第17話 猛獣? それともわんこ?
「お前それ昇格っつーか、正確には『試験の案内』じゃねーか」
文月から『良い話』とやらを聞いた俺は、思わずそうツッコんだ。
栗ようかんを抱えてるんるんの文月は、胸の前でガッツポーズを作る。
「先生なら合格確定なので同義かと!」
「全然違うだろ……ったく」
俺は後頭部を掻いた。
どんだけ俺のことを買いかぶってんだコイツは。
「はぁ! 先生がとうとうS級に!」
完全に浮かれてらっしゃる。
俺はまだ、首を縦に振ってないってのにな。
「どうするかなー……面倒くせーな……」
呟きながら、文月に告げられた昇格試験の内容を思い返す。
合格条件はS級ダンジョンの単騎攻略。
ボス討伐済みのダンジョンで試験を行うため、最奥まで行って無事に帰ってくることができれば攻略したものとする。
……内容自体はいたってシンプルだ。
問題は、これが協会上層部からの申し出らしいということ。
上層部。
俺が東京支部に来た初日、会議室で影で縛り上げた連中。
あいつらが、俺に好意で昇格試験を用意するだろうか。
……するわけないよな。
何か裏がある気しかしない。
俺は横目で文月を見る。
文月はきらきらした瞳で、鼻息を荒くしていた。
上層部を疑っている様子はない。
普段は頭が切れるくせに、俺に関することになると急に子供に戻るのは何なんだよ。
「……ちなみに、もし断るとどうなる?」
「うえぇ!? 断るんですかぁ!?」
「もし! もしの話だっつの」
文月は目を丸くした後、少し考え込んだ。
「うーん、特にどうこうは聞いていないです。……上層部の意向としては、先生に昇格していただきたいんだと思いますが」
「本当かぁ……?」
俺は目を細める。
するとその時、ロビーに野太い声が響き渡った。
「――いやぁ~! 探したぞ!」
振り向くと、ロビーの奥から二人の男がこちらへ歩いてくる。
一人はでっぷり太った中年男。
着ている高級そうなスーツの腹回りが悲鳴を上げている。
額の脂汗をハンカチでぬぐいながら、笑みを浮かべていた。
もう一人は、対照的にがりがりに痩せた男だ。
黒ぶち眼鏡の奥の瞳が、常に隣の太った男の様子を窺っている。
そのどちらも、俺は見覚えがあった。
会議室で縛った連中の中にいた二人だ。
「やあ、私は日本ダンジョン協会副会長、猪熊 権蔵だ」
「副会長付秘書官の根津 薄男でございます」
「はあ、どうも」
副会長。
つまり、偉い人だ。
日本ダンジョン協会のNo2ってこと。
「それで、どうだ? S級昇格試験を提案するよう、文月君に頼んでおいたんだが」
「まあ、考え中だな」
俺がそう答えると、猪熊の目が鋭く光る。
「ほう、受けないのかね?」
「何か不都合でも?」
「いや、意外だっただけだ。やはりA級の指南役たるもの、S級資格くらい持っていなければ実力の証明ができんからなあ」
「箔がつかない、でございますな」
猪熊の言葉に、隣の根津がすぐ同調する。
俺は足元の影を、ほんの少しだけ立ち上らせた。
「実力の証明ねぇ。それは会議室で済ませたと思うが、不足か?」
「ひっ」
根津が小さく声を漏らした。
猪熊の顔も一瞬だけ引きつる。
どうやら、あの時のことはちゃんと覚えているらしい。
「い、いやいや! 我々はもちろん疑ってなどおらんよ!」
猪熊は慌てて両手を振った。
「ただ、職員の中にはそういう声もあるのだよ。コネだとか、ひいきだとか……なあ?」
「そそそ、その通りでございます。悲しい現実でございますな!」
まあ、言いたいことは理解できる。
俺の現状をはたから見れば、コネだひいきだ言われる余地はある。
「S級資格っていう、誰が見ても納得する肩書きを持て……ってことか」
「理解が早くて助かる」
猪熊がにやりと笑う。
その笑みがどうにも気に入らないが、俺は一度考えた。
これまで俺が昇格を嫌ってきた一番の理由は、自由を失うことだった。
ダイバーはランクが上がる程、自由に動けなくなる。
上に行けば行くほど人手は足りなくなり、特にS級ともなれば、現場は勝手に仕事を割り振り始める。
放浪の旅ができなくなることを避けるため、俺は昇格しないよう努めてきた。
だが、今は状況が少し違う。
根を張っている……とまでは行かずとも、俺はもう放浪の旅をやめ、東京支部に居場所ができた。
仮にS級資格を取ったとしても、基本の仕事はこれまで通り若手育成になる可能性が高い。
それに――。
「……ふ」
猪熊は脂っこい笑みを浮かべた。
俺を本当にS級にしたいのか、それとも別の目論見があるのか。
悪事を企んでいるのであれば、乗った方が見えるものもあるかもしれない。
「先生……?」
文月が不安と期待をないまぜにしたような顔で見上げてくる。
俺は、軽く息を吐いた。
「……分かった。昇格試験を受けよう」
「先生! 本当ですか!」
文月の顔がぱっと輝いた。
と同時に、猪熊が小さく拳を握る。
「っしゃあ! ……っと、ごほん」
俺がじろりと睨みつけると、猪熊はすぐ咳払いする。
「い、いや、実に前向きな判断だ。協会としても喜ばしい」
「さすが御影様、賢明なご判断でございます」
嬉しそうだな、こいつら。
やっぱり何か裏があんのか。
「……それで、監査役が付くと聞いたが?」
「うむ。監査と安全担保のため、こちらが選出したS級ダイバーを同行させる」
「文月じゃダメなのか?」
そう聞くと、文月が隣でぴくっと反応した。
猪熊は待ってましたと言わんばかりに顎を撫でる。
「文月君だと、周囲から不正を疑われかねんのでな。今回は別の者を選んだ」
「……まあ、そう言われると何とも言えねえな」
「わっ、私は不正などいたしません! 先生の実力を正当に評価できます!」
文月はむすっと頬を膨らませた。
「じゃあ、適正な俺のランクは?」
「――もちろん、世界ランキング1位です!!」
「全然だめじゃねえか」
「はっ……す、すみません」
AとかSって言うかと思いきや、ぶっ飛びすぎだろ。
世界ランク1位は空席――もはや概念みたいなもんだろうに。
背中を丸めて縮こまる文月に、俺は呆れてため息を吐く。
「……で、その監査役ってのは誰なんだ?」
「うむ。先ほど連絡があってな。そろそろ来るはずだが……」
「来るって――」
俺の言葉を遮るように、ロビー入り口の自動ドアが開いた。
全員の視線がそちらへ向く。
入ってきたのは、一人の女だった。
190センチはあるのでは、という巨躯。
服の上からでも分かる程、強固な筋肉の鎧をまとっている。
オレンジ色の跳ねた長髪に、鋭く切れ長の瞳。
顔には古傷が走り、そこに立っているだけで、気圧されてしまいそうだ。
世界ランク12位――『鷹峰 鉄華』が、そこに立っていた。
「げっ」
俺は思わず声を漏らした。
猪熊と根津の口元が、ぷすーっと空気を漏らす。
何を笑っているのだろうか。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
鉄華が俺を見た。
ばちりと目が合う。
その瞬間、彼女の鋭い瞳が見開かれた。
「おい、待て、やめろ――っ!?」
反射的に制したが、遅かった。
鉄華が足を踏みしめると、ロビーの床がどかんと爆ぜた。
「――アニキィィイイイイイイイイ!!」
「ぐふぅっ!?」
世界ランク12位の突進を受けた俺は、そのまま背から床に倒れ込む。
「アニキィ! アニキじゃないっすか! うわ、マジでアニキだぁ……! 会いたかったっすぅ……!!」
鉄華は俺に抱き着いたまま、顔を胸元にぐりぐり擦りつけてくる。
周囲を怯えさせる猛獣はこつぜんと姿を消し、代わりに、とろけたような笑みを浮かべる大型犬が現れた。
「元気だったっすか、飯食ってるっすか、ちゃんと寝てるっすか! アタシ、めっちゃくちゃ会いたかったんすよ!!」
「お、重い重い重い……降りろ鉄華っ……!」
「アニキの匂いだぁぁぁ……! アタシ死んでも離れねっすぅぅぅ!」
「俺が死ぬんだよ!!」
ロビーに俺のツッコミが響き渡る。
文月は俺達を見て、わなわなと震えていた。
猪熊と根津は、口を開けたまま硬直している。
俺は床に押し倒されたまま天井を見上げ、ポツリと呟いた。
「何で俺の弟子は、情緒がおかしい奴ばっかなんだ……」




