第25話 彼岸花(鎮魂の花)
慣れていないと、ガヴラを使いながら体を動かすことはできない。
ガートルードはガヴラを使いながらピースサインすらできないし、人によっては歩くことすらままならないという。
しかしルアンもアレックスも戦争という異常な空間で数年間戦った。
動けなければ死ぬ世界だ。
ガヴラの能力は研ぎ澄まされ、身体の動きもそれに追いついていた。
アレックスが四本のツタを振り回しながら、ルアンに殴りかかる。
ルアンはその拳を手のひらで受け止め、二本のツタで四本のツタに抗った。
複雑な動きの処理に脳がぼおっとする。
二人は身体で殴り合いながら、ツタで殺し合いを行っていた。
ルアンは自分が意外と善戦している事に、驚きつつも安堵していた。
真正面からなら、絶対に勝てないはずだった。
何せこちらのツタが二本なのに対して、向こうは四本もあるのだから。
でも、昨日から何度もぶつかり合って、アレックスの戦いの癖を何となく理解し始めていた。
彼のガヴラは強力だが、扱い方が雑だ。
恐らく四本を操ろうとすることで脳に負担があるのだと思われるが、四本同時攻撃は、ほとんど同じ軌道で振り下ろしてくるだけだった。
力の入れ方を工夫すれば、ルアンにツタが二本しかないとしても、十分防ぐことができる。
器用なのが、ルアンのガヴラの売りだった。
ここ3ヶ月の戦いで、その器用さはむしろ進化している。
昔は気づく余裕も無かったが、ガートルードに勇気づけられ、立ち向かって良かったかもしれない。
もう少し、アレックスの脳に負担をかけたい。
ルアンは戦いながら、会話を試みる事にしてみた。
「懐かしいね。アレックス君。君と戦うのはいつぶりになるかな」
「そんなことも覚えてないのかい? 960日ぶりくらいだよ! ムーズ・アルゴンヌで最後に戦ったじゃないか」
ルアンの頭に、あの地獄の戦場がフラッシュバックした。
「——なんで、戦ったんだっけ」
「君が自殺しようとしたからだろ! シェイマスを失った後で、自責にかられて」
アレックスは四本のツタを束ねて、上空から勢いよく振り下ろした。
単純な攻撃であったため、ルアンはそれを難なくかわす。
ツタは屋根のトタンを突き破り、硬いものがひしゃげる音を立てて、穴が空いた。
落下していくトタンを見ながら、ルアンは記憶を探る。
——あの時だ。
ルアンが提案したルートは敵に待ち伏せされており、多くの仲間を失った。
特にシェイマスを失った事が、ルアンを深く傷つけた。
罪の意識に耐えられず、確かに死のうとしたのだ。
「そうだ。あの時君が急に襲ってきたんだ。……僕はてっきり、あの作戦の責任をとらせるつもりかと思ったんだけど」
「はん? そんなわけないじゃん。戦争だよ? 軍事行動の責任が個人に帰属するわけないじゃないか」
アレックスはツタを変化させ、腕にグルグルと巻き付けた。
二本のツタで両腕の筋肉を補強し、残り二本で腕を保護する。ボクシングスタイルで殴りかかってきた。
ルアンもそれに合わせ、両腕にツタをまとわせる。
包帯のように巻き付けたツタが、超人的な腕力を生み出す。
足の強化とは違い、これは自分にもできる。手に纏わせる方がより精密な操作ができる。ツタが二本しかなくても自分の腕を傷つけずに動かせる。
人ならざるパワーのアレックスの一撃を、ルアンは両手でしっかり受け止め、そのまま投げ飛ばした。
アレックスは屋根に空いた穴から落ちそうになるが、四本のツタを蜘蛛の足のように大きく広げ、穴の縁にしっかりつかまった。
穴にぶら下がりながら、アレックスはルアンを睨む。
「僕はね、君のそういう所が嫌いなんだ。何でもっとハッピーに生きられない? 何でもかんでも自分のせいにして、クヨクヨ悩んで……辛気臭いやつめ。君のその性格に引っ張られて、戦争中どれだけ余計な心労を抱えたかわからないよ」
「じゃあ、僕を助けようとして、あの時襲いかかってきた。ってこと?」
「というより、気に食わなかったからさ! 生きたくても生きられなかった仲間があんなに沢山いたのに、君はなんて勿体ない事をしようとしていたんだ」
ルアンは頬を引っぱたかれたような気持ちだった。
あの作戦の責任は、ずっと自分にあると思っていた。
でも、アレックスみたいな考え方もあるのだ。
アレックスは常に自分の楽しいと思える道を歩んでいる。
それはルアンより余程上等で、人として正しい生き方に思えた。
でも……
「君のその自由な生き方に、僕も随分振り回されたよ。農家に侵入して卵を盗んだり、上司に支給された上等なお酒を盗もうとして、連帯責任にされたりさぁ。君みたいに自由に生きるっていうのも、周りの人が大変なんだからね!」
ルアンにもルアンの恨み言があった。
アレックスにばかり文句を言われるのは、釈然としない。
戦争中は仲間だった。
彼なりに優しい所もある。
しかし、アレックスの本質は残虐な子どもである。
何度彼のサディスティックなイタズラに苦しめられたかわからない。
だから、ルアンはどうにもこのアレックスという男が苦手だった。
めんどくさい思い出がいっぱいで、二度と会いたくないと思っていた。
そもそも家を焼いたのはこいつだし、ギャングとしてしっかり悪人なので、嫌な奴であることは間違いないのだが。
「ははは、君が苦しんでいる姿は最高だからね。しょうがないよ」
アレックスは笑って、ビュンと飛び上がった。
四本のツタで力強く屋根に着地し、酒を飲む。
ルアンも酒を飲んだ。
少しアルコールが回るが、全然平気だ。
この程度では、全く酔えない。
ルアンは会話を続けた。
「それで、君の目的は何なんだ? どうしてシェイマスの手紙を盗んだんだ。ガオケレナと関係があるんだよね?」
ルアンはツタをバネのようにグルグルと巻き、それを地面に叩きつけることで空中に飛び上がった。
自分とアレックスの間にある大きな穴を飛び越え、そのままの勢いでアレックスを蹴り飛ばす。
アレックスはツタを盾のように構えて、その蹴りを防いできた。
ツタの間から顔を覗かせ、アレックスは笑う。
「君にしては中々いい質問だよ」
「?」
昨日は教えてくれなかった内容だ。
だがある程度戦えてスッキリしたのか、今日のアレックスの口は軽かった。
「戦争で、神樹ガオケレナは消失したでしょ? あれだけたくさんあった"種”は全てパー。世界には僕たちのように事前に覚醒した者と、戦争中に採取されていた数百個の種のみが残った」
「そうだけど……それが?」
アレックスは四本のツタの先端を、槍のように尖らせた。
走る勢いで、それをルアン目掛けて突き刺してくる。
これは戦争中にも見た技だったので、ルアンは防ぎ方を知っていた。
二本のツタで円を描くようにして、自分に向かってくる力を逸らす。
物体の突進は、鋭ければ鋭いほどに、逸らしやすい。
少なくともルアンの彼岸花にとってはそうだった。
アレックスはツタの先を尖らせた「串刺し攻撃」を続ける。
ルアンはそれを無意識に弾く。
もう結構慣れてきた。
「それほど貴重なガヴラを、もしまた増やすことが出来たら、どれほどの利益が出ると思う? もう、軍も国も、この力の凄さを知っている。誰もが欲しがるだろうね。誰もが求める。その利益を独占出来れば——世界が支配できる」
ちょっと荒唐無稽な話になってきた。
「そんなの無理だよ。だってガオケレナはもう失われてしまったじゃないか」
「——シェイマスは、そう思ってなかったみたいだよ」
心臓が強く跳ねる。
ルアンの動きが止まった。
その隙を逃さず、アレックスは横殴りに、ツタを振り回した。
ルアンは吹き飛ばされ、転がる。
とうとう攻撃を食らってしまった。
痛くて、声が出ない。
苦しむルアンを見て、アレックスはより饒舌になる。
ガヴラ使い同士の戦いとは、こういうものだった。
互いに酔っ払って、戦闘が長引く事に無駄口が増えていく。
お酒を燃料として戦う者の弊害だった。
「僕たちは一般戦闘員だったけど、シェイマスは頭が良かったからね。研究者と一緒に、ずっとガヴラの実験・研究をしていたよね。実はあの時から噂があったんだ。シェイマスはもしかしたらガオケレナの"跡継ぎ”を採取できたんじゃないか? って」
「……あ、跡継ぎ?」
「そうそう。噂だけどね。ただ、彼が一番ガオケレナの聖地に通っていた。だから可能性はあると思うよ」
アレックスはガートルードの手紙をヒラヒラと振る。
「こいつには、その真実が記されている——」
な、に?
「かも」
確定ではないらしい。
「軍にいた時、シェイマスが手紙を書いたのは、たった一度だけだった。だからずっと気になってたんだ。何か真実を残したんじゃないか? ってね。だからグレイディ・スピリッツがシェイマスの実家だとわかった時は、興奮したよ。絶対手紙があるって思ったもん」
「中身は……見たのかい?」
ルアンは腹を抑えながら立ち上がった。
大分、動けるようになってきた。
「ちょっと見たけど、わからないよ。だって家族に宛てた手紙は、軍の監査が入るじゃない。シェイマスもそれは知ってるから、暗号化して真実を残しているはずなんだ」
ルアンはアレックスの不可解に思える行動に、ようやく納得し始めていた。
この男は、シェイマスの手紙からガヴラの種を得ようとしている。
大きなビジネスを成功させようとしているのだ。
「アレックス君。君の目的がやっとわかったよ。でも盗むのはよくない。だってあれはシェイマスが妹のガートルードに宛てたものなんだから」
「ふーん、あの娘ガートルードっていうんだ。興味なくて知らなかったよ。凶暴で頑固って感じの娘だね。シェイマスの妹とはとても思えない」
「はぐらかすなよ」
「悪いけど、僕はこれでもギャングなんだ。欲しいものは力づくで手に入れる。君にとやかく言われたくないねっ」
ルアンは息を吐いた。
どうにか——アレックスが話に集中してくれたおかげで、痛みは完全に回復した。
もう戦える。
ルアンはアレックスに殴りかかった。
先ほどと同じくツタで防ごうとしてくるので、それを読んでいたルアンは、足払いを仕掛ける。
ツタで防いでいない下半身を引っ掛けられ、アレックスは地面に転がった。
「痛あああっ!」
そこに追い打ちをかけるように、ルアンはツタを振り下ろす。
だがアレックスは膝を抱えて、四本のツタで繭を作り上げた。
強固で柔軟な守りだった。
ルアンのツタは生身には届かない。
アレックスは繭を変形させ、顔を出した。
「どんなもんだい?」
身体に巻き付けたツタはそのままに、まるで針金細工のようにツタを複雑に連動し、モンスターのような姿を形どっていく。
それは毛糸を使って編み物をするのに似ていた。
ガヴラで行う場合、自在に動かせる編み物となる。
四本の脚。
丸々とした胴体。
そして人間の顔。
奇妙な蜘蛛のキメラ姿で、アレックスは勝ち誇った。
「マトリカリア【デッド・スパイダー】。防御力と機動力を兼ね備えた、僕の必殺技だ。ハハハ……同じ部隊だった時には無かった技でしょ? 戦争が終わっても、僕は精進してるってことさ!」
「スパイダー?」
「そう。君のレッド・スパイダー・リリーのお株を奪うネーミングで悪いね! でも、ピッタリな特徴でしょ?」
「図体は大きいね。でも、そんな体躯で、機敏に動けるかな?」
内面の動揺を悟られぬように、ルアンは会話を続けた。
同じ「ウィップ」系統だから、わかる。
アレックスのあの姿は、ガラス細工のように繊細で、かつパワフルなコントロールを必要とするものだ。
全身を被ってあまりあるツタを伸ばすのに、どれだけのエネルギーがいるだろう。
それでいて、各部を連動させて操るテクニックは、もはや芸術と言えるものだ。
アレックスは、この領域までたどり着いていたのか。
ツタが二本しかないルアンには、不可能だった。
「こいつの恐ろしさに、まだ気づいてないみたいだね。——見せてあげるよ」
列車が走り抜けるような衝撃が、ルアンの真横を駆け抜けた。
突風、と言わざるを得ない。
暴力的なスピードだ。
吹き飛ばされそうになりながら、ルアンは振り向いた。
ちょうど、真後ろに回り込んだアレックスが、四本の脚を振り回して、攻撃してくるところだ。
ルアンはツタをキャンディのように渦巻き状にまとめ、盾にしてそれを防御した。
しかし四本のツタを限界まで伸ばして身体に巻き付けたアレックスは、その質量が大幅に上昇していた。
牛や馬に突撃されたような衝撃が、ルアンを襲う。
抵抗もできず、ルアンは後ろへ吹き飛ばされた。
「くそっ!」
追い詰められたルアンは、普段あまりしない攻撃を選択する。
先ほどのアレックスのように、ツタの先端を硬質化し、鋭利な槍のようにして相手を串刺しにしようとしたのだ。
二本の「串刺し攻撃」がアレックスへ向かった。
だが、アレックスは落ち着いている。
平然としていて、躱しもしない。
ツタはそのままアレックス蜘蛛の胴体部分へ向かい、バキッと弾かれて折れた。
「ハハハ! 無駄だよ。この状態の僕に、ガヴラの攻撃は届かない!」
勝ち誇るアレックスは、そのままヘルメットを被るように、顔もツタで被ってしまった。
完全な蜘蛛の状態で、ルアンを狙う。
『そろそろ、満足したし、飽きてきたな。古い付き合いのよしみだ。もう楽に殺してあげるよ』
——ガートルード視点——
スパイクは大きな木製の釘を振り回し、私に襲いかかる。
だが、その動きは、本人が思っているほどキレがなかった。
前に私がボコボコにしてやった傷も完治していないだろう。
骨折や、靭帯を痛めたのが治りきっていないせいか、スパイクの攻撃はガヴラを使わずとも避けることが出来た。
ビュンと木の釘が、振り下ろされる。私は身をひねって、それをかわす。
ブンと木の釘が、横薙ぎに振り払われる。離れるのも面倒なので、直接薄雪草の茎で防いだ。
「くそっ、ちょこまかすんな」
スパイクがイライラしたように言うが、私は取り合わない。
ガヴラの釘を作り出したからどれほど恐ろしいものかと思えば、所詮操るのが本人の筋肉だ。棒を持った怪我人だと思えば、驚異ではない。この三ヶ月鍛えてきた私なら、楽に戦えた。
私はスパイクの突きをかわし、首をひねる。
その勢いでエーデルワイスの花を振り回し、まるで拳で殴りつけるみたいにして、スパイクの鼻先に花を叩き込んだ。
スパイクの鼻から血が吹き出す。
そのままたたらを踏んで、二、三歩後ろに下がった。
「——ようやくあんたの血が見れたわね」
私は笑みを見せる。
スパイクはムッとした顔で親指を挙げ、ピッと血を拭った。
「全く……わかったよ。我を出したところで、意味ねえんだな。大人しく、これだけ使ってろって事か」
スパイクは銃を取り出した。
何年も私を脅しつけた、忌まわしき武器だ。
木の釘が、花に吸い込まれて消える。
隙があったので種弾を撃ってみたが、またもや木の装甲がカタカタと飛び出し、防いでしまう。
なるほど——。
私は理解した。
木の釘を使っている時は、守りの装甲を使えないのだ。
だから顔面に「花パンチ」がヒットしたに違いない。
だとしたら勿体なかった。
スパイクが釘にこだわっている間に種弾で撃ち殺してしまえばよかった。
さて、それはそれとして、ルアンとの練習の成果を出す時である。
私が初めてガヴラを見た時、最も感動したのは、銃弾を防いだことだった。
銃に立ち向かえるなんて、考えたこともなかった。
速すぎて避けられず、撃たれれば死ぬ。
銃を構えられた時点で出来ることは無く、ただ神に祈り、当たらない奇跡に期待するしかない。
ずっとそう思っていた。
しかし、ガヴラは違う。
ガヴラ使いは、銃を恐れることはない。
でも、いきなりとはいかなかった。
ガヴラを宿しても要求される技術は多かった。
銃のような速いものを防ぐには、人間の反射神経では無理だ。ガヴラの感覚能力を活用しなければならないのだ。
そのための練習を、私はずっとルアンとしていた。
「ほら、どうだ!? ガートルード。足を狙うぜ、足を!」
スパイクが銃弾を発射する。
パンと火薬のはじける音が鳴る。
しかし聞いてからでは遅い。
もっと、深く、無意識に。選択肢をガヴラの生存本能にゆだねるのだ。
私は銃を見て、あえて"ぼんやり”するような気持ちで、ガヴラを操った。
薄雪草が生きたいならば、自ずと最適解を導き出してくれる。
花は動く。
花びらを広げ、茎を振り回す。
——そして円の動きで絡め取るようにして、銃弾を花の中へキャッチした。
かるく叩かれたくらいの衝撃が、首根っこに伝わる。
「——ほら、いい感じでしょ?」
私は誇らしい気持ちで、ガヴラの花を傾ける。コロリと、花の中から弾丸が転がり出た。
「お前……銃弾を止められるようになったのか」
「そうよ」
それは明確に人を超えた瞬間かもしれなかった。
どんなに喧嘩が強い人間でも、銃弾は止められまい。
私の達成した事は、暴力と恫喝を生業にしてきたスパイクにしても、ショックな光景らしかった。
スパイクは表情を無くし、余裕をなくし、やがて諦めたように言った。
「わかったよ。ガートルード。お前がそんなんなら、もう仕方ない。俺も本気で行くしかないし、お前も本気で来るんだな。だから、失う覚悟はできたぜ。愛するお前を、俺自身の手で始末する覚悟が。そうでなけりゃ、終われねえみたいだからな」
「あっそ」
まだ、そんな事を言っているのか。
貴様の愛なんてものは、私には届かない。
不快でしかない。
私は薄雪草の花を開き、種弾を飛ばした。
スパイクも銃を私に向け、発砲してくる。
銃声が鳴る。
銃声が鳴る。
片方はそれを木の装甲で防ぎ、もう片方は花を振り回す事で弾いて防いだ。
だが、私は止まらない。
トタンの硬い屋根を、グッと踏みしめる。
種を撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。
その全てをスパイクの青い花は防いだ。
しかし——、ある程度防いだあたりで、スパイクの顔色が変わる。
スパイクは酒を飲んだ。
頬が少し赤くなる。
やっぱりね。
さて、一体どのくらい酔っ払った?
私はスパイクを観察しながら言った。
「どうやら、防御力に優れる分、燃費は悪いみたいね。私の薄雪草より、遥かに。あんた自身が、どれだけもつかしら? それにお酒、持ってる分だけで足りる?」
この世に無限なんてものはない。
全ては有限なリソースの取り合いでしかないのだ。
最強に近い防御力があろうとも、それは永遠には続かない。
お酒が切れるか、本人が酔いつぶれてしまえば、それが私の勝利となる。
「ふん。どうやら、ジリ貧らしいな。だが、それでいい。どうせ……」
スパイクは鼻を親指で拭った。
ピッ。
ピッ。
血が——止まらない。
そんなに強く殴ったか?
私が疑問に感じる前で、スパイクがヤケとも思える行動に出る。
彼の手持ちの酒瓶を、空になるまで一気に飲みほしたのだ。
スキットルが、瞬く間に空になってゆく。
空になった瓶は、屋根へと投げ捨てられる。
パリンと、ガラスが割れて周辺に散った。
スパイクは口を拭った。
「……さあ、ガートルード。最終ラウンドだ。人生の幕引きに、でっかい花火を上げてやるぜ」
バキバキと。
ベキベキと。
木が広がってゆく。
際限なく、大きくなってゆく。
スパイクの姿は既にない。
肥大化したガヴラが、宿主本人を飲み込み、一体化してしまった。
そこにあるのは、複雑に入り組んだグネグネのただ一本の「木」だった。
全高八メートル程の大木が、屋根の上に直立している。
私は唾を飲み込んだ。
なんだ……これ。
慄いていると、ガヴラが動く。
ボコボコと、木の中央がうねり、人の顔のようなものが姿を表した。
眼球の無い目が私を見る。
穴のない口がパクパクと動く。
『さあ、ガートルード。これが最終ラウンドだ。互いに生きて帰れるかな?』
私は震える心を鼓舞するように、拳をギュッと握りしめた。




