第18話 潜入
フォード車は世界初の大量生産された車です。頑丈で改造しやすいのが特徴でした。
——ルアン視点——
犯人探しや悪人探しは、ルアンの得意とするところではない。
能力的に、というよりは性格的に、誰かの失態や悪事を糾弾するのが、苦手だった。誰かを怒ったり、叱ったりするのが、性質としてできない。怒ったり叱ったりするくらいなら、自分の中で適当に処理する方がよかった。
ルアンはストームヘイブンの街を歩きながら、思考を巡らせる。
泥の塊をよけ、道路に散らばった藁の欠片を踏みしめた。
「よう、ロビンソン。昨日は災難だったな」
目的の場所にいた警察官が、ルアンを見て気安く声をかけてきた。
ルアンは手をあげた。
「やあ……どうも。お巡りさん」
昨晩知り合った、ストームヘイブンの警官である。
火事になったグレイディ・スピリッツに実地検分の為に現れ、その時に少し世間話をした仲だった。
警官は周囲を見渡し、高台の方へ顎をしゃくってみせた。
「歩くか」
港の風を感じながら、ルアンと警官は並んで歩く。遠くの河辺で、子どもがオモチャのボートを浮かべて遊んでいるのが、見えた。老人が家先に椅子を置き、パイプをふかしながら日光浴をしている。
若い女が複数集まって、姦しく喋りながら、ウインドウショッピングを楽しんでいた。
平和な街だ。昨日のあの壮絶な火事と同じ街とは、とても思えない。
街並みを見ながら、ルアンは小さく息を吐いた。
色々な州を渡り歩いたルアンにしてみれば、もっと治安の悪い所も、居心地の悪い所も、沢山あった。
浮浪者として比較的長い期間この街に居座ったのは、住民の雰囲気や、街の清潔さなどで、居心地がよかったからだった。
たまたま訪れたこの街に、ルアンはもう随分愛着を抱いている。
警官は紙タバコを咥えて、煙を吹き出した。
「悪巧みは歩きながらが一番だ。誰かに聞かれる心配が少ないし、足を動かせば脳みそにいい刺激になる。考え事も捗るってわけさ」
「確かにそうだね。いい気分転換になる」
ルアンは同意しながら、警官の横顔を覗き見る。
相手が悪人か善人かを、ルアンは重要視しない。
その人が自分にとって信用できるかが、最も大切なことだった。
「昨晩のこと、考えてくれたか?」
警官がこちらを向く。
人相が悪い人物であったが、不快感はない。ルアンは男のスレた態度を、結構気に入っていた。
ルアンは頷く。
「協力関係を結ぶって話だよね?」
警官は頷いた。
「密造酒ビジネスをするなら、警官の買収は必須だぜ。警官の中でも、どの酒造所を見逃すか、縄張りが別れてる。できたら良心的な相手と関係を結んだ方がいい。そういう意味で、俺はかなり優しいぜ」
自分の事を「優しい」という人間はかなり胡散臭いが、そこまで堂々と自分の良さを言えるのは、逆に誠実さの表れかもしれない。
「優しいお巡りさんが、賄賂とか買収に関与するかな?」
ルアンが冗談交じりに言うと、警官はクックックとタバコの煙を吐いた。
「警察って言っても人間だ。こっちにも生活があるのさ。警察の月給が130ドル。賄賂として貰える金は一回で数十ドル……真面目にやるのが馬鹿らしくなるぜ。それに、仮に俺が真面目に密造酒を作ってるヤツらを検挙したところで、他の警官共は裏で次々に私腹を肥やすだろ。結局、"同じ条件”の中で、真面目にやるのが一番だ」
そういうものか、とルアンは思った。
警察官は警察官で、色々大変らしい。
そしてその論理は、ルアン達にとって都合が良かった。警察が敵に回るかどうかは、これから密造酒を作っていく上で、かなり重要だ。
昨晩——火事で途方にくれているガートルードを見て、ルアンは胸を痛めた。
彼女が傷つくことは、何より辛い。
そしてルアン本人にとっても、グレイディ・スピリッツはもう家みたいな大切な場所になっていた。
そこが焼かれるのは、ショックだった。
だが、この警官に話しかけられた時、ショックだからと落ち込んでいる場合ではないことに気付かされた。警察にも、グレイディ・スピリッツがどういう商売をしているのか、バレてしまった。地下室の蒸留器を見て、出荷前の在庫を見て、ピンと来ない奴はいないだろう。
「お前ら、密造酒作ってるだろ」
と話しかけられた時は流石にゾッとしたが、警官はタバコをふかしながらルアンに協力関係の構築を申し出たのであった。
「俺と契約しようぜ。そしたら、警察はお前らに手を出さねぇよ」
そうして今日、商談する約束を取りつけたのだ。
ルアンは眉を下げた。
悪巧みや商談は、本来セオドアの得意分野だ。彼ほど上手く交渉できる自信がない。だが、今はもう彼はいない。頼ることはできない。
ポケットを漁った。
10ドルを取り出し、警官に渡す。
「少ないぞ」
警官が言った。
ルアンは頭をかく。
「昨日の火事の問題が解決してないんだ。犯人との揉め事を解決したら、正式に契約するよ。でも今うちのリーダーは、こっちに気を割く余裕が無い。だから、とりあえず僕のポケットマネーを受け取って欲しいんだ」
「じゃあ、後から見返りがあると思っていいんだな?」
警官が疑わしそうな顔でルアンを見るが、ルアンは真っ直ぐな目で相手を見返した。
「信じていいよ。マーカスさん。僕はあなたのこと結構気に入っているんだ。絶対裏切らないよ」
警官はポカンと口を開けた。
「何言ってんだ。俺たち昨日会ったばかりだぜ。信じれる要素なんて無いだろ。お前らからしたら厄介な、警察官だぞ」
ルアンは笑顔を見せた。
「でも、要求する条件がわかりやすいし、説明も丁寧だ。火事で動揺してる僕らに気を使って、わざわざ一晩待ってくれるし……マーカスさんは本当に優しい人だと思うよ」
マーカスはしばらく固まっていたが、やがて呆れたように首を振った。
「……まったく、変なやつだな。もういい。その金はしまっとけ。今回の問題が解決したら、改めてオタクのリーダーに話を通してもらう」
その言い方に少しテレが混じっているのに、ルアンは気づいた。
褒められるのに慣れていないのか。
好意を伝えられるのに慣れていないのか。
いずれにせよ、その反応は、ひねくれていて——好感の持てるものだった。
「吸うか?」
マーカスはルアンにタバコを勧める。
「いや、臭いからいいよ」
とルアンが断ると
「何ぃ? 男子たるものタバコくらい吸えよ。ほらほら持ってろ」
無理やりポケットにマッチとタバコを突っ込まれた。
ルアンは困惑しつつも、これが彼なりの好意だとわかっていた。
ルアンはマッチをポケットの中で握りしめる。
「そんな優しいマーカスさんに、頼みたいことがあるんだけど」
「なんだ、調子のいい」
「これからも密造酒を作るのに大切な事なんだ。うちのリーダーは諦めてるけど、絶対に設備を直して復活する。彼女も絶対立ち直る。だから、僕が今できることをしなければならない」
「——つまり?」
「犯人を見つけたいんだ。協力して欲しい」
ルアンは人を信じるのは得意だ。
そして、人を罰するのが苦手だ。
犯人を探し、復讐する事など、苦手も苦手だった。
だが、そうも言ってられない。
セオドアがいない以上、ルアンが探偵役を果たさなければ。
僕が、犯人を捕まえる。
ストームヘイブンの街外れは、河に面した大きな港になっている。
船が停まる波止場と、大きな荷物を運び込むための倉庫が繋がった場所だ。倉庫の数はとても多く、種類も多い。初めて来た人は迷子になるだろう。
時刻は、夕刻。静かで暗い場所だった。
ルアンは倉庫の建ち並ぶ港を、足音を殺して歩き回っていた。
マーカスから聞いた情報に、裏取りがいる。
この倉庫のどれかが、彼らのアジトになっているはずだった。
『"アビス”……それがそのチームの名前だ』
紫煙をくゆらせながら、マーカスは言った。
『俺たち警察の間では有名な話さ。隣町の、ギャング組織。メンバーは全て奇妙な能力を使う。軍でも手が出せねえ、ヤバい奴らだ。……今回お前のとこの店を焼いたのは、その一味だ。うん? なんで知ってるのかって? アビスのメンバーは危険過ぎる。あまりに影響力が大きいから、街を出る時は、行き先が警察署同士で共有されるんだよ』
対岸の大都市に向かって、マーカスは煙を吐いた。
『隣町から"ひとり”やって来てる。そいつにはうちの署員が交代で見張ってるから、犯行は間違いねえ。そいつはバード・レッグと手を組んでるみたいだぜ』
倉庫の壁を触りながら、周囲の気配を探る。
建物の中には人がいるし、拠点とするなら電気も通じているはずだ。
ルアンはキョロキョロと周りを見回した。
じきに、目的の特徴を発見する。
夜が近づき、明かりのついている倉庫が一つあった。
——あそこだ。
あそこが、バード・レッグのアジトだ。
それは十メートルくらいの高さの倉庫だった。
建物にしたら三階建てくらい。
かなり大きく、小さなバーであれば三つくらい横並びにしても余裕がありそうな面積だった。
侵入したいが、入口から入るわけにもいかない。
ルアンは窓を探した。しかし窓がある場所は正面と裏手だけで、その両方に見張りがいるようだった。
「しょうがないか……」
ルアンは酒瓶を取り出し、一口飲んだ。
ガヴラが覚醒し、首元から赤い花が咲く。
それを隠すようにして、持ってきていたマントを羽織った。臭くて汚い。ルアンが浮浪者の時にずっと着ていたマントである。
それを上から被ると、遠目には浮浪者にしか見えなくなる。実際本物の衣装なので、説得力は強いだろう。
浮浪者に変装したルアンは、腰を曲げ、びっこを引きながら裏口へと近づいていく。
見張りがすぐに声をかけてきた。
「——おい、爺さん。ここは立ち入り禁止だ。別の所へ行きな」
「す、すみません。私はアルコール中毒なんですぅぅぅ。お、お酒を。お酒を恵んでは頂けませんか!」
ルアンは慣れた気分で、情けない声を出した。
酒を飲まないと、頭がおかしくなって、情緒も狂う。そうなった時、ルアンはいつでも性格が変わる。
より情けなく、より図々しく。その変化は酒がない時には意図せず起こるが、身体が覚えている。狂っていない時のルアンにも、再現可能なキャラだった。
見張りは二人いた。仲間を呼ばれたら厄介だ。
十分に近づいて、瞬殺したかった。
「お酒をくださいいい」
ルアンが哀れな声を出す。
見張りは二人とも、軽蔑したように唾を吐いた。
一歩……。
「ちっ、うるせぇジジイだ。ほら、離れないと撃つぞ」
二歩……。
「やめとけやめとけ。うっとおしいが、弾丸が勿体ないぜ」
三歩!
彼岸花のリーチに入ったので、ルアンはマントの下に隠していたツタを伸ばす。
ツタは一瞬で見張り二人の顎を打ち、脳震盪によって意識を狩りとった。
ドサリと倒れる二人。
それをルアンは壁際まで引きずり、できるだけ居眠りをしているように見える格好で座らせた。
「考える人」みたいなポーズで、男二人は壁にもたれかかる。
「よしよし……ちょっと芸術的すぎるかな?」
そうして見張りを突破したルアンは、窓にツタを伸ばした。
器用に窓を開け、窓枠に掴まって、そのままグイッと自分の身体を持ち上げる。慣れた侵入方法で、こっそり倉庫の中へと入り込むことに成功した。
倉庫の中は電気による照明で、十分に明るかった。
おかげで全体を確認するのは容易いが、逆に他の人から見つかる可能性も高くなるので、気をつけなければならない。
ルアンは辺りを見回し、荷物と荷物の死角を駆使しながら、天井につかまった。
天井の梁にツタを絡ませ、蜘蛛のように逆さまにぶら下がりながら、倉庫の中を観察する。
倉庫には、船から積み込まれたような荷物は全くなかった。カモフラージュの為に、倉庫をアジトにしているだけのようだ。
テーブルや椅子、ソファやビリヤード台、バーカウンターなど、まるで小規模なバーのような設備が備え付けられている。ここで、バード・レッグの連中は色々な悪巧みをするわけだ。
「さて——?」
ルアンは倉庫にいるメンバーを確かめた。
マーカスから聞いた情報が合っているとしたら、ここにいるのはルアンの知る人物という事になる。
倉庫の中には大勢のギャングが集まって、円を作っていた。
その円の中心には、二人の男が立っている。
一人は大きな釘を握りしめた、髭面の男。
もう一人は茶色い目をした、小柄な男だった。
その小柄な男を見て、ルアンの背筋は凍る。
本当にいた。
最悪だ。
——よりによって、アレックス君じゃああん。
小柄な男はまるで神父のような穏やかな笑みを浮かべて、何やら説明している。
ルアンは耳をすませた。
「——というわけで、バードさんはお亡くなりになった。我々"アビス”の決定により、これからはこのスパイクさんを、バード・レッグの新たなリーダーとするよ」
大釘を持った男は、充血させた目で、男たちを見回した。
「お前たち、異論は無いな?」
「あるに決まってんだろ!」
男の一人が声を上げた。
耳飾りをつけた男だ。
「俺たちはバードさんに助けられて集まった組織だ。俺たちがこの街を牛耳ってるって信じてた。それが、実はバード・レッグはアビスとやらの手下で……バードさんは不慮の事故で死んだ? そんなの納得できるかよ!」
そうだそうだ。
他の男たちも同意の声を上げる。
スパイクと呼ばれた男は、大釘を強く握りしめる。
「俺だって、リーダーが死んだのは悲しいさ。当たり前だろ。俺たちは皆、戦場であの人に助けられた。その恩を一度だって忘れたことはねえ。……だが、もうあの人は死んでしまったんだ。残された俺には、残されたお前たちを守る義務がある。それが、死んじまったリーダーに対する唯一のはなむけだと思うからだ」
一見、いいことを言う。
しかし耳飾りの男は、納得しないようだ。
「リーダーが死んじまった。それがどうしようも無いことだったって? なぜそれがわかる? 証拠はあるのか」
ははは……と、アレックスが笑った。
「信じてもらうしかない。本当に僕は殺すつもりなんてなかったよ。でも、バードさんは組織の命令を拒んだ。だからペナルティを受けることになったんだ」
「それは、あんたが殺したって事じゃないのかよ!」
「——違うよ。僕が行ったのは、"選定”だ。バードさんには、人間として次の段階へ上がるチャンスを与えた。でも彼は失敗して命を落としたんだ。一方で、スパイクさんはその選定をクリアした。だから彼が"アビス”に正式に認められたリーダーなんだ」
男はまだ反対しようとした。
しかしそれをスパイクが制する。
「トーマス……文句があるなら、相手してやるぜ。リーダーも言ってただろ? 我を通したけりゃ、力で示せ——ってな」
耳飾りの男は好戦的な表情を浮かべた。
「ナイフは?」
「好きにしな」
「銃は?」
「好きにしな。——おい、他にも文句があるやつがいたら、俺が相手になるぜ」
それを聞いて、何人かの男が名乗りを上げた。
皆、人相が悪く、気が短そうだった。
スパイクを倒してリーダーに成り代わるつもりなのか、はたまたバードの仇をとるつもりなのか。
動機は不明だが、十名以上の男たちが、スパイクに明確な殺意を向けて立ちはだかる。
喧嘩ではなく、決闘が始まりそうだ。
戦いを挑まなかった男たちは、何メートルか離れる。
円の中央が、ザァッと広がる。
耳飾りの男が銃を取り出し、スパイクに向けた。
他の男たちも、それぞれナイフや銃を取り出す。
「やれやれ、気の短い人達だね。じゃあ、気の済むまでやればいいよ」
アレックスは呆れたように一歩下がった。
スパイクは、目をギラつかせる。
ルアンは今から始まる決闘の結果に、胸をざわつかせた。
リボルバーと、ナイフ。
血を見るまで、収まらないだろう。
あのスパイクなる人物はやけに堂々としているが、流石に多勢に無勢だ。間違いなく射殺されるだろう。
いや、そうでもないか。
ルアンはアレックスの存在を強く意識した。
あのイカれた人が、何の準備もなくこんな風に決闘させるわけがない。
何か下準備をしているはずだ。
何を?
アレックスは選定と言った。
それは、ひょっとしたら……。
スパイクは懐から何か取り出した。
「おい、こんな時に酒かよ」
耳飾りの男が文句を言うが、スパイクは意に介さない。
「悪いな。必要なことだ——さて、来な」
男たちが、スパイクに襲いかかる。
銃声が鳴り響いた。
そして、
「竜胆」
男が言った。
それは、その花の名前であり、呼び出すための合言葉だった。
戦いの時に、花の名を呼ぶタイプの人間は、一種類しかいない。
ガヴラ使いだ。
青い花が——咲いた。
血が弾ける。
叫び声が上がる。
ルアンは目を閉じた。
挑んだ男たちが、死体となって転がったからだ。
「他に、文句のあるやつは?」
スパイクは聞いた。
誰も何も答えない。
アレックスは声を張り上げた。
「では、そういうことで。スパイクさんはガヴラの能力に目覚めた。だから君たちのリーダーに相応しい。ちなみに、我々"アビス”のメンバーは、そのほとんどがガヴラ使いだ。抵抗がいかに無意味か、君たちにもわかったよね?」
他の男たちは、おずおずと頷いた。
元々決闘も挑まなかった連中である。超常的な力を見て、反抗する気は起きないらしかった。
ルアンは踵を返した。
もう帰ろう。潮時だ。
窓枠に足をかける。
すると
「——やあやあ、ルアン。もう帰るのかい?」
耳元で声がした。
振り向かなくてもわかる。
アレックスの、声だった。
いつの間にか、天井まで飛び上がり——ルアンのすぐ後ろにへばりついている。




