第3話 借金取り
高山病院 = 結核の治療施設。風立ちぬ にありましたね。
金髪の男は美しい顔をしていた。
だが、それを鼻にかけるような自信ありげな雰囲気が、私は気に入らない。
プライベートでは絶対、仲良くならないだろう。かといって、ビジネスなら上手くいっているかと言うと、それもまた違うのだが。
男の名前はセオドア・ホールデンという。
ストームヘイブンの金融業者「ヘイブン・クレジット」の社員だ。
ホールデンは腕を組み、アゴを二本の指で抑えながら、店内を見渡して言った。
「棚がスカスカだ。ミス・グレイディ。前にも言っただろう。禁酒法で酒が売れないのは、国が悪い。しかし、かといって代替となる品を探して仕入れないのは、企業努力を怠っている。あんたの責任だ」
「…………貴重な意見どうも」
「おいおいおい、聞き流すな。適当な相づちで、その場しのぎをするな。実行しろ。それがあんたの生き残る唯一の道だろう」
偉そうに男は言った。
私がこの男が苦手な理由は、こうした説教臭いところにある。話半分で反応を返しても、逃げ道を無くすような話し方をしてくる男なのだ。
私は両手をエプロンの前で組んだ。
「あの……ホールデンさん。私の店を貰うって言うのは」
「言葉の通りだ。そしてあー……うん。その通りだ。あんたの店は俺たちが貰うんだから、このアドバイスは無意味だな。すまない。つい癖で説教してしまった」
ホールデンは肩をすくめた。
私は冷や汗をかいた。男が店にやってきた理由に心当たりがあったからだ。
ヘイブン・クレジットは、金融業者であり、その役目はお金の貸し借りである。
私はこの男の会社から、借金をしていた。
そしてその期限は、実は何日か前に過ぎている。
「借りたものは返す。返せないなら借りない。そんな当たり前のことができないやつが、世の中にはあまりにも多い。そうは思わないか? ミス・グレイディ」
「あの……すみません。ホールデンさん。本当は返したいんですけど、「バード・レッグ」に何回もみかじめ料を取られてしまって。禁酒法でお酒も売れないし、本当にどうしようもなくて」
「ふん。ギャングか……粗暴で短絡的なヤツらだ。愚かだから気が合わない。しかし、ミス・グレイディ。それはおかしい。何故なら借金する前から、そんなことは分かりきっていたはずだ。それも込みで返済計画に入れたのではないのか?」
私はうつむいた。
男の言っていることは間違いではない。
しかし、世の中には予測不能な事態というのもある。
「……母の病が、思ったより悪くなってしまって。結核なんだけど、今は高山病院で治療してるの」
ホールデンは遮るように手を振った。
「おいおいおい、俺の良心に訴えるのはやめてくれ。ウンザリなんだ。家族が病気だ。夫の会社が倒産した。親が事故にあった。……皆が色々な言い訳をしてくる。世の中には不幸で溢れているよな? その一つ一つを組み上げていては、俺たちの商売は成り立たない」
男が手を叩いた。
店の外からドヤドヤと、人相の悪い男たちが数人入ってくる。
「差し押さえだ。ミス・グレイディ。振込が間に合わなかった分は、現物で徴収する。それがうちのルールだからな」
とんでもないことを言う。
「な、何を?」
「ふむ……差し当たっては、店の商品。内装かな。おっと、この椅子はスティックリーか。こんな店にあるとは思わなかったな」
ホールデンはコンコンと、椅子を叩きながら言った。
なんて事を。それでは実質、閉店ではないか。
まだ密造酒が完成していない以上、通常の雑貨屋営業は必須だというのに。最低限の生活すらできなくなってしまう。
私は両手を広げて懇願した。
「お願いします! 待ってください。やっと稼げる方法を見つけたところなの! 今店が開けなかったら……」
悲しい事に、私の話を無視して男たちは店の中を物色し始めた。
誰もこちらの事など目にも入っていないかのように作業を続ける。
私はホールデンの顔を見た。
「ホールデンさん!」
ホールデンは冷たい顔であごを触った。
「悪いが、あんたの店の経営状況は回復の余地がない。稼げる方法なんて、聞き入れられないな」
「密造酒を作るの! 祖父のレシピを発見した。それの再現もできた。それに協力者も――」
「「再現」できた?」
ホールデンの眉毛がピクリと動く。
「あんたはアイルランド系だったな。アイルランドの自家製酒と言えば……ポティーンか」
アイルランド人でも無いくせに、よく知っている。
「え、ええ」
本当はまだ再現出来ていない。
だが正直に言ったら、それこそ完全に終わりな状況だった。
ホールデンは私を値踏みするようにジロジロ見る。何か考えているようだ。
「うーん、アイルランド人は酒好きな民族だ。そのオリジナルのレシピなら信頼できるクオリティか?」
あれ? もしかして、悩んでる?
どうにかなりそうな可能性を見出し、私は胸を高鳴らせた。
しかし、粗暴な男の一人が邪魔するように話しかけてくる。
「ねえ、ボス。何悩んでるんです? こんな崖っぷちな女の言うこと真に受けるんですかい?」
ホールデンは部下を見た。
「嘘だと思うか?」
「わからねえけど、知ったこっちゃねーんですよ。なんで話を聞くんですか。追い詰められたやつの話は聞かない。嘘ばかりだから……そういつも言ってるじゃないですか」
ホールデンは気まずそうに頷いた。
「まあ、そうなんだが」
「そういうわけでさ。さあ、仕事仕事! とっとと終わらせて、飲みに行くぞ」
男たちはそのまま家具を運び出そうとする。
私はそいつの腕に飛びついて、動きを止めようとした。
「ちっ、邪魔すんな!」
バチンと、男の手が私の頬を打つ。
痛い!
鈍い痛みで涙が滲む。そんな私の腕を掴み、男はへっへっへっと笑った。
「あの〜僕の雇い主から手を離してもらえますか?」
青年の声が聞こえた。
のんびりして、落ち着いた声だ。間延びしていて、まるで酔っ払っているかのように、どこか緊張感がない。
その声を聞いて、私は胸が高鳴った。
「遅いわよ! ルアン!」
ルアン・ロビンソンは、地下室に続くドアから、ひょっこりと姿を表した。
茶色い丸々とした目で、店内を見渡して、困ったような顔をしている。
「ごめんごめん。ちょっと君の「失敗作」を味見してたら、止まらなくって。気配は感じたんだけど、こんなに剣呑な状況だとは思わなかったよ」
こいつ、私がこんな目にあってるのに、呑気に酒盛りしてやがったのか。また吐いても知らないぞ。
ホールデンはルアンを見て怪訝そうな声を出した。
「なんだ君は?」
「ガートルードのビジネスパートナーさ」
言いながらルアンは、地下室から上がり、トコトコと歩いてきた。私と、私を捕まえた男に近づいてくる。
そのまま男の手を掴んで、相手の顔を見上げた。
「離してくれるかい? 僕の雇い主なんだ」
ルアンは童顔で、細いし、背も低い。
はっきり言って威圧感がないので、男はバカにしたように鼻を鳴らした。
「嫌だと言ったら? どうするんだ? クソガキ――」
「えい」
それ以上ルアンは待たなかった。
片手で男の手首を引き剥がし、そのまま振り回して天井に「投げ」た。
ドガーン。190センチもあろうかという大男が、天井に叩きつけられ、カエルのような声を上げた。
「は? 化け物!?」
部下の男たちはざわめいた。
片手でそんなことできる人間などいない。奴らの驚きはもっともだった。
私は驚かなかった。
なぜそんなことができたか、大体わかっていたからだ。
「ごめんごめん。僕の見た目じゃ怖がってくれないだろうから、最初に示すしかなくて」
ルアンの声が室内に響いた。
青年はポリポリと頭を搔く。
その腕には、緑色のツタがびっしりと巻きついていた。
ぴょこり、と遅ればせながら赤い花も首元から飛び出す。
「ガヴラ」の花を使ったのだ。
そりゃ、銃弾を止められるくらいのパワーだもんなぁ……。
ツタを腕に巻きつければ、人間を天井に投げつけるなど容易いのだろう。
「てめぇ舐めてんのか!」
別の男が色めきたち、ルアンに殴りかかった。
その拳も受けとめ、ルアンは男を再び投げ飛ばす。
また、ドガーン! という激しい音とともに、天井に男は激突する。
男はそのまま床に落ちてくると、低い呻き声を上げ、動かなくなった。
「クソッ」
別の男が銃を取り出す。
しかしそれを発砲するより先に、ルアンが懐に飛び込み、銃を奪った。
バキバキ……。
金属が軋む異様な音とともに、銃はルアンによって握りつぶされた。
「まだやるかい?」
ルアンは両手を開いて、穏やかに笑った。
部下の男はまだまだいたが、皆戦意を失ったように黙り込んだ。
「どういう事だ?」
ホールデンは落ち着いた声で尋ねた。
彼の青い目が、ルアンを見ている。
その表情は警戒の色を浮かべていた。
「僕はガートルードのボディガードなんだ」
ルアンが言ったが、その答えはホールデンの求めているものとは違う。
ホールデンはルアンの首から生える花を見た。その花はマフラーのようにルアンの首に巻き付き、蛇のようにチロチロと「動いて」いる。
「その花のせいか? 俺の部下が投げられたのは」
「そうだよ」
ホールデンは私の方を見た。
「こいつがあんたの言ってた協力者か」
私は手首を押さえながら頷いた。
「ええ。彼と私でお酒を密売します。おじいちゃんの秘伝のレシピのお酒を。だから少し待って欲しいの。これからいっぱい稼いで、どんどん規模も大きくしていくつもりだから」
ホールデンは思案するように、杖の柄をコツコツと、自分の手のひらに打ちつけた。
「違法な商売。ボディガードは凄腕。ミス・グレイディ。あんた、ギャングにでもなるつもりか?」
「それは絶対にない! あんな野蛮なヤツら。アイツらのせいで私がどれだけ苦しんでいるか……」
ホールデンは目を細めた。
それから地面に倒れた部下を見て、怯えたように黙る部下たちを見る。
ホールデンの口が小さく動いた。「野蛮な奴らめ」声は発せられていなかったが、確かに口はそう動いていた。
――やがて、フッと、ホールデンは皮肉な笑みを浮かべる。
「そうだな。愚か者と働くのはゴメンだ。俺もその意見には賛成だ。やはり仲間にするなら、理性的な奴の方がいいな」
どういう顔をしていいか分からず、私は口をへの字にする。
「おい、お前ら。気絶した二人を担いでやれ」
ホールデンは部下にそう指示を出した。
それからルアンの方を向く。
「あんた、名前は?」
ルアンは少し首をかしげた。
「僕はルアン。ルアン・ロビンソンだよ」
「そうかい、ロビンソン。あんたのその得体の知れない力と、ミス・グレイディの計画に免じて、今日のところは見逃してやる」
ルアンはにっこりと笑った。
「やあ、君が話せる人でよかったよ」
私もほっとため息をついた。
とりあえず助かった。
部下の一人は、声を上げて驚く。
「ボス! それじゃあ話が違うぜ。この店の物は全部運び出すんだろ」
「しょうがないだろ。お前らの中でいちばん強いヤツが真っ先にノックアウトされてるんだぞ。残ったヤツらで勝てるのか?」
「それは……」
「ほら、引き上げるぞお前ら」
ホールデンはさっさと諦めたように、店を離れていく。
それに続いて、部下たちもドタドタと店を出て行った。
後に残されたのは、少し荒らされた店と、どこからともなく酒瓶を取り出したルアンと、憔悴した顔で座り込む私だった。
「……危なかったわ。もう本当に終わりかと思った」
「酷く消耗してるね。何かあったのかい?」
ルアンは「失敗作」をごくごく飲みながら言った。
マイペースな人だ。
「ありがとうルアン。助けてくれて」
私はふるえる肩を自分で抱きしめた。
「危うく店の商品を失うところだったわ」
「商品?」
「あの人たち、この店を取り上げるつもりだったのよ」
ルアンの目がつり上がった。
「なにィ? そんな酷い人達だったのか。もっと痛めつければ良かったかな。あの金髪の人はそんな雰囲気でもなかったけど」
「あー……ホールデンさんは、多分。最後には反対してたような感じだったわ」
「ふーん? というか、あの人たちだれ?」
「知らずに対応してたの……? 借金とりよ。うちの借金を回収に来たの」
「そうだったのか。借金ねえ……本当に経営が危ないんだね」
「そう。だから、密造酒は絶対に成功させないと」
「大丈夫大丈夫。計画は素晴らしいから、きっと上手くいくよ」
ルアンの気楽な様子が、私にはとても羨ましい。
失敗した回数を思えば、成功がいかに困難なことか。
あとどのくらいで、少しでもおじいちゃんの酒に近づけるだろうか。
「できるといいな。お酒」
私は呟いた。
それを聞いて、ルアンは不思議そうに言った。
「もうできてたよ。君の言うレシピ」
何の事だろう。
地下にあるのは、既に味見した「失敗作」だけだ。他に作りかけの酒など無いのだ。
そう言うと、ルアンは「ははーん」と頷き、私の手を引いた。
「とりあえず地下室にきてよ。面白いものが見られると思うよ」
ルアンが地下室のドアを開ける瞬間、微かな酒の香りが私の鼻をついた。
1921年 当時、帽子を被らないのは下着で外を歩くようなものでした。




