第2話 先生じゃなきゃダメなんです
本話の前半は、世界ランク27位 文月 知世視点で進みます。
後半から、主人公の御影 仁視点に戻ります。
日本ダンジョン協会、東京支部。
とある会議室にて、重要な会議が執り行われていた。
「――現在、S級ダイバー必須の高難度依頼が増加しつつあります」
会の進行を務めるのは、緑の髪を短く切りそろえた少女――文月 知世だ。
「原因は明らかです。近年出現したダンジョンのギミックや、出現する魔物の凶悪さが増していること」
文月は会議室前方の巨大モニターに資料を投影する。
「それに伴いS級ダイバーの稼働率が上昇。新規案件に回す余力はほぼありません」
文月がそこまで言うと、会議机の向かいで、腹の出た役員が鼻を鳴らした。
「まぁーた人手不足、人手不足か」
明らかに不満げな言い草だが、文月は表情を変えない。
「……はい、特にS級以上が」
「現場はいつもそれを言う。人が足りない、予算が足りない、時間が足りない、ナイナイナイ! まったく、君たちは無いものねだりの専門家かね?」
「茶化さないでください。現場は藁にもすがる思いで――」
「キミは若いのに真面目だなぁ。難しい顔ばかりしてると嫁の貰い手が無くなるぞ」
会議室に集まった十名ほどの幹部職員が、どっと笑う。
文月は歯を食いしばりながら、深呼吸して自分を落ち着かせた。
プロジェクタに繋がった端末を操作し、議題を進める。
「端的に要望を申し上げますと、A級以下の中堅・若手ダイバー育成のため、予算を追加していただきたいと思っております」
「却下だ」
(まだ話も聞いていないのに……!)
腹の出た役員は、机に頬杖を付きながら続ける。
「最近の若者はすぐ金で解決しようとするな」
「全くですよ。知恵と工夫で何とかするのが前提でしょうに」
「我が日本国には、他のどの国にも真似できん強みがあるだろう? それを上手く使えんか?」
「……上位勢の方たちのことでしょうか」
国際ダンジョン協会が、ダイバーとしての実力と実績を元に決定する世界ダイバーランキング。
そのトップ10の中の4名が日本人であり、目の前の役員たちは、彼女たちにさらに負担を強いることで課題を解決しろと言っているのだ。
「2位はどうだ? アイツは可愛げは無いが仕事は早い」
「……現在、北欧の国家案件に参加中です」
「チッ、あの大して金にもならん案件か……では3位は?」
「米国で新たに発生したS級ダンジョンの調査です」
「ああ、アレは良かった。がっぽりふんだくってやったからな。4位は?」
「中東からの要請を受けて支援に。聞かれる前に述べますが、7位の方も任務中ですので、他に力を裂く余裕は無いかと」
文月の返答を聞き、幹部は背もたれに深く身体を預けた。
「困るなあ、世界ランカーともあろう者たちがそんな体たらくでは」
「本当だ。高い報酬を払ってるんだから、もっと使い倒さなくてはな」
「――ダイバーは物じゃありません!」
思わず文月は言い返してしまった。
会議室の空気が少しぴりつく。
だが、幹部連中はそれを真面目に受け取りはしなかった。
「そんなこと言ってないさ。壊れない程度に働いてもらえと言ってるんだ」
「うむ、そのための管理職だろう。君の頭で上手く計算なさい」
「そうだ、君も息抜きが必要なら遠慮なく言いなさい。食事でもその後でも、しっかり付き合ってやるぞ」
下卑た笑い声が再び上がった。
文月はもう何も言わなかった。
彼らに何かを言ったところで、何も決まらないし何も響かない。
高難度の現場は、常に人手不足に苦しんでいる。
こうして会議をしている間にも、実力の足りない若手ダイバーたちが駆り出され、危険な目にあっているというのに。
目の前の幹部たちは、利権で私腹を肥やすことだけを考えている。
「――こういう時に、1位様でもいれば楽なんだがなぁ」
役員の一人がうすら笑いを浮かべて言った。
「ああ、例の空白の玉座の話ですかな?」
「うむ。上位連中は口を揃えて『1位は他にいる』などとぬかすが、ならば会ってみたいものだ。くせ者ぞろいの奴らが認める『1位』とやらに」
空白の玉座とは、世界ダイバーランキングの制定当初から、その第1位が空席であることを指す俗称だった。
空席である理由は表向きには非公開。
世間では、国家間の政治的配慮だの、協会内の派閥争いを起こさないためだの、下位ランカーへの挑戦的意図だのと好き勝手に噂されている。
だが本当の理由は、世界ランク2位~4位のトップ3名が、1位のオファーを蹴り続けていることにあった。
(私だって会いたいですよ……先生に)
上層部は、1位の座を拒否する3名の真意を知らない。
この場で真意を理解しているのは、文月だけだった。
「まあいい、1位の話は単なる冗談だ。本題は我々の――ああ、いや、協会の予算を無駄に使わせるわけにはいかんという……」
「――失礼します!」
幹部の言葉を遮るように、会議室の扉が開かれた。
若い職員が一人やってきて、足早に文月の傍に寄る。
「なんだお前は、会議中だぞ!」
「申し訳ありません。急を要する案件でして」
職員は小さく頭を下げると、手に持っていたタブレットを文月に差し出した。
「文月さん、これを」
わずかに眉を寄せ、タブレットに目を落とした。
そこに映っていたのは、ダンジョン内の配信映像だった。
「っ……!?」
文月は息を呑んだ。
映像に登場した、ぼさぼさ髪の男から目を離せない。
画質が悪いせいでハッキリとは確認できないが、その男は、文月の記憶の中の先生そのものだった。
「文月さんに『探してほしい』と言われていた人物ではと思いまして……」
「場所は?」
「配信されていたのは八王子のCランクダンジョンです」
「近いじゃないですか!」
叫んだ瞬間、文月は立ち上がっていた。
「すみません! 急用で抜けさせていただきます!」
「文月君、説明したまえ!」
「後で必ず!」
上層部の怒声を背に、会議室を出る。
廊下に出た途端に歩幅を広げ、文月は早足で進む。
かと思えば、すぐに小走りに。
そしてほとんど走り出す。
「文月さん!」
背後から先ほどの若い職員が追いかけてくる。
文月は止まらずに「なんでしょう」と返事をした。
「例の方ですが、ダンジョン外に出てからは消息が掴めていません。闇雲に探し回っても――」
「大丈夫です」
「だ、大丈夫って……!」
「――仕事終わりは裏路地の寂れた呑み屋って決まってるので!」
エレベーターを待つ時間すら惜しい。
文月は非常階段に繋がる扉を押し開け、階下まで一気に跳躍した。
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「――ということで、不肖文月 知世! 先生にダイバーの指南役になっていただきたいと思い、馳せ参じました!」
文月はそう言うと、カウンターにごちんと頭をぶつけた。
礼が、礼が強い。
俺はこめかみを押さえながら返す。
「えーと……整理するとだな?」
「はい」
「ダンジョンが難化傾向にありS級ダイバーが不足している」
「はい!」
「若手や中堅を早急に底上げしないといけない」
「はい!!」
「それで俺にA級連中を鍛えてほしいと」
「仰る通りです!!!」
「――無理だな」
「ひうっ!?」
俺が即答すると、文月はびくんと肩を震わせる。
潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
やめろ。そんな目で見るな。
何か悪い事したみたいな気分になるだろ。
俺はコホンと咳ばらいを一つして、理由を話しだす。
「そもそも俺はCランクだぞ? それがA級の指南って、どんな冗談だよ」
「先生はランクで測れるようなお人じゃありませんから!」
「協会職員が制度を全否定してどうする! それに俺は定職にもついてない、ただフラフラしてるだけのおっさんだぞ? 他人様に何かを教えられるような人間じゃない」
「そんなことありません!」
文月はもう一度、深く頭を下げた。
「こうしている間にも、たくさんのダイバーが危険な目にあっているんです!」
確かに最近、高難度ダンジョンでの死亡者が増えていると聞く。
準備も心構えもできていない中、上に命じられて分不相応なダンジョンに出動させられる。
そんな事案が増えているんだろう。
……今も昔も、そこは変わらないな。
「先生じゃないとダメなんです……! どうかこの未熟な私に、ご協力いただけないでしょうか……!」
文月は今にも泣きだしそうな表情で、ずいっと顔を寄せてくる。
彼女は大人になったし、世界ランク27位の超英雄様だ。
それでも、その目は泣き虫のままだった。
ああ、くそ。
「……分かったよ」
俺はため息をついた。
「本当ですか!? あ、ありがとうございます!」
文月の表情がぱっと明るくなる。
「そんなに期待するなよ。どうせ大した事はしてやれないぞ」
「いえ、先生ならきっと……!」
文月は俺の手を両手で握ってぶんぶん振ると、机上の会計札をつかみ取った。
「お礼と言っては何ですが、お会計は私が!」
「えっ」
すいませーんと言いながら、文月は店主を呼ぶ。
俺は奪い返そうと手を伸ばした。
「いやいやいや、俺が飲み食いした分だから」
「私が連れ出すので、これくらいさせてください!」
「そ、そう? いやあ悪いね」
伸ばした手を、そっと引っ込める。
年上としてのプライドが、悲しい懐事情に敗北した瞬間だった。
こんな大人になるなよ、文月。
……俺に心配されるまでもないか。
「それでは参りましょう!」
会計を済ませた文月がこちらへ振り返り、胸の前で両手を握る。
「参りましょうって……どこへ?」
「ダンジョン協会です! 上層部を待たせてありますので!」
俺は一瞬、言葉を失った。
「……待たせてある?」
「はい!」
「誰を?」
「上層部です!」
「なんで?」
「先生を紹介するためです!」
文月はきらきらした目で言った。
なるほど。つまり俺は今から世界ランキング27位に連行されて、上層部の前へ突き出されるらしい。
呑んじゃってるけど大丈夫か?
ダンジョン業界を牛耳るお偉方への手土産が、酒臭いCランクのおっさんで足りることを祈るばかりである。




