第33話 猪熊、死す(社会的に)
「……あ」
思い当たり、言葉を発する。
するとその場の全員が、こちらを一斉に見た。
「な、何だその『あ』は! 心当たりがあるのか!?」
「いや……たぶん、俺がぶつかった時に切り替わったのカナー……?」
視線を逸らしながら答えると。
「何をしてくれているんですかなぁぁぁあああっ!?」
根津が頭を抱えて絶叫した。
「いやー……悪い悪い」
「悪いで済みませんよ!」
七瀬と緋見を救うため、ボスに跳びかかったあの瞬間。
確かに俺は、動線上に飛び出してきたライブスフィアを押しのけた。
当たり所が悪く、その際に設定パネル内のスイッチが切り替わってしまったのだろう。
「き、貴様という奴は……! なぜよりにもよって全体公開を……!」
「俺が選んだわけじゃねえよ……」
猪熊も泣きそうな顔をしていた。
申し訳ない事をしたとは思ってる。
ほんの少し。
「しかし、助かりました」
会長が穏やかに言った。
「映像には禍々しいボスが明確に記録されている。加えて、帰路の道中では、S級ダンジョンに出没する魔物たちが複数観測できました」
「そ、それは……突然変異で……」
猪熊の顔が引きつる。
流石にそれは苦しいって。
「く、く……くそお! 根津ゥ!」
猪熊が突然、根津を指さした。
「貴様が、『奴らの苦しむ顔を見られます』などとぬかすからだぁ!」
「なぁっ!?」
根津が目を剥く。
「わ、私だけの責任ではありません! 副会長も『良い考えだ』と仰ってくださったではありませんか!」
「私は止めようとしただろう!」
「嘘をおっしゃらないでください! 『表情が見たいからなるだけ近くで撮れ』、と指示したのは副会長でしょう! そのせいで御影 仁がぶつかったんじゃないんですか!?」
「限度というものがあろうが! それに、その設定を職員に指示したのは貴様だ!」
「要望したのはあなたです!」
く、くだらねえ……。
そんな理由で映像の記録を許可したのか……。
まあ、そのおかげで俺の同行が認められたわけだが。
にしても、追い詰められた途端、責任を押し付け合い始めたな。
あんだけ『最高のパートナー』みたいな顔してたのに。
醜いもんだ。
「もう結構です」
会長は、これまでより一段階大きな声で二人を制する。
表情は穏やかなまま。
だが、その目には明確な怒りが宿っていた。
「ダイバーとは、この世界を守るため、命を懸けて戦う者たちです」
執務室が静まり返る。
「そんな崇高な戦士である彼らが、少しでも安全に戦い、無事に帰還できるよう誠心誠意支える……それが我々、協会職員の仕事です」
俺は、会長を見る。
何十年経っても、彼は変わっていなかった。
必要な物を渡せない方が嫌だ、と言っていたあの頃のままだ。
「それを私欲のために危険へ晒し、命を弄び、彼らの努力すら嘲笑する」
会長の声が、わずかに低くなる。
「協会職員の風上にも置けません」
「会長……そ、それは誤解で……!」
「何が御影さんをクビにする、ですか」
会長が二人をまっすぐ見据えた。
「猪熊 権蔵」
「ひっ……」
「根津 薄男」
「は、はい……」
「――クビになるのは、あなた方です」
「「なぁっ……!?」」
猪熊と根津の顔が凍る。
「横暴だ! 会長といえど、正式な手続きもなく――」
「ああ、そうそう」
猪熊の言葉を遮って、会長は何かを思い出したように手を叩く。
「今回の件だけではありません」
「何ィ!?」
「予算の不正流用」
「……あ」
「関連企業への便宜供与」
「あ、あ」
「人事への不当介入」
「あああっ」
「過去の資料に関する複数の改竄疑惑」
「ああああああ……」
猪熊の顔から、サーッと血の気が引いていく。
「その他、諸々の余罪についてもしっかり追及させていただきます」
「そ、そんな……」
猪熊が椅子へ沈んだ。
根津も力なくへたり込む。
二人とも燃え尽きたような顔をしていた。
やれやれ……。
コイツらとの因縁も、ようやく決着だな。
「……さて」
会長はこちらへ向き直った。
そして俺たちの前まで来ると、再び深く頭を下げる。
「御影さん。そしてA級ダイバーのお二人。このたびは、私の部下が取り返しのつかない事をし、皆さんを危険に晒してしまいました」
沈痛な面持ちで続ける。
「監督不行き届きです。到底、謝罪だけで許されることではありません。それでも、まずは謝らせてください。本当に、申し訳ありませんでした……!」
より一層深く頭を下げる会長に、俺は言った。
「……頭上げろよ。別にアンタの事は恨んじゃない」
「いえ。組織の長である以上、私の責任です」
「それでもだ」
俺は肩をすくめる。
「昔から現場のために走ってたのは知ってる。今も同じなんだろ」
会長は、しばらく黙っていた。
「……ありがとうございます」
「会長、私たちもです」
あ、文月だ。
いつの間にか顔の漆黒が晴れている。
良かった。本当に。
「猪熊副会長をはじめとする役員たちの不正には、私たち一般職員も以前から気づいていました。ですが、会長の負担になりたくなくて、自分たちだけで何とかしようとしました」
「文月君……そうだったんですか」
「結果として、野放しにしてしまった私たちにも責任があります。……ですので、お一人で全責任を背負おうとしないでください」
会長は目を細める。
「……その心遣い、痛み入ります」
そして猪熊と根津を見る。
「ここからは、私の仕事です」
先ほどまでの穏やかな空気が、少しだけ鋭くなる。
「皆さんには後日、改めて事情を確認させていただきます。ですが、本日はひとまず解散していただいて構いません」
「あ、あの……」
緋見が遠慮がちに手を上げた。
隣で七瀬も不安そうに会長を見ている。
「それじゃ、御影先生は……?」
会長は一瞬、きょとんとした。
それから穏やかに笑う。
「もちろん、解任などにはなりませんよ」
「……!」
七瀬と緋見の顔が、一気に明るくなる。
「やった!」
「よっしゃあ!」
七瀬が拳を握る。
緋見も両手を上げて喜んだ。
「先生、続けられるんすね!」
「御影先生! これからもよろしくお願いします!」
「――ストップ」
抱き着こうとしてきた二人を、夕凪が制する。
「ぱぱは、渡さない」
「す、すんません……」
真剣な表情で呟いた。
七瀬と緋見はすごすごと下がる。
「ちょっと待ってください。先生は貴方の物ではありませんよ?」
ゴゴゴと怒りのオーラを出す文月。
「先生は私が最初に見つけたんですから」
「関係ない。私のぱぱ」
「私の先生です!」
「ぱぱ」
「先生!」
「ぱぱ」
「先生!!」
「――うるせえなお前ら!」
たまらず俺がツッコミを入れると、夕凪は「くああ」と欠伸する。
「本当にそう。文月、うるさい」
「なぁっ!? お、朧さんはそもそも協調性というものが――」
文月は必死になってまくしたて、夕凪はどこ吹く風と聞き流している。
その様子を見て、七瀬と緋見が顔を見合わせて笑った。
「あーあ、また始まったよ……」
俺は小さくため息をつく。
それから、ふっと頬を緩めた。
指南役の解任を免れた。
けど、だからといって何かを成し遂げたわけじゃない。
S級ダイバーが足りない現状は変わっていないし、七瀬にも緋見にも、他の若手たちにも、まだまだ教えてやりたいことが山ほどある。
だが、手始めに一つ。
このギャーギャー騒がしい若者たちに教えてやろう。
「――よし! 今日くらいは皆でメシでも行くか!」
看板も出ていないような通好みの店を知っていてこそ、一人前の大人だってことをな。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて、第1章『指南役着任編』は終了となります。
猪熊たちの失脚によって、ひとまず指南役の座を守った仁。
しかし蛇窪ダンジョンでの戦いは、世界中へ配信されてしまいました。
『謎のおっさん』の異常な強さに、世界が気づき始めます。
次話から始まる第2章では、物語の舞台が日本から世界へと大きく広がります。
世界最高峰のダイバーたちの出会い(再会?)。
仁を待ち受ける更なる強敵。
そして何より、いよいよ本作のタイトルにも繋がっていきます。
引き続き、御影仁と弟子たちの物語を見届けていただけましたら幸いです!
もしここまで読んで、「面白かった!」「第2章も読んでみたい!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。
皆さまからいただく応援が、執筆の大きな原動力になっています。




