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第3話 さらば隠居生活

「す、すげえ建物だな……」


 高層ビルを見上げて呟く。

 俺はふと、入り口横のガラスに映った自分を見た。

 

 伸びっぱなしで、ゆったりうねった長髪。

 ボーボーの無精ひげに、くたびれたヨレヨレの上着。

 ひとことで言えば浮浪者だ。


 ……うーん、場違いが過ぎる。


「こちらです! って、どうしました?」


 入り口のゲートを開いた文月が振り返る。


「俺みたいなのが入っていいのかなって」

「何を仰いますか……! 先生がダメなら皆ダメですよ!」

「どういう理屈なんだよ」


 自動ドアを抜け、エントランスに出る。

 その中央には展示スペースらしき場所。

 そこには赤い玉座が設置されていた。


「これ、『空白の玉座』ってやつか?」

「はい。日本は世界ランク上位を席巻するダンジョン大国ですから。その象徴である『空白の玉座』を表現する、特別展示です!」

「特別展示ね……」


 玉座の周囲には、日本国籍の世界ランク一桁勢――2, 3, 4, 7位の写真とプロフィールが並んでいた。

 どれもこれも、見知った顔だなあ。

 

「行きましょう、上層部を待たせておりますので!」


 文月に連れられ、エレベーターに乗る。

 静かな空間の中、階数表示がどんどん上昇していく。


「どうだ、職員の仕事は」


 何となく、そう尋ねた。

 ただの近況の問いかけだ。

 久々に会った教え子なのだから、それくらい聞いても罰は当たらないだろう。

 文月はぱちぱちと目を瞬かせる。


「先生……!? 私の仕事を気にしてくださるんですか……!?」

「なんだよその言い方。俺が冷たい奴みたいだろ」

「少なくとも、何も言わずに私の前からいなくなるくらいには冷たいですよ?」

「うぐ……それはすまんが」


 文月は「冗談です」と笑って、視線を前方へ戻す。


「職員は大変ですよ、とても」

「……だろうなあ」

「特に上層部とのやり取りが」

「上層部って、今から俺が会う奴ら?」


 文月はこくりと頷く。

 げ、面倒くさい奴らなのか。


「屁理屈ばかり言って、私腹を肥やすことしか考えていません。ダイバーを物扱いして……自分は責任を取りたがらないし、まともな意思決定もしないのに、権限だけは手放しません」

「うへえ、最悪じゃねえか」

「はい。とてもとてもです」


 文月はため息交じりに呟いた。


「そんな奴ら、無視して勝手に動いちまえば?」

「それも一度は考えましたが……協会自体は必要なんです。一般の方の平穏な生活を守るためには、ダンジョンはしっかり管理しなければいけませんから」


 エレベーターが止まり、扉が開く。

 文月が先に外へ出て、くるりとこちらへ振り向いた。


「なので、正面からぶつかって変えてやるんです! 今回の事も、先生に指南役として関わっていただくのであれば、きっちり上層部の首を縦に振らせてからです!」


 そう言って、両手でガッツポーズを作る。

 熱意に満ちた表情が眩しい。

 俺にもあんな時があっただろうか。


 いや、無いな。断言できる。


「それでは行きましょう!」


 文月の後をついて行く。

 とある会議室の扉を開くと、悶々とした空気が流れ出た。

 卓の両側に並ぶだらしない身体のおっさんたちは、明らかに機嫌が悪そうだ。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」

「やっと戻ってきたか! いったい君は我々の時間をなんだと――」

「こちらのお方をお呼びするために、会議を抜け出していました」

「ぬぅ……!?」


 文月は頭を下げて、俺をさっと手で示す。


「こちら、御影(みかげ) (じん)先生です」

「御影? 聞いたことの無い名だが……」


 値踏みするような視線が一斉にこちらへ向く中、俺は軽く頭を下げた。


「どうも、御影仁です。歳は35。C級ダイバーやってます」

「C級……?」


 ざわつきが一層増す。

 

「文月君、これはいったいどういうことかね……?」

「はい。私はこの御影 仁先生に、A級以下のダイバーの指南役をお願いしたいと考えています」

「指南役だと……!? こんな浮浪者紛いにか!?」


 あ、やっぱり?

 浮浪者に見える?


「何の実績も実力もない者に、余計な金は出せんからな!!」


 ははあ、結局そこなのか。

 仕事を依頼するとなると当然金銭が発生するわけだが、それが許せないらしい。


「先生の実力は本物です。現在の登録級などでは測れません」


 文月は負けじと前に歩み出た。


 う、うーん。嬉しいよ? 

 評価してくれてるのは嬉しいんだけどな?

 おじさん、ちょーっと買いかぶりすぎじゃないかと思うんだ。


「――S級ダイバー不足という現状の課題を、先生は必ず解決してくれます!!」


 ずどーん。

 仁王立ちで言い切る文月さん。

 ぷ、プレッシャーが……。


「先生先生と……随分親しげだな、文月君」


 上層部の一人が鼻で笑った。


「若い女性が、こんな小汚い中年を慕って連れてくる……いや、中々興味深い」

「はっは。真面目そうな顔して、案外物好きですなあ」

「その方とは、いつからよろしくする間柄なのかね?」


 会議室に、下品な笑いがどっと広がった。

 文月の肩がわずかに強張る。


「私と先生はそのような関係ではありません……!」

「すぐに怒ると逆に怪しく見えるぞ?」

「私は先生を本当に必要な人材だと――」

「必要かどうかを決めるのは我々だ」


 文月の言葉が遮られる。


「若き天才だなんだと、世間からチヤホヤされて勘違いしとらんかね?」

「そんなこと……!」

「ここでは、君は単なる一職員だ」


 太った幹部はこちらに視線を向け、にやりと口角を上げる。


「やたら先生を慕っているようだが……いや、そういうプレイがしたいのなら、私が相手してもよかったんだがなぁ」

「っ……!!」


 文月は唇を引き結んだ。

 反論したい。殴ってやりたい。

 なのに立場がそれを許さない。

 そんな表情だった。


 俺は始め、黙っているつもりだった。

 文月の熱い思いには感心するが、やはり面倒なものは面倒。

 上層部に却下され「やっぱり無理でした」で話が無くなるのなら、それでいい。

 そう、思っていた。


 ……ただ。

 可愛い教え子が目の前でここまでコケにされると、流石に胸糞悪い。


「……要するに」

 

 俺は口を開いた。

 笑いがぴたりと止まり、視線が俺に向く。


「実力を証明できればいいんだな?」


 上層部の一人がプッと噴き出した。


「生意気な……証明できるものなら、やってみせたまえ!」

「はいよ」


 俺は浅く息を吸い、そして唱えた。


「――『影操術(アンブラル・アーツ)』」


 小さく呟く。

 その瞬間、俺の影が蠢いた。


「なっ……!?」


 ぶわっと広がった影が連中の足首に絡みつき、床に縫い留める。

 影はそのまま机の脚を伝って上り、腕から上半身を抑え込む。

 十秒とかからずに、その場にいた全ての人間が拘束された。

 ……ああ、文月を除いてな。


「なんだコレは! 動けんぞ……!」

「キサマ、我々に何を――」

「証明してみろって言ったろ?」


 俺は空いていた椅子に腰かけた。

 足を持ち上げ、机の上で組む。


「ぐっ……貴様、魔法を使えるのか……!」


 役員たちの顔から、さっきまでの余裕は完全に消え去っていた。

 

「こんな真似をして、ただで済むと思うな……!」

「済まないなら、それはそれでいい。俺には失う物も無い」


 ふっふっふ。

 35歳独身。住所不定無職。

 怖いものなど何もないのだ。

 王様を殺せるのは奴隷だけってね。


「俺は別に、アンタらに恨みがあるわけじゃない。ただ……」

「ぐぅっ……!」


 ギリ、と音が鳴る。

 影が役員たちの身体を少しだけ締め上げた。


「俺の教え子を、あんまりいじめるな」


 低く言った。


「っ……分かった!」


 中央に座っていた幹部が音を上げる。


「分かったから、早くコレを解け! 貴様へは正式に協会から依頼する!」

「……そうか」


 俺は術を解いた。

 影がサッと引き上がって、元通り俺の足下へ帰ってくる。

 拘束がほどけた幹部連中は、肩で荒く息をしながら一斉に立ち上がった。


「こ、細かい条件は後日詰めさせてもらう! 今日はここまでだ!」


 口々にそう言って、逃げるように会議室を出ていく。

 扉がばたんと力強く閉じられた。

 会議室には、俺と文月だけが残る。


「せ、先生……」


 背後から、文月がぽつりと声をかけてきた。

 しまった、やり過ぎたか?

 文月が一生懸命「真正面から変える!」って頑張ってるのに、思っきし武力で言う事聞かせちゃったからなあ……。

 幻滅されたかと思い、振り返ると――


「――やっぱり、先生は凄いですっ……!」

「えっ」


 子どもみたいに、目をきらっきら光らせていた。


「す、凄くない。何にも凄くないぞ」

「凄かったです! 私が何も言い返せない役員たち相手に……!」

「いや、俺だって言い返せてない。今のは純粋な暴力でした」

「カッコよかったぁ……!!」

「聞けよ」


 文月はふすふすと鼻息を荒くしている。

 その子供っぽい表情を見ていると、どうにも毒気が抜ける。


「……まったく」


 俺は片手で頭を掻いた。

 協会になんて関わりたくないと思ってたんだが、つい頭にきちまった。

 面倒な事に首を突っ込んじまったな……。

 ま、自業自得か。


「それでは、早速仕事に取り掛かりましょう!」

「いやちょっと待て。もう夜中だぞ……!?」

「はっ、そうでした……! では、今夜の宿は私が手配させていただきます!」


 文月は眼鏡をかけ直し、たぷたぷとスマホを操作しだす。

 俺はもう一度ため息をついた。

 さらば、悠々自適な隠居生活。


 弟子の前で暴れた手前、今さら逃げるのも格好悪いからな。

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