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第20話 ロレッタ・メイ・カチュマレク

アメリカ人はピーナッツが大好きです。



 ——ロレッタ視点——


 女が、夜の街を歩いていた。

 中肉中背、少しムチムチした体型。

 赤い髪をした、まあまあカワイイ女だ。

 一見すると、男ウケする顔である。しかし、つり上がった眉とへの字に曲がった唇は彼女の気の強さをアリアリと表していた。

 そのせいで、普通の男はあまり寄ってこない。

 今は特に人を退ける雰囲気が強い。

 酷く暗い顔をしているからだ。

 全身から酒の匂いを漂わせ、ふらふらとおぼつかない足取りで、泥臭い地面を踏みしめている。

 ロレッタ・カチュマレクは、少し離れたところからその女——ガートルード・グレイディの様子を伺っていた。

 憔悴した面持ちで徘徊するガートルードに、家にいろとはとても言えない。だからこうしてこっそり後をつけて、見守っているのだ。


「姉ちゃん。大丈夫かい?」


 男が一人、ガートルードに話しかけた。

 ガートルードはジロリと男を一瞥し、何も言わずに足を進めようとする。

 しかし、男は彼女の腕を掴んで言葉を続ける。


「おい、無視すんなよ。なあ、本当に辛そうだぜ。医者を呼んでやろうか」


 男は女の険悪な雰囲気を意に介さず、グイグイと話を続ける。

 目的は……ナンパっぽい。男は心配する風を装いながらも、品定めをするようにガートルードの身体や顔を観察していた。

 ロレッタは焦った。

 あんな状態のガートルードをナンパするなんて、自殺行為だ。

 

「放っておいて」


 彼女が、静かに言った。酒で、かすれた声だった。

 しかし男は引き下がらない。気の強い女には、気の強い男が寄ってくるのだ。

 

「放っておけねえよ。何だか、目が離せねえんだ。あんた、名前はなんて言う? どうしてそんなに酔ってんだ?」


 ガートルードは何も言わずに、男の手を払った。

 男の問いには答えない。

 バシンと、男の手が打ち付けられる音が鳴る。

 男は呻いた。

 ガートルードは振り返ることもなく、フラフラと歩いていく。

 その後ろ姿に、男は捨て台詞を投げかけた。

 

「けっ! お高く止まりやがってよ! そんなんじゃ一生独り身だぜ!」


「……………………」


 女の足が止まった。

 振り返り、ギロリと男を睨む。

 男の声が、明るくなった。


「おっ! やっとこっちを向いたな。俺に興味を持ってくれたのか?」


「薄雪草(エーデルワイス)」


 女は静かに言った。

 白い星のような花が、咲く。

 アーク灯の光が花弁を怪しく煌めかせ、その白い花は男の腹を殴りつけた。


「ぐぼぉっっっ!?」


 男は身体をくの字に曲げ、凄まじい勢いで、口から嘔吐した。

 ガートルードは、それを見ながら、首を傾げる。

 首筋から生えた白い花が、長い茎をブンと振り、再び男を殴りつける。

 男は衝撃で宙に浮き、数メートル吹き飛んで地面に落下した。

 通行人達が、ザワザワと声をあげる。


「な、なんだ!? 抗争か?」


「喧嘩かな? 喧嘩!」


 それらの言葉を気にすること無く、彼女は吹き飛ばされた男に歩み寄る。

 お酒でふらつきながらも、その目つきの怒りようは確かなものだった。

 呻く男を、足で踏みつける。

 そして再び、白い花を振りかぶる。

 男は痛みに呻きながらも、追撃の雰囲気に悲鳴を上げた。


「うわぁぁあっ。俺が悪かった! ゆ、許してくれえっ」


 しかしガートルードはその謝罪を無視して、男を蹴り飛ばした。

 尾行していたロレッタ・カチュマレクは、焦った。

 これは流石に見逃せない。

 このままでは、ガートルードはや(・)り(・)過(・)ぎ(・)て(・)しまう。

 ブチ切れたように暴力を奮うガートルードを、ロレッタは止めようと近づく。


「…………………………………………」


 しかし、声が出なかった。

 赤髪の女のただならぬ気迫に、物怖じしていた。

 今のガートルードは、ストレスのやり場を失い、暴力性が暴走している。

 生身の自分が、ガートルードを止められるだろうか。

 ロレッタは唾を飲み込んだ。 

 今の彼女は歯止めが利かない。自分が止めなければ。

 親友である、あたしが。

 震える手をポケットに入れ、中にしまったスパナの感触を確かめる。

 震える唇をキュッと結び、フワッと脱力。いつもの人を馬鹿にしたような、アンニュイな笑みを頑張って浮かべる。

 そして言った。


「おーい。ガートルード。やり過ぎだよ。そのくらいにしときなよ」

 

「…………ロレッタ?」


 がっしりと、後ろからガートルードを羽交い締めにする。

 そうでもしないと、拳で男に殴りかかりそうだ。


「ガートルード……あんた、辛いのはわかるけど、暴力に頼りすぎだよ」


 ガートルードはジタバタもがいて、ロレッタを振りほどこうとした。

 しかし筋力では、毎日車の重いパーツを取扱うロレッタに適うまい。彼女がガヴラを使えば別だが。流石に仲間である自分に、それはしないだろう。

 

「離してロレッタ。こいつ、私をバカにしやがった。何回か殴らないと気が済まないわ」


「ふーん。気に入らないからカタギの人を、言葉じゃなくてガヴラで痛めつけるの? 随分偉くなったもんだね〜」


 ピク。

 ガートルードは抵抗する力を弱めた。


「何よ……私が調子に乗ってるって言いたいの?」


「どっちかって言うとね〜。今のあんたダサいよ。辛いのはわかるけど、チンピラやギャング以外に手を出すのは、違くない?」


 ガートルードの拳が、空中で止まる。

 地面に転がった男は、「ぴひぃぃい」と豚のような声を上げた。

 それを無視して、ロレッタは言う。


「あんたが実力で喧嘩するなら、何にも言わないけどさ。ガヴラって、あんた自身の実力じゃないじゃん。たまたま手に入れた力で、弱いものいじめするの楽しい?」


 ガートルードの耳が赤くなった。

 風船が萎むみたいに、彼女の身体から怒気が抜けていく。

 嫌な言い方であることは自覚している。

 でも、これは誰かが言ってあげなくては。

 そうじゃないと、ガートルードはこれから気に入らないことがある度に市民を傷つける、嫌な奴になってしまう。

 それは何か、嫌だった。


「ほら、あんた。とっとと逃げな」


 ガートルードを抑えながら、ロレッタは男に言った。男はそれを聞いて、ヨタヨタしながらも、この場を離れていく。

 ガートルードはその男を追いかけることは、無かった。


「……辛いよねぇ。ガートルード。だから本当は慰めてあげたいんだけど。あんたがチンピラみたいなのは嫌だよ」


「…………」


 ガートルードは項垂れた。

 グタッと酔っ払い、覇気がない。

 無理もない。思い出の場所を失ったばかりなのだ。

 こんな元気の無いガートルードははじめてだ。

 ロレッタは悩んだ。

 どうすれば、この女を元気づけることが出来るだろう。

 酒を飲んだり街歩きをするだけなら、自分が離れたところから見守ってあげられる。でもそのせいで今回みたいに余計な喧嘩になるのなら、放任するのもよくない。

 彼女には、言葉がいる。

 でも、自分の言葉で解決しそうな気がしない。

 あまり、憎まれ口以外の言葉がうまくないからだ。

 ロレッタは最善を考えながら、ガートルードを羽交い締めから解放した。

 ガートルードはどさりと地面に落ち、恨めしそうにこちらを見つめてくる。

 その彼女に、ロレッタは言った。


「あたしに考えがある。ついてきな」

 

 




 楽しみのない人生に、生きる意味などない。

 ロレッタ・カチュマレクにとって、人生の生きる意味はシンプルだった。

 ハンドル(これ)だ。

 フットペダル(これ)だ。

 エンジン(これ)だ。

 物心ついた時から触れてきたT型フォード。

 物言わぬ鋼鉄の車輪は、自分に多くを語りかけ、多くを与えてくれた。

 もちろん、それ以外にも人生に楽しいことは沢山ある。

 服や食事やスポーツや。

 でもそれは、本当に大切なものの上に乗っかって初めて楽しめる、人生のおまけだった。ロレッタにとって車が全てで、それを楽しく運転出来る環境こそ、求められる最高の場所だった。

 カチャカチャと。グレイディ・スピリッツの倉庫の中で、ロレッタは金属の車にスパナを回す。

 目指すは最速——ではなく、求める水準を満たすこと。求められた性能で、与えられる全てを自分が与えてあげるのだ。

 薄暗い倉庫の中でロレッタは笑みを浮かべ、額の汗を拭う。

 "カスタマイズ”は順調だった。

 速さではなく、別の機能のために、グレイディ号は求められる水準を満たしてゆく。分厚い鉄板を何枚も溶接し、荷台には奇妙な回転台座まで取り付けていた。

 その時、車庫のドアが開いた。

 ふわふわの茶髪に、丸々とした茶色の目の青年ルアン・ロビンソンが、車庫に入ってくる。

 ロレッタは横目でそれを確認しつつも、作業を続けた。

 もう少しキリのいい所まで進めたかったのだ。

 

「少しいいかい? ロレッタ」

 

「なにー?」

 

 ルアンの言葉を耳だけで聞く。

 

「君は辞めないの?」

 

 一瞬何を言っているのかと思ったが、すぐにセオドアの件から続いた話題であることを理解する。

 愚問だった。

 

「辞めるわけないじゃん。こんな楽しいこと」

 

 やりたいことが出来る。

 この環境を手放すわけがない。

 

「ギャングに襲われるかもしれないよ。ガソリンで火をつけられたりしたわけだし」

 

「知らない知らない。そん時はそん時だよ」

 

 ロレッタは車のボディを叩いて、その音から目的の改造が上手くいっているかを確認した。

 ゴンゴン。

 ゴンゴン。

 ルアンは、まだ立ち去らない。

 

「——何?」

 

 ロレッタは手を止めて、ゴーグルを外した。

 言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいのに。

 青年を見ると、顔色が優れない。

 何か思い悩んでいるような感じだった。

 

「悪いけど、あたしは何でもハッキリ言ってくれないと、伝わらないよ」

 

「僕はこれから敵のアジトに突っ込む。もしもの時はガートルードを頼めるかい?」

 

「ハァ?」

 

 ギシッ……と車が軋んだ。

 もしも、ってなんだ。

 

「今回は、無理かもしれないんだ」

 

「どういう事?」

 

 ロレッタはイライラしてきた。

 まどろっこしいのは嫌いなのだ。

 ルアンはそんなロレッタの態度を見て、慌てて説明を始めた。

 

「放火犯がわかったんだ。今回の騒動の黒幕」

 

「黒幕も何も——火をつけたのはバード・レッグの奴らなんじゃないの〜?」

 

「厳密には、バード・レッグの人達と、別の組織の人が合同で放火したみたいなんだ。隣町のギャング組織"アビス”のメンバーが、河を渡ってこの街にやって来た。……そいつがバード・レッグのアジトに出入りしてたらしい」

 

「そんなこと、よくわかったね」

 

「ちょっと知り合いのお巡りさんに教えて貰ってさぁ。無茶苦茶凶悪な組織らしいよ」

 

 ロレッタは凶悪と聞いて、車のレースで倒してきたライバル達のことを思い浮かべた。

 過酷なドランクレースにおいて、車に施すカスタマイズに制限はない。体当たりやトラップも使い放題だが、車に突撃して相手を破壊するため、恐ろしいトゲトゲをバンパーに取り付ける奴がいた。

 ああいうのを使うようなタイプだろうか。

 

「そのアビスのメンバーが、やばいんだ。——ガヴラ使いで、僕の旧友だ。同じ部隊に所属してた人。アレックス・レインって言うんだけど」

 

「ガヴラ使いって、あんた以外全滅したんじゃないの?」

 

「そんな事ないよ。ガートルードのお兄さんとか、何人かは死んでしまったけど、かなり多くの人が戦争を生き残って、アメリカ全土に散らばっているよ」

 

 それは結構、危ないんじゃないか?

 割と楽観的なロレッタも、そう思った。

 一人いるだけでルアンみたいに強いのに、そんな人間が何人もいて、全国に散らばっているなんて。

 戦争帰りの兵士がギャングになる例は多い。ギャングが心のままにガヴラを行使すると、警察でも手が出せないだろう。

 

「そんで、そのアビスの奴がバード・レッグと手を組んだってわけ?」

 

「手を組んだというか……アビスの下(・)位(・)組(・)織(・)がバード・レッグらしい。ガートルードがバード・レッグの幹部連中を倒してしまったから、上位組織のアビスが乗り出してきたんだ。ガヴラ使いの本隊の人がね」

 

 争いの連鎖か。

 レースでも、倒した敵の仲間が、復讐のためにしゃしゃってくる事はよくある。

 

「そりゃ大変だねー。……大変だよね?」

 

 ルアンは深刻そうな顔で頷いた。

 

「今回は、無理かもしれない。アレックスが相手なら、僕は勝てないかもしれないんだ。立ち向かうけど、負けて死ぬ可能性が高い」

 

 ロレッタは思わず吹き出した。

 ルアンの強さは、チンピラとの喧嘩の中で何度も見ている。

 ガヴラという不思議な力のことも。

 ルアンが負ける姿など、ありえないだろう。

 しかしルアンの表情は冴えない。

 

「問題はね、敵もガヴラを使うって事なんだ。アレックスは同じ部隊でも別格だった。模擬戦で僕が勝てたことは、一度もないんだ」

 

 ルアンは、出会った時はその可愛らしい見た目に騙されたが、実際はほとんどの人間より強い。

 そんな彼が、全く勝てなかった相手?

 ルアンは疲れたように、地面に座り込んだ。だが、その動きはどこかぎこちない。オイルの切れた、機械みたいな動きだ。座る瞬間に顔をしかめたりしている。

 ロレッタは何か違和感を覚えた。

 

「ルアン。あんた、どこか怪我した?」

 

「いや……大丈夫だよ」

 

 本当だろうか?

 まるで、たった今戦ってきたみたいに、ルアンは疲れているように見えた。

 しかし、本人は平気だと言う。あるいは、それだけそのアレックスなる人物を恐れているのかもしれない。

 

「じゃあ、できるだけ戦わない方向で話を進めないと行けないね」

 

 ロレッタが提案する。

 しかしルアンは首を振る。

 

「逆だ。相手がアレックスとわかった以上、一刻も早く倒さなければいけないんだ。彼がまた河を越えると、向こうの街には彼以外のガヴラの使いがたくさんいる。アレックス一人がこの街にいる間に、ガートルードの手紙を取り返さないと」

 

 グレイディ・スピリッツから盗まれた物は、ガートルードの手紙のみだった。

 ガートルードが気づいた事で発覚した。

 それだけならば、もしかしたら火事で燃えたのだと考えられるかもしれない。

 しかし、ルアンは確信めいた口調で断定した。

 

「盗まれているよ。それは、間違いない」

 

「なんでわかるのさ」

 

「調べたからね」

 

 ロレッタは少し感心した。

 一日二日で、よくそんな事わかったものだ。

 しかし、相手がルアンより強いなら、取り返すのは無理だろう。

 

「別に手紙盗まれたのは仕方ないんじゃない? 腹立つし、なんで盗まれたのか意味がわからないけど。どうせ負けるじゃん。取り返さないとダメかな?」

 

「シェイマスの妹への手紙を、他人に渡しておくわけにはいかないよ。ましてや店を焼いた悪人に取られてる。取り返さないと、ガートルードが悲しむ。それに負けるからって、挑まないのは違うからね」

 

 ロレッタはチラッと車を見た。

 

「……それだけで命をはるつもり? ガートルードが悲しむから?」

 

「他になにか理由がいる?」

 

「場合によってはね。……ガートルードも連れていけばいいじゃん」

 

 ルアンは寂しそうに首を振った。

 

「あの人はまだ引き返せる。まだ一度も殺(・)し(・)て(・)な(・)い(・)んだ。このままギャングになるか、それともいっその事全てを諦めて、真っ当な道を歩むか、選べる。どうするか決まっていない人をこんな死ぬかもしれない戦いには、連れて行けないよ」

 

 ロレッタは、先日の夜の会話を思い出していた。

 セオドアの言葉が蘇る。

 中途半端で目的意識の不透明なビジネスは、成功しない。

 ——ガートルード。俺たちはギャングになるのかそうでないのか、決めてくれ。

 その決断を聞く前に、セオドアは去った。

 そしてまだ何も、決まっていない。

 自分たちの、覚悟も決まっていない。

 だが、だからといってルアンが一人で行くこともないだろう。

 ロレッタは邪推した。

 

「どうしてそんなにガートルードを守ろうとするのかなぁ〜……愛してるとか?」

 

 ルアンは困ったように頬をかく。

 

「愛してるとか愛してないとか、好きとか嫌いとか、そういうのじゃないよ。ガートルードは僕に人生をくれた。生きる意味くれた。だから僕は、この命の全てをかけて彼女を救うと、そう決めたんだ」


「あいつが、大切?」


「大切だよ。誰よりも」

 

 ロレッタはため息を吐いた。なんて、利他的な男だ。汚れてでも真っ直ぐ行けばいいのに、泥道をわざわざ迂回するような生き方だ。

 不器用で、息苦しい。

 でも……嫌いじゃなかった。

 

「——そういうことらしいよ。どうする? ガートルード」

 

 ロレッタは、車のドアを開いた。

 鮮やかな赤髪が姿を表す。

 助手席にガートルードが、顔を真っ赤にして座っていた。喜びとも感動ともとれない、複雑な顔をしている。

 実は最初から、ずっといた。

 先ほど道で荒れていたガートルードを、ロレッタが無理やり車内に押し込んだのだ。

 家を焼かれ、蒸留器を破壊され、手紙を盗まれた。そんな崖っぷちの失い続きの少女は、これからどうするべきか、その欲望の指針を失っていた。

 それを取り戻させたかった。

 ガートルードが居ないとなると、ルアンがロレッタに何かしらの相談に来るとわかっていた。

 その時ルアンの放つ「いい感じ」の言葉が、ガートルードの心の不安を吹き飛ばしてくれる。

 そう信じて、ロレッタはガートルードを車に閉じ込めていたのだった。

 

「う、うわっ。いたのかい、ガートルード」

 

 ルアンが驚く。

 ガートルードは伏し目がちに車から降り、モジモジと視線を彷徨わせる。

 

「ええ。いたわよ……」

 

 ルアンもモジモジしていた。

 

「ははっ。恥ずかしい所を見られちゃったな。熱く語っちゃってさ」

 

 ガートルードは首を振った。

 そして言った。

 

「——あんたの意見には賛成しかねるわ」

 

「どういうこと?」

 

「私を助けるために、あんたが犠牲になることなんてない。ルアンを雇ったのは、ガヴラの力を見て、それを利用したいと思ったからよ。善意からじゃない」

 

「知ってるよ。でも君は——優しくしてくれた。僕とちゃんと仲間になってくれたじゃないか」

 

「当たり前でしょ。引き入れたからには、最後まで面倒見るわよ」

 

 ガートルードはルアンを見た。

 そしてロレッタも見た。

 最後に、ここにはいない"誰か”の姿を追うようにして周りを見回す。

 それから、ポツリと言った。

 

「……最初は、ビジネスパートナー程度にしか思ってなかったわ。でも、今は大切な仲間よ。ルアン。それに、ロレッタも、親友で仲間。あと、セオドアには謝らないといけないわね。大切に思っているのに、それを態度で示せなかった」

 

 いつしかガートルードは、先程の弱気な態度を、克服していた。

 その灰色の瞳には、火が灯っている。

 エンジンが、かかってきたようだ。


「手紙は取り返す。でも、ルアンだけに任せない。私も取り返しに行くわ」

 

 ルアンは不満そうに言った。

 

「どうしてだい? そんなに落ち込んでいるのに」

 

「これは私の問題だからよ。そしてグレイディ・スピリッツの問題でもあるわ」

 

 ガートルードははっきりと言った。

 ルアンはその勢いに気圧されて、黙る。

 ガートルードは、覚悟を決めていた。

 もう、誰かの制止じゃ、止まらない。

 

「手紙を取り返すだけじゃない。組織のリーダーとして、私たちの大切な家を焼いた落とし前をつけさせてやるわ。絶対に逃がさない」

 

 強い目だった。

 どこか狂気すら宿した眼差しだった。

 

「私は引き返さないわ。ルアン。一般人に戻れるかどうか曖昧な境目じゃあ、何も守れない。中途半端で目的意識の不透明なビジネスは、成功しないのだから」

 

 それを聞いて、ルアンは目を見開いた。

 何故驚いたのか、ロレッタにもわかった。

 それは、セオドアの言葉だったからだ。

 そして今や彼女自身の言葉でもある。

 

「手紙は取り返す。家を焼いた連中には報いを受けさせる。もう迷わない。決めたわ。私は——グレイディ・スピリッツは——ギャングになる」


「いいじゃん」

 

 ロレッタは笑った。

 とうとう腹を括ったか。

 もうとっくに、足は踏み出されていた。

 それをガートルードは受け入れ、正々堂々と歩むことを決めたのだ。

 ギャングとして生きることを、自分の意思で決めたのだ。

 そして同時に、それは彼女に芽生えつつある暴力性への答えだった。

 何となく……もう「さっき」みたいな事は起こらない確信があった。

 ロレッタは心が踊った。

 車を愛するロレッタは、自分の活躍できる場所にいるため——この愛すべきグレイディ・スピリッツにいるためなら、命をかけると、もう決(・)め(・)て(・)い(・)る(・)。

 その覚悟に、ガートルードがやっと追いついてくれたような気がした。

 ロレッタはケラケラ笑いながら、車の特殊スイッチを押す。

 ギアが回る。

 ギアが回る。

 戦闘仕様へ、モードを変更する。

 防弾仕様の装甲と、回転式大型マシンガンの固定砲台を展開して、車は完成した。

 ギャングのアジトに突っ込んでも、壊れないよう設計した。

 ロレッタは飄々と言った。

 

「さっ、こいつで"ドライブ”に行ってみようか」

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