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第19話 上位互換

——ルアン視点——



 倉庫の屋根を、ルアンは駆ける。

 ガヴラのツタを使いながら、全速力で屋根から屋根へと飛び移った。

 この区域は倉庫がいくつも連なって建っている。

 屋根を伝えば遠くまで逃げられるが、遮蔽物がないせいでどこまで逃げても追っ手を振り切れない。

 

「ルア〜ン。どうしたのさ。せっかくの再会なんだから、ゆっくりしていってよ」

 

 後ろから声がかかる。

 血の気が引くのを感じながら、ルアンは逃げる。

 しかし男の声は、いつまでも追いかけてくる。

 

「まさか君もこの街にいたなんてね! なんて偶然だろうか。よく生きていたね」

 

 男は駆けながら楽しそうに言う。

 

「あ、アレックス君、なんでこんな事。いつからギャングになったんだい」

 

 ルアンは息を切らした。

 アレックスの息遣いが、すぐ近くまで聞こえる。

 

「そりゃあ戦争で色んなものを見ちゃったからねぇ。もう普通の生活には戻れないよ。君もそうでしょ?」

 

「そうだけど! アレックス君のやってることは、何か違うよ! 上手く言えないけど、気持ち悪いよ」

 

 ルアンは喚いた。

 アレックスはへっ! と息を吐く。

 

「なんだいそれ? よく分からない理由で僕の邪魔をしないでよ。君だろ? 最近噂のガヴラ使いって。もう一人味方につけて、バード・レッグをいいようにやってくれたね」

 

 後頭部に、殺気を感じた。

 咄嗟に身をよじり、何かの攻撃を躱す。

 凄まじい風圧が、先程までルアンの頭部があった辺りを突き抜けた。

 

「まだ鬼ごっこかい? 君はいつもそれだな」

 

「ほっといてよ。こっちも必死なんだよ!」

 

 ルアンは振り返り、ツタを振り回した。

 大抵の相手を一撃で気絶させる、脳震盪攻撃だ。

 しかしそれを、アレックスは四(・)本(・)の(・)ツ(・)タ(・)で受け止めた。

 ブワッと、ルアンは汗がふき出す。

 よく知った光景だった。

 アレックスの系統は、ルアンと同じく「ウィップ」。ツタを操る能力だ。

 しかし操れるツタの本数が四本と、ルアンの倍あった。

 同じタイプの完全上位互換。

 だからルアンは、模擬戦で彼に勝ったことがない。

 

「嬉しいよ——ルアン。よく生きてたね」

 

 ツタを四本とも、ルアンのツタに巻き付け、アレックスは言った。

 

「よくも——無様に生き恥をさらしてるね」

 

 互いのツタが縛り合う、六メートル程の距離で、ルアンはアレックスの顔を見た。

 大きな茶色の目に、童顔。

 どことなくルアンと似た容姿の男だった。

 

「あんな事をしておいてさぁ」

 

 アレックスは囁く。

 

「戦争で僕に迷惑をかけたくせに、ここでも僕の邪魔をしないでよね」

 

 ルアンは歯を食いしばった。

 どこまで逃げても、過去は自分を追いかけて責める。

 逃げることはできない。

 でも、自分は今、彼女のために行動している。


「アレックス君。どうして僕たちの店を燃やしたんだ」


 アルコールで成長するガヴラは、人体よりも圧倒的に燃えやすい。

 せめて炎で無かったら、店を守れたのに。

 

「うん? そりゃあ……お邪魔したけどいなかったしね。宣告だけしておこうかと」


 ルアンはアレックスの言いたい事の意味がよくわからなかった。


「なんの宣告だよ」


「こ(・)れ(・)以(・)上(・)調(・)子(・)に(・)乗(・)る(・)な(・)だよ。ギャングの宣告に、他に何かあるかい?」


 ルアンは舌を巻いた。

 元々、好戦的な人だった。しかし、しばらく会わない数年間の後に、さらに恐ろしい犯罪組織の理論を振りかざすようになっている。

 アレックスはもはや個人ではなく、組織人なのだ。

 昔はもっと自由人だった気がするが。


「アレックス君……変わっちゃったね」


「アハハハ、人は成長するんだよ、ルアン。その感じだと、君は相変わらず愚かみたいで嬉しいよ。イジメがいがある」


 屈託のない悪意に満ちた笑みだ。

 ルアンは彼との話し合いなど不可能であることを、再確認した。

 今のアレックスを改心させるような手段は、自分にもグレイディ・スピリッツにも存在しない。

 いや……関係ないか。どちらにせよ許せない。ルアン自身が、話し合いで終わらせる気などない。

 それに返してもらわないといけないものもある。

 

「アレックス君。グレイディ・スピリッツから盗んだものを返してくれ」

 

「うん? 手紙のこと?」

 

 ツタを抑える力が強まった。

 ルアンのツタ一本につき、二倍の本数で抑えてくるので、こちらは動けない。

 ルアンは苦しんだ。

 だが、カマ掛けは上手くいったようだ。

 やはり、この男が盗んだのだ。

 

「どうしてシェイマスの手紙を盗んだんだい? 何のために」

 

「君には関係ないでしょ? ……あぁでも、そうやって相手の事いちいち気にするんだったね、君は。偽善者め」

 

 いきなりアレックスは拘束を解いて、四本のツタでルアンを殴りつけた。

 しかし、数の割に動きは単調だ。

 勢いはあるものの、何とかルアンは避けることに成功した。

 自分のツタで防御しながら、ルアンはアレックスを睨む。

 

「答えてよ。どうしてシェイマスの手紙を盗んだ?」

 

「君には〜言わない!」

 

 四本のツタの動きは単調だ。しかしパワーは並ではない。

 会話しながら、激しくアレックスのツタがルアンを襲う。

 そしてその一撃を受け損ねると、凄まじい衝撃で、ルアンは吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……がっ」

 

「君は、本当に苦しんでる姿が良く似合う。本当に嬉しいよ。そんな情けない君を見られて」

 

 屋根の上で転がったルアンを、アレックスは踏みつける。

 夕焼けが屋根の上に、蜘蛛の足のような影を残した。

 

「ああ、ここで死なせるのは勿体ない。もっと、もっと苦しんでるところを見たい。でも、見逃すのも癪だな」

 

 ルアンの胸にかかる力が強まる。

 約六メートルのツタが四本生えているせいで、今のアレックスは普通の人間より何倍も重いのだ。

 ルアンは呻いた。

 

「あ、アレックス君」

 

「なんだい? どうしたんだい? ルアン・ロビンソン」

 

「ガ(・)オ(・)ケ(・)レ(・)ナ(・)の(・)事(・)と(・)関(・)係(・)あ(・)る(・)の(・)か(・)い(・)?」

 

 アレックスが唇をとがらせる。


「ふーん。ちょっとは頭が回るじゃないか」


 ルアンは両手でアレックスの足を掴んだ。全くビクともしない。だが、今の言葉で踏みしめが弱くなった。強く抵抗すれば、少し胸の痛みが楽になった。

 アレックスは踏みつけた足に体重を残したまま、腰に手を当て、夕日を仰ぎ見た。


「ガオケレナは失われた。だから、僕たちアビスは色々なアプローチを試しているんだ。さっきの……見てたでしょ? あの、バード・レッグのガヴラ使い。あの人に与えたチープ・シードもその一つさ」


「チープ・シード?」


「能力は十全に、命は短く。そういう代物さ」

 

 ルアンは震えた。

 

「それは、まさか……」

 

「使い手はガヴラを使える。でも、あんまり長生きできないんだよ。残念ながらね」

 

 アレックスの目は、キラキラと透き通っている。

 それが余計に不気味だった。

 命を縮める代わりにガヴラ(力)を与える。

 それがどれ程残酷な事か、アレックスは理解しているのだろうか。


「どうしてそんな酷いことができるんだよ? 必ず死ぬとわかっている種を渡すなんて」


「何怒ってるんだよ。言っとくけど、僕が無理やり飲ませたんじゃないからね。ちゃんと説明したし、止めもした。リスクとリターンについてもしっかり言ったさ!」

 

 アレックスは言った。

 ルアンは腕に力を込める。

 

「そんな馬鹿な。死ぬとわかっていて、種を食べるわけないよ」

 

 アレックスはケラケラ笑う。

 

「"あの時”死にたがったヤツが何言ってるんだよ。君だって知ってるでしょ? とてつもない罪を背負った人間は、死ぬ事でしか贖罪を果たせないと思い込む。まあ、僕にはさっぱり共感できない感覚だけどさ。あの人は死にたがってる。恐らくは戦争か——あるいは遥か昔から、大切なものを無くして心が壊れてる。生き急いで、死に場所を求めるタイプなのさ」

 

 ルアンは怒鳴った。

 

「君が、追い詰めたんだろ! どうせいつもの詭弁で、逃げ道を無くしたんだ!」

 

「うーん、そうなのかな。でも、こんなことになったのは、あの人自身が引き寄せた因果だよ」


 適当な事を言うな。

 ルアンは自分が何に怒っているのか、よくわからなかった。

 アレックスの人を食った態度に怒っているのか。

 チープ・シードを食べた男に同情しているのか。

 あるいはその両方かもしれなかった。

 

「アレックス……君は最低だ」

 

「最低で結構。僕は君に気にいられるために生きてるんじゃない」


 もういい。

 時間稼ぎは、もう十分だ。

 勝てないから、逃げるしかない。

 ペラペラ喋ってくれる人で助かった。

 ルアンは苦しみながら、ガヴラを操った。

 バレないように、屋根のトタンを固定するネジを外していたのだ。

 ルアンのガヴラは、細かく精密な動きを得意とする。

 アレックスの意識外の動きでトタンは外され、二人は屋根から落下した。

 

「うぉぉルア〜ン! お前ぇ〜!」

 

 アレックスは屋根の梁にツタを巻き付け、どうにか空中で停止する。

 しかし——ルアンは止まらない。

 止まらず、そのまま十メートル落下した。

 停まっていたフォード車の屋根に、狙って落下したのだった。

 凄まじい衝撃が背中を打つ。

 しかしルアンは叫んだ。

 

「出して! マーカスさん!」

 

 車は唸りを上げて、全速力でその場を離れ始める。

 

「全く、人遣いが荒いぜ」

 

 車の運転席から顔を出して、マーカスが言った。

 

「ルアン! どこに行くんだよ! 手紙を取り返すんじゃないのぉ?」

 

 屋根に張りついたアレックスは叫ぶ。

 しかし叫ぶだけだ。

 追いかけてこない。

 何故なら、ガヴラでは車に追いつけないからだ。

 あの男も、それはわかっている。

 出来ることは、ルアンを挑発する事だけだ。

 それもわかっているから、アレックスは声を張り上げた。

 

「弱虫ルアン! 僕は明日の夜までこの街にいる! 明日の夜には、隣町へ帰る。だから、明日しかないよ。手紙を取り戻したければ、明日僕に挑んでくるんだ!」

 

 車の屋根で、打撲の痛みを感じながら、ルアンは荒い息を吐く。

 厄介な事になった。

 ルアンに恨みを持つ旧友と、明日中に決着をつけなければならない。

 今まで一度も勝ったことのない相手から、手紙を取り戻さなければならない。

 ルアンは口を抑えた。また、吐き気がした。

 戦争の記憶が蘇る。

 二度と会いたくなかった男だ。

 でも、逃げるわけにはいかない。

 それが、罪を犯したルアンに出来る唯一の贖罪なのだから。

 




 ——スパイク視点——


 最近意識が混濁し、過去と現実の区別がつかない事が増えた。

 妄想の中から、ハッと現実に帰る。

 決闘がいつの間にか、終わっていた。

 足元に転がるのは、血に塗れて死んだかつての仲間達だ。スパイクに決闘を挑み、死んだ、組織の中でも凶暴な連中。

 自分では殺した覚えもない。

 肉体に迫る確かな狂いに、スパイクは凄惨な笑みを浮かべた。

 もはや自分の命に価値などない。生きる意味も。


「ほら、片付けてくれ」


 生き残った仲間に、指示を出す。

 仲間たちは震えながら、死体を抱えて運び始めた。

 スパイクは不遜な笑みを浮かべるが、頬からは汗が伝っていた。


「パーシー。殺してはダメ」


 赤髪に、灰色の目をした女性が言った。

 スパイクは暗い目を、潤ませた。


「姉(・)さ(・)ん(・)」


 スパイクが小さい頃に亡(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)姉だった。

 眉毛の吊り上がった、威圧的な表情をしている。


「パーシー、あんた自分がどんだけ悪人になってるか振り返ってみたら?」


 スパイクは唾を飲み込み、言い返そうとした。

 だが、いつしか30代のスパイクは姿を消し、姉が生きていた頃の、子どもの姿になっていた。

 声変わり前の、甲高い声で、言い返す。でも弱々しい、哀願のようなトーンになってしまった。

 しかも話題は、現在の話ではない。

 

「俺だって殺したくないよ。でも、あの夜。暴漢は姉さんを犯して、殺したじゃないか。なんで俺だけ怒られるんだ」


 やれやれ……と姉は肩をすくめ、空(・)中(・)に腰掛けた。

 姉はスパイクにしか見えていない。

 仲間たちは、急に喋り始めたスパイクを見て明らかに動揺していたが、もはや気にできる状況ではなかった。


「あの暴漢は、いずれあの世に来たら落とし前をつけさせてやるわよ。でも、あいつはあたしの弟じゃないからね。どうなろうが知ったことか。……パーシー。あんたはあたしの弟だろう? 心配なんだよ」


 姉の言葉は屈託が無かった。

 懐かしい愛する姉の姿に、スパイクは胸が締め付けられる。


「俺を心配してくれるの? そんな人は……もうリーダーしかいないと思っていた」


「あたしもいないよ。だって、あたしはあんたの妄想だからね」


 それを聞いてスパイクは萎えた。

 無意識ではわかっていた事だが、ハッキリ言われると辛かった。

 つまり……つまりこの会話には、なんの生産性もない。イマジナリー姉との会話でしかない。

 でも、やめられなかった。


「母さんは優しい人だったらしいけど、俺を産んで死んだ。だから俺は呪われている。生まれながらに……人殺しだ。だから親父も酔っては俺を殴ったんだろ」


「運がなかったんだよ。あんたは悪くない」


 姉はそう言った。

 つまり自分は、誰かにそう言ってもらって楽になりたいようだった。

 スパイクは涙を流す。


「……でも、じゃあ俺はどうすればいいんだ? バード・レッグを守るには。リーダーの遺志を継ぐには」


「パーシー。弱いものいじめはダメ。バード・レッグもこのままじゃ、意地悪なギャングでしょ。それは、ダメよ」


 スパイクはポカンと、口を開けた。

 姉は何を、言っている?

 本当に自分の心の声を代弁しているのだろうか。


「俺たちが悪いってのか? ガートルードのようなカタギの連中をイジメてるから?」


「だから、そう言ってんでしょ。あんたは多くの人に酷いことをしてきた。アレックスの拷問で、それに気づいたんじゃない」


 妄想の姉が出てきたのは、おそらく「チープ・シード」の副作用だ。

 皮肉なことに、人を超えた力を手に入れたことで、人としての過去を思い返し、スパイクの倫理観は戦争以前のものへと戻っていた。

 冷静になってみると、どうしてあれほど酷いことを、沢山の人に出来たのかわからない。

 どうしてガートルードをあそこまでイジメてしまったのか。

 底知れぬ後悔が、押し寄せてくる。

 だが——


「でも、もう無理だよ姉さん。俺はもうすぐ死ぬ。何かをやり直したりするには遅すぎる」


 姉は腰に手を当てて、ニカッと笑った。


「大丈夫。死に方は選べるわ。あんたが最後にどうやって死ぬのか……それを選ぶだけの時間は、残されているよ」


 スパイクは両手で顔を抑えた。

 後悔しか、ない。

 姉の面影を求め、スパイクは散々ガートルードにちょっかいをかけてきた。

 そして、拷問にあっさり負け、自分はガートルードの正体をアレックスにバラした。

 ガートルードの家は……燃えた。

 一人の女の、すべての不幸の因果は、自分に繋がっている。

 ならば……


「わかった。俺は……ガートルードに、戦いを挑むよ。そして——」


 スパイクは暗い決意で、顔を上げた。

 いつしか姉の姿は、霞のように消え去っていた。

 そして、部下たちも、独り話し続けるスパイクに恐れをなしたのか、既にこの場からは退散していた。

 

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