第6話 フラッパー
フラッパー : 短髪、メイク、スカートを履く、タバコを吸う、酒を飲む。など、1921年 当時としては最先端の価値観で生きる女性の事です!
「へえーこの二人があんたの仲間?」
グレイディ・スピリッツに現れたロレッタは、実家で会った時のような作業着ではなく、ちゃんとオシャレな格好をしてきていた。
網タイツに短いスカート。茶色の革ジャン。
脚が長く背の高いロレッタに良く似合う格好だ。
だが、普段着るにはいささか挑発的でもある。おそらくこれがロレッタの勝負服であり、こんな格好でレースに出て、男をブイブイ蹴散らして楽しんだのだろう。
そりゃ出禁になるわ。
ロレッタはルアンとセオドアをジロジロ見て、笑みを浮かべた。
「で、どっちがガートルードのボーイフレンドなわけ?」
セオドアはキザに眉毛を上げた。
「それがあんたのコミュニケーションの取り方ってわけか? 冗談に付き合った方がいいかな」
ルアンはモジモジと首を振った。
「いや、僕たちはそういう関係じゃないよ」
私はロレッタの頭を叩いた。
奴の首根っこを掴んで、ヒソヒソと話しかける。
「そういうの本当にやめて。今から犯罪をするのよ? 色恋沙汰でチームワークがバラバラになったら終わりよ」
「ごめん。若い男二人も侍らせてるから、どんな性に乱れた生活送ってるのかと」
「ロレッタぁぁ?」
「冗談冗談」
ロレッタは私の頭をポンポンと撫でた。
「あんたにそんな度胸あるわけないもんね」
堪忍袋の緒が切れて、私は奴の首を絞めた。
ロレッタは白い肌を赤くしながら、私と取っ組み合いになる。
それをセオドアは傍観し、ルアンは慌てていた。
「へえ、ガートルードの意外な一面だな」
「く、首はダメだよ! 跡がつくよ〜」
二人の声は私と奴の戦いの音にかき消されてしまっていた。
「……そういうわけで、私の幼なじみのロレッタ・カチュマレク。実家が車屋だから、運転が死ぬほど上手いわ」
喧嘩が一段落した後、私は改めてロレッタを二人に紹介していた。
「なんとこの地方の車レースで三連続優勝したの。スピードキングなんて言われているわ」
「女性なのにキング?」
セオドアが疑問を呈する。
それにロレッタはハスキーな声で答えた。
「スピードクイーンだと、レースクィーンと混ざって紛らわしいからね」
ルアンは純粋に驚いていた。
「へえええ、凄いね! 車の運転って馬なんかと比べると、無茶苦茶難しそうなのに。それでキングになるなんて」
「やってみると案外簡単だけどね。今度教えてあげようか」
おい、色恋沙汰はやめろって言ったよな?
私が睨むと、ロレッタはハア? と両手を広げた。「ただのコミュニケーションじゃん」
「ともかくこれで、いい運転手が手に入ったわけだ。有難い話だな」
セオドアは右手をロレッタに差し出した。
「セオドア・ホールデンだ。聞いてるだろうが、出資者だ。よろしく」
「どーもどーも。金貸しのホールデンさんでしょ。ガートルードからちょこちょこ話、聞いてたよ」
「フフッ……借金取りの話なんて大抵ろくでもない。先入観抜きに見てくれると助かる」
続いてルアンが手を出した。
「どうもよろしく。僕はルアン。ルアン・ロビンソン。ボディガードだよ」
「ええっ!?」
ロレッタは私にヒソヒソと話しかけてくる。
「ちょっとこの子、私より背が低いんだけどボディガード? 冗談だよね?」
「いや、本当よ。そして、おそらく大抵の人間より圧倒的に強いわ」
「なんてこった。人は見かけによらないねぇ」
しげしげとルアンを見下ろしながら、ロレッタは握手を返した。
こうして我々四人の顔合わせは終了する。
グレイディ・スピリッツの店は長方形で、表が売り場、その奥がキッチン兼リビングの生活スペースになっている。
そこにはこの家唯一の水道とクックストーブがあり、ストーブには朝一番に燃やされた石炭が熾火として輝きを残している。
水道から出た新鮮な水を、クックストーブで沸かしてお湯にしながら、セオドアは言った。
「次は販路だが、何か考えはあるか?」
セオドアが尋ねるのに、私は思案して答えた。
「とりあえず、これまでお客として行ったことのあるスピークイージーに、片っ端から声をかけていくわ。何かきっかけが掴めるかもしれないし」
あわよくば買い取ってもらいたい。
ルアンはテーブルに、人数分のコップを用意しながら頷く。
「僕も手伝うよ。浮浪者として色々な店に恵んでもらったから、顔見知りも多いんだ!」
「それ逆に警戒されてるんじゃないの?」
ロレッタは辛辣な事を言った。
正直私もそう思う。
セオドアはシューシューと茹だるやかんを持ち上げ、それぞれのコップにお湯を注いでいく。インスタントコーヒーの濃密な香りが、ふわっとキッチンに広がった。
私達はそれぞれテーブルにつき、セオドアの入れたコーヒーを飲む。
「あちあちあち」
長らく酒と冷たいものしか食べてこなかったルアンは、暖かいものに舌が敏感になっているようだった。
ロレッタはそんなルアンを見て、結構面白そうなヤツだな……という顔をしていた。
セオドアは私の方を向く。
「どうだ、インスタントの癖に、結構美味いだろ。このメーカーのコーヒー」
私はコップを傾け、頷いた。
「ええ、うちで売ってるやつより美味しいわよ。結構コーヒーとか詳しいのね」
「まあ、酒よりは俺の口に合うからな」
セオドアは柔和な笑みを浮かべた。
仲間にした時はどんな説教をしてくるかと警戒していたが、こうして関わってみると、意外と気さくな男である。
「悪いが俺は"本業”もあるから、あまり時間がとれない。販路の方は任せてもいいか?」
「もちろん。私のお酒だもの。それに、直接サンプルを配れば、みんな良さをわかってくれると思うわ」
そのアイデアにセオドアも賛成のようだ。
頷きながら、地下室の方を見る。
「改装ももう終わる。それまでにサンプルを持って、販路を確保しないとな」
それから一週間、私はサンプルを抱えて街中のスピークイージーを回った。
そして今日は、散髪屋の奥にある違法酒場に足を運んでいた。初めてルアンを風呂屋に連れて行った時、待ち時間の間に訪れた店だ。
ビールやウイスキーなど、豊富に取り揃えられたいい店だった。
その店の店主に、サンプルの瓶を差し出し言う。
「まだどこにも売ってません。今買い取ってくれれば、この店が一番にこのお酒を扱えるわ」
しかし店主の男性は、頑固な顔で首を振る。
「悪いが、うちの店はバード・レッグの指定する酒しか売ってはならない事になっている。それ以外を売ったら殺されちまうよ」
そんな……
「こっそり買い取るくらいなら、バレないんじゃない?」
「そこまでしてやる義理はねえよ」
店主はにべもなく断る。
正論だった。
「……クソッ。せっかくお酒作れても、売れなきゃ意味ないじゃない」
私がつぶやくと、店主は呆れ顔だ。
「この街でギャングと無関係に商売できるわけないだろ。大人しく上納金を収めて、酒は奴らに買い取ってもらえよ」
それだけは絶対いやだった。
ギャングに支配されるのは、もうウンザリなのだ。
買取りを諦めた私は、店を後にしようとする。しかしそのタイミングで来店した人物と、バッタリ顔を合わせることとなった。
メイリーだ。
金髪のショートヘアに、口元にはホクロ。彼氏が何人もいて、金回りも良くて、オシャレに時間を使う余裕のある女。
私の旧友である。
私と彼女は、気まずい思いで目を合わせた。
最後の別れ方に問題があったからだ。その時、一生話す事は無いだろうな、という予感すら感じている。
私は会釈だけして、そそくさと店から出ていこうとする。
しかし――
「待って! ガートルード!」
フラッパー(遊び人の女)は、私を呼び止めた。
声をかけられては仕方が無いので、私は振り返る。
「どうしたの? メイリー」
メイリーはゴホンと咳払いして、言った。
「あの、この前は何だか変なことになっちゃって〜」
「うん」
「でも、帰ってよく思い返してみたの。あたしの態度悪くなかったかな? って。……あたし結構調子に乗ってたかも。ごめん」
私はあの時の事を思い出す。
メイリーは私の服をバカにし、ルアンと口論になったのだ。それで私は結構傷ついた。
だが、メイリーが100%悪いかというと、そうでもないと思う。彼女には彼女の生き方があり、それが私とはあまりにかけ離れていた。
煌びやかでパーティまみれの日常と、貧乏で借金まみれの日常。
その温度差で、勝手に私が火傷しただけだ。
だから、私に彼女を恨む気持ちはない。
「いいの。私が勝手に変な感じに思っただけだから」
メイリーは私の顔をじっと見た。
そして私が心からそう思っているのが伝わったようだった。
ほっと息を吐き、安心したような笑みを見せる。
「良かった〜。許してくれて、本当に嬉しいわ」
「そんなこと……」
大したことでは無い、と思う。
私は謝られたから、許しただけだ。
気まずい状態を打ち破る努力をしよう、とはしなかった。相手が怒っているだろうと分かっているのに、素直に謝れるメイリーの方が凄い。
流石フラッパーだ。
メイリーは肩の荷が降りたように明るい顔で、尋ねてきた。
「ところで、こんな所で何やってるの?」
「ちょっと売りたいものがあったんだけどね」
私は簡単な経緯を話した。
お酒を作って売りたかったが、この店には断られてしまった、と。
するとメイリーは何かに気づいたように、はっと口を抑えた。
そして溢れ出る笑みを隠すような表情で、恐る恐る言う。
「それ、もしかしたら力になれるかも」
「? どういうこと?」
「お酒売りたいんでしょ? だったらいい場所があるわ」
メイリー・ハーヴはフラッパーである。
それはつまり、夜の店とも繋がりが深いことを示していた。
「私の彼氏なんだけど、スピークイージーを経営してるの」
メイリーはそう言った。
そして黒いアイシャドウの目を細める。
「普通の店じゃないわよ。――会員しか入れない、特別なお店」
そうも言った。
「素晴らしいお酒ですね。アイルランド仕込みのポティーンですか」
黒い肌にメガネをかけた男性が、私のサンプルをテイスティングして、恍惚の表情を見せる。
「これ程味わい深いものを、私は飲んだことがありません」
「良かったね! ガートルード」
男性に寄り添いながら、メイリーは笑った。
私はぎこちなく頷いた。
まるでお城のような広いホールに、大勢の客が充満している。ホールの中にはジャズの激しい音が響き、それに合わせてお客さん達は踊り狂っている。
お客さんのほとんどは若い男女で、享楽的な雰囲気に酔いながら、ベタベタとイチャついていた。
こんな凄い店がストームヘイブンにあるとは。
「――ということでよろしいでしょうか?」
男が丁寧な口調で尋ねてきたので、私はハッと我に返る。
「ガートルード?」
「すみません。ぼうっとしてて、聞こえてなかったです」
私は謝ると、男は微笑を浮かべて同じ条件を繰り返した。
一本あたり、かなりの金額だった。
しかも、それを作れば作るだけ、買い取ってくれるという。
流石に条件が良すぎて、私は疑いの感情を抱く。
「あの、そんなに高くて大丈夫なんですか?」
「何をおっしゃいますか。これ程素晴らしいお酒には出会ったことがありません。この店で一番高いお酒より値をつけても、飛ぶように売れるでしょう、それを考えると安いものですよ」
「でも……買い取った事がバード・レッグの連中にバレたら、まずいことになるんじゃ」
「ハハ……うちは見ての通り繁盛してまして、お客様には警察の有力者も多い。その道の方々も、あまり無茶はなさらないんです。あなたのお酒を求めてお客様が大勢いらっしゃれば、それだけほかのお酒も売れることになる。文句を言う人なんて、いませんよ」
男はあくまで穏やかで、丁寧な態度を崩さない。
しかし私はその柔和な顔の奥に潜む、高レベルの"人間力”を感じ取ったような気がした。コネクションや、交渉術といった、人が上手く社会で生きてゆくための"人間力”だ。
それがこの人は……とんでもなく高い。
一体何者なのだろう?
私は男をじっと見た。
男も私をじっと見た。
もちろん、何もわからない。
……やめた、無理だ。こういう人物を理解するには、私の人生経験は足りていない。
私は諦め、契約に意識を集中させた。ともかく…男の理論に穴はないように思えた。私にとって都合がいいが、同時にメイリーの彼氏も幸せになれる。
互いにWinWinの関係が築けるのだ。
これは断る理由がない。
「この条件でよろしいでしょうか?」
「はい、是非! 是非お願いします!」
それから数分後、私はメイリーとその彼氏に感謝の言葉を述べて、店を後にしていた。
夜風を顔に浴びながら、私は歩いた。
きっかけが作れた。
後はもう、上がるだけだ。
もう大丈夫だ。
仲間もいる。
酒もある。
販路も見つかった。
段階を踏んで、ここまでやって来た。
やっと、やっと幸せになれる――。
そう、思った時である。
「ようよう、ガートルード。何やら始めようとしているらしいな?」
夜道の後ろから、私に声をかけてきた。
聞きなれた声。
聞きたくもない声。
あの男だ。
私は震えた。
振り返りたく、ない。
でも、振り返らなければ、背後から何をされるかわからない。
意を決する。
振り返ると、ギャングのスパイクがそこにいた。




