第24話 屋根の上の決闘
あの時私はスパイクを殺すことができなかった。
相手を思いやって、ではない。
殺す事で自分が変わることが怖かった。
あくまで自分本位な考えによって、私は彼にトドメを刺さなかった。
そしてそれを今は後悔している。
あの時私の見せた弱さが、家を失い、仕事を失い、仲間も失いかけた。
あの時、スパイクにトドメを刺しておけば——
「…………クソ野郎」
屋根の上で、私とその男は向かい合って立っていた。
こめかみに血管が浮き出るのが、自分でもわかる。
よりによって、ガヴラ使いというのは、この男の事だったのか。
私は家を焼いたのは、スパイクから情報を聞き出したバード・レッグの幹部の誰かなのではないかと、無根拠に思っていた。
あの私に対する執着からして、スパイク自身は、私と会う理由になるグレイディ・スピリッツを破壊することはないだろうと、そう思っていた。
しかし、ここに立っているということは……
「スパイク。あんたが私の家を燃やしたの?」
「だとしたらどうする?」
スパイクは感情の読めない顔で言った。
もうその態度だけで、私は殺意を抑えられない。
これまでのあらゆる恨みに、新たに放火の罪が加わる。
殺す!
ガヴラの花を展開し、種弾を放った。
今度こそ、遠慮のない強力な弾が出る。
だが、種弾はスパイクの顔面に当たり、奇妙な音を立てた。
バギっ……と、およそ人体に着弾したとは思えない硬い音が鳴った。
「おうおう、この前なんかとは比べ物にならねぇ威力だ。……準備バッチリってわけだな。ガートルード」
スパイクは仰け反った顔を、元の位置に戻す。
すると、男の頬にまるで悪魔のような、植物のマスクが装着されているではないか。
そのマスクは草ではなく枯れ木といった配色で、柔軟性が無い分、より頑丈そうだった。
バキバキと、マスクは生物的に蠢き、スパイクの首元の花に戻ってゆく。
花は青い色をしていた。
竜胆の花だった。
「さあさあ、宴もたけなわ。って所だね。僕はルアンともっと遊びたいから、スパイクさん。あなたはあのお嬢さんを倒しておくれよ」
アレックスが、パンパンと手を叩いた。
スパイクは頷く。
「任せな。あいつの種弾じゃ、俺の装甲を貫けねぇ。勝負は見えてるよ」
舐められたものだ。
私はルアンに合図した。
「ルアン。私がスパイクを殺す。だから、あんたはあの気味の悪い偽善者をぶっ倒してちょうだい」
ルアンは不安そうにこちらを見る。
「ガートルード。もしかしたら君のガヴラは、あの人のガヴラと相性が悪いかも」
「何だか硬そうね。でも大丈夫。頑張って撃ち抜くわ」
ルアンは頷いた。
「じゃあこれだけ言わせて。君のガヴラは感情によって威力が増減する。気合いだよ。気合いを込めるんだ」
愚問である。
もうこれ以上入りようがないくらいに、私は今満ちている。
「じゃあそういう事で! ルアン。ルールを決めよう。君の好きな鬼ごっこだ。僕は今から波止場に停まってる船を目指す。あの船に乗れば、隣町まで一直線だ。手紙はもう返らないし、僕は仲間を大量に引き連れて、君たちを痛ぶり殺すために戻ってくる。……それが嫌なら、せいぜい頑張って捕まえることだね!」
アレックスはヒラヒラと手紙を振る。
ルアンは嫌そうに言った。
「よく考えたね。君の思いつきそうな嫌がらせだ」
あっはっは!
アレックスは笑い、酒瓶を取り出した。
ルアンも、取り出す。
私も。
スパイクも。
四人がまるで乾杯でもするみたいに、同時にお酒を一口飲む。
一見すると和やかな光景だ。
ただし、ここから真に行われるのは、血なまぐさい殺し合いである。
「ガートルード! 信じてるから、勝って!」
別の屋根に飛び移るアレックスを追いかけながら、ルアンは叫んだ。
「わかってる! ルアン、あんたもね!」
私も叫び返した。
こうして私達は二手に別れ、死闘を繰り広げることとなる。
全身全霊の力を込めて、私は種弾を撃ち出す。
気持ちは満ちている。
威力も上がっているはずだ。
しかし、
「痒いな。まるでピーナッツでも投げつけられたみたいだ」
スパイクはポケットに手を突っ込んだまま、種弾を防いだ。
意識して操っている、という感じではない。
そうじゃなく、ガヴラが勝手に反応して、全身に木の装甲を行き渡らせているようだ。
木は種弾が当たる瞬間に被弾箇所を覆い、種を弾く。
足を狙えば足へ、顔を狙えば顔へ。竜胆は被弾の瞬間だけ木の装甲を展開し、攻撃を弾き返す。
防御が終われば装甲は折りたたまれ、再び首元の花へ戻っていった。
どれだけ速く撃とうが、どれだけ強く撃とうが、どこを狙おうが、関係ない。
厄介な防御力だった。
「まともに戦いなさいよ卑怯者!」
私はイライラと言う。
スパイクはそれにウインクで返した。
「わりぃな。俺のガヴラ、竜胆は臆病者でな。宿主である俺の意志とは無関係に、勝手に木の盾を作り出しちまうんだ。俺自身はまだ何もしてないんだぜ」
そう言いながら、スパイクは酒を一口飲む。
「全く、便利だよな。ガヴラってのは。アレックスの奴が人間の進化系って言うのもわかるぜ。あいつはいけ好かねぇ野郎だが、その主張だけは賛成できる」
一発で防がれるなら、連続ならどうだろう?
私はエーデルワイスの花の形を変形させた。
柱頭を大きく、枝分かれしたものに変更する。
砲塔が、ガトリングのように六個、円形に並ぶ形になった。
そこから、撃つ、撃つ、撃つ!
連射性能の上がった種弾が、ものすごい勢いで発射された。
もちろん、一箇所だけを狙ったりはしない。
連続して撃ちながらも、男の顔、足、腰、心臓など、狙えるところをあちこち狙った。
——だが、その全てをスパイクの竜胆は木の装甲で受け止める。
私は息を切らした。燃料が切れたようだ。スキットルから、お酒を一口飲んだ。
「無駄みてえだな、ガートルード。こうなったら諦めて、話でもしないか?」
スパイクは笑って、お酒を一口飲んだ。
私は眉を跳ね上げる。
「あんたと話すことなんて、何もないわよ」
「そうか。じゃあ、やっぱり拳で語り合うしかねぇな」
スパイクはポケットから大釘を取り出す。
私の喉を貫き、精神を破壊した、あの大釘だ。
一気に背筋が冷たくなる。
まだ、持ってたのか。
スパイクは下卑た笑みを浮かべ、空虚な笑みを浮かべ、やがてその笑みのまま固まって、遂には表情を無くした。
——バギン。
大釘を、スパイクは握りつぶしていた。
「俺のこの感傷のせいで、リーダーは死んだ」
スパイクは乾いた声で言った。
「だから、もう遊びはなしだぜ。次は俺から行く」
スパイクが両手をかざすと、花から木の装甲が伸びてくる。
その装甲はスパイクの手のひらの上で適切な形に変わり、彼の手に収まった。
二本の、大釘が、彼の手に握られている。
刃渡り一メートル。
もはや釘というより、剣のようだ。
ガヴラから完全に切り離されるとチリになってしまうので、根元から細いツタがプラグのように伸びて、ガヴラと繋がっていた。
ツタが伸びている、つまり——スパイクのガヴラはツタを操る能力なのだろうか。
ルアンと同じ系統だ。
だが、やってる事が全く違う。
「死なないでくれよ。ガートルード。俺も今から本気で行く。でも、お前を失う覚悟は、まだ出来てねぇ」
——ルアン視点——
激しい運動は酔いを加速させる。
ガヴラのスタミナは、宿主がどれだけお酒を飲めるかに左右される。
いくらお酒に強いとしても、ガヴラを操りながら走ったりなどすると、肉体への負担は相当なものだった。
ルアンは走ってアレックスを追いかける。
息を切らし、荒い息を吐き、逃げ回る敵を追いかける。
「どうしたんだい、ルアン? 酷く疲れてるじゃないか! あれだけお酒に強いって言ってたのに、もう限界かな?」
アレックスは嬉しそうに振り返り、ルアンを挑発した。
こいつ……!
ルアンは流石に腹が立った。
アレックスは、走る時にスタミナを使わない。
何故ならツタが四本もあるからだ。
四本のツタは、それぞれ筋肉でできた補助器官のようなものだ。
二本のツタをグネグネと両足に巻き付け、脚力を増幅する。
そしてそれだけでは人外のパワーで自らの足を潰してしまうので、それを防ぐためにもう二本のツタで、足を固定している。
ツタを四本操る、アレックスにしか出来ない芸当だ。
ルアンがもし真似すれば、ガヴラのパワーに耐えかねて両足の骨が砕けてしまうだろう。
車ほど早くはないが、生身で追いつくのは至難の業だった。
昨日はまだ良かった。
昨日はアレックスの方がルアンを捕まえるつもりだったので、ツタを「攻撃」に回していた。
だから生身同士の追いかけっこになり、何とか逃げおおせたのだ。
しかし、今日のルールでは"あれ”をされるだけで、ルアンは追いつくことができない。
逃げに徹されると、こちらに出来ることがない。
それがわかっていて、ルアンが苦しむと知って、アレックスはこの遊びを思いついたのだ。
全く、性格が悪すぎるよ!
ルアンは息を切らしながら、周りにツタを伸ばした。
何か投げるものを探したのだ。
しかし、遮蔽物のない屋根の上では、投げるものが何も無かった。
「くっそぉおお、これも織り込み済みか! アレックス君!」
「アハハハ! いい顔だ! やっぱり君は苦しんでいる時が一番輝いているよ」
まるでバッタのように跳躍しながら、アレックスは笑う。
その態度が腹に据えかね、ルアンは気合を入れた。
自信が無いが、やってみるしかない。
昨日やったことを、より速くやるのだ。
彼岸花のツタを操る。
走りながらトタンのビスを外し、屋根を一枚剥がす。
そうして一メートル四方の板をゲット出来たので、ルアンは全力でそれを投げた。
「あ……がっ!」
凄まじい勢いで投擲されたトタンは、ブーメランのように空気を切り裂いて進み、そのままアレックスのツタを二本切断した。
空中でバランスを崩し、アレックスはそのまま屋根の上に落下する。
本体から切り離された二本のツタは、即座に分子崩壊を起こし、チリになって消えていった。
アレックスは痛みに呻きながら、ルアンに睨む。
口内を切ったのだろう。
口の端から血を滴らせていた。
「はあ、はあ。……まったく、捕まえたよ。アレックス君」
ルアンは額の汗を拭った。
近づいて、男の肩に手を置く。
「タッチだ」
男は呆気にとられた顔をした。
そして、そのまますぐに怒りの表情に変わる。
「どこまでもふざけたヤツだね、ルアン・ロビンソン。何を真に受けてるんだ。命のやり取りだ。遊びじゃないんだぞ」
「ええ……せっかく捕まえたのにそんな」
「黙れ! 僕は君のそういう所が嫌いだ。情けない顔をしておいて、ちゃっかりしてる! 無欲ですって顔をしておいて……この偽善者め」
アレックスは残った二本のツタを振り回した。
無造作で力強い攻撃だ。
やむなくルアンは、距離をとってかわす。
その隙を狙って、アレックスは酒瓶をあおった。
アルコールが追加され、アレックスの頬に赤みがさした。
再び四本のツタが首から広がる。
アレックスの首から生える白い菊の花が、そのツタを展開していた。
後4、5回繰り返せば、彼を酔い潰すことができるだろうか?
ルアンは戦略を組み立てようとした。
しかしアレックスはもう本気になったようだった。
四本のツタを力強く振り回し、それぞれでルアンの首を締めようとしてくる。
結局、正面から勝つしかないのだ。
どうにか身をかわすルアンを見て、アレックスは牙を見せるように笑った。
「遊びは終わりだ。やれ、白菊」




