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第34話 泣く子も黙る大スター

「ママ、あの人さあ、わるい人なのー?」

「こらっ! 指ささないの!」


 母親らしき人が幼児を叱り、こちらに会釈する。

 俺は電車に揺られながら、ぺこりと頭を下げ返した。

 

 帽子にマスクにサングラス。

 完璧な変装をしたのだが、どうやらこれでは不審者に見えてしまうらしい。

 

 いや、別にいい。

 幼児に指をさされようが、赤子に泣かれようが気にしない。

 今の俺に必要なのは、身バレ対策。

 その一点なのだ。


日本(うち)のダンジョン協会、もうダメじゃねー?」


 近くに立っていた若い女の声が聞こえた。

 その友人だろうか、もう一人の女がスマホを見ながら頷く。


「副会長だけじゃなく、役員の殆どがクビだもんねー」

「クビにすんの遅ぇーよ。横領とかフツーにゴミでしょ、税金返せってのー」

「それな。明日、何かの会見やるらしいけど」

「あー見た見た。改革方針発表会だっけ? どーせ頭下げて終わりじゃねー?」


 随分と厳しいな。

 まあ当然の反応か。

 国から多大な補助を受けていた組織が、汚職で腐りきっていたのだ。

 首謀者(いのくま)たちを追い出したからといって、きれいさっぱり解決!

 ……とはいかない。


「でも、あの御影って人は格好良かったよねー」

「――ブフォッ!?」


 不意に自分の名前が出て、思わずむせてしまう。

 嫌そうな顔をする彼女たちに、俺は軽く頭を下げた。


 蛇窪(へびくぼ)ダンジョンでの一件から、およそ二週間。

 俺の顔は、世間にすっかり知れ渡ってしまった。


 テレビをつければ、影で魔物をぶっ飛ばす俺が映り。

 SNSを開けば、攻略部隊時代の話を考察する投稿が溢れ。

 街を歩けば、道行く人から「あの人だ!」と指をさされる。


 おかげで、おちおち呑みに行けもしない。

 大迷惑だよ馬鹿野郎。


「何だっけ……あ、御影さんね! めっちゃ強かったもんね!」

「強いのもそうだけどさぁー、顔もケッコー良くない?」

「え、ミホああいう人がタイプなの? おじさん好き?」

「枯れ専じゃねーし! おじさんだからってゆーか、ちょっとワイルドな感じ?」

「ああー、ちょっと分かるかも。あの過去の話みたいなのもさー……」


 ああ……やめろ。

 今すぐ解散してくれ。

 胸の奥がくすぐったくってしょうがない。

 鳥肌も立ち始めた。


 俺はさらに帽子を深く下げ、窓の外へ顔を向けた。

 電車が駅へ近づき、ゆっくりと速度を落としていく。

 

 次は目的地だ。

 もう少しでこの辱めから解放され――


 ガタンッ!


「きゃっ!?」


 車体が大きく揺れた。

 隣に立っていた女がよろめき、俺の肩へぶつかる。


「すみませぇーん……って、え?」


 女がきょとんとした表情を浮かべる。

 なぜなら俺の帽子が落ち、サングラスも外れてしまっていたからである。


 まずい。非常にまずい。


「あ、テレビの人だ!!」


 おい、やめろ。幼児よ。

 さっきまで『悪い人』扱いしてたろ!


「え? 誰がいるの? 芸能人?」

「御影 仁だって! S級ダイバーの!」

「御影 仁!?」


 車内にざわめきが広がる。

 俺は急いで帽子を被り、サングラスをつけた。


「え、ヤバい! アタシめっちゃ好きなんですー!」

「い、いや。人違いだと……」


 慌てて首を横に振るが、それが火に油を注ぐことになる。


「声も一緒だ! 絶対本人だよ!」

「うおお! 俺ファンなんですよ! 握手してください!」

「写真いいですかー!」

「姪っ子が好きで! サインお願いします!」


 気づけば、周囲からスマホが一斉に向けられていた。

 パシャパシャと音が鳴り響く。

 電車は駅へとっくに到着しているというのに、人に囲まれて動けない。


「御影さーん! こっち向いてー!」


 またもフラッシュが光る。


「ああもう……! 最悪だあああっ――!」


 俺の絶叫が、騒がしい車内にこだました。




------




「――最悪、だったようですね」

「……何で知ってんだよ」

「電車内の映像が既に拡散されていますので」

「はぁ? 消してくれよ」

「わ、私に言われましても……」


 会長は困ったように笑った。

 俺たちがいるのは、都心から少し離れた霊園の一角。

 ここには、ダンジョン出現初期に命を落とした者たち――つまり、俺の攻略部隊時代の同僚たちの、慰霊碑がある。

 

 待ち合わせの場所へついた時、彼は既に慰霊碑の前に立っていた。

 足元には、真新しい花束が供えられている。


「毎年来てたのか?」

「ええ。欠かさず」

「会長になってからも?」

「会長になったからこそ、余計にです」


 隣に立つ彼の顔を見る。

 心なしか、以前より疲労の色が浮かんでいるように見えた。

 目の下には濃いくまが入り、元々細身だった体はさらにこけ、白髪もより増えたような気がする。

 

「大丈夫か、お前」

「……何がですか?」

「いや。なんか、また老けたような」

「老けっ……いえ、それはそうかもしれません」


 会長は深く息を吐き、身体をぐっと伸ばした。


「政府への報告やメディア対応……連日、同じような説明と謝罪を何度も繰り返していますよ」

「そりゃあ大変だなあ」

「……現場のダイバーたちに比べれば、どうってことありません。それに、これは私が部下を放置していた結果でもありますから」


 彼はさらりと言うが、どう見ても、どうってことある気がする。

 

「文月から聞いたけど、世界との折衝が色々と大変なんだって?」

「……そうですね。それはもう、本当に」


 会長は慰霊碑から視線を外し、足元を見た。


 日本は上位の世界ランカーと、大勢のS級ダイバーを抱える、いわばダイバー大国である。

 しかし、ダンジョンに関する経済や研究の基盤を握っているのは、米国を中心とした巨大企業、そして世界ダンジョン協会だ。


「拳が強くとも、財布と地位を握られていては逆らえませんから」


 会長はため息をつきながら言った。


「それで、何度も海外へ?」

「次から次へと要請が届くんですよ。些細な事案であっても」

「代理じゃダメなのか?」

「私の出席を指定してきます」

「毎度?」


 会長は「はい」と頷き、眉を寄せた。


「嫌がらせじゃねえか、それ」

「そうですね。まるで、誰かが私を日本から遠ざけようとしているような……と考えてしまう私は、きっと疲れているのでしょうね」


 ふっ、と自嘲するように笑った。


 考えすぎ。

 その一言で片づけるには、少し引っかかる話だった。

 しかし、今の俺に言えること、分かることは何もない。


「役員たちの汚職の件も、私が自由に動くことができれば、もっと早く対応できたかもしれません。……結局対応が後手に回り、こんなことになってしまった」


 会長は静かにかぶりを振りながら、慰霊碑へ目を向けた。


 まったく。

 何でもかんでも自分ひとりで背負いこむ奴は面倒だな。

 もっと周囲に弱みを見せたり、頼ったりすればよかったのに。

 

 ……いや、うん。

 その通りだよな、まったく。

 げふんげふん。


「ですが、弱音を吐いている暇はありません。彼らが命を懸けて繋いでくれたものを、私たちの代で腐らせるわけにはいかない」


 慰霊碑を見つめる会長の瞳に、熱意が宿っていく。

 

「今度こそ、胸を張ってここへ戻ってきます」

「……そうか」

「あてっ!?」


 俺は彼の背中をばしんと叩く。


「それ、俺にも手伝わせろよ」

「……え?」

 

 かつての仲間たちが残した想いを繋ぐ。

 それは本来、俺の役目でもあるはずだった。

 

 17年前。仲間たちと攻略に臨んだ、最後のダンジョン。

 その最奥で、俺は自爆攻撃を仕掛ける仲間たちに託された。

 『お前が繋いでいけ』と。


 その願いは未だ果たされていない。

 なぜなら、俺が放浪の旅へと逃げたから。

 本当なら、彼と共にダンジョン協会の発足に関わって、中心メンバーとして尽力しなければならなかったんだ。

 

 ……だから。


「何でも手伝うぜ。……俺にできることなら、だけどな」

「ほ、本当ですか!?」

「お、おう」


 会長が目を見開き、表情をぱっと明るくさせた。


「本当に本当に本当ですね!?」

「え、ちょ、何だよその食いつきは」

「実はですね、折り入ってご相談したい事が元々ありまして……!」


 会長は獲物を見つけた猛獣のような目で、ずいっとこちらに迫ってきた。


「明日のご予定は空いていますか?」

「明日? ……待て。何をさせる気だ」

「大丈夫です。御影さんであれば、何も問題ないと確信しております」

「だから用件を言えよ先に」

「用件はいたってシンプルで――」


 ああ……もう後悔してきた……。

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