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第16話 御影 仁・追放作戦その①

本話は『????』視点で進みます。

「――という事で、指南役となって以降は、A級連中の実績に明確な向上が見られます。続いて先日の(たたら)ダンジョンについてですが……」


 痩せぎすの男が、調子よく報告書を読み上げていた。

 場所は、日本ダンジョン協会・東京支部の副会長執務室。

 

「……続けろ」


 部屋の主――つまり副会長である『猪熊(いのくま) 権蔵(ごんぞう)』は、革張りの椅子に深く腰を鎮めたまま、不機嫌そうに呟いた。


「御影 仁は、世界ランク19位の朝比奈 柚葉、及びS級ダイバー四名を連れ、ダンジョン攻略に成功。ほぼ単独でボスを撃破したとのことです」


 秘書官の根津(ねづ)は、そこで報告書を閉じた。

 頬のこけた顔に、にへらと笑みを浮かべる。


「いやあ、凄まじい活躍でございますなあ」

「っ……!」


 その瞬間、猪熊の頬肉がぴくりと震えた。

 分厚い唇がわなわなと歪む。

 

「根津! 貴様はいったい何を感心しておるのだァ!!」

「ひいっ……!? も、申し訳ございません副会長!」

 

 根津は慌てて腰を折った。

 痩せた背中がさらに小さく丸まる。


「たかがC級がS級ダンジョンでボスを倒しただと!? 馬鹿馬鹿しいにも程がある!」

「し、しかし、現地の職員からそのように報告が……!」


 猪熊は手渡された報告書を投げ捨て、机を乱暴に叩く。


「そんなもの、あの()()()()の証言でどうとでもなるだろうが!」

「お、仰る通りでございますぅ……!」


 猪熊は吐き捨てるように言った。

 

 デカ乳女――もとい、朝比奈 柚葉。

 世界ランク19位にして、世界でも稀に見る治癒能力の所有者。

 その美しい顔立ちと穏やかな物腰から、世間では『癒しの女神』などともてはやされている女だ。


 だが猪熊に言わせれば、あの女も邪魔な存在にすぎない。

 生意気な部下である文月 知世と同じだ。

 御影 仁という謎のおっさんに、なぜか異様に肩入れしている。


「どうせ朝比奈が話を盛ったのだ! 御影 仁を持ち上げるためにな!」

「ははっ、全くそのようで……!」

「文月 知世もそうだ! あの小娘、『先生』だ何だと目を輝かせおって……!」


 ぶすん!

 猪熊は忌々し気に鼻を鳴らした。

 文月が御影 仁を連れてきてからというもの、東京支部の空気は明らかに変わり始めた。


 訓練場に人が増え、(くすぶ)っていた中堅が勢いづき、鼻っ柱の強い若手すらひたむきに努力するようになった。

 何より、職員たちも囁き始めた。

 『御影 仁は本物なのではないか』と。


 それが、猪熊には我慢ならなかった。

 あの日、自分を珍妙な影の魔法で締めあげ、屈辱を味わわせた無礼者が、周囲からチヤホヤされているのが。


「しかし副会長。所属ダイバーが強くなるというのは、協会上層部(われわれ)にとっても悪い事ではないのでは……?」

「だから貴様は薄いのだ、根津よ」

「う、薄い……?」

「頭の外だけでなく、中身までな」

「は、ははっ。仰る通りでございます」


 根津は口角を上げつつ、自身の頭皮をぺちんと叩いた。

 猪熊の機嫌を(うかが)うことに慣れ切った男の、悲しい所作である。


「若手が育たないから育成費が増える。死人が出るから安全対策費が増える。装備が足りないから装備費が増える」


 猪熊は太い指で机を叩きながら言う。

 そのたびに、食い込んだ指輪の巨大な宝石が鈍く光った。


「ダンジョンは今や日本の国家産業だ。国は協会(われわれ)に莫大な予算を投じる。名目さえあればな」

「ははぁ、さすが副会長。まことに深いお考えで」

「現場に仕事をさせて企業からの報酬を受け取る。現場の苦悩を使って国から予算を吸い上げる。それらの行き先は現場ではなく……おっと、ここから先は言うまい」


 根津は揉み手をしながら頷いた。


「なるほどぉ……。現場が苦しいからこそ、潤う場所があるという事ですねぇ」

「そうだ」


 猪熊はにやりと笑う。

 ダイバーが傷つくこと。

 職員が疲弊すること。

 世界ランカーが馬車馬のように働くこと。

 猪熊にとって、それらは全て私腹を肥やすための材料でしかない。


「……だが、御影 仁はそれを壊しかねん」

「壊す、でございますか?」

「負傷率や死亡率が下がり、現場が良い方向へ回り始めればどうなる?」


 根津は少し考え、ぽんと手を叩いた。


「国が予算を出し渋る……でしょうか」


 猪熊は頷いてから、「それだけではない」と付け加える。


「そのきっかけが『とあるC級ダイバーの指南役登用』だと知られれば、国も疑問に思うだろう。そんなことで良かったのか? ならこれまでの育成予算はどこへ? なぜ改善できなかった? 金はどこへ消えた? ……とな」

「そ、それは……マズいですな」

「お前もようやく奴の厄介さがわかったか」


 猪熊は、ぎり、と歯を鳴らした。


「で、では……いっそのこと、奴を解任してしまえばよろしいのでは?」


 根津の安直な案に、猪熊は即座に首を振る。


「今、露骨に首を切れば、奴の周囲が黙っておるまい。それに何より……会長が、我々の動向に目を光らせていると密告があった」

「か、会長が……!?」

 

 根津の喉がごくりと鳴った。


 日本ダンジョン協会・会長。

 つまりは、協会の頂点に立つ男。

 現場を重んじ、ダイバーのことを第一に考え、理想論ばかり掲げる綺麗ごとの男。

 猪熊からすれば、目の上のたんこぶである。


「会長は国際ダンジョン協会との折衝(せっしょう)で不在だが……雑な真似をすれば、必ず嗅ぎつける」

「では、どうやって……」

「――ワシに策がある」


 猪熊は待っていたと言わんばかりに腹を揺らす。


「御影 仁を自然に失脚させるのだ。我々が画策したようには見せずに……な」

「そ、そんなことが可能で……!?」

「単純だ。あの男を『先生』などと持ち上げる空気をぶち壊してやればいい。C級風情が指南役をしている、という違和感を膨らませる。そうすれば、奴のちんけな指導力など勝手に死ぬわ」


 猪熊は、机の引き出しからとある書類を取り出した。

 そこには、こう記されている。


「――『S級昇格試験』でございますか……?」


 根津の目が細くなる。


「A級以下の若手を指南するというのなら、まず本人がS級であることを証明すべきだ……という名目を立てる」

「はあ……確かに筋は通りますな。格下が指導をしているという現状に、疑問を呈する形になる。ですが、S級に昇格させてしまっては、元も子も無いのでは……?」

「そんな事には億が一にもならん。なぜなら、昇格の条件をS()()()()()()()()()()()()と定めるからだ」


 S級ダンジョン。

 どれだけ実力があろうと、単独での攻略は容易でない。

 それが朝比奈の忖度を受けない、ただの中年C級ダイバーであるなら、なおさら不可能だ……と猪熊は考えた。


「ですが、本当に奴は試験を受けますでしょうか?」

「受けなければ、逃げたと言えばいい。実力を問われた途端に尻込みした。A級を指導する資格はない。……そういう噂を流せばよい」

「おお……!」


 猪熊はじゅるりと口の端から涎を垂らした。


「受ければ潰す。逃げれば叩く。どちらに転んでも、あの男はお終いよ!」

「流石でございます副会長! まさに悪の権化!!」


 根津が大げさに拍手する。

 だが、すぐに不安げな顔をした。


「し、しかし……文月 知世が黙っていないのでは? いくら試験とはいえ、C級ダイバーをS級ダンジョンに送り込むのは、いささか危険かと……」

「それも想定内だ。監査役を付ける」

「か、監査役?」

「S級ダンジョンを単騎で攻略する力のある者を同行させる。もちろん試験中の補助は違反……助けを得た時点で即失格とする」

「それなら危険は避けられますな。……監査役は、朝比奈や文月で?」


 猪熊はふっと笑った。


「――既に()()()()()1()2()()から、監査役の承諾を得ている」

「何ですと!? 奴が承諾を……!?」


 根津の声が上ずる。


「し、信じられませんな。奴が我々の指示に従うなど……」

「ワシも驚いておるよ。常に仏頂面で、誰にも媚びず、誰にも靡かない一匹狼のあ奴が、今回は珍しく首を縦に振りおった」

「正直恐ろしいですが……奴なら他の女どものように、忖度はしませんでしょうな!」

「今回の役には適任というわけだ」


 計画の全てを語り終えた猪熊は、椅子にふんぞり帰った。

 根津の手を擦り合わせる音をBGMに、葉巻を吸って一服する。


「いつの間にやら、あの一匹狼の心まで掌握なさっているとは……! 完璧でございます、副会長!」

「ふん、当然だァ!」


 革張りの椅子が、ぎしりと嫌な音を立てた。




------




「――先生をS級に!? 素晴らしいですね!!!」


 猪熊は、きらきらと目を輝かせる文月を見て、しばし言葉を失った。

 猪熊の想定では――


『危険すぎます! 先生を試すような真似は許しません!』


 ――というふうに、食ってかかってくるはずだった。

 だが実際の文月は怒るどころか、小躍りしている。


「ようやく先生の実力が正式に評価されるんですね……素晴らしいです。いえ、遅すぎるくらいですが、それでも本当に良かった……」

「ふ、文月君……?」

「はい!」

「念のためもう一度言うが、条件はS級ダンジョンの単騎攻略だ」

「はい! しっかり理解しております!」

「え、S級ダンジョンだぞ? 一番危険で一番死ぬ可能性の高い、一番ヤバいダンジョンなのだぞ……?」


 猪熊の念押しに、文月は迷いなく頷いた。


「先生なら、まったく問題ないでしょう」


 猪熊は妙なやり辛さを覚えた。

 自分たちは今、罠を仕掛けようとしている。

 御影 仁をダイバー社会的に殺すための罠だ。

 だというのに、文月の反応が『推しの晴れ舞台が決まった時』すぎて、このまま仕掛けていいものか悩ましい。


(……いや、これでいい。馬鹿な女だ)


 猪熊は不安を振り払い、咳ばらいをした。


「一応危険を考慮して、こちらが選出したS級ダイバーを同行させる。戦闘への直接介入は原則不可だが、万が一『先生』が危険な状態になった際の保険だ」

「S級ダイバーの同行ですか……」


 考える素振りを見せる文月に、猪熊は身構えた。

 こっちか。こっちで反発するつもりか。

 誰を付けるつもりだと問い詰めてくるか。

 いいだろう、かかってくるがいい。

 理論武装はとうに済んで――


「承知しました!」

「な、なにィ……?」

「先生は嫌がるでしょうが、正式な試験なら形式も大事ですしね!」


 文月は楽しそうに頷いて、猪熊に向かって敬礼した。

 猪熊はイラっとしたが、思惑通り動いた彼女を咎めるのもおかしな話である。


「では、私は先生に伝えてきます!」

「あ、ああ……頼んだぞ」

「ご連絡ありがとうございました! 猪熊副会長、根津秘書官!」


 文月は丁寧に頭を下げた。

 そして軽い足取りで執務室を出ていく。

 静かな室内に、部屋の外から楽し気な鼻歌が聞こえた。


「……よろしかったので?」

「な、何がだ……!」

「いえ、その……文月知世が、あまりにもあっさりと」

「構わんに決まっとるだろう!」


 猪熊は、苛立ちを押し殺すように鼻を鳴らした。


「御影 仁を試験の場に引きずり出すことができれば、それでよいのだ……!」

「ですが、あの女、完全に喜んでおりましたが……」

「喜ばせておけ!」


 猪熊は椅子にふんぞり返った。

 また、ぎしりと椅子が軋む。


「これで、C級風情がデカい顔をしていた現状は終わる」

「さ、さすがでございます副会長。文月知世の反応すら織り込み済みとは」

「当然だ!」


 根津はすぐに揉み手を再開した。

 その時、猪熊のスマホが振動する。


「――っ! こうしちゃおれん、行くぞ根津!」

「どこへ行かれるので!?」

「御影 仁の慌てふためく様をこの目に焼き付けるのよ!」

「慌てふためく様を……?」


 猪熊は反動を器用に使って椅子から立ち上がる。


「――到着したのだ! ()()()()()1()2()()が!」

「な、なんというタイミング!」


 根津は目を丸くする。


「見ておれ御影 仁! 貴様の化けの皮、このワシが剥いでくれるわ!」

「まことに楽しみでございますなあ……!」


 二人の高笑いが執務室に響く。


 彼らはまだ知らない。


 完璧だと思っていた策略が、大失敗に終わることを。

本話は『猪熊(いのくま) 権蔵(ごんぞう)』視点でございました。

まんまと(?)猪熊の罠にはまった文月ですが、果たして仁のS級昇格はどうなるのか……?

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