第24話 攻略に臨むのはお前たちだ
「条件は理解した、が……」
俺はリングの上から、猪熊と根津を見下ろした。
話をまとめると、こういう事らしい。
指南成果の確認のため、俺が指導しているA級ダイバーから二名を選出。
その二名に、A級ダンジョンを攻略させる。
成功すれば成果あり、失敗すれば成果なし。
で、成果なしと判断された場合、俺は指南役を解任。
「……雑だなあ」
思わず声に出た。
いや、雑というか、もう隠す気もあんまりねえな。
コイツらは、どうにか俺を協会から追放したいらしい。
「指南役を解任だなんて、急すぎます!」
呆れる俺の代わりに、文月が声を上げた。
小柄な体を一歩前に出し、猪熊を睨みつける。
「君の気持はよぉく分かるよ、文月くん」
猪熊はわざとらしく頷いた。
脂ぎった顔に、突貫工事で真面目な表情を貼りつけている。
申し訳ないが、うさん臭さが限界突破だ。
「だがねぇ、協会の予算も無限ではないのだ」
「それは重々承知しておりますが……!」
「ダンジョン攻略には金が要る。どこの部門も資金繰りに苦労しているのだよ。成果の見えにくい取り組みを見直すのは、当然のことだろう?」
「まったくその通りでございます」
猪熊が言い終わった直後、根津がすかさず追撃を入れる。
「我々も身を切る思いで、節約に励む日々でございますな……」
ふうん。
俺は猪熊の出っ張った腹を見る。
……切るとこ、めちゃくちゃありそうだな。
などとは、もちろん口にしない。
話が進まなくなりそうだからだ。
「分かってくれ、文月くん。それに我々は、決して無理難題を押し付けているわけではない」
「ええ、ええ。成果を出せばいいだけの話ですから。先ほど文月様は『効果は出ている』と仰いましたが、本当にそうであれば安心でしょう?」
「そ、それは……」
文月が言葉に詰まる。
まあ、言ってることだけなら、完全に間違いとは言い切れないな。
ダイバーはダンジョンに潜ってナンボ。
いくら訓練成績が上がろうが、実戦で結果を出せなければ意味がない。
「まあ、言いたいことはわかったよ」
肩をすくめながら言った。
「ならば、早速――」
「ただし一つ条件がある」
「……条件?」
俺はリングから飛び降り、猪熊たちの正面へ立った。
「今回のダンジョンは、俺も同行する」
「な、何だと!?」
「前回の鉄華と同じ、監査役だ。二人の攻略にはもちろん手を出さない。万が一の保険としてついていくだけだ」
A級二人でダンジョン攻略ってのは、正直厳しい。
成果を見ること自体には文句ないが、命までかけさせる話じゃない。
「そ、それでは意味がないではないか。君が同行すればいくらでも手助けができるだろう!」
「鉄華の時は納得したじゃねえか」
「アレは脅されたからだ! 本来であれば、認めるわけにはいかんかったのだよ!」
必死にまくし立てる猪熊。
そこで根津が、黒ぶち眼鏡をくいっと押し上げた。
「でしたら、記録を残しましょう」
「記録だと……?」
猪熊が根津を見る。
「周知の事実でしょうが、協会では一般人気獲得のため、配信事業にも力を入れております。戦闘や探索の様子を配信する取り組みですな」
根津の言葉に、俺はひと月半ほど前に潜ったダンジョンを思い出す。
あの時、魔物に襲われていたダイバーたちは配信中で、救助した俺はカメラに映った。
それがきっかけで、文月と再会することになったんだ。
「ああ、広報用のショーだろう。それがどうかしたか?」
「それに用いる配信用ドローンがございます。今回は我々だけが映像を閲覧できるよう視聴制限をかけ、監査に転用すればよろしいかと」
「ふむ……」
なるほどな。
俺が手出しをしないか、常にドローンに監視されるわけだ。
ちょっとやり辛さはあるが、それなら不正を疑われる余地もなくなるだろう。
猪熊は始め難しい顔をしていたが、根津が彼に近づいて何かを囁いた。
距離があるせいで俺には聞き取れなかった。
ただ、猪熊の分厚い唇が吊り上がったのが、はっきりと見えた。
「良い案じゃないか根津ぅ!」
「恐れ入ります副会長!」
なんだそりゃ……。
露骨に怪しい。
怪しすぎて、逆に清々しいまである。
「よかろう、御影 仁!」
猪熊は大きく頷く。
「貴様の同行を認めよう。ただし、君が戦闘に介入した場合は、その時点で失格とする!」
「もちろん、最初からそのつもりだ」
俺は短く答えた。
何かあった時、手を伸ばせる距離にいる。
それが大事なのだ。
「……では、選びたまえ。今回の攻略に臨ませる二名を」
猪熊がそう言うと、訓練場がしんと静まり返る。
どうやら訓練中のダイバーたちも、遠巻きに聞いていたらしい。
周囲の視線が一斉に俺へ集まる。
俺の答えは、最初から決まっていた。
「――七瀬、緋見」
名を呼ばれた二人が、同時に目を見開いた。
「え……お、オレですか?」
「アタシが……?」
リングの上に立つ二人に、俺は静かに頷く。
すると、隣で文月が表情を曇らせた。
「せ、先生……。確かに二人は、このひと月半で凄まじく成長しています。ですが、経験という意味では……」
「分かってるよ。そこも込みだ」
俺は文月にそう答えてから、七瀬と緋見をもう一度見る。
二人はまだ動揺している様子だった。
無理もない。
彼らは優秀な若手だが、文月も言ったように経験は浅い。
自分たちのダンジョン攻略の結果に、他人の進退がかかっているというのは、22歳の若者にはかなりの重荷だろう。
「……やってくれるか、二人とも」
二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「「――やります」」
表情にはまだ緊張が見える。
けれどその目には、確かな闘志が漲っている。
「ありがとな。……よし、これで決まりだ」
俺は猪熊に向き直って言った。
猪熊は満足げに頷く。
「……結構だ。根津よ」
「はい。試験は早速、明日に執り行いましょう。詳細は追って連絡させていただきます」
「ふっふっふ……期待しているよ、指南役殿」
最後に嫌な笑みを向け、猪熊と根津は訓練場を去っていった。
訓練場に残されたのは重たい沈黙。
猪熊たちの足音が遠ざかってから、周囲で訓練していたダイバーたちがぞろぞろと集まってきた。
「み、御影先生……今の話、マジなんですか……?」
「七瀬と緋見が失敗したら、クビになるかもしれないって……」
「俺、嫌ですよ! 先生がいなくなるなんて!」
不安そうな声があちこちから上がる。
そして、その度に七瀬と緋見の顔が強張っていく。
だから俺は、軽く手を叩いてみせた。
「おいおい、葬式みたいな顔すんな!」
集まったダイバーたちがハッとこちらを見る。
「七瀬、緋見。お前らは今のA級の中じゃ頭一つ抜けてる」
「先生……」
「S級に片足突っ込んでるって言っても、過言じゃないかもな」
「そ、それは言い過ぎなんじゃ……」
少しだけ苦笑する二人。
俺は一人ずつ、まっすぐ目を見つめた。
「言い過ぎなんかじゃないし、二人ならやれる。そう俺は信じてる」
七瀬の拳に力が入るのが見てとれる。
緋見は一瞬だけ泣きそうな顔をして、それからいつもの笑みに戻った。
「……先生にそこまで言われたら、やるしかないじゃないっすか」
「うん。アタシたち、ちゃんと答えますから」
二人とも、良い顔になった。
俺は少しだけ息を吐いた。
「ただ、勝つことより生きて帰ることのが大事だからな。俺もついてるが、二人も心に留めておいてくれ」
七瀬と緋見は、それぞれ頷いた。
「はい」
「了解です、先生」
その返事に、周囲で見守っていた若手ダイバーたちが、堰を切ったように声を上げる。
「頑張れよ! 若手一番の出世頭!」
「お前ら二人なら絶対大丈夫だぞー!」
「応援してる! 私の分まで頑張って!」
「七瀬、無理すんなよ!」
「朱音ちゃん、あいつの手綱よろしく!」
「――オイちょっと待て! 誰の手綱だ、誰の!」
七瀬が噛みつくと、緋見が隣でからからと笑った。
「任せてください、ちゃんと引っ張って帰ってきますから」
「お前も乗るな!」
訓練場に、明るい雰囲気が戻る。
「御影先生……俺、ちゃんと証明してみせます。先生の指導は間違ってないって」
「あたしも。先生の顔に泥を塗る気はありません」
七瀬も緋見も、さっきまでの押し潰されそうな顔ではなかった。
仲間たちの声を受けて、二人は前を向いている。
「……ああ、頼んだぞ」
俺は少しだけ笑みを浮かべ、頷いた。
本来なら、悪い話じゃない。
A級ダンジョンを、A級ダイバー二人で攻略する。
厳しいが不可能じゃない。今の二人ならなおさらだ。
けれど、猪熊と根津が去り際に浮かべた笑みが、どうにも頭から離れなかった。
あの手の連中が、真正面から勝負を仕掛けてくるとは思えない。
俺は声援を受ける七瀬と緋見を見ながら、胸の奥で決意する。
――いざとなったら、この命に代えても二人を守る……と。




