第12話 弾丸(バレット)
「グレイディさん。電話だよ」
近所のドラッグストアから、手伝いの少年が私を呼びに訪れた。
グレイディ・スピリッツには電話を引いていない。うち宛ての電話は、主に近所のドラッグストアに備え付けられた公衆電話にかかり、店の人がそれを知らせてくれるようになっていた。
私は帳簿をつけていた手を止める。
「ありがとう。すぐ行くわ」
「もう、切れちまったよ。電話代が勿体ないってさ」
十二歳くらいの男の子は、ポケットに手を突っ込んだまま言った。
「あら、誰かしら」
「"調べ物が終わったから来い”。そう言ったらわかるって言われたけど」
私はサッと立ち上がった。
「そう……それでわかったわ。ご苦労さま、レイモンド。ほら、お礼よ」
売り場のレモン・キャンディを一つ、男の子に渡す。彼は満足げにそれをコロコロ舐めながら、店から立ち去った。
店にCLOSEの看板をかけ、私は目的の場所に向かう。
馬糞と泥の入り交じる道をべちゃべちゃと踏みしめ、楓通りを横断する。目指す場所はうちより海に近い区域だ。進むにつれ、潮の香りが強まっていく。
何ブロックか進むと、人通りがどんどん多くなってきた。上半身裸の労働者や、ヘルメットの作業員の割合が増えていく。通りの店も、ドラッグストアや床屋から、魚屋や屋台へと変わっていく。
港に近いから、港で働いている人の利用がメインなのだ。地区の雰囲気は、そのニーズに最適化されているようだった。
目的の場所は、燻製屋と肉屋に挟まれた三階建てのビルの中だ。
私はビルの階段を上がりながら、掃除されていなさそうなボロボロの壁面をぼんやりと見た。
「絶対、オフィスの場所間違えてるわよ……」
海の男たちが探偵を利用するとは思えない。立地が悪すぎて、潰れていないのが不思議なくらいだ。
三階には電気の切れた廊下があり、その奥に扉があった。
扉には古ぼけた看板で"フェノロサ探偵事務所”と書かれている。
私はドアをノックした。
返事はない。呼び出したからには、いるはずだが。
ドアノブをひねると、ドアは何の抵抗もなく開いた。
中はこじんまりとした事務所になっており、背の低いテーブルと、向かい合ったソファが二つ、中央に配置されていた。
そのソファに、一人の女性が寝転んでいる。
三十代くらいの女性で、ワカメのようにうねった長い黒髪をしていた。かなり痩せていて、身体より髪の方が質量が多そうなくらいだ。その体型にあった細身のチューブトップと、スキニーパンツを履いていた。
女性は酒瓶を片手に、大口を開けて眠っている。
私は部屋に足を踏み入れた。
ソファに近づき、その女性に声をかける。
「フェノロサさん。呼ばれたから来たんだけど」
何度か呼ぶと、女性はウウーンと、うなってゆっくりと目を開けた。
「……あ、どうもどうも。ガートルードさん。よう来てくれましたなぁ」
海外なまりの、変わった喋り方をする女だ。
「ええ、すぐに来たつもりだったけど」
「えらい、すんません。いやぁ、いつ来るかわからへんかったから。ちょっと仮眠しよう思いましたねん。まさか、すぐ来はるとはなぁ」
私はおざなりに頷いた。言い訳など、どうでもいい。
フェノロサは欠伸をしながら起き上がり、私に向かいのソファを勧めた。私が黙って座ると、彼女はその辺に置いてあったコップに自分の持っていた酒瓶からお酒を注ぎ、私に差し出した。
「まま……どーぞ、どーぞ。飲んでください。あたしの奢りですさかい。ツマミはいりますか?」
私は下唇をゆがめ、首を振った。
洗ってないコップは苦手だ。
それに今はお酒を飲みたくない。訓練で散々飲んでいるのだから。
「それより、本題に入りたいんだけど。調べがついたって」
フェノロサはパチンと指を鳴らした。
「せやで。依頼してもろた分の、仕事は果たしましたわ。いやぁ、まあ言うてもこの街一番の荒くれ者達やからね。有名人っちゃあ有名人やから、目撃情報は追いかけやすかったですわ」
私はテーブルのふちをギュッと掴んだ。
「それで……? どうなの。スパイクはどこにいるの?」
「まあまあ、ガートルードさん。そう急がんといてーな。物事には順序ってもんがあります」
フェノロサはソファにどっしりと腰掛け、身を乗り出した。手のひらを膝の前で組む。
「……ガートルードさん。あんた、バード・レッグの動向を調べてどうするつもりや? 相手は街で一番悪いギャングや。警察とも癒着しとる。手を出すんは賢い選択やないですよ」
「そんなこと今さら聞いてどうするのよ? あなたには関係ないでしょ」
私は眼に力が入った。あまり詮索されたくは無い。
しかし、フェノロサは好奇心に満ちた目で、こちらを観察するのをやめない。
「無関係って事はないやろ〜。少なからずあんたの為に尽力したっていう、自負はあります。それに、仕事は一応キチンとやるタチなんや。依頼を受けるにあたって、あんたのことを調べさせてもろたんです」
私はテーブルのふちを指でなぞった。
厄介だ。事が事だけに、喧伝したくない。新聞広告を見て適当に依頼する探偵を決めたのが、失敗だったかも。見るからに口が軽そうだし……。
テーブルは、掃除不足なのか、何かの油でベタベタしていた。
「少し、用があってね」
私は短く答えた。
フェノロサは酒瓶から酒を飲み、その瓶をテーブルに置いた。細い腕で、薄い唇を拭う。
「その用ってのは、ガヴラに関係してます?」
——首筋に、意識が向かう。
首の付け根に宿る、私の新たな力に。
「……ガヴラ? なんの事かしら?」
フェノロサは、ケラケラと笑った。
「ガヴラくらい、ちょっと裏社会に詳しい人なら誰でも知ってますよ。戦争で研究された"生物兵器”や。人を超えた、超常の力を操る能力や」
「ふうん」
生返事でしか返せない。
どう答えるのが正解だ?
この女は、何らかの確信を持って切り出していそうだ。あまりしらばっくれるのも、逆効果な気がする。
「残念やけど、見てもたんです。ガートルードさんがガヴラを出して訓練してるとこ」
私は殺気を放った。
この女は——敵か?
地下室での訓練を、見られたのか。
「あ、あ、誤解せんといてください! たまたまです。たまたま店に定期報告に行こう思って、行ったら誰も売り場におらへんかって。でも地下室の方から音がしたから……声かけよう思ったんやけど」
「………………………………」
「別にそれをどうこう言うつもりはないんです。それにあたしは敵やありません。……でも、気になるんです。ガヴラ能力……噂には聞いてたんやけど、実際に見るのは初めてやったんですもん」
フェノロサは立ち上がり、両手をブンブンふった。
「ガートルードさん。あんた、自分がどれだけ珍しい力を手にしたか、理解してます? ガヴラは今や裏社会におけるジョーカーなんや。どんな武装したギャングも、ガヴラ使いには敵わへん。……やから、誰もが恐れ、誰もがその種を欲しがってるんですよ」
「……戦争では、役に立たなかったって聞いたけど」
「誰が言ったんです? そんな事。あの素敵な小さい師匠? それは卑下がすぎるわ。なんか戦車や戦闘機には敵わへんかったらしいけどな。銃器には無敵。暗殺戦最強やもん」
私は立ち上がった。
警戒は、解かない。
でも、ルアン以外からガヴラの詳しい情報をはじめて聞いた。
少し、興味がわいてくる。
「暗殺最強?」
フェノロサは指を鳴らした。
「そう! なにせ、銃を防げるし、すんごい力強いらしいやん。そして、武器が必要ない! 銃を持ち歩かんくても、平気。お酒だけ必要らしいけど……。そんなん、ヤバないですか? ボディチェックでも防げへん。丸腰の酔っ払いが、クマくらいの戦闘力を持って急にパーティに現れるんやで? そんなの、暗殺し放題やん」
女の顔は、興奮したように上気している。私からの攻撃を、恐れている様子はない。瞳孔が開いて、笑みがこぼれている。ワクワク感が、伝わってくる。
本当に、敵意は無さそうだ。
私は、とりあえず頷き、ソファにまた腰掛けた。
「確かにそうね。暗殺向きだわ」
人を殺すのにしか役に立たない。
ルアンの言葉が蘇る。
そういう意味だったのか。
「ま、ここは大都市ってわけでもないし、そこまでガヴラを知ってる人は少ないやろうけどな。知ってても、せいぜい戦争の遺物くらいに思っている人がほとんどかもしれへんな」
女は両手を広げ、呆れたように頭をふった。
ふわふわと、ワカメのような髪が遅れて揺れる。
「それで、フェノロサさん。あなたの目的は何? わざわざ私の事を調べて。ガヴラに興味津々みたいだけど……ガヴラの種が欲しいとか?」
「えっ!? 種を持ってるんですか? 大きいビルが一つ買えるくらいの値段しますよ」
「なんですって……?」
私はショックでガクガクふるえた。
そ、そんなに高額なの?
もう……食べちゃったけど……。
「えー……これ、抜けるかな? 種に戻せると思います?」
「やめときやめとき。抜いたらヤバいらしいですやん」
首筋の芽を未練がましく触ってしまう。
そんなに高額だったかぁ……。
発見した時点で売れば、あっという間にお金持ちだったのに……。
「まあ、それだけ払う価値があるっていう事やからなぁ。自分で食べれるんやったら、あたしも自分で食べますよ。ええん、ちゃいます? 使いたいから食べたんやろ? 種」
もちろんそれはわかっている。立ち向かうための力を手放すつもりはない。もし過去に戻れたとしても、私は種を食べるだろう。
でも、金額が衝撃的で、勿体なさを感じないのは無理だ。
フェノロサはテーブルの脇に置いてある白いボードに乗せた、干し肉のジャーキーの器をとった。
それをこちらに差し出してくる。
「まあ、そんなに落ち込まんと。……食べます?」
「いただくわ……」
私はジャーキーを一つ受け取り、ヤケクソにかじりつく。乾燥した肉の塩辛さが、舌に広がった。
「あたしの願いは、ちょっとだけ能力使っているとこ見せて欲しいってことですねん!」
フェノロサは言った。
「さっきも言ったように、ガヴラは噂でしか聞いたことが無かったんです。この目で見て触れるなんて……探偵冥利に尽きますわ。あたしは知ることが大好きなんや。調べるのが好きで、探偵になったくらいやから」
両手をパチンとあわせて、拝んでくる。
「お願い! あたしにガヴラ見せてーな! 一回だけ。一回だけ見せてくれたら、もう勿体ぶらずにスパイク氏の居場所を教えるから」
女の理屈には、納得できないこともなかった。
信用に値する人物かは、わからない。でも、ガヴラに対する興味や好奇心は、私にも理解できた。
ルアンの彼岸花を見た時、私もワクワクした。もっとその不思議な花のことを知りたいと思ったし、触ってみたいと思った。
フェノロサが抱いているガヴラへの好奇心も、そういう気持ちなのだろう。
でも、警戒は解かない。
私はジャーキーを噛み締めた。
塩辛い。
それに大金のチャンスを逃したショックもある。
ちょうどお酒が飲みたくなってきたところだ。
「さっきのお酒ちょうだい」
「おお! ……ガートルードさん!」
「でも、その古いコップは嫌。もっと綺麗なヤツはないの?」
フェノロサは慌ただしく部屋をあさり、まだ箱に入っている新品のコップを発見してきた。誰かからの貰い物だというそれに酒を注ぎ込み、私は一口、ウイスキーを飲む。
「薄雪草」
私は花を呼んだ。
ドクンドクンと、血液が脈打つのがわかる。
お酒のアルコールが血管を巡り、脳を通って私の全身を満たしてゆく。
私は肉体の神経が反応し、首筋にある何かと密接に繋がり合うのを理解した。
首筋にある「それ」は、根を張り私の体内で生きている。
だからその根と神経は自然に繋がり、アルコールの摂取で起き上がり、一気に成長してゆく。
バキバキバキ。
それは時間にして十秒程だろうか。
薄雪草は白い花弁を展開し、十分なサイズまで成長して私の指示を待っていた。
「す、すんごいわ〜。ほんま、すごい」
フェノロサは感動したように、ガヴラに手を伸ばした。
花の茎は二メートル半の長さがある。私の首から伸びたそれは、何も指示しなければ周囲に適当に伸びるが、意識すれば操ることができる。
私は花を動かし、フェノロサの手に触らせてあげた。
彼女は犬を撫でるような手つきで、ゴシゴシと茎を触る。
「結構硬いんやなぁ。硬くて、すんごい弾力。見た目みずみずしいけど、もう筋肉の塊みたいやわ。むっちゃマッチョな人の二の腕みたいな硬さや」
「……何言ってるのか分からないわ」
「あれ? ガートルードさん。男を知らないん?」
「関係ないでしょ」
薄雪草の花弁が盛り上がる。思わず力むと、力が暴発した。花から何かが飛び出す。
ドカン! 壁にかかった鹿の首の剥製が床に落ち、バラバラになった。
「わっ、何!?」
「ご、ごめんなさい。まだ抑えが効かなくて。——腹が立つと特にね」
フェノロサは落下した剥製を見つめ、額に浮かんだ汗を拭いた。
「……冗談やん。怒らんといてよ。ね? ガヴラちゃん。お母さん怖いなぁ?」
近所のおばさんが犬に話しかけるような態度だった。
薄雪草は感情があるのかないのか、よしよしと撫でられて、小刻みに左右に揺れていた。やっぱり、嬉しいのかもしれない。
フェノロサは床に落下した剥製の欠片を拾い上げ、首をふってポイとその辺に投げ捨てた。
それから気を取り直したように言う。
「それで……今は何が起こったんや? というかこの花は何ができるんです? ガヴラっていうのは、花によって色々違うんやろ?」
私はルアンの言葉を思い出した。
訓練を重ねる中で、ルアンはある時言った。
「君の系統がわかったよ」
ルアンは彼岸花の赤い花を咲かせて言った。
「僕の花はツタを操る。ツタを好きな長さに伸ばして、色んな形に変えたり、素早く動かしたりする。そしてムチのように殴りつけるのが得意だ。……だから「ウィップ(鞭)」と呼ばれる系統なんだよ」
私は自分の薄雪草を見た。
ルアンの花より、とても太い茎をしている。
確かに全然タイプが違いそうだ。
「それで、私はどういう系統なの?」
「君の花はとても太くて力強い。思えばそれが答えだったよ。君の花はツタや葉や根を操る能力じゃない。そうじゃなくてもっとシンプルに――花そのものを操る能力だ」
「それは……ガヴラはみんな、そうじゃないの?」
「全然違うよ。僕の花は動かせるけど、強度を変えたり種を飛ばしたりはできない」
「え、種?」
「そう、君のその系統は種を飛ばすことができる。他にも花弁に関する操作が色々できるけど、やっぱり種を飛ばすインパクトが強い。ガヴラの系統で唯一、遠距離攻撃ができるからね。だから、シンプルにこう呼ばれていたよ「バレット(弾丸)」と」
バレット。
それが私の花の、系統なのだ。
「種を射出できるのよ。銃みたいに」
「ひぇぇ。凄いなぁ。威力も申し分ないやん」
「威力はバラツキがあるんだけどね。今より弱くも強くもなるわ」
「へぇ、全力で撃ったらどうなるん?」
「知らないわ。やったことないもの」
それに今実演に必要なのは、上限ではない。
私は事務所の中を見渡した。
あまり広くないオンボロ事務所は、東洋の置物やら中世時代っぽい剣、はたまたネイティブ・アメリカンが使っていたようなトーテムポールのミニチュアなど、様々なガラクタに溢れている。
そのせいで余計散らかっているように見えるが、どれか狙えるものはあるだろうか。
「フェノロサさん。何か壊しても大丈夫なものってある?」
「うん? そうやなぁ……あ、この空き瓶置いとくわ。ほら、どう?」
フェノロサは、酒瓶を部屋の壁際にある棚に置いた。
私は頷き、意識を集中させる。
種弾は、宿主の感情の強さによって威力が変化するらしい。あまり気合を入れると、さっきみたいに暴発してしまう。
だから、意識して、あまり威力が出ないように調整するのだ。
針の糸を通すくらいの難易度だった。慣れれば、まあ……いける。
私は薄雪草に司令を送った。
——ファイア!
白い花の花弁がパカッと開き、そこからシュッと何かが発射される。
静かに、でも確かに発射されたその"種弾”は、空気を切り裂き、酒瓶を叩き割った。
パリン! ガラスが砕け、床に散らばる。
フェノロサは歓声を上げた。
「まっ、こんなものね」
私は鼻をこすりながら、何気ない風に言った。
「凄い! 凄いわぁ〜! やっぱり超常の力っていうのは、ほんまに面白いなぁ。ガートルードさん! これからも仲良くしましょね」
そこまで喜んでくれるなら、披露したかいがあるというものだ。でも、一応釘は刺しておく。
私は薄雪草の花を、フェノロサに向けた。女の目が、見開かれる。
「次、うちの地下室に勝手に入ってきたら、容赦しないわよ。証拠は残らないんだもの。遠慮するつもりもないわ」
「わ、わかりました〜。ほんま、ごめんなさいって。二度としません。約束しますから、許して〜な」
フェノロサは顔を青くして、哀願した。
彼女の黒い目が、プルプルとふるえる。
ワカメのような髪が、ゆらゆらとゆれる。
……脅しは、このくらいでいいだろうか?
私は薄雪草に"解除”の司令を脳内で送った。
花は急にしなびて、ザァァと砂のように散る。
その細かい粉のような粒子は、細すぎて床に落ちる前に空気に霧散して消えた。
「さあ、フェノロサさん。あなたの願いは叶えたんだから。そろそろ本題に入りましょう。スパイクの居場所を教えてちょうだい」
「せ、せやな。ありがとう、ほんまに。楽しかったですぅ。……それじゃあ、お伝えしますね〜」
私とフェノロサは再びソファに座り、向かい合う。
彼女はタイプライターでまとめた資料を取り出し、詳細を伝えてくれた。
スパイクがいつどこにいるのか。そのアジト……そして、もっとも出没しやすい、もっとも油断しやすい場所はどこか。
その詳細を聞き出す。
「——ありがとう、フェノロサさん。おかげで、どうにかなりそうよ」
「暗殺するつもりなんですか?」
「どうかしらね」
よもや警察にタレコミするとは思わないが。あくまで他人なので、踏み込んだ事は言いにくい。
そもそもガヴラの話題だって、本来の探偵の役割を考えれば、出しゃばりすぎだ。だが、私もガヴラに目覚めたばかりで、まだ詮索される事に慣れていない。だから別に嫌ではなかった。
フェノロサは頭を下げる。
「すんませんなぁ。色々わがまま言うてもて。誰にも言わへんから。勘弁してください。ま、そんなに言うほどお客さんも来ーへんのやけど」
その言葉で、私はこのビルに来た時の疑問を思い出す。
「こんな港近くじゃ、誰も探偵なんて依頼しないでしょ。どうしてこんな場所に住んでるの?」
フェノロサは白いボードを指さした。
「ここ、砂浜が近いんや。通いやすいさかい」
ジャーキーの器や、酒瓶が乗っている白いボード。
それをよく見ると、……確かにサーフボードであった。
無茶苦茶、趣味優先で生きている女だった。
探偵から情報を得た私は、いよいよ計画を実行する事にする。
誰にも言わない。一人だけだ。
個人的な復讐だ。
怒りの熱が、煮えたぎる。
あのクソ野郎。
待っているがいい。




