第20話 C級おっさん VS 世界12位
俺たちは順調に等々力ダンジョンの攻略を進め、最奥部に辿り着いた。
神殿風、とでも言えばいいだろうか。
厳かな雰囲気の開けた空間だ。
崩れかけた柱が並び、あちこちに石造りのオブジェが建っている。
「……本当に空だな」
俺は広間を見渡し、ほっと息を吐いた。
「空? 何かいると思ったっすか?」
「うむ。正直、少し疑ってはいた」
「何をっす?」
「猪熊たちが『攻略済みダンジョン』って嘘ついてて、実は未踏破の場所に放り込まれたんじゃねえかって」
「あー……やりそうっすね」
根拠としては、道中に出てきた魔物の強さだ。
ダンジョンはボスが討伐されると、内部の魔力濃度が下がり、生み出される魔物の質も少し落ちる。
しかしここは、攻略済みでありながらなお、S級指定相当の強さを持った魔物ばかりが登場してきた。
「ま、そうだとして鉄華が居るから何の問題も無いが」
「っ! へへ、もっと言ってほしいっす!」
「…………」
「ケチっす! 言ってくれたっていいっす!」
なんて鉄華をからかいながら、もう一度あたりを見回す。
魔力の流れは落ち着いているし、魔物の気配もしない。
猪熊たちがどこまで考えてこの試験を企てたのかは知らないが、特に罠と呼べるものはなさそうだ。
「じゃ、後は戻って終了か」
俺がそう言うと、鉄華はすぐには返事をしなかった。
黙ったまま広間の中央へ歩いていき、こちらへ振り向く。
オレンジの長髪が、ぶわっと舞った。
「あと一つ、やることがあるっす」
「……何だよ?」
首を傾げると、鉄華は握り拳を掲げた。
「――アタシと勝負してくださいっす」
「はぁ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「アタシを倒したら、合格にしてあげるっす」
「いやいや……お前なにふざけてんだよ。そんな条件なかったろ?」
「監査役っすから。アタシのさじ加減でどうにでもなるっすよ」
鉄華はにっと笑う。
「お前……それパワハラって言うんだぞ? 知ってるか?」
「へへっ、ただの追加試験っすよ」
「ったく……」
物は言いようだな。
俺は頭を掻きながら、ため息を吐いた。
正直、戦う理由は何一つない。
試験も終わったし、鉄華はああ言っているものの、最初に提示された合格条件に含まれていない以上、対応する義務も無い。
「アニキ、よろしくお願いするっす」
けれど、鉄華の目を見ていると、断る気が少しずつ失せていった。
本気の目だ。
戦うことを決めた目。
何度倒されても立ち上がって、何度でも殴りかかってきた、あの頃と同じ目をしている。
「……本気なんだな」
「はいっす」
「怪我するかもしんねーぞ」
「それはお互い様っすよ」
「確かに」
正論である。
目は当時のままだが、実力は比べ物にならないだろう。
今の鉄華はただの不良少女ではなく、世界ランク12位のダイバーだ。
俺が勝つ保証はない――というか、普通に負ける可能性のが高い。
「……いや、それは避ける理由にはならねーな」
俺は小さく呟いて、深呼吸した。
「分かった。久々に稽古つけてやるよ」
腰の剣を外し、鞘ごと広間の端へ放った。
剣は石床を滑り、柱の根元で止まる。
「……剣は使わないんすか?」
「使わないが、これは手加減じゃない」
「武器を捨てたのに……っすか?」
「逆だ。手加減できねーぞってこと」
寸止めやみねうちができるような実力差は無い。
鉄華は一瞬押し黙り、それから嬉しそうに笑った。
「へへ。そういうことなら、遠慮なくいくっすよ」
「ああ、どっからでも来い」
鉄華が腰を落とした。
俺も足を開き、拳を構える。
「初勝利をいただくっす。――『震天動地』」
唱えた瞬間、石床が弾ける。
鉄華が踏み込んだのだと理解したときには、もう目の前に拳が迫ってきていた。
速い。
回避は間に合わない。
腕を交差して防御した直後、全身の骨に響くような衝撃が走る。
「っ……重いな」
「へへん! これしか取り柄がねっすから!」
鉄華の攻撃は、ただの打撃ではない。
彼女の魔法である『震天動地』――衝撃を発生させる力を、織り交ぜている。
拳に纏わせれば、衝撃が爆ぜる。
空気に放てば、衝撃波が走る。
地面を踏めば、爆発的な推進力を生む。
攻撃を受けた俺の足下の床に、ぴしりと亀裂が走った。
「まだまだっすよ!」
拳に蹴り、肘打ち、頭突き。
あらゆる徒手空拳が間を置かずに飛んでくる。
「っと……!」
俺は下がりながら鉄華の攻撃を躱す。
逸れた拳が、背後の石柱を掠めた。
――ボガァン!
掠めただけで柱が砕ける。
その中で一番大きな石塊に、鉄華は衝撃波を当てた。
石塊は砕け散り、小さな石くれが散弾銃のように俺を襲う。
「――『影操術』!」
俺は足元から影を立ち上げ、飛んできた石たちを防ぐ。
「小賢しい技使うようになったじゃねーか!」
「伊達に経験積んでないっすから!」
言いながら、鉄華は影でできた壁の脇から突っ込んできた。
「らぁっ!」
左からの拳。
体勢に余裕はある。
避けることは十分可能だ。
だが俺は足を止め、左手にありったけの魔力を集中させた。
そんな目されたら、正面から受け止めるしかねえだろ。
――ドォン!
左手で受け止める。
凄まじい衝撃がぶつかった。
足元の石床が砕け、周囲の石像にヒビが入る。
腕がしびれ、内臓が揺れる。
それでも俺は鉄華の拳を止め切った。
「っ、マジっすか……!」
鉄華の目が見開かれる。
俺はふっと笑い、前へ足を踏み出した。
「強くなったな、鉄華」
「……!」
世界ランク12位の拳を、身体ごと押し戻す。
鉄華の顔が一瞬だけ嬉しそうに緩んだ。
しかし、すぐに獰猛な獣のような形相に変わる。
「なら、もっと行くっすよ!」
今度は鉄華の左手に魔力が集中する。
だがその攻撃が放たれる前に、俺の影が床を走った。
鉄華の足下を払う。
「っ!?」
「そう何度も真正面から受けねーよ、さっきのはオマケだ」
鉄華の足が少し流れ、体勢が崩れる。
俺は掴んだままの鉄華の拳を引っ張りながら、くるりと身を翻す。
彼女の身体を背負うと、そのまま石床へ叩きつけた。
「かはっ……!」
一本背負い。
初めて会った時と同じ倒し方だ。
だが昔を懐かしむ暇はない。
俺は即座に膝を付き、鉄華の喉元に拳を突きつけた。
「ハァ……ハァ……」
「くっ……ふぅ……」
二人とも、息が上がっていた。
鉄華は仰向けのまま天井を見つめ、しばらく沈黙する。
周囲の石柱から、ぱらぱらと小石が落ちた。
「――くーっ! まだまだ敵わないっすね……!」
鉄華は悔しそうに顔をゆがめつつ、ばたっと両手足を投げ出した。
俺は寸止めしていた拳を引き、立ち上がる。
「何が『まだまだ』だよ。こっちゃ必死だっつの……」
その言葉に、鉄華はぴくんと反応する。
「本当っすか?」
「ああ、途中でも言ったが、本当に強くなったよ」
「おお……! アニキに褒めてもらえたっす……!」
鉄華は寝っ転がったまま、両手で顔を覆った。
「へへ……強くなったって……アニキが……へへへへへへ」
「おーい、戻ってこい世界ランカー」
「無理っす! 今噛み締めてる最中なんで!」
ごろごろごろごろと床で悶える鉄華。
「汚れるぞ……って、聞いちゃいねえな」
俺は軽く息を吐き、腕を回す。
まだ痺れてるな。
正直、かなり効いた。
久々に「死ぬかもしれない」って感じたよ。
俺は広間の端まで行って、剣を拾って腰に戻した。
「じゃ、先帰るぞー」
「ああっ! 待ってくださいっす!」
鉄華はぴょこんと跳ね起き、こちらに向かって駆けてくる。
その表情は太陽のように光輝いていた。
「そんなに嬉しいか、俺に強くなったって言われるの」
「そりゃそうっすけど、アニキが強くて嬉しいってのもあるっす!」
「俺が強くて……?」
分からん。
本当によく分からん感情だ。
今回の試験もよく分からんしなあ。
「……アニキ?」
「うん?」
「何でそんな嬉しそうな顔してるっすか?」
「……してねえよ」
「してるっす! 『むふー』って顔してるっす!」
「そんな間抜け面してねえよ!」
「ええ!? してるっすよー!」
嘘だ。
俺は断じてそんな顔はしていない。
……ただ、けど、まあ。
鉄華が強くなったことを見られたのは……その。
ちょっとだけ、悪くなかったなと。
そう、ほんの少し思っただけだ。




