第27話 リ・スタート
当時ビニールハウスとは無かったです。ビニールハウスが登場するのは1950年代から。
その日私は「密造酒」を作ろうとしていた。
法律で禁じられていて、バレたら罰金ものだ。
だが、完成すれば、見返りは大きい。
だから数週間前からチャレンジしているのだが、なかなか上手くいかない。
樽から出てきたガソリンのような味の「失敗作」に吐き気を催していると、上の階からドアベルが鳴った。
誰か来たようだ。お客さんだろうか? そう思いつつも、手は休めない。
作業に没頭していると、地下室のドアが開いた。
「——ボス。ルアンさんが戻りやした」
革ジャンにブーツの男が、私に言う。
私はため息をついた。
「何度も言ってるでしょ。ボスはやめてよ、チンピラみたいじゃないの。社長でいいわよ社長で」
「へ、へい」
男は頭を掻きながら、下がる。
それと入れ替わるようにして、ルアンが部屋に入ってきた。
ふわふわの茶髪に、大きな茶色い目の青年。
私は嬉しくなって、立ち上がった。
「おかえりなさい。ルアン。退院おめでとう! 迎えに行けなくてごめんね」
ルアンは目をパチパチしながら、地下室を見回す。
「あ、うん。それは全然大丈夫なんだけど。この地下室は一体何だい?」
ルアンが驚くのも当然だった。
まるで改装前のグレイディ・スピリッツのような、こぢんまりとして、古びた地下室だからだ。
私の原点とも言える、祖父の古い鍋と冷却樽が、地下室の中央に置かれている。
家具も古びた棚や机などで、グリースに更新してもらった最新設備は、見る影もない。
「アンティーク調で揃えたのよ。やっぱりこういう古い感じが、落ち着くから」
アンティーク。
初めて会った日、ルアンが私のボロボロの服を褒めるために言ってくれた概念だが、彼は覚えているだろうか?
私の言葉は、ルアンの混乱をさらに深めたようだった。
「えっと……僕が怪我で入院してる間に何があったのか、もう一度教えてくれない?」
「家を立て直した。そして、グレイディ・スピリッツを再構築したわ」
「あの、ほら。……家を建て直すのはわかるんだけど、どうして地下室とか前の状態に近いんだい? 密造は?」
私は今やっている作業を指さした。
祖父の小さな鍋。
あの火事でも、何とか無事だったものだ。
「新作はここでも作れるからね。色々試してるのよ。まあ、また失敗作だったんだけど」
ルアンは不安そうな顔をしたので、私は吹き出した。
もう、からかうのはやめにしよう。
「出かけましょうか、ルアン。答えはすぐに分かるわ」
一階の雑貨屋は、前と同じように建て直されている。
棚に野菜や小麦粉の袋などが並び、綺麗に整頓されている。
かつてスカスカだったお酒棚の部分は、セオドアのアドバイスもあって、花を売る事にした。花屋のような本格的なものではないが、趣味で仕入れた物を処分するには十分な規模である。
レコードは新たに仕入れ、棚の一部に並べられている。でも、感傷を一つ。ドロドロに溶けたレコードを一枚、ペナントみたいに壁に飾っていた。私達が初めて聞いたジャズのレコードだ。残骸から見つけ、捨てられなかった。
外に向かいながら、ついいつもの癖で、私はカウンターを撫でた。
「ザラザラ……」
新調したカウンターは、私が小さい頃から慣れ親しんできたものとは感触も匂いも違っていた。
しかたない。
永遠に失われて、戻らないものもある。
「行ってらっしゃいませ! ボス——社長!」
革ジャンにブーツの部下が、背筋を伸ばして、まるで軍人のように敬礼した。
私は慣れたものだったが、ルアンはおずおずと頭を下げる。
「——あの人、バード・レッグのギャングだよね?」
店を出てからルアンが尋ねた。
「そうよ。今はうちの雑貨屋を任せてるけど」
私は彼の顔を見た。
「え? それも知らなかったかしら? あの戦いの後、病院に行くまでは意識あったわよね?」
「病院に行くまで意識あったし、なんなら病院に行ってからの三週間、ずっと意識あったよ。皆あまり来てくれなくて暇だったけど……。なんだか、実感がわかなくてね。僕にしてみれば、敵対してるイメージのままだから」
ルアンはあの戦いで骨折や裂傷が激しく、しばらく入院生活だったのだ。
その間に組織編成が大幅に変わったので、なかなか実感がわかないだろう。
少し拗ねた様子のルアンに、私は謝った。
「ごめんね。本当はもっとお見舞いに行きたかったんだけど。無茶苦茶忙しくて。何せバード・レッグのやってた事を、全て把握する必要があったから。その中で業務を取捨選択して、正しい組織に組み直してたの」
あの戦いの後、縄に縛られたバード・レッグの面々を並べて、私たちは真実を伝えた。
リーダーは死んだこと。
新たなリーダーのスパイクも、私が殺したこと。
バード・レッグの横暴なやり方には心底腹を立てていて、それを全て潰してやりたい気持ちであること。
残されたバード・レッグのメンバーは、比較的穏健派だったらしく、私の気迫に恐れをなした。
ガヴラという、異形の力の凄まじさも、スパイクを見て実感したばかりだという。
アジトの屋根を丸ごと吹き飛ばしたのが私だとわかると、男たちは震えて許しを乞うた。
私達は男の処遇に悩むことになる。
警察に引き渡すか?
あるいは——殺してしまうか?
真剣に相談する私達を見て、顔を青くしたバード・レッグの面々は、第三の選択肢を提案してきた。
自分達は貴方に逆らいません。仲間にしてください。
一般人を虐げていた連中にしては、面の皮の厚い事だ。私は気に食わなかったし、実際にそれを彼らに言った。
——そこからは、胸を開いての話し合いとなる。
我々は、バードさんを慕っていただけです。一般の方に迷惑をかける派閥の人は、ほとんどスパイクさんに殺されました。
彼らはそう主張した。
実際、それはあながち間違いではないようで、残された彼らの目付きはしっかりしていて、動きも規則正しい軍人のようだった。
私は思った。
密造酒ビジネスを続けるためにも、人手がいる。
——ここは、彼らを雇うのもいいかもしれない。
「まあ、あいつらが嫌な奴かどうかは、おいおい見極めていくわ。ともかく、私は気に入らない仕事はやりたくないし、やらせたくないの。だからみかじめ料とか恐喝とか薬物とか……そういう仕事は全部やめさせる。その為に色々調べないといけなくてね」
そもそも私がギャングを嫌いだったのは、店が苦しい時代にスパイクが何度も共益費を回収に来たからだ。そういう仕事は絶対にさせないと、心に誓っていた。
ちなみにあの時、ルアンはほとんど意識朦朧としていたので、あまり議論には参加していなかった。
ルアンは店を振り返る。
わずか三週間程度で、店の外観はほとんど復活していた。焼けた部分は新しい木が使われ、ペンキでピカピカに磨いてある。
「この店の修繕費も、バード・レッグから?」
「そうよ。流石に弁償はしてもらわないとね。アジトと金庫を抑えたし、お金の管理係も生きてたから、その辺はスムーズだったわ」
お金の管理係は結構有能だったので、今はグレイディ・スピリッツの店番も任せている。
さっきの男だ。
「そうかぁ、僕はてっきり店を酒造所として建て直すんだと思ってたけど。グレイディ・スピリッツは昔のままにしたんだね」
「もう焼けるのはうんざりだからね。アジトはバレない秘密の場所に作ることにしたわ」
私とルアンが話していると、車がするすると近づいてきて停まった。
我らがグレイディ・スピリッツ号だ。
戦闘仕様の改造は取り除かれ、今は普通のT型フォードの外観を取り戻している。
運転席が開く。
「オッス、ルアン。元気になったみたいでよかったね」
ロレッタだった。
ガムをくちゃくちゃ噛みながら、ハンドルに肘を置いている。
「さっ、新しいアジトに案内するよ。お二人さん……乗って乗って」
バー「ロッテンマイヤー」
スパイクがよく利用していた繁華街近くの酒場である。
グレイディ・スピリッツからは車で二十分程の距離にある。
ここに来ると、私が初めてガヴラを使って戦った、あの夜の事を思い出す。
あの男の事を、思い出す。
——だが、最近よく来ているので、しんみりする程ではなかった。
バー「ロッテンマイヤー」の裏手に、大きな建物がある。一見すると倉庫のようで、屋根には窓が何枚も取り付けられ、太陽光を取り込みやすくなっている。
その倉庫に、私たち三人は入っていく。
倉庫の中には色とりどりの花が栽培されていた。
ビニールハウスのように温度を適切に整えられた環境で、赤や青の、様々な種類の花やハーブが鉢に植えられている。
それを、見るからに柄の悪い、革ジャン姿の男たちが丁寧に水をあげている。
元バード・レッグのメンバー達だ。
「「ボス! いらっしゃいませ!」」
男たちは、私を見て敬礼した。
私は軽く頷く。
彼らの軍隊式の挨拶にも、もう慣れてきた。
「だから、社長って言いなさい。社長って」
ルアンはそんな男たちを、ポカンと見ていた。
「——ギャングが花を育てているのを見たのは初めてだよ」
ズレた事を言うルアンに、私は説明する。
「表向きは花を栽培してるわ。ここで作った花はグレイディ・スピリッツで販売するの。……まあほとんど"カモフラージュ”のためなんだけど、これでもそれなりには売れてるのよ」
実際には花より、ハーブの方が栽培している意味がある。ここで育てたハーブを、「材料」として使用するからだ。
でも、それも本質じゃない。本当の意味は、この建物の地下にあるものを隠すためだ。
この倉庫は花を育ててる健全な場所です。そう、主張するための役割だった。
ルアンの目が、油断なく動く。何かを探すような、探るような目つきだ。
もう彼も、ここに何があるのかに気づき始めているようだった。
「——どこにあるんだい?」
ルアンは尋ねる。
私は顎をしゃくった。
「裏手にあるわ」
私たちは、花の栽培所を抜け、奥の部屋へと入っていく。
そこは一見、作業員の休憩スペースだ。簡易なパイプ椅子や、テーブルが置かれている。しかしその壁の一角に本棚があり、色々な本が並べられている。
その本のひとつを、私が触った。
——ガチャリ。
ドアノブになっていた本が動き、本棚がそのまま正面に開かれる。
地下へと続く通路が、姿を表した。
「ま、こんな感じで地下に行けるようになってるんだよ」
何故かロレッタが、自慢げに言った。
地下に続く階段を降りると、そこはテニスコート二枚分くらいの広いスペースになっていて、大きな蒸留器や冷却装置が並んでいる。
「元々はバード・レッグで使用していた酒造所らしいわ」
先陣を切って歩きながら、私は説明した。
「でも熟成に難航していたみたいで、まともなお酒は国外からの発注に頼ってたみたい。だからマザーズ・マーシーを作るのに利用しているの」
元々、マザーズ・マーシーは先祖が生み出し、私が再現したものだ。作るのに必要な穀物、ハーブなどの知識は私の頭の中にある。
場所が変わろうとも、私が生きている限り、作り続けることは可能だった。
「レシピは——誰にも話してないわ。私が先導して、部下たちには工程を分業させている。裏切られないようにね」
地下室では部下たちが、汗をかきながら作業を続けている。
ハーブを刻んだり、穀物を茹でたり。
三メートル程の大きな樽から、酒を絞り出したりしていた。
それを見て、最初は驚いていたルアンだったが、やがて壁に並べられている酒瓶の箱に気づくと、舌をぺろぺろしながら笑った。
「いいね。いいね。うんうんうんうん」
地下室の奥にはドアがあり、別の部屋があった。
そこは事務室として使っており、中には机やテーブルや、ソファなどが置かれている。
「おう。元気になったな、ルアン。後遺症なく回復したようで、何よりだ」
セオドアがスティックリーの椅子に深々と腰掛け、私たちを待っていた。
彼はお得意の金勘定をしつつ、建物の名義が誰になっているかや、表向きの商売をどう国に報告するか、など、私には到底できそうもない煩雑な書類作業をこなしていた。
こういう時、頭のいい奴は助かる。
セオドアは真面目に仕事に取り組んでいたが、私達が来たことで、そういう気持ちはどこかへ消えてしまったらしかった。
書類をポイッと端に投げ、ワクワクしたように腕を組んだ。
「さあ、グレイディ・スピリッツのメンバーが揃ったな。第一回定例会議を始めようか」
私達はそれぞれテーブルにつく。
部屋には我々四人しかいない。
始まりと同じく、四人だけの集まりだった。
「さて、状況を整理しようか」
セオドアが早速仕切り始めた。
こういうのが好きな性分なのだから、仕方ない。
私は彼の好きに進行させる事にする。
重要なことは譲らないが。
「潰れかけた雑貨屋から始まった俺たちは、大きな戦いを経て自由を勝ち取った。この街にはまだまだ商売を邪魔してくるチンピラのような輩がいるだろうが、少なくとも最も大きな敵対関係にあったバード・レッグは潰した。彼らはチームを解散し、俺たちの仲間になった」
ルアンはピューっと口笛を吹いた。
「それだけ聞くと、僕達、凄い武闘派集団だね」
「間違ってないでしょ。割と何でも暴力で解決してる節があるし」
ロレッタが頭の後ろで、手を組む。
セオドアは軽く頷く。
「まあ、実際ガートルードとルアン。二人もガヴラ使いがいるしな。戦力があるから、選択肢が暴力寄りになるのは仕方ない。逆に言えば、せっかくの武力を有効活用しているわけだな」
私は気が短い、と言われているような気がして、小さく咳払いをした。
セオドアの入れた紅茶をすする。
「財政事情は可もなく不可もなくだ。リーダーのバード・フィングル名義の物は、俺たちではどうしようもないし、家の修繕費もかかったからな」
ロレッタは「ほぇ〜」と言った。
「お金はあるけど、別にお金持ちじゃない。って感じ?」
セオドアは「そんな感じ」と頷く。
「……だが、この設備を手に入れられたのは大きい。これからマザーズ・マーシーの製造効率は上がるだろう。密造酒の販売を続けていれば、俺たちは億万長者になれるかもしれない」
セオドアはふふふ、と笑った。
彼の目的は、金持ちになって父親を見返すことだ。未来が明るくて、さぞ嬉しいに違いない。
しかしすぐに顔を引き締めて言う。
「だが、懸念事項もある。隣町のアトランテ・シティには"アビス”というギャング組織があるわけだからな。先兵のアレックス・レインは倒したが……ガヴラ使いは他にまだまだいる。そうだろう? ルアン」
ルアンは寂しそうな顔をした。
「……そうだね。アレックスの言葉の通りなら、沢山いる。皆ガヴラ使いで、どうも僕たちが嫌いらしい」
そもそも、その組織がこの街を実質支配していた。バード・レッグを影から操り、街のお金を吸い上げていた。
その構造が破壊されたのだから、見逃すわけはないだろう。
私達と同じ、武闘派組織が戦いを挑んでくる。
「問題ないわ」
私は言った。
三人が、私を見る。
「襲ってくるなら、返り討ちにするだけよ。何でも自分たちの思いどおりになる、と思っている連中に、わからせてやるの」
どんな相手が襲ってきても、私は負けない。
その為に、カタギである事を捨てたのだから。
その為に、私はギャングになったのだから。
黒いスーツ姿で、私は腕を組む。
「私達はギャング。でも、気に入らないことはやらないわ。一般の人を傷つけたり、不平等を強いることはしない。法律は破るけど、自分たちの信じるルールには従う」
三人は頷いた。
「でも、不平等には従わないわ。理不尽にも。——例え、どんな奴が相手でもね」
それが私たち、グレイディ・スピリッツだ。
正義……というのはこそばゆいが、自分達が間違っていると思うことはやらない。そういう組織でありたい。
仲間は私の気持ちを理解してくれている。
どうしてこう思うようになったのかも。
私達は同じ方向を向いている。
多くの障害を越え、今ここにいるのだから。
こうして第一回定期会議は終わった。
これから私達は、ギャングとしてこの街で生きていく。
色々心配事はあるが、今はとりあえず、ルアンの退院祝いパーティをしよう。
酒とハーブを混ぜたものを「混成酒」と呼びます。




