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第1話 財布の中には……

「――さ、372円しかねえ……!」


 人間ここまで追い込まれると、選択肢はかなり絞られる。

 盗むか、借りるか、働くかだ。

 前者二つは後々面倒なので、俺は仕方なく三つ目を選んだ。


 俺、『御影(みかげ) (じん)』は、以上の理由で都内のとあるダンジョンに潜っている。

 世界を救うために戦う奴や名誉のために戦う奴もいれば、今夜の酒代のために戦う奴もいるってことさ。

 夢も希望も無い話だが、人生なんてだいたいそんなもんだろ?


「ひーふーみー……うし、これで終わりだな」


 俺は採取ケースの中を見て、指折り数えた。

 今回の仕事内容は、ダンジョン内で採れる鉱石――いわゆる魔石の回収だ。

 それもいま丁度、規定量を集め終わったところ。


 地味な仕事だが、地味には地味なりの安心感(ちょうしょ)がある。

 少なくとも俺はそういう、特に語ることの無い人生というものを歩んでいきたいと思っている。できれば、一生。


「――うわああああああっ!!」


 そんな素朴な願いをかき消すように、ダンジョン内に男の悲鳴が響いた。


 ……いや、俺は何も聞いちゃない。

 今のは多分、魔物の鳴き声かなんかだ。

 最近の魔物は人語を操ってダイバーを油断させるのだ。


「……無理があるか」


 明らかに人間(ダイバー)の悲鳴だったな。

 俺はポケットから小型の通信端末を取り出す。


「救援依頼は……」


 呟きながら、画面を確かめる。


 ダンジョンに潜る時は専用通信端末の携行が義務付けられている。

 外の詰所にいる職員と連絡を取るためのものだ。

 もし自分に助けが必要になった場合は、これを使ってSOSをする。

 すると職員は近場のダイバーを見繕い、助けに行けと指示を出す……のだが。


「……出てない、と」


 俺は端末をしまいなおした。

 一度腕組みをして、うーんと唸る。


 救援依頼は出てないが、ピンチじゃないとは言い切れない。

 魔物に襲われまくってて、それどころじゃない場合もある。


 ここはC級ダンジョン。

 出現するトラップも魔物の強さもたかが知れている。

 が、それでも死ぬときは死ぬ。


「ま、見に行ってやるか」


 ため息をつきながら、俺は仕方なく声のした方へ歩みを進めた。

 別に優しさじゃない。

 もし救助に成功したら、それはそれで報酬が出るからだ。

 仕事終わりのビールと枝豆に、焼き鳥を追加することができる。


 そんな皮算用を立てながら、分岐を二つほど通過し、少し開けた空間へ。

 まずは岩壁に身を潜め、顔だけ出して状況を確認する。


 そこには若いダイバーが三人と、犬型の魔物――ハウンドドッグが三体いた。

 背中合わせで固まるダイバー。

 ハウンドドッグは取り囲んで、襲い掛かるタイミングをうかがっている。


「グルルル……」

「ひっ、ひいぃ! 来るな! あっち行けぇ!」

「おい落ち着け! 剣振り回すんじゃねえよ!」

「アンタこそ落ち着きなさいってば! それぞれ目の前に集中して!!」


 ビンゴだな。

 かなり絶体絶命らしい。

 救援要請も忘れてんな、たぶん。


「頼む、来ないでくれ……俺にはまだ小さい子供がいるんだよぉ……!」

「魔物に泣き落としが通用するかっつーの!」

「――ガルァ!!」

「っ……うわぁああああああ!!」

「馬鹿野郎! 陣形を崩すんじゃ……くそっ!」

「ちょっと!? そっちに二人行っちゃったら――」


 へっぴり腰の男が、ハウンドドッグの咆哮にびびって突進した。

 ツンツン頭の男がそれを助けに行った。

 結果、茶髪の女が孤立して、ハウンドドッグ二体に囲まれた。 


「……仕方ない、助けてやろう」

 

 俺は岩陰から足を踏み出した。


 ――パァン!


「ガルッ!?」

「ひぃっ……な、なんだ……!?」


 両手を打ち鳴らし、広間に破裂音を響かせた。

 ハウンドドッグたちはぴこんと耳を立て、こちらへ振り向く。

 注意を引くのは大成功。

 あとは若いのを襲わせないように……。


「ほーら来い来い、手の鳴る方へっと」


 ぱんぱんぱんと軽快に手を叩きながら、広間の中心へ近づく。

 すると、女を取り囲んでいたハウンドドッグのうちの一体が、勢いよく飛びかかってきた。


「はい、いらっしゃい」


 一名様、あの世へご案内。

 俺は腰の剣を抜き、ハウンドドッグの首筋に刃を滑らせる。


「ギャッ……」


 短い悲鳴と共に、死体が石床に転がる。

 一体目。

 

「な……!?」

「い、一撃……!? なんなの、あの人……!」


 奥の方で若い連中が何か言ってるが、気にしてる暇はない。


「ガルァッ!」


 二体のハウンドドッグが左右に別れた。

 挟み撃ちでもする気か?

 生意気な。


「危ないわよ! 気を付けて――!」

「分かってるよ。危なくないダンジョンがあるなら紹介してくれ」


 喜んで転職するから、マジで。

 そう内心で付け加えながら、俺は剣をぶん投げた。

 ぎゅるぎゅる回転しながら飛んでいき、右のハウンドドッグの首を飛ばす。

 二体目。


「ガルッ……!?」


 まだ健在の三体目を、俺は睨みつける。

 ハウンドドッグは視線を合わせたまま数歩後ずさり、やがて、くるりと踵を返して逃げていった。賢明だな。

 

「おい、生きてるか?」


 俺が声をかけると、へっぴり男は床に這いつくばりながら、こくこくと頷いた。


「い、生きてます……たぶん」

「そこは自信もって言えよ」

「でも、生きた心地がしなくて……」


 やれやれとため息を吐きながら、俺は投げた剣を拾い上げ、鞘に戻す。


「そっちの二人、肩貸してやれ」

「は、はい……! いくよ!」

「おう……!」


 ツンツン頭の男と茶髪の女は、左右からもう一人を挟んで立ち上がらせる。

 そしてこちらを見て、ぺこりと首だけで礼をした。


「あの……本当にありがとうございました」

「仕事のついでだ、気にすんな」

「それで、その……一つ、言わなきゃいけないことがありまして……」

「うん?」

「私たち、配信してて……」


 配信。嫌な言葉が出た。

 俺はゆっくり視線を動かす。

 女の服の肩口に、レンズのような物が埋め込まれていた。

 

「……それか」

「はい。その、助けてもらった時に気づいて、慌てて切ったんですけど……もしかしたら、少し映っちゃったかもしれません……」


 しまった。顔は映っただろうか。

 もう少し整えてから来るんだったな。

 しばらく床屋に行ってないから髪も伸びっぱなしだし、ひげも生え散らかしている。

 ……ま、いいか。誰が気にするわけでも無し。


「画質が悪いことを祈るよ」


 そう言って笑った。

 

「それじゃ、俺はダンジョンを出るけど……お前らも一緒に来るか? その状態じゃ戦えないだろ」

「い、いいんですか!? それじゃ、お言葉に甘えて……」


 俺は三人を連れ、ダンジョンの出口へと向かった。




------




「――っか~~~~~~!」


 キンキンに冷えたビールが喉を通って、胃にずどんと落ちる。

 この世には色々な幸福があるが、労働の後の一杯に勝るもの無し。


 ダンジョンから出た後、俺は三人を医務室まで送り届けた。

 怪我は特になく、ただ腰が抜けただけらしい。

 若い奴は多少痛い目を見て学べばいい。

 死ななけりゃ何とかなるもんだ。


 俺はきっちり救助対応分の報酬も貰って、ダンジョンを後にした。

 ふふふ、人助けって尊いものですね。

 

「枝豆と串皿お待ち!」

「どうもどうも」


 というワケで俺は、駅前から少し離れた大衆酒場に来ていた。 

 店の隅では、テレビがニュースを流している。


『――次は、今月の世界ダイバーランキングです』


 テレビ画面に、名前と国籍が次々に表示されていく。

 100位から99位、98位……と順番に。

 

 ダイバーランキングか。

 世界トップ100のダイバーを順位付けする制度なんだが、これ、何の順位なのか未だによく分かってないんだよなあ。

 純粋な戦闘力なのか、仕事をこなした数なのか。

 だけど、それに世界中が注目してるってんだから、凄い時代になったよ。


『続いて上位10名ですが、こちらは今回も順位の変動はありませんでした』


 ダイバーの頂点に君臨する10名。

 そこに並ぶ名前の中には、見覚えのあるものがいくつもあった。

 かつて、少しだけ俺が関わった子たちの名前だ。

 

「……揃いも揃って、立派になったもんだ」


 思わず、そんな言葉が漏れた。

 なりすぎだろ、という気もする。


『続いては、今週の注目タイバーのコーナーです』


 ニュースの画面が切り替わった。


『本日取り上げるのは……世界ランク27位・文月(ふづき) 知世(ちせ)さんです!』

「お」


 箸を止めて画面を注視する。

 これまた、見知った少女が映ったな。


 緑がかった髪を短く切った、眼鏡スタイルの小柄な少女。

 白衣を羽織って、研究施設らしき場所で端末を操作している。

 文月(ふづき) 知世(ちせ)。懐かしい名前だ。


『彼女は世界ランクに名を連ねる最強ダイバーでありながら、日本ダンジョン協会の職員としても活躍する、今大注目の若き才能です!』

「へえ……頑張ってんだなあ」


 俺は目を細めて感心しつつ、ぐいっとビールを飲みほした。

 空になったジョッキを見て、さてもう一杯。

 と思ったところで、店の扉がガラッと開く。

 

 俺の席からは丁度入り口が見える。

 だから、すぐに気づいてしまった。

 そこに、今テレビで見たばかりの少女が立っていることに。


「え、あれ……今テレビで……」

「ふ、文月(ふづき) 知世(ちせ)!? 本物!?」

「なんでこんな店に……!?」


 客たちの視線が一斉に入口へ集まる。

 文月はその注目を気にする様子もなく、店内を見回した。

 そして俺とバチッと目が合うと、つかつかとこちらへ歩み寄る。

 俺の席の前まで来て、深々と頭を下げた。


「――ご無沙汰しております、先生」


 世界ランク27位の大スターが、呑み屋の小汚いおっさんに(うやうや)しく挨拶をする。

 そんな不思議な状況に、店の客たちがぴたりと止まった。

 俺も止まった。

 できれば時も止まってほしかったが、そう都合よくはいかない。


「ひ、人違いじゃないカナー」


 声が少し裏返ってしまった。

 文月は顔を上げ、緑の瞳で真っすぐ俺を見る。


「う……いや、ホラ。世の中には似た人が三人いるって――」

「私、お会いできて嬉しいです……!!」


 聞いちゃくれねえ。

 これだもん、コイツら。

 ホントに人の話聞かねえんだ。


 らんらんと眼鏡の奥の瞳を輝かせる文月。

 俺は視線を逸らし、皿の上のぼんじりを見た。


 せめて、食い終わってから来てほしかったなあ……。

第1話、お読みいただきありがとうございました!


本作はタイトル通り、面倒ごとに巻き込まれたくないC級のしがないおっさん『御影 仁』が、世界最強格になった弟子たちに翻弄されていく物語となっています。

個性的な弟子たちとの掛け合いや、仁自身の成長・成り上がりが売りの作品です。


もし「先が気になる!」「仁の活躍をもっと見たい!」と思っていただけましたら、応援いただけると励みになります。

皆さまからの応援が、私の執筆の原動力になっています。

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