第32話 英雄と補給係
「か、会長? 御影 仁と知り合いなので……?」
猪熊が、恐る恐る尋ねた。
会長と呼ばれる白髪交じりの男は、俺へ深々と頭を下げたままだ。
俺は首を傾げ、言う。
「いや、知らん」
「……は?」
猪熊が目を丸くする。
会長も、少しだけ顔を上げた。
「どっかで見たような気はするんだが……」
顔立ちに、かすかな覚えがある。
だが俺の知り合いに、日本ダンジョン協会の会長などという立派な肩書きを持つ奴はいなかったはずだ。
彼は困ったように笑った。
「当然です。貴方は旧・ダンジョン攻略部隊の英雄。方や私は、ただの補給係でしたから」
「補給係……?」
その言葉を聞いた瞬間。
記憶の奥で、何かが弾けた。
――向いてないですよね、僕
――でも、誰かがやらないといけない事なので
怒鳴られながら、床へ散らばる荷を拾い集めていた若い男。
何度転んでも立ち上がり、汗だくになって補給拠点を走り回っていた彼だ。
その顔に、確かな面影がある。
「お前、あの時の……!」
思わず指をさす。
会長の目が見開かれた。
「覚えていてくださったんですか……!?」
「俺がビン拾ったら、礼して木箱に頭ぶつけてた奴な」
「い、嫌な覚え方しないでくださいよ……」
会長は微妙な表情を浮かべつつも、嬉しそうなのが隠しきれていない。
「いやしかし、光栄だなあ。貴方に覚えていただけているなんて……!」
「そ、そうか……?」
改めて、白髪の交じった頭を見る。
記憶の中の彼は、俺と同じか少し年下くらいだったはず。
なのに、どう見ても俺より十歳は上に見える。
どれだけストレスがあるんだ、会長職……。
「な、なぜそんな憐れむような目で私を見るんですか」
「いや、何でもない」
「頭髪を見ていませんでしたか?」
「み、みみみ、見てねえよ」
「急に嘘が下手になりましたね……」
勘のいい奴だ。
「でも、元気そうでよかったよ」
「はい、御影さんも」
ダンジョンへ潜った隊員ではない。
だが役目は違えど、あの地獄へ共に立ち向かった仲間だ。
そんな彼が、今もまだ違う形で戦い続けている。
それが、素直に嬉しかった。
「……さて」
会長の表情が変わった。
先ほどまでの懐かしそうな笑みが消え、キリッとした顔になる。
「朧さんを通じて、事情はすべて聞かせてもらいました」
夕凪から?
彼女は片腕を俺から離し、無表情のまま小さくピースした。
「文月にきいた」
「文月に……そ、そうか」
俺は、文月を見る。
「 」
文月は何も喋らずに、顔を真っ黒に染めていた。
別に帽子を被っているわけでもないのに。
こいつも一種の影操術使いなのだろうか。
「猪熊副会長」
「は、はい」
会長が呼ぶと、猪熊の巨体がびくりと揺れた。
「御影さんを追放するため、S級ダンジョンをA級と偽ったそうですね」
「なっ……」
猪熊が顔を引きつらせる。
「そ、そのような事実はございません! 蛇窪ダンジョンは正式に――」
「往生際が悪いですよ」
会長は静かに遮った。
「申請書の修正履歴は、既に確認しました」
「なっ……!」
「職員から提出された時点ではS級。その後、役員承認の段階でA級へ変更されています」
猪熊の顔から、ぶわっと汗が噴き出した。
「承認者の欄には、貴方の名前がありました。一体どういうことか、説明していただけますか」
「い、いやあ……おかしなこともあるものですな!」
何がおかしいんだよ馬鹿。
「私は記憶にありませんぞ。何かの手違いでは?」
「副会長専用の端末から行われていますが」
「なんと!? 何者かが端末を勝手に使った可能性が!」
「指紋に声紋、顔認証を全て突破して、ですか?」
「う……」
猪熊が黙った。
そのわざとらしい演技も、そろそろ限界だろう。
相棒の根津はといえば、部屋の隅で顔を伏せ、存在そのものを消そうとしている。
「ですが今回のダンジョンは、実際にA級でした!」
「……ほう?」
「申請段階では多少強く見えたのかもしれませんが、内部の魔物はすべてA級相当だったのです……!」
猪熊が、俺の方を向く。
「――なっ?」
ばちこーん、と片目を閉じた。
下手くそなウインクだな。
「なっ?」
もう一度、強く閉じる。
あまりに滑稽なその姿に、俺は呆れてため息をついた。
「……目にゴミでも入ったか?」
「貴様ぁ……!」
小声で恨めしそうに言われた。
馬鹿か。庇うわけないだろ。
「何を言うかと思えば。それについても確認済みですよ」
「確認済み……?」
「この目で、ダンジョン内の映像を見ました」
「こ、この目で……ですと……!?」
会長は根津へ視線を向けた。
「根津秘書官」
「ひえっ!? な、何の御用で……?」
「そちらの端末で『DIVE-LIVE』を開き、モニタへ映してください」
「は、はいっ! ただいまっ!」
根津は慌てて端末を操作し始めた。
俺は聞きなれない単語に首を傾げる。
「だ、だいぶらいぶ……?」
「世界ダンジョン協会が運営してる、ダンジョン配信の専用サイトすよ」
「そーそー。ライブスフィアの映像も、基本的にはそこへ送られます」
「へえ、専用サイトが……」
七瀬と緋見が説明を挟んでくれた。
そんなもんがあるなんて知らなかったな。
おじさん、よう○べ世代だから。
「――な、何じゃこりゃああああっ!?」
突如、猪熊が大声で叫ぶ。
視線を向けると、モニタに動画サイトが映し出されていた。
そしてそのトップページ。
『New!』の文字とともに、大きく動画が乗せられている。
「あ、あれ……!」
「蛇窪のボスだ……!」
動画のサムネイルには、蛇窪ダンジョンボスの巨大な三つ首。
そして、何者かの黒い影がしっかりと表示されていた。
ブレていて分かりづらいが、色見的に恐らく俺だろう。
「ひゃ、180万……!?」
緋見が驚く。
再生回数は既にとんでもない数字になっていた。
そしてその数字は、ぱらぱらと急速な上昇を続けている。
「なぜこの動画が全体公開されている!?」
猪熊が根津へ詰め寄る。
「おい、根津! 限定公開だったはずだろう!」
「そ、そのハズでございます!」
根津も青ざめている。
「現地職員には、公開設定を誤らないよう厳しく言い聞かせました! 本体の設定パネルも常時ロックされていますし、後から意図的に操作しない限りは……!」
ふうん。設定パネルねえ。
確か入場前に職員が見せてくれたな。
そこを開いて操作すれば、色々設定がいじれると。
だけど、誰も触ってないよな?
サムネイルからして、配信のスタートはボス戦の真っ最中だろうし。
そんな場面で設定をいじる余裕なんて――
「……あ」
一つ、心当たりがあった。




