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第30話 落ちこぼれ・後編

 当時の攻略には、正攻法なんてものは無かった。

 

 どこに罠があるのか。

 どの魔物が、どんな特性を持っているのか。

 この世界の誰も知らない。


 だから、誰かが試すしかなかったんだ。


「……止まれ、変な匂いがする」


 先頭を進んでいた隊員が立ち止まる。

 通路の前方からは、薄い霧が漂ってきていた。


「魔力反応は?」

「……ないな」

「進むしかないか……」


 先頭の男が数歩進む。

 すると、急に喉を押さえて立ち止まった。


「がっ……ハッ……」

「戻れ! 恐らく毒だ!」


 俺たちは慌てて引き返した。

 その死で、霧に毒があると分かった。

 

 また別の場所では、仲間が踏んだ床が抜けた。

 その先には無数の針を持つ魔物がいて、そいつは串刺しになった。

 その死で、落とし穴トラップがあるとわかった。


 首を落とした魔物が、胴体だけで動き続けた。

 倒したと思って油断していた仲間が、不意打ちで殺された。

 その死で、その魔物の頭部はただの飾りだとわかった。


 誰かが死ぬと、対処法が一つ増える。

 今では当たり前のように共有されている攻略情報も、誰かの命と引き換えに得たものだった。


「――御影、止まるな! 進め!」

 

 どん、と背中を突き飛ばされる。


「で、でもアイツがまだ……」

「もう助からん!」

「置いていけるわけないだろ……!?」

「全員で死にたいのか!」


 叫び声と共に、俺は前に押し出された。

 ついさっきまで隣を歩いていた仲間が。

 帰ったらアレをやろう、と約束していた仲間が。

 次から次へと命を落としていく。


 優秀な奴ほど前線へ送られ、そして先に死んでいった。

 いずれも俺よりずっと優秀で、強く、才能のあった奴らだ。


 俺はその後ろを歩んだ。


 誰かが死んで見つけた罠を避け。

 誰かが命と引き換えに暴いた弱点を突き。

 誰かが血で描いた地図を握って、ダンジョンの奥へ進んだ。


 俺は、仲間の屍の上を歩いて、少しずつ強くなっていった。




 そんな生活を続けて3年が経った。

 

 18歳になった俺は、当時最難関と呼ばれたダンジョンの攻略に参加した。

 同じ一期生でまだ生き残っているのは、俺と隊長くらいのもんだ。

 つまり俺は、総勢50名の部隊の最古参だった。


 と言っても、主力なんかにはなれっこない。

 俺に才能が無いのは相変わらずで、後から登用された奴らに次々抜かれていった。

 それでも一応、影で敵を拘束したり、足場を作ったりといった、誰かのサポート的な役割くらいは担えるようになっていた。


 ダンジョンの最奥に待っていたのは、巨大な黒い魔物だった。


 人型に近い身体だが、頭部が無い。

 表面は濡れた黒い岩のように滑らかで、胴体から太さも長さも異なる腕が何十本と生えている。


「――全員、散開!」


 隊長の声が響き、部隊がボスを囲む。

 次の瞬間、敵の無数の腕が動いた。


「がっ――」

「っ!?」


 隣にいた仲間が一瞬で掴まれた。

 巨大な黒い拳に握り込まれ、骨の砕ける音がした。

 とんでもない速度に、途轍もないパワーだ。


「怯むな! 攻撃しろ!!」


 隊長の指示に突き動かされるように、隊員たちが一斉に魔法を放った。

 だが、足りない。

 切り落とした端から黒い肉がボコッと盛り上がり、すぐに腕が再生する。


「ぐぎゃあっ!?」

「し、下もあるぞ! 気を付けろ!」


 石床の下から腕が飛び出してきて、仲間たちの足首を掴んでいる。

 鈍い音が響き、また血が広がった。


「ひ、ひい……」


 圧倒的な実力差。

 頼もしかった仲間たちが、まるで虫けらのように潰されていく。

 その光景を目の当たりにした俺は、すっかり腰が引けていた。

 

「御影!」

「た、隊長……」


 背後から隊長が現れた。

 周囲を見ると、残っているのはもう数人だけ。

 しかも、全員が体のどこかに大きな欠損を負っていた。


 隊長はボスを睨みつけ、次に俺を見る。


「御影、お前は生き残れ」

「……は?」

「俺たちが奴を仕留める。……この命に代えて」


 隊長が自分の胸元を叩いた。

 そして周囲の仲間たちも、こちらを見てこくりと頷く。


「そ、そんなのダメですよ……!」

「いいから聞け、命令だ」

「いやだ! それで俺だけ逃げろって、ふざけないでください!」

「逃げるんじゃない」


 隊長は俺の胸倉を掴み、顔を寄せる。


「お前が最後まで生き残るんだ……!」

「っ……」

「この3年間、お前は過酷な攻略部隊で生き抜いてきた。だからこそお前に託す。俺たちの戦い方も、攻略情報も、死に様も……その全部を持って帰ってくれ」


 言葉に詰まり、何も言えなかった。

 隊長は俺の胸から手を放し、ふっと笑う。


「……あと、俺を英雄として語り継いでくれ」

「え、ええ?」

「世界を救うために壮絶な最期を遂げた、最高の男だってな」

「……こんな時に何を」

「本気だぞ。真実をしっかりと――ああ、いや、多少盛ってくれてもいいな」


 隊長はにかっと笑った。

 周囲の連中も釣られて笑う。


「隊長だけじゃなくて、俺も入れてくれよ」

「僕はとびっきりの美形ってことでお願いします、御影先輩」

「あっ、ずりい! じゃあ俺は帰りを待つ可愛い幼馴染がいたってことで!」

「そ、それは嬉しいのか……?」


 こんな状況で。

 仲間が殆どいなくなって、これから自分たちも同じ運命を辿ると分かっているのに。

 いつもと同じように、くだらないことを言っていた。


 そんな中で、俺だけが笑えなかった。


「御影、お前は生きろ」

「隊長……」


 隊長の言葉と同時、ボスが腕を振り上げる。


「後は任せたぞ!」


 仲間たちは腕の攻撃をかいくぐり、一斉にボスの懐へ飛び込んだ。

 そして、魔力が膨れ上がる。


「やめろ、やめろおおおおおおっ!」


 強烈な発光が、俺の声をかき消す。

 視界が白く染まり、爆音が広間を揺らした。

 

「そ、そんな……」


 煙が晴れる。

 周囲に隊長たちの姿はない。

 黒い魔物の身体も、大きく裂けていた。

 胴体の中央に赤い宝石のようなものが露出している。


 そして、裂けた肉がうぞうぞと塞がろうとしていた。


「ふざけんなよ……勝手に死にやがって」


 俺は呟きながら、影を束ねて刃にする。


「何が英雄だ。何が語り継げだよ……」


 震える右手を、前に突き出した。


「――自分で言いふらせよ、馬鹿野郎ぉぉぉおおおおっ!!」


 射出された影の刃が、赤い宝石――ボスの核を穿った。


 やがてボスの巨体は力無く崩れ落ちる。

 最難関ダンジョンは、部隊49名の死をもって攻略が成された。




------




「――とまあ、そんなわけだ。悪い。ちょっと長くなっちまったな」


 俺は濡れた岩の上で、肩をすくめた。

 

 ここは蛇窪(へびくぼ)ダンジョンの最奥。

 目の前には七瀬と緋見がいて、二人とも黙りこくっていた。


「俺が今、こうしてお前らの前にいられるのも、落ちこぼれだったおかげさ」

「そんな……」

「だが、お前らは違う」


 俺はまず、七瀬に視線を向ける。


「よく二つの首を仕留めたな。お前の攻撃力は、S級と比べても何ら見劣りしない」

「っ……先生」


 そして次に、緋見を見る。


「よくボス相手に時間を稼いだな。一時的とはいえ、お前はS級ダンジョンのボスとタイマン張れるってことだ」

「あ、アタシが……?」


 俺は大きく頷く。


「そして何より俺が誇らしいのは、お前らが最後まで互いを守るために動いてたってことだ」


 仲間の命を踏みつけて生き延びた俺なんかとは、全然違う。


「もっと胸を張れよ。S級のボス相手に、討伐一歩手前までいったんだぞ」


 それを凡才と呼ぶなら、世の中の殆どは何になる。


「お前らには、間違いなく才能がある。少なくとも俺なんかより、よっぽどな」

 

 七瀬がぐっと唇を噛んだ。

 緋見の目から、すーっと涙が一粒落ちる。


「……つ、次は」

「うん?」


 七瀬は震えた声で続けた。


「――次は、先生が止める前に勝つっす!」

「あ、アタシも! もっと強くなります! S級ダンジョンのボスだって、余裕で止められるようになってみせますから!」


 緋見も涙をぬぐった。


「ああ、期待してるぞ」


 俺は笑って、岩から立ち上がった。


「んじゃ、帰るか。そんで猪熊に報告だ」

「……はい」


 七瀬と緋見も立ち上がる。

 緋見がふらつき、七瀬が腕を伸ばした。


「……ありがと」

「いや、別に。……オレも、助けてもらったし」

「え? 何か言った?」

「べっ、別に何でもねーよ! ほらとっとと歩け!」

「あっ、ひどーい! もっと労わってくれてもいいでしょー!?」


 言い合いながらも、二人は互いに支え合って広間の出口へ歩き出す。

 

 俺は、少し後ろから二人の背中を追った。


 猪熊の提示した試験は、失格だろうな。

 これで指南役はクビか?

 

 何とか突破口を見つけられるといいが……うーん。

 

 まあ、出たとこ勝負だな。


 そんな事より今の俺には、七瀬と緋見が想像以上の奮闘を見せてくれたことが、何より嬉しかった。

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