第21話 嵐の前
私達は決戦の日を翌日に定めた。
ルアンの情報によると、明日、アレックスという家を焼いた犯人は、隣町へ帰ってしまう。兄の手紙を取り戻すチャンスは、一日しかない。
待ち構えるのは、ルアンより強いガヴラ使い。そして、新たにガヴラ能力者となった、バード・レッグのメンバー。
初めて、ガヴラ使いと戦うことになるだろう。
これまでのようには行かない。死ぬかもしれない。でも、逃げるくらいなら死んだ方がマシだ。
決戦に向けて、私たちはゆっくりと身体を休めることにする。
ロレッタは睡眠を取りに家に帰った。家族の元が落ち着くらしい。
ルアンは浮浪者のように、庭で眠った。星空の下が落ち着くらしい。
私は……後悔のないよう、近所のドラッグストアに向かっていた。
薬を買うためではない。そうではなく、目的は店内に備え付けられた黒い鉄の箱にあった。
私はその箱に備え付けられた"受話器”を持ち上げ、耳に当てる。
「番号をお願いします」
電話口で交換手が言った。
私は目的の番号を告げる。
交換手は「五セントです」と言った。
あそこは山の上にあるが、一応市内という扱いだ。だから電話代は、市内一律五セントに該当している。
私は五セント用の投入口に、コインを入れた。その証明として、チン、と一回ベルが鳴る。交換手はその音で支払いを確認し、目的の場所へと繋いでくれる。
目的の場所に繋がると、私は人の呼び出しをお願いした。
少し時間があって、彼女が電話口に登場する。
「はいはーい。ママですよ。ガートルードちゃん。元気?」
ふわっと、暖かな風が吹いた気がした。
私は思わず口をほころばせる。
「ママ……久しぶり」
「久しぶりなんてもんじゃないわよ〜。あんた最近全然姿も見せないし、電話もかけてこないし。寂しかったわよぉ。あ、寂しかったなんてもんじゃないかも。すっごく退屈だったわ。ここにいると時間の感覚がおかしくなるのよねぇ。一日すぎるのがあっという間のような、いつまでも一日が終わらないような……」
「それは、大変ね」
私は母の勢いに少し安心した。
電話口では彼女の"容態”はわからない。
でも、これだけ矢継ぎ早に話し続けられるのだから、少しは元気なのだろう。
「ところでどうしたの? ガートルード。わざわざ電話してくるなんて」
私が相づちばかりなので、母は訝しげな声を出す。
でも、いいのだ。今は喋りたい気分じゃない。そうじゃなくて、母の明るい話題をもう少し聞いていたかった。
「大した事じゃないんだけど。……病院はどう? 楽しくやってる?」
「え〜? うん。そりゃあもう、楽しくやってるわよ。元気元気。昨日も隣の部屋の人の趣味を教えてもらってね、いい感じに仲良くなれたのよ。でも、ガートルードの声が聞けて嬉しいわ。他の誰といても楽しいけど、いないと寂しいと感じるのはあなただけだもの。あたしの可愛い赤ちゃん」
母は嬉しそうに言った。
彼女のコミュニケーションには屈託がない。嫌味もないので、誰とでも仲良くなれる、陽だまりのような人だった。
その暖かさが沁みて、受話器を握る手の力が強くなる。
三年前までは、一緒に暮らしていた。でも兄が戦死したのと同時期くらいに、不治の病に倒れ、療養所で暮らすことになった。
兄と母、二人との生活を失って、私は灰色の世界に沈むこととなる。
この三年は、本当に辛かった。
でも、諦める選択肢は無かった。
この人の命を少しでも長引かせるために、医療費が必要だったからだ。
祖父の店を続ける。母の医療費を稼ぐ。
二つの目的は同一線上にあり、忘れたことはない。
「ママ……私、頑張るわね」
「無理はしないでね。あんたが幸せなのが一番なんだから。頑張ったせいであんたが傷つくなら、あたしは悲しいわよ」
「大丈夫。私には今、大切な人達がいるから」
私はそれぞれの場所で休む仲間たちのことを思った。
ルアンに寄せられた言葉のことを思った。
最近は、この三年間で一番楽しかった。
その全てを、余すことなく母に伝えたい。
でも……
「えっ!? ガートルード。あんた、まさか好きな人ができたの? どこで? 誰を? どういう経緯で? き、気になるわぁ……ママに教えて!」
「ち、違っ……」
私は否定しようとした。
しかし、思い直す。
全ては、会ってから話せばいい。
小さく、笑い声を出した。
「ねぇ……ママ。話したいことがいっぱいあるの。明日が終わったら、直接会いに行くわね」
そのために必ず、明日を生き残る。
負けた時のことは、考えない。
「いぇーい、遊びに来てくれるの? 嬉しいわぁ〜。楽しみに待ってるわね! ガートルード」
「うん。楽しみ」
私は明るく聞こえるように言った。
この約束を真実にしてみせる。そのために覚悟を決めた。
母は明るく、平穏でいて欲しい。余計な心配はかけたくない。
彼女は私が今どんな状況にいるのか、予想することもできないだろう。
ママ! 私、ギャングになるわ。それに明日は敵ギャングとの抗争なの! 楽しみ〜。……なんて、言えるわけがない。
しかし、母は言った。
「ガートルード。あんた、何かとんでもない事しようとしてる? 尋常じゃないくらい気負ってるじゃん」
私はビクッと飛び上がる。
妙なところで鋭い人だ。
「……詳しくは言えないわ」
「ねぇ、ガートルード。あたしはあんたを信じてるわよ。どんな困難に立ち向かおうとしているのか、全くわからないけど。でも信じてる。あんたは優しい子。そして、強い子。小さい頃からそうだったわね。そんなあんたが決めたことなら、あたしは尊重するわよ」
私は涙をこらえた。
この人と話していると、自分がまだ六歳くらいの少女であるような気がしてくる。
甘えたくなり、わがままを言いたくなる。
私の、帰る場所だ。
この人がいるから、私は頑張れる。
その時、私は気づいた。
そうだ。母がいれば、充分だ。
母がいれば、それが家なのだ。
火事で燃えようと、居場所までは無くならない。
そうだ。だからグレイディ・スピリッツは、まだ無くなっていない。
全くのノーダメージだ。
私は笑った。
強がりではない。好戦的な気持ちから来る笑みだった。
「ありがとうママ。私、やるわ。絶対に負けない。必ず、ママのところに行くからね」
「うん! 待ってるわね!」
コインが切れ、電話が切れた。
受話器を置き、店を出る。
私は、焼け焦げた家へ向かって歩いていく。
胸には、炎が燃えていた。
失ったものを取り戻す。そしてそれと同時に、自由を手に入れる。もう私たちに、手は出させない。
これからの明日のために、私は戦うのだ。
母と電話できてよかった。
——ロレッタ視点——
明日は決闘だ。
だからロレッタは、とある男と会っていた。
死ぬ前に家族との時間を設けるのもいいだろう。
だが今回は、命をかける戦いの為に、具体的な準備がしたかったのだ。
ストームヘイブンの街外れには、|カチュマレク・モータース《ロレッタの実家》の他に、いくつも工場や作業所が集まっていた。
その中のひとつが、最近縁のできた人物の工場である。
「おう、伝説の酒造所のねーちゃん」
黒い作業着を着た壮年の男性が、タバコをふかしながら工場の入口に待っていた。
グレイディ・スピリッツ号から降りて、ロレッタはその男と邂逅する。
ジャック・ロウ。またの名を"グリース”。
グレイディ・スピリッツを立派な密造所に改造した、裏の何でも屋である。
「車の改造はいい感じみてぇだな」
一目見て、ロレッタのカスタマイズを看破する。
ロレッタはへへん、と胸を張る。
「おかげさまでね。グリースの流してくれたパーツのおかげで、コイツも立派な装甲車に生まれ変わったよ」
「それだけじゃねえな。軍の払い下げの信号弾……案の定、イカついところにつけてるじゃねえか」
「まあねぇ〜イカスでしょ?」
「イカスなぁ〜」
ククク、と二人は笑いあった。
グレイディ・スピリッツの改装に訪れたグリースは、ロレッタにとってかなり気の合う友人となった。
何せグリースも車好きだ。そして幅広い改造知識の持ち主であった。
車をレース用に改造してきたロレッタと違い、家でも、トラックでもなんでも改造してきたグリースは、知識の幅が広い。
学ぶべきところが多く、面白いので、ロレッタはグレイディ・スピリッツの改装が終わってからも、個人的に付き合いを続けていた。
グリースは立ち上がり、ロレッタの行った改造を確認していった。
「んで、今日はどうした? この素晴らしい車を見せに来てくれたのか?」
「いや、追加で欲しいものがあって」
ロレッタはガムを噛みながら、リストの紙を渡した。
グリースは内容を確認し、顔色を変えた。タバコを口だけでクイクイと動かす。
「前に回してやっただろ? あれじゃあ足りないのか?」
「想定が変わったんだよ。ぜーんぜん、足りない。もう、ほとんど戦争みたいな感じになりそうなんだよ」
グリースは深刻な顔で、ロレッタを見る。
「そりゃ装備は使ってなんぼだけどよ。お前、命まではるつもりか? 俺たちメカニックは、生き残る使命がある。死んだら、改造は出来ねぇからな」
「しょうがないよ。あたしだって死にたくはないけど、ガートルードを見捨てるわけにもいかないしね」
グリースはため息をついた。
「わかった。用意してやる。お前が生きて帰られるなら、いくらでもな。だから死ぬなよ。死んだらつまらんぞ」
「わかってるよ。ありがとう。——お代は?」
「それこそ、生きて帰ってからでいいぜ。死ぬなら、俺が今から渡す商品に、何の価値もないということだからな」
ロレッタはグレイディ・スピリッツ号を見上げた。
敵の情報を得て、今自分達に足りないものが色々と見えてきた。
火力が、足りない。
だからそれを、手に入れる事にする。
「明日が楽しみだな〜。無茶苦茶、暴れまくってやるんだ〜」




