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最終話 ガートルード・エステル・グレイディ

キャンディショップというのは、アイスクリームも売っていました。




 イーストサイドの端の方に、小さいキャンディショップがある。

 戦いの後落ち着いたので、私はその店を訪れていた。

 「フィングル・ボール」という店名だけが妙に頭に残っていたからだ。

 何をするつもりも、ない。

 スパイクの最後のお願いの意味を、私は理解していない。

 この店が誰のものかも、何故スパイクが気にかけていたのかもわからないから、何をしたい気持ちも無かった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店内には色とりどりのキャンディが展示されていて、ファンシーな雰囲気が漂っている。

 棚に並べられ包装された商品と、カウンターのガラス張りのコーナーにあるアイスクリームタイプの商品があった。

 私は何の気なしに、アイスキャンデーを注文する。

 店主らしき中年女性は、甲斐甲斐しくキャンデーを用意する。

 ——その時、カウンターにある一枚の写真を見つけた。

 額縁に入れられた、集合写真だ。

 白黒で、画質が荒い。

 でも私は、その写真を一目見て、スパイクの言いたかったことを理解した。

 目を見開く。

 

「あの——どうかしましたか?」

 

 店主が不思議そうに尋ねてくる。

 私は写真を指さした。

 

「この写真はなんですか?」

 

「ああ、家族写真ですよ。私の家族です」

 

 店主は照れたように言った。

 その中年女性は、写真の右に座っている。

 写真には他に三人写っていた。

 小さい男の子を抱き上げ、幸せそうな顔をした一人の男と、隣合って破顔するスパイクの姿があった。

 フィングル・ボール。

 ……フィングル。

 ……バード・フィングル?

 

「あの、この人はバードさんですか?」

 

「ええ、夫ですが……何か?」

 

 私は何も言えなかった。

 憎らしいギャングのリーダーには、家族がいた。

 その男の事は、何も知らない。

 どんなお酒が好きで、どんな食べ物が嫌いなのかも、何も知らない。

 直接的には、スパイクを襲撃した夜、ついでに病院送りにした仲である。

 私が病院送りにした。

 そして、多分それが原因で、アレックスに殺されることとなった。

 妻を残して、息子を残して、リーダーは死んだ。

 スパイクは「俺のせいでリーダーは死んだ」と言っていた。

 彼も残された家族に対する、責任感があったのだろう。

 それに、こんな家族写真に一緒に映るくらいだ。この人たちも、スパイクと仲がいいに違いない。

 私は、中年女性を見た。

 

「あの、バードさんは——」

 

「一ヶ月ほど前に、亡くなりました」

 

 中年女性は淡々と言った。

 その顔は不思議なくらい穏やかで、でも大きな悲しみにも満ちていた。

 

「主人は人から恨まれる仕事をしていましたからね。いつこうなっても、おかしくなかった。何度も辞めてって言ったんですけどね。それは不可能でした。あの人は戦争で心を傷つけた部下たちを、救う責任があった。——優しい人だったんです」

 

「ご、ご愁傷さまです」

 

 私は動揺して、大して意味の無い言葉を吐いた。

 女性は静かに首を振る。

 

「いつこうなってもいいように、覚悟は決めてましたから……」

 

 そうは言っても。

 そうは言っても……。

 私の気は晴れなかった。

 皆、それぞれに大切な人がいる。

 私がガヴラで倒してきた相手皆に、家族がいる。

 そんな当たり前の事実を、私は衝撃をもって実感していた。

 私が震えているのを見て、女性は不思議そうに、心配そうに言う。

 

「あの、良かったら休んでいかれますか?」

 

 私は首を振り、その場を後にした。

 キャンデーアイスを握りしめて。

 スパイク……私に何を期待したの?

 

 


 


 山を登る。

 山道を歩く。

 麓からバスは出ている。

 でも、歩きたい気分だった。

 山道にはかつて来た時と同じように、エーデルワイスの花が静かに咲いている。

 私は立ち止まって、それを静かに観察した。

 とても冷たく、寂しい花だ。



 

「おー! ガートルード! イェーイ元気ィ!」

 

 山頂の療養施設にいる母は、久しぶりに訪れた私に対して、元気よくピースサインを向けた。

 母の顔色は悪く、ヒューヒューという呼吸音は、健康なものではない。

 でもやはり母は母であり、どこへ行っても能天気で元気いっぱいといった様子だった。

 私は思わず笑顔になる。

 

「ママ……久しぶり。ええ、元気よ」

 

「あんた全然来ないんだから〜。大変な生活してるんじゃないかって、心配で心配だったんだからねぇ」

 

 病室は清潔に整えられた個室のような風情で、ベッドと、キャンバスが置かれていた。

 キャンバスには書きかけの絵があり、それに筆を走らせながら、母は私を迎える。

 

「何描いてるの?」

 

 私はキャンバスを覗き込むと、下手可愛いタッチで、猫が寝ていた。

 上手くは無い——が、妙に愛嬌があり、目が離せない。まるで母本人のような絵だった。

 

「へへん。上手いもんでしょ〜。中庭に野良猫がいてね、よくみんなで可愛がってるもんだから、なんか残したくなっちゃってさあ」

 

 母はウインクした。

 

「楽しそうでよかった……でも、絵なんて、描いてたっけ?」

 

「ああ、隣の部屋の人から、画材道具貰ったの。私が暇そうにしてたから」

 

 母は暇だと永遠に話し続けるタイプの主婦なので、隣の人もさぞ辟易しただろう。

 お礼と、謝罪をした方がいいだろう。

 

「……後でお礼を言わせて」

 

「ううん。大丈夫よ」

 

「大丈夫って、なんでママが決めるのよ」

 

「だって、もう何ヶ月か前に亡くなったもの」

 

 しれっと、母は言う。

 その表情は、特に変化ない。

 でも——呑気な態度の彼女には、彼女の世界でしかわからない、様々な物語があるのだろう。

 その一端を垣間見た気がして、私は圧倒された。

 結核は、今の世の中では不治の病だ。

 進行を遅らせることはできても、完治はできない。

 患者は遅かれ早かれ——やがて死ぬ。

 それはどれ程の恐怖だろう。

 どれ程の絶望だろう。

 この療養施設の人達は、そんな世界で生きている。

 私は目の前の母が、遠い存在になった気がして、胸が痛んだ。

 この人も、やがては死ぬ。

 私を置いて。

 母はキャンバスから目を離し、クルッとこっちを向いた。

 

「ガートルード……あんた、また暗い顔してるよぉ。辛気臭いなぁ。もっと元気出してホラ」

 

 私はうつむいた。

 目に涙がにじむ。

 

「ママ……」

 

 母はしばらく私を見ていたが、やがてやれやれといった感じで、首を振った。

 

「散歩でもしよっか。あんたの近況、聞かせてよ」


 

 当然の事だが、私がギャングになった事など、母に言えるわけが無い。

 近況報告はかなり難しかった。

 私は嘘が苦手だ。

 すぐ表情に出てしまう。

 とりあえず……言わないわけにもいかないので、私は素直に密造酒のことを話した。

 祖父のレシピを再現したこと。

 仲間を集めて、お酒を売っていること。

 それによって、最近羽振りが良くなってきたこと。

 

「だから、ママの入院費も追加で払えるようになったし、ここでの生活を快適に出来るように、お金も持ってきたわよ」

 

「か〜っ、我が子の世話になるなんて、本当に恥ずかしいわ。とっとと死んでもいいくらいだけど、それはそれで母親として無責任だしね!」

 

 母は私が法を犯している事について言いたいことはありそうだったが、家計が苦しいのは何となく察していたようで、深く追求してこなかった。

 しかし、仲間を作ったことを聞くと、安心したように笑う。

 

「あんたは本当に頑固というか、わがままというか、昔っから人とぶつかってばっかりだったからね! 仲間と上手くやれてるのは本当に嬉しいよ。……ほら、なんて言ったっけ? あのポーランド系の娘、ロレッちゃん? あの子しか友達いなかったじゃない」

 

「はいはい余計なお世話よ。ロレッタね、あいつも今は仲間の一人」

 

「ふ〜ん」

 

 中庭で母はベンチに座る。

 すると先程の絵に似た猫がやって来て、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 それを撫でながら、母は言う。

 

「近況はそれだけ? なんか他に悩んでる感じだけど」

 

 私はギクッとした。

 流石に母親だ。

 私が何か隠していることは、お見通しなのだろう。

 私は、なんと言うべきか、考えながら言った。

 

「悩みっていうか、これはどうしようもない事なんだけど。私がした"ある事”に関係して、人が亡くなったの。敵だったんだけど、その人には妻と子がいて……それで、私どうすればいいか分からなくて」

 

 バード・フィングルは、私のせいで死んだ。

 直接的に殺したわけではないが、私が襲撃したせいで、アビスの制裁を受けるきっかけになった。

 その事がどうにも気がかりというか、気持ち悪いのだ。

 母はうーん、と考える仕草をした。

 

「ガートルード。私はいつか死ぬわよ」

 

 突然の言葉に、私は戸惑う。

 それは知っている。

 言われるまでもない。

 私の反応など気にせず、母は続ける。

 

「でも、それを嫌な事だとは全然思わないわ。だって病であろうと、事故であろうと、寿命であろうと、いつ死ぬかなんて誰にも分からないもの」

 

「……そう」

 

「例えば、私が明日トイレで転けて頭打って死んだら、その原因は病気にあると思う?」

 

「そんなわけないじゃない」

 

 私は呆れた。

 トイレで転けることと、病に因果関係は全くない。

 

「でも、私は病気のせいでこの療養施設にいる。この療養施設のトイレで死んだとしたら、病気も少しは関係してると思わない?」

 

「うーん、まあ、それはそうなんだけど。感覚的に病気が原因だとは思わないわよ」

 

 母はピースサインをした。

 

「私が言いたいのはそういう事よ。あんたが何をやらかして、そうなったのかは知らない。でも、あんたが殺したんじゃないなら、それはあんたのせいじゃない。人が死ぬ理由なんて、一つじゃないのよ。気に病んでも仕方ないわ!」

 

 本当に、底抜けに明るい人だった。

 兄の性格は確実に母親似だろう。

 私は拍子抜けした気分で言った。

 

「それは確かにそうなんだけど、……じゃあ私は遺族の人にどう接したらいいの? 何か謝罪したほうがいいの?」

 

「やめときなさい気持ち悪い。あなたの夫が死んだのは私のせいです! って言って他人が謝罪してきたら、奥さんも困るわ。そうじゃなくて、もっとニュートラルに付き合うのよ。元気にしてるか気にかけてあげる。たまに会いに行ってあげる。そうやって思いやりを持ち続けるのが、残された人にできる事でしょ」

 

 私は母の気軽な言葉を胸に刻んだ。

 母の生き方をすることは、私にはできない。

 でも、彼女が与えてくれた考え方は、私に救いを与えてくれるような気がした。

 ちょっとだけ——気が楽になる。

 

「ま、そんな感じね〜」

 

 母は立ち上がって、うーんと伸びをした。

 明るい人だ。

 そして強い人だった。

 母は母の世界の中で、もう覚悟を決めている。

 私はお見舞いに来たはずなのに、逆に助けられてしまった。

 やはり、敵わない。

 

 ——そこから私は面会時間が終了するまで母と一緒にいた。

 多くを語り、散歩し、遊んだ。

 それはとても楽しく、貴重な時間だった。

 

「じゃあね〜ガートルード。またすぐに、来なさいよ」

 

 別れ際に母は言った。

 

「また来るわ。近いうちに必ず」

 

「悩んだばかりじゃなくて、もっとスッキリ生きなよね」

 

「悪かったわね。どうせ根暗で、友達もいないわよ」

 

 幼い頃からの密かなコンプレックスを、自虐交じりに言う。

 すると母はニヤリと笑った。

 

「ロレッタがいるでしょ。そんでもって、他にも仲間ができたんでしょ。あのね、気にしてるみたいだから教えてあげるけど、友達の数に価値なんてないわよぉ? あんたは今のままでいい。例え世界中の皆に嫌われても、その人だけは自分の味方をしてくれる。そんな大切な一人を作りな」

 

 それは中々ハードルの高い事だった。

 でも、母の言いたいことはわかる。

 友達は少ない。でも、その数少ない理解者を大切にしてやればいいのだ。


 

 山を降る。

 山道を歩く。

 療養施設からバスは出ている。

 でも、歩きたい気分だった。

 山道には来る時に見たのと同じように、エーデルワイスの花が静かに咲いている。

 私は立ち止まって、それを静かに観察した。

 とても冷たく、寂しい花だ。

 ——だが、私は気づいた。

 私が思っていたより、筋が多く、生物的だ。

 ガヴラの花とは、また違った生命力を感じる。

 花の周りをてんとう虫が歩いていた。周りに別の草も生えている。

 思っていたより、全然孤独な花ではない。

 ——よかったね。

 無根拠に、私は安心した。

 そして思った。

 バード・フィングルのキャンディショップ。結構美味しかった。

 これからも、ちょくちょく行く事にしよう。







 私が地下室でお酒を作っていると、ルアンがやってきた。

 彼はいつもの呑気な調子で、私に手紙を渡す。

 それは兄の手紙だ。

 戦場から私に向けて送られた、大切なものである。

 私は笑った。

 

「戦いが終わって一ヶ月ほど経ってるし、正直今さらって感じね」

 

 ルアンは困った顔をする。

 

「君が全然病院に取りに来なかったからでしょ? 大切なものってわかってるから、早く渡したかったのに。見舞いに来てたセオドアとかロレッタも、本人に直接渡せって言うしさぁ」

 

「ごめんごめん。何でかしら——あれだけ必死になって追い求めたのに、終わってみれば、あまり読む必要も無いような気がしたの」

 

 これが盗まれたことが、最終決戦のキッカケだった。

 家を焼かれて絶望して、兄の言葉を求めて、手紙を求めた。

 でも、始まってみれば目の前の戦いに夢中で、それが済んだ時、私は兄の言葉を求めなくなっていた。

 お別れも——済んでいる。

 だからルアンが取り戻してくれたとは知っていたが、あえて返してもらおうとは、思っていなかったのだ。

 ルアンはフリフリと、手紙をふる。

 

「中身は見てないよ。見る必要も無い。アレックスはガヴラの可能性やらなんやらと、よく分からないこと言ってたけど、どうせこれはシェイマスから君に宛てた愛の手紙だ。それ以上でもそれ以下でもないからね」

 

「ありがとう」

 

 私はルアンから、手紙を受け取った。

 

「中になんて書いてあるか、知りたい?」

 

「いや、別に大丈夫」

 

 ルアンは強がった。

 そんな彼の目の前で、私は手紙を広げる。

 さらりと、中身を確認する。

 そんな私を前に、ルアンはソワソワしていた。

 私は吹き出す。

 本当に、可愛い人だ。

 可愛くて優しい。

 私の素敵な人。

 

「ほらほら、強がってないで一緒に見ましょ」

 

 ルアンの顔がパッと輝いた。




 私の戦いは、まだまだ続く。

 それは私の人生のように。

 生きている限り、戦いは続いていく。

 あらゆる理不尽に、私は立ち向かっていくだろう。

 この街には理不尽があまりにも多い。

 でもそれは、不幸ではない。

 戦える、ということは不幸ではない。

 かつての私は、力もなく、仲間も無かった。

 戦うことすら出来なかった。

 でも今はガヴラを手にして、仲間が出来た。

 ギャングになり、グレイディ・スピリッツを大きくした。

 今なら、戦える。

 戦う、力がある。

 それはなんて幸せな事だろう。

 だから私は、これからもお酒を飲む。



 ——[完]——

 

第一部完です!

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