第23話 御影 仁・追放作戦その②
本話は『猪熊 権蔵』視点で進みます。
「おのれ……おのれおのれおのれ……!」
副会長執務室に、鈍い音が響いた。
猪熊が怒りのまま机を殴りつけた音である。
「なぜだ……! なぜあんな男をS級などに……!」
「そ、それは、そういう条件を副会長が持ちかけたからで……」
「黙れ!!」
根津の肩がびくっと跳ねる。
「提案したのは私だが、お前ももっとこう……懸念点とかあっただろう!」
「ひいぃ……も、申し訳ありません……!」
思い出すだけで、猪熊の腹の底は煮えくり返った。
先日、猪熊自ら仕組んだ等々力ダンジョンでのS級昇格試験。
御影 仁を落とすために設定したはずの試験は、完全に裏目に出た。
御影 仁は見事に単独で等々力ダンジョンを攻略してみせ、監査役であった世界ランク12位・鷹峰 鉄華との手合わせにも勝利した。
その結果、猪熊は自分の手で、御影 仁をS級ダイバーに認定せざるを得なくなったのだった。
「く、屈辱だ……! 屈辱でしかない……!」
C級、ただの中年、薄汚い浮浪者……と侮っていた男を。
自らが少し手を下せば、簡単につぶせると思っていた男を。
よりにもよって、自分たちの手で格上げしてしまった。
「……認めねばならんのか。あの男の実力は、本物だと」
「これだけ材料が揃いますと、戦闘能力は確かでしょうな……」
「言われんでも分かっとるぁ!」
語尾を荒げ、猪熊は再び机を叩いた。
だが、怒鳴りながらもその視線はモニタへ向けられている。
画面には、御影 仁の登録情報が映し出されていた。
「読み上げろ」
「はいっ! えー、御影 仁35歳。ダイバー登録はおよそ15年前……」
その後も根津はつらつらと読み進める。
ダイバー資格の取得から半年後にC級へ昇格。
依頼の受注履歴は月に数度。
内容はC級ダンジョンでの魔石回収が主。
通算して、目立った功績は無し。
「……妥当ですな、C級ダイバーとしては」
「うむ……こんな男になぜS級の実力が……?」
猪熊の分厚い唇が歪んだ。
確かにダイバー経験の長さには、目を見張るものがある。
15年前と言えば、先進国で『ダイバー制度』が一斉に策定された年だ。
そのタイミングでダイバーになっているという事は、御影 仁は世界基準で見ても大ベテランだということになる。
だが、それで。
ただそれだけのことで、果たして身につくものだろうか。
S級ダンジョンをゆうに踏破できる実力が。
「魔物もさして強くないC級ダンジョンで、細々と小銭稼ぎをしていただけの男だぞ……!?」
御影 仁は強い。それは間違いない。
だが、いつ、どこで、どうやってその強さを手に入れたのか。
そこが協会のデータベースからは全く見えてこない。
「ふ、副会長……御影 仁の実力は本物。そこを否定するのは、もはや得策ではないかと……」
「だったら何だ!? 負けを認めて尻尾を巻けとでも!?」
猪熊は再び机を殴打する。
「い、いえ。滅相もございません。ただ私がデータを見る限り、ダイバーとしての実力も、指南役としての能力も非の打ちどころがなく――」
「――指南役としても……!? そ、そこだ!」
「そこ……でございますか?」
根津は黒ぶち眼鏡の位置をくいっと直す。
猪熊の口角がゆっくり持ち上がった。
「奴本人を崩すのが難しいなら、奴の教え子を狙えばいい……!」
「な、なるほど……」
敵を追い詰める手段を思いついた時、猪熊という男は実に活き活きし始める。
「奴が育成しているA級の中から二名を選出させ、そいつらにA級ダンジョンを攻略させる!」
「攻略、ということは……」
「無論、未踏破のダンジョン。ボスの討伐込みの依頼だ」
「ふむふむ……」
根津は口元に手を当て、リアクションで続きを促す。
「条件はシンプルだ。二人のみで攻略できれば合格、できなければ失格。そして失格した暁には、『指南の効果は見られない』としてクビにしてやる!」
「つまり、育成したA級が自力で攻略依頼を達成できるかどうかを、指南の成果として確認する……と」
「そういうことだ!」
少し考え込む根津。
彼は猪熊の腰巾着だが、ダンジョン関連の制度や法律には明るい。
だからこそ、この計画に一つ引っかかりを覚えた。
「現状の計画だと、極めて公平な試験に感じますが……本当に、よろしいので?」
「よろしい、とは?」
「つまりでございますね」
根津はコホン、と一度咳ばらいをしてから続ける。
「A級ダイバーとは、A級ダンジョンに対応できる実力があると認められた者たちです。ボスの討伐を含む『攻略依頼』には、同級三名以上で向かわせるのが基本」
「そんなこと知っておるわ」
「そ、それは失礼いたしました……となると、今回は二名という事で、通常より厳しい条件ではあります。しかし、必ず失敗するとは言い切れません。その……また、クリアされてしまう可能性もあるのでは……?」
根津の疑問を、猪熊は鼻で笑って一蹴する。
「チッチッチ、そこがミソなのだよ」
みちっと肉の詰まった人差し指を振った。
それから端末を操作し、一つのデータをモニタに表示する。
「これは……新規ダンジョンの登録申請、でございますか」
「そうだ。つい先日申請があった。ちょうど良い案件だろう?」
「ふむふむ……先遣隊の報告から、推定等級は……っ!?」
根津はそこで喉を詰まらせる。
画面に表示されていた文字が、想像と違ったからだ。
――『推定等級:S級』。
「ふ、副会長? これはS級案件でございます。今回の試験に使うわけには……」
猪熊は根津の言葉を最後まで聞かなかった。
太い指でタブレットを操作する。
『S』の文字が消え、次に表示された時、そこには『A』と書かれていた。
「い、今、等級を……?」
「うむ。A級とすることにした」
「しかし、本来はS級での登録申請なのでは……!」
「だから何だというのだ」
猪熊は背もたれに体重を預け、ふうと息を吐く。
まるで何でもない事のように、平然と続ける。
「新発生したダンジョンの最終登録権は、私にある」
「えぇっ……ですが流石にこれはっ……」
根津の声が震え出す。
それは決して、御影 仁たちの身を案じて……などでは無い。
「正当な理由なくランクを下げるというのは、極めて悪質な不正です。それが明るみに出れば我々は……!」
良くて更迭、最悪の場合クビもあり得る。
彼は小賢しい悪事は好むが、自分に火の粉が降りかかる恐れのある大それた悪事には、極めて敏感だった。
「心配するな。絶対にバレることは無い」
「そんな……ダンジョン内部の魔力濃度も違えば、出現する魔物も違います! どんな馬鹿でも違和感を抱くハズですよ!?」
「疑念を抱く事と、不正を証明する事はまた別だ」
「し、証明……」
「最終的な登録申請書、そしてその修正履歴……。これらを閲覧できる人間が、協会内に何人いると思っている?」
答えあぐねる根津に、猪熊は先を話す。
「一部の役員だけだ。そして、その役員の殆どは私に頭が上がらん」
「……つまり奴らには、不正に気付いても、それを証明する術がないという事ですね?」
「その通り。奴らがどうあがこうと、残るのは選出したA級ダイバー二名では攻略できなかったという記録のみだ! そうなれば、御影 仁を追放するための大義名分になる!」
「は、はあ……」
そんな事するなら、もういっそのこと普通にクビを言い渡してみては?
と根津は思ったが、そんな事はおくびにも出さない。
そうではないのだ。
猪熊という男は、勝ち方にこだわる。
御影 仁に二度の辛酸を舐めさせられた以上、相手にも同等以上の悔しさを味わわせねば気が済まない。
「このような名案を思い付かれるとは……流石でございます、副会長。かの諸葛孔明も舌を巻くでしょうなあ」
「ぬはは! 軍師・猪熊と呼べい!」
怒りで真っ赤になっていた顔は、すっかり愉悦に染まっている。
猪熊は椅子を回転させ、ガラス張りの外を見た。
遥か下方に訓練場が見える。
「そこにいるのか、御影 仁よ……!」
今も若手共に囲まれ、先生などと慕われているのだろう。
文月 知世が、目を輝かせてキャッキャしているのだろう。
その光景を想像するだけで、猪熊の腹からどす黒いマグマが噴き上がる。
「今すぐそこへ向かってやるぞ、御影 仁! 一度ならず二度までも私に土を付けたこと……後悔させてやる!!」
「そのとーりっ! 三度目の正直でございますなあ!」
「おおっ、良い事を言うではないか根津よ! わっはっは!」
勝ち誇ったように高笑いする猪熊の横で、根津もまた笑みを浮かべていた。
だが、二人はすっかり失念している。
三度目の正直という言葉がある一方で、二度あることは三度ある、という言葉も存在するのだという事を……。




