第22話 A級ツインズは息ぴったり
「――うおおおおおおおっ!」
訓練場に威勢の良い掛け声が響く。
真ん中分けした金髪を揺らしながら、七瀬が低く踏み込んできた。
以前のような、ただ勢い任せの突撃ではない。
視線で俺の防御を誘導し、足運びでタイミングをずらし、身体を使って上手く細剣の軌道を隠している。
うむ、悪くない。
だがこんなもの、俺が後方に下がれば――
「させません!」
背後に盾を構えた緋見が現れ、俺の退路を塞いだ。
七瀬が攻め、緋見が補助する。
タッグを組んでの戦いが形になってきたな。
「覚悟おおおおおおっ!」
七瀬が高速の刺突を放つ。
剣尖が俺の体を捉える……その寸前で、俺はふわりと跳躍した。
迫りくる七瀬の頭上を飛び越え、背後へ回り込む。
「消えたっ!?」
「えっ、ちょ――きゃあっ!?」
甲高い金属音が鳴る。
標的を失った七瀬の攻撃は、緋見の盾にぶつかった。
二人は同時に後ろへ倒れる。
「ちょっと七瀬! アンタ誰を狙ってんのよ!」
「しょうがないだろ!? 御影先生に誘われたんだ!」
――びしびしっ!
「あてっ!?」
「いたっ!?」
尻もちをついた二人の脳天に、俺はチョップを叩き込む。
「そこまで。言い争ってる暇があるなら、さっさと起き上がること」
「くっ……また負けた……」
七瀬が悔しそうに歯を食いしばる。
緋見は一度ぽかんとして、それから大きくため息をついた。
「結構良い線いったと思ったんだけどなあ……」
「ああ、途中までは良かったぞ」
「っ! 本当ですか!」
緋見の顔がぱっと明るくなる。
分かりやすい奴だな。
俺は頷く。
「やっぱりお前ら二人は相性が良いよ。攻守の役割分担も自然にできてたし……さすが同期だな」
そう言うと、二人は同時に顔をしかめた。
「俺達の……!?」
「相性が良い……!?」
二人は顔を見合わせ、これまた同時にぷいっとそっぽを向いた。
「そんなわけないっす! 俺がこんな奴となんて……!」
「今は訓練だから受け入れてますけど、アタシこいつと組むのだけは嫌ですから!」
「お、お前ら何でそんな反発すんだよ……」
「だって緋見っすよ!?」
「七瀬なんてありえないです!」
ほぼ同じこと言ってる。
「本当に仲いいなあ」
「「――良くないです!!」」
ぴたりと声を揃えて言う。
それが相性良い証拠なんだよなあ。
「いっそのこと、付き合っちまえば?」
俺は訓練に使っていた剣をくるりと回しつつ、何となく言った。
「はぁっ!?」
「ええっ!?」
七瀬は耳まで真っ赤になった。
緋見は盾を胸の前に掲げ、ずずっと後ずさる。
「テキトーなこと言わないでくださいよ!」
「そ、そうですよ御影先生! 冗談にしても笑えないです!」
うーん、結構本気だったんだけど。
子どもっぽくて、思いついたら即行動の七瀬。
それを何だかんだ面倒見てる緋見。
七瀬は緋見がいることでアグレッシブに攻められるし、緋見は七瀬がいることで守り一辺倒にならない。
……うん、やっぱり。
戦闘でもそれ以外でも、噛み合っているように感じる。
だけど肝心の本人たちが認めないんじゃ、しょうがねえな。
「ま、今すぐにとは言わねえよ」
「今すぐでも何十年後でもあり得ません!」
「変なこと言わないでください!」
「へいへい、じゃあ次やるか」
俺がそう言うと、二人はまだ少し顔が赤いまま戦闘態勢に入る。
その時、訓練場の入り口が大きな音を立てて開いた。
「――先生!」
振り向くと、文月がこちらへ駆けてくるところだった。
いつもより心なしか、足取りが軽いような。
それに、顔がとんでもなく嬉しそうだ。
「な、何だよその顔……」
「発行されたんですよ! 先生!」
「発行って……あ、まさか」
文月はリングの下から、小さなケースを両手で掲げた。
「先生の、新しい資格証です!」
俺は差し出されたケースを受け取る。
中には、一枚のカードが収められていた。
黒を基調にした、硬質な資格証。
表面には日本ダンジョン協会の紋章がある。
そして、その下にランク欄と俺の名前。
『S級 御影 仁』
はっきりと、そう刻印されていた。
「うわぁ……! 本物のS級資格証だ!」
「憧れるなあ、オレも早く昇格しないと!」
緋見が感動したように声を漏らした。
七瀬もごくりと喉を鳴らす。
「先生が……とうとう……えぐっ、ひぐっ」
文月に至っては半泣き――いや、全泣きだった。
そ、そんなに?
俺は資格証を指先で挟み、しばらく眺める。
「S級か……」
口に出してみても、あまり実感はない。
まさか自分がそんな立場になるとは、という感慨はある。
だが同時に、どうにも場違いな気もした。
俺はずっと、そういうものを避けて生きてきた。
それが今ではダンジョン協会お抱えの指南役で、S級ダイバーである。
人生、何がどう転ぶか分からないもんだ。
「これで御影先生も、名実ともにトップクラスのダイバーですね!」
七瀬が瞳を輝かせながら言った。
「いや、そんな柄じゃねえよ」
「でも実際そうなりますよ?」
緋見が代わって続ける。
「S級って、ごく一部しかなれない最上級のランクじゃないですか。ええっと……確か、何%だったかな」
「割合としては、ダイバー全体の約0.1%ですね」
すかさず文月が疑問に答えた。
流石、こういう時は職員の顔に戻る。
「世界のダイバー人口はざっと250万人。そのうちの0.1%ですから、世界で2500人しかいない中の一人になった、という事です」
「うおお! すげー!」
七瀬は素直に感動していた。
そういう事を言うのはやめてほしい。
凄くむず痒くなるし、俺は真っ当なルートでそうなったわけじゃない。
本来はA級の依頼を何十件も達成し、実績を積み重ねてようやくなれる存在のはずだ。
それと比べれば、俺はズルみたいなもんだしな。
「でも、文月さんはそのさらに上なんですよね? 世界ランク27位!」
緋見が尋ねる。
文月は「上というのはおこがましいですが」と前置きをしてから、回答した。
「私は、国際ダンジョン協会が発表する世界ランキングに名前が載っています。実力、実績、保有する能力の希少性、業界への貢献度など、様々な要素を加味して選出された、世界で100名の特別なS級ダイバーです……って、自分で言うのは少し恥ずかしいですね……」
文月は少し頬を赤くして、こちらを見る。
「私は、先生ならランキング入りしてもおかしくないと思ってますよ」
「……ありえねえよ」
俺が答えると、文月の翡翠色の瞳が少しだけ揺れる。
「で、でも先生は、鷹峰さんを倒して……」
「そう簡単な話じゃない。鉄華とは相性が良かっただけだ。アイツの戦い方は昔から知ってるし、こっちは癖も弱点も分かってるからな」
「……そうですか」
文月は寂しそうに目を伏せた。
その表情と声音に、少し引っかかりを覚える。
だが、俺が何かを言う前に――
「ほう、随分盛り上がっているではないか」
聞きたくない声が、訓練場の入り口から響く。
そこに立っていたのは、日本ダンジョン協会のNo2。
副会長・猪熊 権蔵だった。
隣には、もちろん秘書官の根津もいる。
「何の用だよ」
俺が露骨に声を低くすると、文月が一歩前に出る。
「副会長。訓練場へいらっしゃるとは、珍しいですね」
「なぁに。御影殿に祝いの一つも述べねばと思ってな……なあ根津?」
「その通りでございます。C級からS級へ、実に華々しい昇格でございますなあ」
手を擦り合わせながら、下卑た笑みを浮かべる根津。
「……どうも」
俺は短く返す。
どうせ、また何かろくでもない話を持ってきたに違いない。
猪熊は重々しく頷いた後、にたりと口をゆがめた。
「そして早速だが、君に伝えなければならない事がある」
やはり。
「悪いが、俺の役割は育成のはずだぞ。S級になったからって、いきなり別の依頼をされても困る」
「無論、承知しているとも。今回の用件は育成に関することだ」
待っていたと言わんばかり、食い気味に答える猪熊。
文月の表情がわずかに曇る。
「根津」
「はい、ただいま」
根津が背後から書類を取りだし、高めの声で続ける。
「御影様が指南役として着任されて、はやひと月半が経ちました。私どもは業務として指南を依頼しているわけですので、実際にどれ程の成果が出ているのかを確認する必要がございます」
「成果なら私が報告書を提出しているはずですが」
文月が間髪入れずに答える。
しかし根津は、書類をぱしんと叩き、首を横に振った。
「もちろん拝見しましたが……てんでダメですな。訓練成績が向上したとか、魔力効率が改善されたとか、そんっな事はどうでもいいんですよ!」
「そ、そんな……!」
「大事なのはどれだけ実績を上げられるのか! その一点のみ!」
啖呵を切った根津の手から、書類が投げ捨てられる。
宙に舞った紙の一枚に『御影 仁 特別指南記録』と書かれていたのが目に入る。
恐らく文月がまとめた報告書だろう。
「もういい」
「せ、先生……」
俺はリングの上から猪熊と根津を見下ろした。
「ハッキリ言え。俺に何をさせたいんだ」
「ふふ……今回は貴様にではない!」
「何だと……?」
猪熊は腹を揺らしながら言った。
「貴様の指南の成果を確認させてもらう! 無論、実戦でな!」
訓練場の空気が、ぴりっと張り詰めた。




