第21話 S級昇格と爆弾発言
「ふっふっふ、随分早かったな」
日本ダンジョン協会本部・副会長執務室。
革張りの椅子に腰かけた猪熊は、脂ぎった顔に余裕の笑みを浮かべていた。
「無傷で帰ってきたのは賢明だぞ。己の力量をわきまえ、途中で引き返す判断をするというのは――」
「いや、そんな時間かかる場所でもなかったんで」
「そっすね。同じ都内っすから」
「……なに?」
猪熊の顔が固まる。
隣に立つ秘書官の根津も、怪訝な表情を浮かべていた。
「報告頼む、監査役殿」
「うっす」
俺の横にいた鉄華が、一歩前に出る。
二人でいる時のわんこフェイスではない。
世界ランク12位・鷹峰 鉄華としての立ち振る舞いだ。
「報告だ。御影 仁はS級指定の等々力ダンジョンを単独で突破。道中の魔物も全て本人のみで処理し、最奥への到達を確認した」
「な……!?」
猪熊の口がばかっと開いた。
根津が慌てて身を乗り出す。
「な、何かの間違いではございませんか? あるいは、鷹峰様のご支援など――」
「無い」
鉄華は即座に首を振る。
「断言する。アタシは一切手出ししてない」
「し、しかし……」
「そして最奥到達後、御影 仁とアタシは手合わせをした」
「……手合わせ?」
おい。それ言うのかよ。
猪熊と根津は首を傾げている。
鉄華は表情一つ変えずに淡々と先を続けた。
「結果は御影 仁の圧勝。アタシは正面から挑み、完全敗北した」
執務室の中に沈黙が訪れる。
猪熊は開いた口を閉じられず、根津は目を白黒させていた。
世界ランク12位で、特に肉弾戦に定評のある鉄華が負けた。
その事実を頭が処理しきれていない、といった様子だ。
「ま、待て。待ちたまえ。これはその、極めて慎重に審議する必要があるな。C級からS級へいきなり認定するとなると、各所への確認や手続きが……」
「なんだよそりゃ」
俺は思わず呆れた声を漏らした。
「今さら審議がどうこう言うのかよ?」
「そ、それはだな……」
「やっぱ、何か裏があんのか」
猪熊の頬肉がぴくりと引きつる。
分かりやすいな。
「おおかた、俺に失敗させて指南役としての面子を汚すつもりだったんだろ。それか下手すりゃ、死んでもいいくらいには思ってたか?」
俺は肩をすくめながら言う。
「ば、馬鹿な! 副会長である私がそのような……!」
「――どうでもいいけどよぉ。アンタらが今回の試験を提案してな?」
鉄華の声が一段階低くなった。
猪熊と根津の肩が同時にびくんと跳ねる。
「アニキはそれに乗って、結果で答えたんだぞ?」
椅子に腰を落としたままの猪熊に、鉄華がずいっと近づく。
190センチを超す長身が、猪熊を頭上から見下ろした。
「今さら『やっぱナシ』は、筋が通らねえんじゃねえのか?」
「ぐ、ぐぬう……」
「アァん!?」
「ひぃっ! そ、そうだな……! もちろんだとも……!」
猪熊が怯え切った表情を浮かべた。
俺はため息をつく。
「こら鉄華。お前はあんまり脅すな」
「で、でもアニキ……」
「笑ってる顔のが似合うぞ」
「ふえっ!?」
鉄華は一度大きく目を見開いた後、にへらと顔を緩めた。
さっきまでの威圧感は消え去り、分かりやすく落ち着く。
尻尾がもし生えていれば、今ごろ高速回転していることだろう。
切り替えの早すぎる愛弟子に苦笑しつつ、俺は一歩前へ出た。
「俺はS級になることに、それほど拘りはない」
言いながら、自分でも本音だと思う。
肩書きなんてできるだけ軽い方がいい。
各地を旅し、酒を飲み、適当に潜り、気が向いた時に人助けをする。
そういう暮らしが好きだった。
しかし、今は――
「――指南役としての生活を続けたい。ただ、それだけなんだ」
「アニキ……」
鉄華が小さく呟く。
俺は猪熊の目を見つめた。
「俺をS級にするかしないかは、アンタら上が自由に決めてくれ。ただ俺は、提示された課題に正当な結果を出した。その事実は、しっかり踏まえたうえでな」
「ぬぅ……!」
「俺からは以上だ」
これ以上、ここで話すことはない。
俺は踵を返した。
すると鉄華がすぐ後を追ってくる。
執務室の扉へ手をかけようとした、その時だった。
「――待て! 御影 仁!」
猪熊の声が響く。
振り返ると、猪熊は顔を真っ赤にしていた。
心底悔しそうに、忌々しそうに、奥歯をぎりぎりと噛み締めている。
そして、言葉を絞り出した。
「キサマを……S級ダイバーに認定する……!」
「ふ、副会長……!?」
根津が青ざめる。
猪熊は俺を睨みつけたまま、続けた。
「正式な手続きは追って行う。……だが、キサマは今日からS級だ」
俺は少しだけ黙り、それから軽く頷いた。
「おう、分かった」
執務室を後にする。
背後でまだ猪熊が何か呻いていたが、もう振り返らなかった。
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「――さっっっすが先生です!!」
文月の声がロビーに響き渡った。
周囲の職員やダイバーたちが、何事かとこちらに視線を向ける。
しかし文月はお構いなしに、両手を胸の前で握りしめ、眼鏡の奥の瞳をキラキラさせた。
「ついに! ついに先生が正当に評価されました! S級! S級ですよ、先生!」
「声がでけえ」
「だって嬉しいんです!」
「厄介なことにならなきゃいいが、って感じだよ。俺としては」
「なりません! 先生なら大丈夫です!」
「その根拠のない信頼が怖えよ、文月サン」
文月の横では、鉄華も満足げに頷いている。
「アニキがS級なのは当然っす。むしろ今までがおかしいんすよ」
「お前までそんな事言うなよ……」
そうは言うものの、俺も少しだけ気持ちは明るい。
なぜなら、目の前の弟子二人――鉄華と文月が、心底嬉しそうにしているからだ。
正直、肩書きの重圧は感じるし、面倒事も増えるだろう。
それでも、こいつらがこんなに喜んでくれるなら。
まあ、それだけで、少しは昇格した甲斐があったのかもしれない。
「ただ、猪熊は気になるな」
俺が言うと、文月の表情が少し引き締まる。
「先ほどの様子をお聞きした限りでは、先生のS級昇格は不本意だったようですね」
「それは最初から分かってたことだろ」
「す、すみません。私としたことが、昇格試験の打診に興奮してしまって……」
文月はしゅんと項垂れる。
だが、すぐにキリっとした顔に戻った。
「私の方で、探りを入れておきます」
「ああ、頼むよ」
「やっぱ文月は頼りになるっすね」
鉄華がぐっと体を伸ばしながら言う。
「アタシは真正面から戦う事しかできねーんで、ちょっと憧れるっす」
「そ、そんな……! 私なんて鷹峰さんに比べたら全然で……!」
お互いを讃え合う弟子二人。
うむうむ、素晴らしきかな。
「文月も鉄華も、それぞれ違った良さがあるさ」
俺は腕組みしながら言う。
すると文月の表情がびしっと固まる。
「先生……一つ確認してもよろしいでしょうか」
「あ、改まってどうしたんだよ?」
「なぜ、私は文月なのに、鷹峰さんは鉄華なので……?」
俺は首を傾げた。
言われれば確かにそうだ。
「昔からそうだな」
「そっすね。アタシが弟子になってすぐっす」
「経緯をお聞きしても……?」
「経緯も何も、コイツがそう呼べってうるさくてな」
「苗字呼びは他人行儀じゃないっすか、師匠と弟子の関係なのに」
「ということらしい」
文月は一通り聞き終えて、ほっと息を吐いた。
「なんだ……てっきり私はそういう事なのかと……」
「何を想像してたんだよ?」
「い、いえ。何でもありませんっ」
文月は顔を赤くしながら言う。
よく分からんが、納得してくれたなら良かった。
向かいに立つ鉄華も、文月の言葉の意図を測りかねているのか、微妙な顔をしていた。
が、その直後、ぴこんとオレンジ髪が跳ねる。
何かを思いついたような表情を浮かべた。
「――文月。アタシ、アニキと風呂入ったことあるっすよ」
「 」
文月が完全に停止した。
俺は慌てて叫ぶ。
「言い方! ありゃお前が昔『風呂なら油断してるだろ』とか言って、銭湯まで襲撃して来ただけだろが!!」
「でも一緒に入ったのは本当っす」
「入ったっつか乱入だろ! 出禁になったのまだ恨んでっからな!?」
「懐かしいっすね……二人で馬鹿やった日々っす」
「馬鹿はテメーだけだ!!」
必死にツッコミまくる俺だが、時すでに遅し。
文月の瞳からは光が消えていた。
「先生とお風呂? どうしてそんな大胆なことができるんですか? やはりそのお胸ですか? その圧倒的な質量が心の余裕を生み、心の余裕が行動力を生み、行動力が先生との混浴に繋がる? つまり私に足りないのは胸囲……いえ、そこは今からでは難しいとして、他で補えば――」
「文月! 戻ってこい文月!!」
俺は文月の肩を持ってぐんぐん揺さぶるが、何の応答もない。
「これどうにかしろよ鉄華! お前のせいだぞ!」
「ふふん。姉弟子の強さを思い知ったかっす!」
「何を得意げにしてんだ……!」
S級昇格に猪熊の思惑。
面倒な事は山ほどあるが、目の前のカオスな光景を見ていると、弟子達の相手の方がよほど面倒な気がしてくるのだった。
第21話をお読みいただき、ありがとうございました。
次話からは、再び指南役としての平穏な日常が……と思いきや?
お楽しみに。
続きが気になる、仁の活躍をもっと見たい、弟子とのやり取りが好き!
もしそう思っていただけましたら、応援等で支えていただけると嬉しいです。




