第23話 突撃!
「やあやあ、これだけは焼けてなくてよかったよ。お酒がないと、僕たちは戦えないからね」
ルアンは助手席から、酒瓶を私に渡してきた。
ガラス製の、二リットルタイプだ。
私は呆れた。
「——どうやって持ち運ぶのよ」
おおーん……とルアンはうめいて、ポケットサイズのスキットルに酒を注ぎはじめた。
車ががたんと揺れる度、お酒はこぼれる。
その度にルアンは絶望した声を上げた。
「ルアン、注ぎながらでいいから、概要を教えてくれ」
セオドアの言葉に、ルアンは子犬のような笑みを浮かべる。
車に揺られながら、ルアンは張り切って説明した。
「敵のアジトは、港の倉庫だよ。船から運び込まれた荷物を保管する倉庫が建ち並んでるんだけど、そのうちの一つがバード・レッグの本拠地になってるんだ!」
どうするべきか、私は想像する。
おそらく倉庫の中には、大勢のギャングがいるはずだ。
「車で近くまで行って、私とルアンのガヴラを使うわ。倉庫の中に入れさえすれば、どうにかなるでしょう」
セオドアが杖をクルクルもてあそんだ。
「ガートルード。確認したいんだが、あんたはどのくらい酒が飲める? それがガヴラのスタミナだろう」
「コップ二杯分——スキットル一本分ってところね。それ以上は、フラフラになって動けないわ」
私は正直に答えた。
「一口で、大体五分くらいガヴラが使えるんだったな。大まかに見積って……二十分ってとこか。チンピラとの喧嘩では気にならなかったが、消耗戦になるようなら、心もとないな」
「僕はいくらでもイケるよ!」
ルアンが元気よく言った。
なんだかテンションが高い。
セオドアが戻ってきてくれて、嬉しいのだろう。
「ルアン。お前はそのアレックス・レインってやつと戦わないといけないだろう? 聞くところによると、お前より強いんだって? 雑魚にかまって集中力を消費している場合じゃない。露払いは、俺がやる」
セオドアは改めて車内を確認した。
大小様々な武器と、どうにか焼け残ったマザーズ・マーシーの酒瓶の箱で満たされている。
その異様な光景は、私も見慣れない。
ピストルや、マシンガンや、手榴弾が大量に集められていた。
「これ、どうしたんだ?」
セオドアがポツリと聞く。
「買ったんだよ! グリースから」
ロレッタが運転しながら言った。
グリース……我が家を改装してくれた大工だ。
いかにもアウトローな雰囲気だったが、まさか銃器を扱っていたとは。
「まあ、今の時代、薬局にもライフルが売ってるからな。特にニュージャージー州は規制も緩いし——」
セオドアはライフルを一つ持ち、その先にナイフが取り付いているのを見て、複雑な笑みを浮かべた。
「俺が戦争の時使ってたのと同じヤツだ。まあ、これなら慣れたものだから、いけるだろう」
「じゃあ手下はお願いしてもいい? 私とルアンでそのアレックスって奴を倒すわ」
私が言うと、ルアンが口を挟んだ。
「それが、そうもいかないんだよ。まだ言えてなかったけど、ガヴラ使いがもう一人いる。元々のリーダーを押しのけて、新たにバード・レッグのリーダーになった人なんだけど。その人もアレックスのせいでガヴラ使いになっている」
私は驚いた。
バード・レッグのリーダーが変わったこともそうだが、ガヴラ使いだなんて。
家を焼いた奴の一人だろうか。
スパイクの事を少し考える。
仲間にグレイディ・スピリッツの情報を流した男。
あの憎らしい男は、倉庫にいるのだろうか?
まさか、奴がガヴラ使いという事も無いだろうが。
「つまり敵はガヴラ使いが二人、こちらも二人という事か。それ以外のメンバーの数も何十人といるだろうし、これは厳しいな。温存は無理か?」
セオドアが、あごに手を当てた。
ロレッタが運転席から、声を上げた。
「何のためにこの車をカスタマイズしたと思ってんの! 行ける行ける。分厚い装甲と、運転しながら発射できる銃! こいつはもはや、市内で動ける戦車みたいなもんよ」
私は車の荷台を手で触れた。
劣化でザラザラする金属の感触が、この車に刻まれた長い歳月を伝えてくれる。
今は見た目だけマシになっているが、こいつは本来ボロボロの骨董品だ。
「いやぁ、この車には荷が重いわよ。ロレッタは逃走用に離れた所に車を停めておいてちょうだい」
「ケッ! 改造を無駄にするようなこと言うんじゃないよ!」
ロレッタは文句を言うが、今回ばかりはワガママを聞くわけにはいかない。
四人の命がかかっているのだから。
しかし、
「いや——」セオドアはなにか閃いたように言った。
「あり、かもしれない」
港の倉庫街を、車が疾走する。
それは巡航速度をはるかに超えたスピードで、私は必死に荷台にしがみついた。
気を抜けば転がり落ちそうだ。
「二人とも、掴まって」
目的の倉庫が近づいてきた。
ルアンがガヴラのツタを伸ばし、私とセオドアの腰に巻き付ける。
「いい感じだ! ルアン」
セオドアが叫んだ。
「やれ! ロレッタ」
「命令すんな! 言われなくてもやるよ。……それっ!」
ロレッタが何かのボタンを押す。
すると車の前方に取り付けられた筒のようなものから、凄まじい勢いで何かが発射された。
ボン!
と、花火のような音が鳴り響く。
次の瞬間、目的の倉庫の扉が破壊され、爆炎が上がった。
ロレッタの説明では、軍用払い下げの信号弾発射機を改造した代物だという。
「よーし! 突っ込むよ!」
ロレッタが叫んだ。
その言葉の通り、車は唸りを上げて倉庫に侵入する。
装甲車による、突撃作戦である。
セオドアが立案した作戦だった。
『人数の差を埋めるには、意表を突くしかない。そして、守る立場の相手には、それ相応の弱点がある』
そう、セオドアは言ったのだった。
「な、なんだ!?」
「侵入者だ!」
元々船からの大荷物を貯蔵するための場所なのだろう。倉庫の中はかなり広かった。長方形で、縦の長さは百メートル、幅五十メートルくらいある。
貨物はなく、生活感のあるテーブルやソファやらが配置されていた。
倉庫の中には、ルアンの言うとおり大勢の男たちがいた。
皆革ジャンにブーツ姿で、その風体からバード・レッグの一味だと確信する。
彼らは突然扉が破られた事に動揺していたが、車が入ってきたのを見て、戦闘態勢をとった。
それぞれ銃を取り出し、こちらに向かって発砲する。
バババババババババ!
激しい音が鳴った。
普通の車ではひとたまりも無い量の弾丸だ。
しかしロレッタは改造に自信があるようで、怯えることなくハンドルを回す。
車は凄い勢いで円を描いた。
遠心力で吹き飛びそうなほどの勢いだ。
ルアンのツタがなければ、荷台から飛び出ていたかもしれない。
私は少し気持ち悪くなったが、それが効果的な戦略だと知っていたので、必死に荷台にしがみついた。
倉庫内のテーブルやビリヤード台をはね飛ばしながら、車は円を描く。
それは受ける射撃の角度をずらして、本体を少しでも長持ちさせるための、ロレッタのテクニックだった。
事前に説明は受けている。ある程度の銃撃には耐えられるが、正面から受けては、そうもたないのだ。
車は回転で銃撃を逸らすだけではなく、ついでに色々なものをはね飛ばしてゆく。
やがて、車の円がどんどん大きくなり、それなりに内装を破壊した辺りでセオドアが手榴弾のピンを抜いた。
「——眠りな!」
私達はマスクをつけた。
爆発に備えて。
ただし手榴弾から弾けるのは煙である。
合計四発、手榴弾が投げられる。
ボフッ!
と灰色の煙が周囲に広がった。
マスクをしていないバード・レッグの連中は泣き叫び咳き込んだ。
催涙爆弾だった。閉所で受けると、常人ならば丸一日は動けないという。銃で一人一人狙うよりも、はるかに効率的な手段だった。
「ぐぁぁああ」
「あがぁぁ」
男達は言葉にならない悲鳴をあげ、次々と倒れていく。
私達は動かない。
煙の中を、車が停車した。煙で見えないまま走り続けていては、壁に激突してしまう。それを避けるために円を描くようにして安全なルートを確保したのだが、もう必要ないだろう。
私はマスクを外した。
もう、煙は収まっていた。
「守る立場の弱点。それはそこにいないといけないって事だ。必然、その場所を狙った範囲攻撃には弱くなる。さて、ついでにガヴラ使いも眠ってくれてたらいいんだが」
セオドアもマスクを外す。
「残念ながら、そんなに甘くないんだよねぇ」
ルアンは助手席から降りて、周囲を警戒した。
地面には、車に跳ね飛ばされたり煙にやられたりして、多くの男が倒れ伏している。
しかし、その中にガヴラ使いの姿は無いようだった。
「やあやあ、おかえりルアン。何遊んでるんだい? 早く登っておいでよ」
上空から、のんびりした声が聞こえる。
落ち着いた、男の声だった。
私たちは急いで上を見上げた。
倉庫の天井は、四階建てのアパートくらいある。
その天窓が、空いている。そこから男が一人、顔をのぞかせている。催涙爆弾を警戒していたのか、あるいはたまたま屋根に登っていたのか?
その男は、催涙爆弾の影響のない場所から、私達を見ていた。
男はヒラヒラと、何か白いものを見せつけるように、左右に振っている。
降伏のサイン——なはずもなく、私は頭に血が上った。
あれは、兄さんからの手紙だ。
「い、今行くよ! 行くともさ」
ルアンは明らかに怯えた様子で、男に答える。
無理もない。一度も勝ったことのない相手と、これから戦わなければいけないのだから。
私も車から降りた。そして、震えるルアンの手を掴んだ。
「——ガートルード」
「行きましょう。私たちが誰か、わからせてやるのよ」
ルアンは青い顔で何度も頷いた。
私は周りを見回し、天井からぶら下がるチェーンを発見する。
貨物を高く積み上げるためのチェーンだろう。それは天井から滑車のような器具で垂れ下がっていた。
「薄雪草!」
私は花の名前を呼んだ。
私の、私だけの白い花が、首元から大蛇のようにぐるりと伸びる。
私の花は、ルアンのようにツタを操ることはできない。
しかし、花そのものを操ることができる。
より高度に、より強力に。
エーデルワイスはその太い茎をツルのように伸ばし、天井からぶら下がるチェーンに巻き付けた。
ぐっ、と身体を引き上げ、屋根に登ってゆく。
その際に、茎をたすきがけの要領で、上半身をグルっと1周させるのを忘れない。
自分の体重で、花が抜けるのを防ぐためだ。初めて花を引き抜いた時の苦い記憶がある。
「ま、待ってよ。ガートルード」
ルアンも慌てたようにツタを伸ばし、ビュンと飛び上がった。そして流石だが、私より早く屋根に登る。
「勝てよ! 絶対!」
後ろからセオドアが叫んだ。
振り返ると、彼は倒れたギャングを一人一人縛り上げている。
唸りながら起き上がろうとする奴もたまにいたが、そういう奴には手持ちの杖で殴りつけて、大人しくさせていた。
「あたしら、帰りの準備しとくね」
ロレッタは車のタイヤの様子を見ながら、ピースサインを送ってきた。
私もピースサインを返そうとするが、ガヴラのコントロールに集中しているせいで、そういう複雑な指の動きはできなかった。
仕方ないので、手を握り、拳にした。
「任せて! 絶対勝つ!」
そうして戦いは次のステージへ移ってゆく。
斜めのトタンが敷き詰められた、屋根の上へと。
「ようやく来たね。待ってたよ〜ルアン。そして初めまして。グレイディ・スピリッツのお嬢さん」
屋根の上にいた男は、わざわざ天窓から離れて、私たちが上がってくるのを待っていた。
登ろうとする私たちを攻撃しなかったのは、自信故か、はたまた別に目的があるのか。
私は天窓を抜け、立ち上がった。ギシギシと、足の裏にトタンの硬さを感じる。
そこには百メートル級の屋根が、いくつも、いくつも広がっていた。地平の彼方まで、トタンに埋め尽くされているような気がする。
その広い視界の中央に、男は立っていた。
私はその男を睨みつけた。
——どことなく、ルアンと似た男性だった。
髪の色や目の色が同じだ。
背丈も似ている。
穏やかな声もルアンに近い。
しかし浮かべた表情は、決定的にルアンと異なっていた。
享楽的で、好戦的な目つき。
そしてまるで人を馬鹿にしたような、嗜虐的な笑みを浮かべているのだ。
「あんたね、私の家を焼いたのは」
私は怒りを込めて言った。
「どうしてあんな事したのよ」
「ええっ? それをわざわざ聞く? 秩序のためだよ……決まってるじゃん。そりゃ僕だってあんまりやりたくはなかったけどね。君はガヴラを使って暴れた。それは、僕たち"アビス”の管轄内では許されない事なんだ」
「そんなルール、私は知らないわ」
「そうだろうね。だから直接命は狙わなかったでしょ? あれは警告だよ。僕なりの優しさと言ってもいい」
優しさ?
私は十分に腹を立てていたが、そこから更に怒りを増した。
「とんだ偽善者ね」
その言葉に、アレックス・レインは顔をしかめた。
「君の隣にいる、世界一の偽善者の前で、よくそんな事が言えるね。僕も大抵の悪口は聞き流せるタイプなんだけど、流石にその言葉は少し傷つくなぁ」
「誰のこと? まさかルアンなんて言わないわよね」
ルアンが居心地悪そうに、頭をかいた。
男はポカンとして、それから呆れたように笑った。
「へえ、かなり信用してるんだ。——今回は随分と上手くやったね、ルアン」
「ほっといてよ」
ルアンは暗い顔をした。
ルアンに、なんて悲しい顔をさせるのだ。
それにも私は腹を立てる。
薄雪草を操り、種弾を撃ち込んだ。
「うわっ、いきなりだなぁ……もう」
ルアンが警戒するだけあって、男はいとも簡単にその不意打ちを防ぐ。
一瞬で四本のツタを生やして、それをタコの足のように振り回したのだ。
男の首からは、白い菊の花が咲いていた。
白菊。
——それが男のガヴラなのだろう。
ルアンと同じく、ツタを操る「ウィップ」系統のガヴラ使い。
その操れるツタの本数は、通常の2倍。
「あーもう。気の短い娘だなぁ。一応本来の目的では、君を仲間にする用意があったんだ。でもその様子じゃ、無理そうだね」
当たり前だ。
「当たり前だ! 誰がアンタらみたいな奴に」
アレックスは肩をすくめる。
「ま、僕はどっちでもいいんだ。組織のメンバーとして義務を果たしつつ、やりたい事を並行してやる。それが僕のスタンスだからね」
それから振り向いて、誰かに言った。
「おーい、やっぱり説得無理だったよ。もう出てきていいよ」
屋根の縁に隠れていたのだろうか。
アレックスが呼ぶと、一人の男が姿を表す。
状況的に、恐らくもう一人のガヴラ使いか。
部下のギャング達を捨て駒にして、二人して屋根に隠れていたらしい。
気に食わない。
部下を見殺しにするなんて。
私はそいつにも腹が立った。
おそらくアレックスはルアンが相手する。
となると、こいつを倒すのは、私だ。
男の顔を見る前に、闘争心を高めていく。
すると
「相変わらず気の強い女だ。だから愛してるぜ——ガートルード」
革ジャンにブーツ。跳ね上がった髪。
この3年間嫌という程見た顔だった。
二度と見たくもない顔でもあった。
隠れていた男は、スパイクであった。
私は息を呑む。
まだ、何も終わっていなかったのだ。




