第10話 覚醒
目が覚めると、寝室は草でいっぱいだった。
うっそうと生い茂った植物のツタやツルが、部屋全体を覆い、ジャングルのようになっている。
ガヴラの初期覚醒時、種は過剰に成長し、森を生み出す。
そこで私は己の首から生える花を引き抜き、その代償に意識を失うこととなる。
間抜けな話だ。
その時、決意を新たにした。
次に目が覚めた時、"あいつ”を必ず殺してやると。
「絶対だめだよ!」
ルアンはいつになく剣呑な雰囲気で、私の腕をつかんだ。
「それは気軽に使っていいものじゃない。どれだけ危険で愚かな行為か、君はわかってないよ」
「あんたは使ってるじゃない」
私は青年の腕を振りほどこうとした。
「ガヴラなんでしょ? 兄さんが私にくれたものなんでしょ? だったら使わせてよ。絶対役に立つもん」
「いいかい? ガヴラは十年前に見つかったばかりで、人体にどんな影響があるか、まるでわかっていない。なんで自由自在に操れてるかも、わからないんだ。僕は今生きてるけど、もしかしたら明日には拒否反応で死ぬかもしれない。何もわからないんだよ」
私はルアンの首元を見た。
彼に寄生している花、彼岸花。それはルアンを戦争で生き残らせ、私を救い、セオドアを仲間にしてくれた。
何が起きるかわからないのは、確かに怖い。でも、あれば役に立つ。それは間違いないのだ。
「何が起きるか分からないのは、皆一緒よ。人生ってそういうものじゃない。おじいちゃんは流行病で三日で死んだわ。三日前にお酒を飲んでる時、あの人は自分が死ぬことなんて、全く考えて無かったでしょうね」
「それは詭弁だよ。それに君はお酒強いのかい? ガヴラは、一度使えば身体中に根を伸ばす。進行を抑えたければ、定期的にお酒を飲んで、花に適度な運動をさせるしかない。二日に一回はウイスキーかテキーラ飲まないといけないよ。だから404小隊の仲間は皆アルコール中毒になってたんだ」
私はニヤリと笑った。
「結構弱いわ!」
「じゃあダメだよ!」
うるさい人だ。
いい加減うっとおしくなってきて、私はルアンを睨んだ。
「私はずっと虐げられてきた。いわれのない暴力と法律にね。私自身に抗う力があれば、どれだけ良かったか。ずっと嫌だった。戦えないのが。でも、これがあれば少なくとも、殺し合いのスタートラインには立てるわ」
「僕は君に殺して欲しくなんかない」
「でもシェイマスはそうは思わなかったみたいね? そうじゃないと遺品にわざわざ入れないでしょ」
ルアンはグッと言葉に詰まった。
シェイマスの意図には、彼も気がついているようだ。シェイマスは私が戦いたがるのをわかっている。長い付き合いだから。
「ガートルードには普通の人生を歩んで欲しい。シェイマスもそう思ってるはずだよ」
私は笑った。
「何言ってるの? もうとっくに道を踏み外しているのに」
密造酒を作り、ギャングに拷問されたのだ。
どう考えても、普通の人生ではない。
「銃じゃだめ。銃なんて、私が持ったところで的に当てられない。そうじゃなくもっと大きな――例えば大の男に組み伏せられた時、反撃できる力が必要なの。だからガヴラは私が手に入れるわ」
「……」
ルアンは頑固に譲らない。本当にガヴラを警戒しているらしい。
ルアンは意外と力が強くて、掴まれた腕を無理やり振りほどけない。
しようがない。
私は少々ズルいとは思いながらも、ルアンを説得するための言葉を吐いた。
「あの時、ルアンもいてくれなかったじゃない。もしガヴラがあれば、"あんな事”にはならなかったわ」
それはスパイクに拷問された夜の事だった。ボディガードであるルアンがおらず、私は大釘を喉に突っ込まれた。
とても恐ろしい記憶だ。
そして、ルアンが後悔している内容でもある。
それを知っていたので、私は彼の良心に訴える。案の定、ルアンはピタリと動きを止め、私の腕から手を離した。
「……ごめんよ」
「責めてるわけじゃないわ。でも、あんな事は二度と無しにしたい。次に襲われて、もしルアンが居なくても、抗える能力が欲しいの」
ルアンはため息をついた。
まだ嫌がっている。しかし、何とか説得を受け入れようと心の準備を始めたようだ。
「確かに、君は無茶苦茶――無鉄砲だ。言い争いをして、ギャングと喧嘩になることは、これからも起こるだろうね」
「でしょう?」
「それに――それに、もし君がガヴラを使いこなせないとなると、最悪僕が君の花を摘んであげられる。……後遺症なく、花を破壊することもできる」
怖い顔で、ルアンは決意を固めた。私の首元をじっと見ながら、唇を噛み締める。
殺気が感じられる。あまり、使いこなせない時の事は、考えない方がよさそうだ。
私は彼の発言をスルーした。
「――そういうわけで、この種は私がもらうわね。どうやったらいいの?」
私が聞くと、ルアンは唇を尖らせる。
「食べればいいよ。そのまま歯を立てずに、飲み込んで。お酒と一緒に飲むんだ。もし何もなしに飲み込んだら、胃袋の辺りで寄生されて厄介だからね。酒と一緒に飲めば、喉の当たりで活性化して、首筋に寄生してくれるよ」
多少リスクはあるようで、ルアンの言うことを想像すると、気持ち悪い。
胃袋に寄生すれば、どうなるのだろう? 口から花を出して戦うのだろうか?
あまり考慮したくない事なので、そうならないように気をつける。
私はマザーズ・マーシーの瓶を手に取った。
黒い塊を口に含み、お酒も口に含む。
「まだ、飲み込まないで。お酒の影響で、種の外殻がとれるから、それから飲み込むんだ」
そういうのはもっと早く言って欲しい。
私は飲み込もうとする動作をとめて、口の中でお酒と種を混ぜ合わせた。
酒の甘みと、種の苦味が合わさり、なんとも言えない風味が鼻を突く。
そういえばこの種、洗ってなかった。土とかついてて、汚いかもしれない。
余計なことを考えながら、種が溶けるのを待つ。
すると口の中で硬いものがバラバラになる感覚があって、恐らく外殻が取れたのだとわかった。
——ゴクン。
それらが渾然一体となった物体を、私は飲み込む。喉の当たりで、何かが蠢き、広がっていく。
息はできる。だが、身体が熱い。
頭がクラクラし始めた。
「そう言えば言い忘れてたんだけど、種を飲んだら丸一日くらい意識失うんだけど、トイレとか行った?」
ルアンの声が聞こえた。
恐ろしいことを言っている。トイレなんて何時間も行ってない。なにせ、寝起きなのだ。
え、また気を失うの!?
私は喉から空気を絞り出し、ルアンを睨みつけた。
「さ、先に。言って」
それが限界だった。世界が暗転する。
こうしてまたもや、私は闇の中へ意識が飲まれていく。
この数日でどれだけ気絶するんだ。私。
何度目かの気絶の後、私はハッキリした意識を手放さないよう、身体を起こした。
下半身にはいつの間にかオムツの布がグルグルと巻き付けられており、なんとも言えない気持ちでそれを剥ぎ取る。まさかルアンが履かせたということは無いだろうが……。
介護したのがロレッタである事を願いながら、私は現実から目を逸らした。
もう何日もご飯を食べていないような感覚だ。それに身体もベタベタして気持ち悪い。お湯で拭かなければ。
数日動けなかった事で、私の時間感覚は完全に破壊されていた。今がいつで、あれからどのくらい経ったのか、さっぱりわからない。
だが、この睡眠は必要な事だった。
私は首元を触った。私の感覚が正しければ、そこにあるはずだ。
果たして、首の後ろ、脊椎の辺りに小さなできもののようなものがポツリと生えている。
それが何かは……言うまでもない。
私はお酒を探した。
マザーズ・マーシーの瓶を開け、それを喉に流し込む。
バキバキ。
体内で、神経が広がっていくような、不思議な感覚が起こった。私の身体に何か変なものが取り付いていて、それがお酒を飲む事で目覚めていく。
どのくらいの量飲めばいいのか聞いていなかったので、とりあえず一口だけお酒を飲んだ。
それで、十分らしかった。
ズッ――私の首の後ろから、何かが生える。
それは花だった。
とても太くて大きな茎をした、真っ白い花である。その花は蛇のようにグニグニと動き、私の目の前に垂れ下がってくる。それで、私はその白い花をハッキリ視界に収めることができた。
その花は、どこかで見た事のある、私の知っている花に似ていた。
その時、ドアがノックされた。
「ガートルード、起きてるかい?」
ルアンの声だった。
「ちょっと待って」私はガウンを掴み、肌を隠すように羽織る。
「いいわよ、入ってきて」
ルアンは部屋に入り、既に私が花を広げているのを見て、足を止めた。
「――ガートルード、一度花抜いたでしょ。初めて覚醒する時は「森」が生えるんだけど、その反応が不十分だったよ」
ルアンは呆れたように尋ねた。
私が頷くと、青年は困った顔をする。
「ガヴラの弱点だから、気をつけてね。花を抜いたら一週間は寝込むことになるよ。それにせっかく手に入れたガヴラを失いたくないだろう?」
「前にも言ってたわね。ごめんなさい、つい寝ぼけて。兄さんの種が無駄になるところだったわ」
「まあ……根が育ってたら、花を抜いてもまた根の部分から再生するけど……生えたばかりだとそこまで育ってないだろうしね」
私は頷きながら首元を見せた。
「不思議なの。見た目は大きい花なんだけど、何となく私と繋がってる感じ。神経の通った髪の毛みたいな」
「おお、それはかなり適切な感覚だね。そして大切な感覚だ。なにせ、その感覚の延長で花をあやつるんだから」
私は花を動かそうとしてみるが、コントロールが効かない。花はあくまでも自由意志によって、動くことを決めているようだった。
「これ、動かせるの?」
「練習がいるけどね。二、三日あれば行けると思うよ。ガヴラの色んな技を体得するには、まだまだかかるだろうけどね」
私は花を撫でた。
「ねえ、凄く綺麗じゃない? 私の花。真っ白で星みたいな形よ」
「そうだね。ガヴラは個人個人の体質によって、生える花が違う。君とシェイマスは兄妹だけど、全然違う花が咲いたね」
「そりゃ、私と兄さんは違うもの」
白い花は私が触ると、まるで猫が撫でられて喜ぶ時のように、ググッとこちらにもたれかかってきた。
触覚があるのだろうか?
そもそも感情があるの?
「花は生きてる。でも意思疎通は取れないから、何を感じてるかまでは分からない。本能のままに動いているだけかもしれないし、もしかしたら花の妖精がいて、それが動かしてるのかもしれないね」
幻想的な事をルアンは言った。
――さあ、花は生えた。後はどうするべきか。
私は尋ねた。
「私はこれから、どうすればいい? ガヴラをあやつる練習をすればいいの?」
「それはお酒造りと、並行してやっていこう。僕が教えるよ。だけどまずは一番初めにしないといけない事があるね」
ルアンはここに来てようやく素直な笑みを浮かべた。私がガヴラを使う事を、受け入れたようだった。
「何?」
「名前だよ。ガヴラに名前をつけよう。花は自分の名前を記憶して、呼びかけたら出てくるようになる。どのくらい細かく操るかは練習の賜物だけど、呼び出してガヴラが発動できるかは、最初に名前をつけるかどうかによって変わるんだ」
そうなのか。
名前……名前か。
私は腕を組む。
「ルアンは彼岸花よね。私も何か花の名前をつけたらいいのね」
「そうだよ。まあ、愛称とかニックネームでもいいけど」
それはちょっと恥ずかしい。
私はその花をじっと見た。どこかで見た事のあるような、美しい花だ。これから、これの事をなんと呼ぼう。
私は考え、そして直ぐに直観的なものを閃いた。
あの花だ。
高山の上に咲く、純潔の花。
母の入院の時に、付き添った山で見たことがあった。
結核の母は、高山の療養施設に入院している。きれいな空気で少しでも病の進行を遅らせるため、寒空の下にベッドを置いて、患者たちはそこで生活する。
どう見ても異常な光景だ。
しかし、今の時代の医療では、あの療養施設でしか母を救うことはできない。救えるかも――わからないが。
気丈な母と別れた帰り道、私は孤独と絶望を感じていた。
もしかしたら永遠の別れになるかもしれない。そしたら、この世の中で私だけがひとりで残されることになる。そう思いながら、山道を歩いていた時、一輪の花を見つけた。
寒々とした高地で、その花はまるで雪の結晶みたいに美しく、儚かった。
私はじっとその花を見つめた。
なんて孤独で、孤高な花なんだろう。白いつゆに濡れて咲く花だった。その花は私の心に何か訴えかけるものがあった。その生態か、見た目か、それはわからない。
だが、山の中で孤独なその花を見ている時、私はつかの間、現実世界の嫌なことを忘れられたのだった。
山から降りても、私はその花のことをしばらく覚えていた。
――この花は、あの花と同じだ。
「薄雪草。これがこの花の名前よ」
こうして私は、ガヴラ能力者となった。
寝起きにお酒を飲むのは辞めといた方がいいですよ。




