱しながら言わないでくださいっ……あっ!」

 

 俺は剣を持ち換え、軽く下から跳ね上げる。

 緋見の盾がぐんと浮いた。

 その隙間に剣先を滑り込ませる。

 

 白い刃が、喉元の手前でぴたりと止まった。


「お疲れさん」


 俺はそう言うと、剣を腰の鞘に戻した。

 リングを囲っていた半透明の魔力バリアが解除される。

 緋見は盾を下ろし、その場で深く頭を下げた。


「御影先生! ありがとうございました!」

「おう、かなり良くなってるぞ。もう少しでS級にもなれそうだな」

「本当ですか!?」

「本当の事しか言わねえよ。俺が留守にしてた間も、ちゃんと訓練してたんだな」


 緋見はぱっと顔を上げ、笑みを浮かべた。

 汗だくなのに、晴れ晴れした顔をしている。


「当然です! アイツに負けるわけにはいきませんから!」

「アイツ? ……ああ、アイツか」


 首を傾げる俺の視線の先。

 緋見の背後で、リングの縁に手がかかった。


「――御影先生ぇぇえええええ!」

 

 叫び声とともに、金髪の若い男がリングによじ登ってくる。

 七瀬(ななせ) 涼真(りょうま)

 細剣(レイピア)使いのA級ダイバーだ。

 最初は俺をおっさん扱いして(おっさんだけど)見下してたくせに、今じゃすっかり「先生」呼びだ。


「ずるいすよソイツばっかり!」

「ソイツじゃありません、朱音ちゃんですぅー」

「うるさいぞ緋見! 先生を独り占めするな!」

「先にいたのはアタシだもん、残念でした」

「くっ……!」


 七瀬は本気で悔しそうな顔をした。

 

 聞けば、二人は同期らしい。

 と言っても、学校の同級生ってわけじゃない。

 ダイバーとしてのスタート地点――D級資格に、同じタイミングで合格した連中ってことだ。

 で、二人はその頃から何かと張り合う、所謂(いわゆる)ライバル関係ってやつらしかった。


「御影先生! オレにも稽古つけてください! ダンジョンから帰ってくるのずっと待ってたんすから! というか戻ったなら言ってくださいよ!」

「あのなあ、今戻ってきたところだっつの」

「そうだよ。たまたまアタシが自主練してるタイミングで訓練場を覗いてくれたの」

「なにっ……昼メシを食べてさえいなければっ……」

「いや、それはちゃんと食えよ」


 ぶっ倒れるぞ。

 七瀬は細剣を握りしめ、目をぎらつかせる。


「お願いします先生! オレ、かなり動き変えたんすよ! 今なら一撃くらい入れられる気がします!」

「そのセリフ、前にも聞いたなあ」

「今度こそっす!」


 やれやれ。

 ま、やる気があるのは悪い事じゃない。


「じゃあ、軽く揉んでやるか――」


 言った瞬間、背筋にぞわりと嫌なものが走った。


 殺気……いや、少し違うか。

 恨み、(ねた)み、(そね)み、怒り、悲しみ、執念……。

 そういう面倒くさい感情全部を鍋にぶち込んで煮詰めたような。

 そんな(おぞ)ましい気配が、俺の背後から立ち上っていた。


「み、御影先生、アレ……」

「う、後ろ……」


 七瀬と緋見の顔が同時に引きつる。

 二人は震える指で、俺の背後を指した。

 俺はごくりと喉を鳴らし、ゆっくり振り返る。

 視界に飛び込んできたのは、訓練場の入り口――


 そこに立つ、文月(ふづき) 知世(ちせ)だった。


「っ……!?」


 俺は思わず剣の柄に手をかける。

 文月は変わらず、にこにこと笑っている。

 ただし目尻には、血涙みたいな赤い筋がすっと伸びていた。


 見間違いだろうか。

 見間違いであってほしい。


「――先生?」


 文月は笑顔のまま首を傾げた。


 俺は思った。


 あ、これ死ぬやつだ。




------




 文月に連れられ東京支部のロビーにやってきた。

 綺麗に磨かれた床に、ぽたりと一滴の汗が落ちる。


「先生……? 私に何か言う事があるのでは……?」


 ごごごごごごご。

 と地鳴りがしそうな勢いで、どす黒いオーラを出す文月。

 俺は服の下に滝汗をかきながら、なるたけ平静を装って答えた。


「……久しぶり?」

「そうですよねぇ、久しぶりですよねぇ」


 文月の笑みは一段深くなった。

 

「まず帰ってきたら、私に会いに来るべきなんじゃないんですか……?」

「そ、そんな約束はしてなかったような……」

「約束ぅ……?」


 あ、マズい。

 地雷を踏んだ音がした。


「約束が無いと会いに来ないんですか?」

「いや、違う。そういう意味じゃなくてだな」

「――今回の依頼は私がお願いしましたよね? (たたら)ダンジョンへの連絡や宿泊施設の手配など全て行ったのも私ですよね? それが終了したんですから報告くらいあってもいいじゃないですかそれを何ですか戻ってきて真っ先に訓練場に行って若手とキャッキャして私には何の連絡も無しですか先生にとって私はその程度の――」

「ちょちょちょ! わかった、わかったから! 今後は一番にお前に会いに行くから! 止まれってば!」

 

 高速で呪詛を唱える文月の肩を掴み、俺はぶんぶん揺さぶった。

 文月はハッと正気を取り戻したように息を吸う。

 そして、ふーふーと肩で息をし始めた。

 こいつ、途中から呼吸やめてたな……。


「……本当ですか?」

「本当も本当、大本当。次からはまずお前に顔出すよ」

「絶対ですか?」

「絶対だよ」

「先生の『絶対』は正しい意味の『絶対』ですか?」

「そこ疑われだすと何も喋れねえんだけど」


 文月は翡翠色の瞳を潤ませ、じっと俺を見ていた。

 しばらく見つめ合い、それから小さく息を吐く。

 まだ目は据わっているが、さっきよりは多少マシになったな。


「……あ、そうだ。これ」


 俺は慌てて、手に持っていた紙袋を差し出した。


「土産だよ」

「えっ」


 長野を発つ時に買ったものだ。

 有名な栗ようかん。


「せ、先生が……私に……?」

「お前いつも頭使う仕事してるだろ? 甘いもんでもと思ってな」


 真っ赤な嘘だ。

 本当は100%自分用に買った。

 夜に宿で食おうと思ってたんだが……。

 まあ、これで世界ランク27位様の機嫌が直ってくれるなら安いもんだ。


「あ、あ、ありがとうございますぅぅぅ……!」


 文月は紙袋を両手で受け取って、ぶわっと目から涙を溢れさせた。

 ああ、そんなにオーバーにするんじゃない。

 罪悪感が凄いから。


「先生が私の事を想って……こんな、こんなことって……!」

「ま、まあな。文月にゃ世話になってるから」

「先生……!!」


 文月は栗ようかんの入った袋を、胸元で大事そうに抱いた。


「私、一生大事にします……!」

「いや食えよ」


 なんてツッコミを入れながら、俺はやれやれとため息を吐く。

 文月の機嫌は目に見えて良くなっていた。

 さっきまで黒炎を背負ってたのに、今は音符マークが浮かんでそうだ。

 単純で助かる。


「あ、そういえば先生。(たたら)ダンジョンでは大活躍だったらしいですねっ!」


 文月はにこっと微笑んで言った。

 よかった。今度は普段通りの可愛らしい笑みだ。


「んー、そんなこともねえよ」

「またまたぁ。何でも、朝比奈さんでも敵わなかったボスを、先生が一人で撃破したとか?」


 やたら詳しいな。

 現地の職員から報告があったのだろうか。


「アレは単なる相性と条件の問題だ」

「相性と条件、ですか?」

「あれくらい、世界ランクのトップ100なら誰でも倒せるだろ。当然お前もな。あと朝比奈だって、単独での勝負なら余裕だったさ」


 朝比奈は治癒能力を持つため後方支援タイプと思われがちだが、純粋な戦闘力でもそんじょそこらのS級ダイバーの比では無い。

 言い方は悪いが、今回はS級ダイバーというお荷物があったために後れを取ったが、タイマンなら圧倒できるだろう。

 文月は「なるほど」と深く頷いて、それからまた笑った。


「それでも素晴らしいですよ! 流石先生です!」

「お前は何でもそれだな……」

「何でもではありません。真に素晴らしいから素晴らしいと言っているのです」


 俺は苦笑した。

 文月は俺の事を常に過大評価する。

 嬉しくもあり、たまに面倒くさくもあるな。


「ま、長野支部(こっち)はそんな感じだ。東京支部(そっち)は変わりないか?」


 俺が問うと、文月のてっぺんの緑髪がぴこんと立った。


「はっ! そうでした! 先生に良いお話が来てるんですよ!」

「良い話ぃ……?」


 文月はきらきらした瞳をこちらに向けてきた。

 なんだそれ。

 嫌な予感すんだけど。

 めちゃくちゃ帰りたくなってきた。


「……それ、俺にとっての良い話か?」

「もっちろんです!」


 即答。

 これはダメかもわからんね。

 目を細める俺に、文月は満面の笑みで言った。


「――S()()()()()()()です!」


 ほれみろ。

 

 最悪。

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