↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

第24話 屋根の上の決闘

 あの時私はスパイクを殺すことができなかった。

 相手を思いやって、ではない。

 殺す事で自分が変わることが怖かった。

 あくまで自分本位な考えによって、私は彼にトドメを刺さなかった。

 そしてそれを今は後悔している。

 あの時私の見せた弱さが、家を失い(焼かれ)、仕事を失い、仲間(セオドア)も失いかけた。

 あの時、スパイクにトドメを刺しておけば——

 

「…………クソ野郎」

 

 屋根の上で、私とその男は向かい合って立っていた。

 こめかみに血管が浮き出るのが、自分でもわかる。

 よりによって、ガヴラ使いというのは、この男の事だったのか。

 私は家を焼いたのは、スパイクから情報を聞き出したバード・レッグの幹部の誰(・)か(・)なのではないかと、無根拠に思っていた。

 あの私に対する執着からして、スパイク自身は、私と会う理由になるグレイディ・スピリッツを破壊することはないだろうと、そう思っていた。

 しかし、ここに立っているということは……

 

「スパイク。あんたが私の家を燃やしたの?」

 

「だとしたらどうする?」

 

 スパイクは感情の読めない顔で言った。

 もうその態度だけで、私は殺意を抑えられない。

 これまでのあらゆる恨みに、新たに放火の罪が加わる。

 殺す!

 ガヴラの花を展開し、種弾を放った。

 今度こそ、遠慮のない強力な弾が出る。

 だが、種弾はスパイクの顔面に当たり、奇妙な音を立てた。

 バギっ……と、およそ人体に着弾したとは思えない硬い音が鳴った。

 

「おうおう、この前なんかとは比べ物にならねぇ威力だ。……準備バッチリってわけだな。ガートルード」

 

 スパイクは仰け反った顔を、元の位置に戻す。

 すると、男の頬にまるで悪魔のような、植物のマスクが装着されているではないか。

 そのマスクは草ではなく枯れ木といった配色で、柔軟性が無い分、より頑丈そうだった。

 バキバキと、マスクは生物的に蠢き、スパイクの首元の花に戻ってゆく。

 花は青い色をしていた。

 竜胆(ジェンシャン)の花だった。

 

「さあさあ、宴もたけなわ。って所だね。僕はルアンともっと遊びたいから、スパイクさん。あなたはあのお嬢さんを倒しておくれよ」

 

 アレックスが、パンパンと手を叩いた。

 スパイクは頷く。

 

「任せな。あいつの種弾じゃ、俺の装甲を貫けねぇ。勝負は見えてるよ」

 

 舐められたものだ。

 私はルアンに合図した。

 

「ルアン。私がスパイクを殺す。だから、あんたはあの気味の悪い偽善者をぶっ倒してちょうだい」

 

 ルアンは不安そうにこちらを見る。

 

「ガートルード。もしかしたら君のガヴラは、あの人のガヴラと相性が悪いかも」

 

「何だか硬そうね。でも大丈夫。頑張って撃ち抜くわ」

 

 ルアンは頷いた。

 

「じゃあこれだけ言わせて。君のガヴラは感情によって威力が増減する。気合いだよ。気合いを込めるんだ」

 

 愚問である。

 もうこれ以上入りようがないくらいに、私は今満ちている。

 

「じゃあそういう事で! ルアン。ルールを決めよう。君の好きな鬼ごっこだ。僕は今から波止場に停まってる船を目指す。あの船に乗れば、隣町まで一直線だ。手紙はもう返らないし、僕は仲間を大量に引き連れて、君たちを痛ぶり殺すために戻ってくる。……それが嫌なら、せいぜい頑張って捕まえることだね!」

 

 アレックスはヒラヒラと手紙を振る。

 ルアンは嫌そうに言った。

 

「よく考えたね。君の思いつきそうな嫌がらせだ」

 

 あっはっは!

 アレックスは笑い、酒瓶を取り出した。

 ルアンも、取り出す。

 私も。

 スパイクも。

 四人がまるで乾杯でもするみたいに、同時にお酒を一口飲む。

 一見すると和やかな光景だ。

 ただし、ここから真に行われるのは、血なまぐさい殺し合いである。

 

「ガートルード! 信じてるから、勝って!」

 

 別の屋根に飛び移るアレックスを追いかけながら、ルアンは叫んだ。

 

「わかってる! ルアン、あんたもね!」

 

 私も叫び返した。

 こうして私達は二手に別れ、死闘を繰り広げることとなる。






 全身全霊の力を込めて、私は種弾を撃ち出す。

 気持ちは満ちている。

 威力も上がっているはずだ。

 しかし、

 

「痒いな。まるでピーナッツでも投げつけられたみたいだ」

 

 スパイクはポケットに手を突っ込んだまま、種弾を防いだ。

 意識して操っている、という感じではない。

 そうじゃなく、ガヴラが勝手に反応して、全身に木の装甲を行き渡らせているようだ。

 木は種弾が当たる瞬間に被弾箇所を覆い、種を弾く。

 足を狙えば足へ、顔を狙えば顔へ。竜胆は被弾の瞬間だけ木の装甲を展開し、攻撃を弾き返す。

 防御が終われば装甲は折りたたまれ、再び首元の花へ戻っていった。

 どれだけ速く撃とうが、どれだけ強く撃とうが、どこを狙おうが、関係ない。

 厄介な防御力だった。

 

「まともに戦いなさいよ卑怯者!」

 

 私はイライラと言う。

 スパイクはそれにウインクで返した。

 

「わりぃな。俺のガヴラ、竜胆(ジェンシャン)は臆病者でな。宿主である俺の意志とは無関係に、勝手に木の盾を作り出しちまうんだ。俺自身はまだ何もしてないんだぜ」

 

 そう言いながら、スパイクは酒を一口飲む。

 

「全く、便利だよな。ガヴラってのは。アレックスの奴が人間の進化系って言うのもわかるぜ。あいつはいけ好かねぇ野郎だが、その主張だけは賛成できる」

 

 一発で防がれるなら、連続ならどうだろう?

 私はエーデルワイスの花の形を変形させた。

 柱頭を大きく、枝分かれしたものに変更する。

 砲塔が、ガトリングのように六個、円形に並ぶ形になった。

 そこから、撃つ、撃つ、撃つ!

 連射性能の上がった種弾が、ものすごい勢いで発射された。

 もちろん、一箇所だけを狙ったりはしない。

 連続して撃ちながらも、男の顔、足、腰、心臓など、狙えるところをあちこち狙った。

 ——だが、その全てをスパイクの竜胆(ジェンシャン)は木の装甲で受け止める。

 私は息を切らした。燃料が切れたようだ。スキットルから、お酒を一口飲んだ。

 

「無駄みてえだな、ガートルード。こうなったら諦めて、話でもしないか?」

 

 スパイクは笑って、お酒を一口飲んだ。

 私は眉を跳ね上げる。

 

「あんたと話すことなんて、何もないわよ」

 

「そうか。じゃあ、やっぱり拳で語り合うしかねぇな」

 

 スパイクはポケットから大釘を取り出す。

 私の喉を貫き、精神を破壊した、あの大釘だ。

 一気に背筋が冷たくなる。

 まだ、持ってたのか。

 スパイクは下卑た笑みを浮かべ、空虚な笑みを浮かべ、やがてその笑みのまま固まって、遂には表情を無くした。

 ——バギン。

 大釘(スパイク)を、スパイクは握りつぶしていた。

 

「俺のこの感傷のせいで、リーダーは死んだ」

 

 スパイクは乾いた声で言った。

 

「だから、もう遊びはなしだぜ。次は俺から行く」

 

 スパイクが両手をかざすと、花から木の装甲が伸びてくる。

 その装甲はスパイクの手のひらの上で適切な形に変わり、彼の手に収まった。

 二本の、大釘が、彼の手に握られている。

 刃渡り一メートル。

 もはや釘というより、剣のようだ。

 ガヴラから完全に切り離されるとチリになってしまうので、根元から細いツタがプラグのように伸びて、ガヴラと繋がっていた。

 ツタが伸びている、つまり——スパイクのガヴラはツタを操る能力なのだろうか。

 ルアンと同じ系統だ。

 だが、やってる事が全く違う。

 

「死なないでくれよ。ガートルード。俺も今から本気で行く。でも、お前を失う覚悟は、まだ出来てねぇ」




 ——ルアン視点——


 激しい運動は酔いを加速させる。

 ガヴラのスタミナは、宿主がどれだけお酒を飲めるかに左右される。

 いくらお酒に強いとしても、ガヴラを操りながら走ったりなどすると、肉体への負担は相当なものだった。

 ルアンは走ってアレックスを追いかける。

 息を切らし、荒い息を吐き、逃げ回る敵を追いかける。

 

「どうしたんだい、ルアン? 酷く疲れてるじゃないか! あれだけお酒に強いって言ってたのに、もう限界かな?」

 

 アレックスは嬉しそうに振り返り、ルアンを挑発した。

 こいつ……!

 ルアンは流石に腹が立った。

 アレックスは、走る時にスタミナを使わない。

 何故ならツタが四本もあるからだ。

 四本のツタは、それぞれ筋肉でできた補助器官のようなものだ。

 二本のツタをグネグネと両足に巻き付け、脚力を増幅する。

 そしてそれだけでは人外のパワーで自らの足を潰してしまうので、それを防ぐためにもう二本のツタで、足を固(・)定(・)している。

 ツタを四本操る、アレックスにしか出来ない芸当だ。

 ルアンがもし真似すれば、ガヴラのパワーに耐えかねて両足の骨が砕けてしまうだろう。

 車ほど早くはないが、生身で追いつくのは至難の業だった。

 昨日はまだ良かった。

 昨日はアレックスの方がルアンを捕まえるつもりだったので、ツタを「攻撃」に回していた。

 だから生身同士の追いかけっこになり、何とか逃げおおせたのだ。

 しかし、今日のルールでは"あれ”をされるだけで、ルアンは追いつくことができない。

 逃げに徹されると、こちらに出来ることがない。

 それがわかっていて、ルアンが苦しむと知って、アレックスはこの遊びを思いついたのだ。

 全く、性格が悪すぎるよ!

 ルアンは息を切らしながら、周りにツタを伸ばした。

 何か投げるものを探したのだ。

 しかし、遮蔽物のない屋根の上では、投げるものが何も無かった。

 

「くっそぉおお、これも織り込み済みか! アレックス君!」

 

「アハハハ! いい顔だ! やっぱり君は苦しんでいる時が一番輝いているよ」

 

 まるでバッタのように跳躍しながら、アレックスは笑う。

 その態度が腹に据えかね、ルアンは気合を入れた。

 自信が無いが、やってみるしかない。

 昨日やったことを、より速くやるのだ。

 彼岸花《レッド・スパイダー・リリー》のツタを操る。

 走りながらトタンのビスを外し、屋根を一枚剥がす。

 そうして一メートル四方の板をゲット出来たので、ルアンは全力でそれを投げた。

 

「あ……がっ!」

 

 凄まじい勢いで投擲されたトタンは、ブーメランのように空気を切り裂いて進み、そのままアレックスのツタを二本切断した。

 空中でバランスを崩し、アレックスはそのまま屋根の上に落下する。

 本体から切り離された二本のツタは、即座に分子崩壊を起こし、チリになって消えていった。

 アレックスは痛みに呻きながら、ルアンに睨む。

 口内を切ったのだろう。

 口の端から血を滴らせていた。

 

「はあ、はあ。……まったく、捕まえたよ。アレックス君」

 

 ルアンは額の汗を拭った。

 近づいて、男の肩に手を置く。

 

「タッチだ」

 

 男は呆気にとられた顔をした。

 そして、そのまますぐに怒りの表情に変わる。

 

「どこまでもふざけたヤツだね、ルアン・ロビンソン。何を真に受けてるんだ。命のやり取りだ。遊びじゃないんだぞ」

 

「ええ……せっかく捕まえたのにそんな」

 

「黙れ! 僕は君のそういう所が嫌いだ。情けない顔をしておいて、ちゃっかりしてる! 無欲ですって顔をしておいて……この偽善者め」

 

 アレックスは残った二本のツタを振り回した。

 無造作で力強い攻撃だ。

 やむなくルアンは、距離をとってかわす。

 その隙を狙って、アレックスは酒瓶をあおった。

 アルコールが追加され、アレックスの頬に赤みがさした。

 再び四本のツタが首から広がる。

 アレックスの首から生える白い菊の花が、そのツタを展開していた。

 後4、5回繰り返せば、彼を酔い潰すことができるだろうか?

 ルアンは戦略を組み立てようとした。

 しかしアレックスはもう本気になったようだった。

 四本のツタを力強く振り回し、それぞれでルアンの首を締めようとしてくる。

 結局、正面から勝つしかないのだ。

 どうにか身をかわすルアンを見て、アレックスは牙を見せるように笑った。

 

「遊びは終わりだ。やれ、白菊(マトリカリア)」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。