雨音を拾う新型魔道具
工房から返事が届いたのは、ユリウスが王都の水路図を三枚目まで整理した日の夕方だった。
リゼットは封を切り、便箋を順に机へ並べた。
鍛冶職人のグレンからは、水路の壁に固定する金具を作れるという返事。細工師のミラからは、振動を拾う水晶の枠を改良するという返事。そして見習いのノアからは、記録紙を無駄なく切り分ける方法を考えた、と書かれていた。
「皆さん、手伝ってくれるそうです」
リゼットが言うと、向かいで地図を読んでいたユリウスが顔を上げた。
「君の工房は、ずいぶん頼りになるな」
「頼りにしているのは私のほうです。私ひとりでは、魔道具を二つ作るのが精いっぱいですから」
「二つで足りるのか」
「いいえ。王都の分岐を調べるなら、少なくとも十二個必要です」
ユリウスは机の上の設計図を見た。
そこには、以前の雨音記録器をもとにした新しい魔道具の図が描かれている。雨粒を受ける薄い膜の代わりに、水晶の細い棒を水路壁へ押し当てる。水が流れれば、管の振動が棒を震わせ、その震えが魔力の波となって銀板へ刻まれる仕組みだ。
雨音を拾う道具が、水路の鼓動まで拾う。
「雨が降らない夜でも、流れの変化を記録できる」
「はい。誰かが水門を開けば、遠くの装置にも振動が伝わります。水圧の急な変化も分かるはずです」
「はず、か」
「まだ試していませんので」
リゼットは胸を張った。
「だから試します」
翌朝、工房の裏庭には、グレンたちが運び込んだ材料が山のように積まれていた。
王都の貴族街にある大きな工房ではない。壁は古く、屋根の一部には補修の跡がある。それでも、作業台を囲む仲間たちの目は明るかった。
「雨音の道具で、水路の音まで聞くって?」
ミラが水晶棒を光にかざす。
「音ではなく振動です。でも、結果としては似ています」
「似ているなら、もっと簡単に言ってくれ」
「水路が何をしているか、耳を当てて聞く道具です」
「それなら分かる」
グレンが笑い、金具を打ち始めた。
ユリウスは工房の隅で、持ち込んだ地図に取りつけ場所を書き込んでいた。彼が職人たちの輪に入ると、最初は皆、少しだけ姿勢を正した。伯爵家の次男が、平民の工房で作業をすることに慣れていないのだろう。
だがユリウスは、気にせずノアへ声をかけた。
「この記録紙の切り分け方は、どのくらい時間を短縮できる」
「えっ、あ、はい。今までの三分の二くらいに」
「では、十二台分を用意できるか」
「やってみます!」
ノアが嬉しそうに答えた。
リゼットはそれを見ながら、水晶棒の先を細い銅線につないだ。雨音記録器では、一定の強さを超えた音だけを拾うよう調整していた。しかし水路の振動は、雨より低く、長く続く。
同じ仕組みでは、記録が一枚の線に潰れてしまう。
「振動の強さではなく、間隔も記録する必要があります」
リゼットは鉛筆を走らせた。
「水門が開くときは、最初に大きな揺れが来て、その後に流れが落ち着く。管が壊れている場合は、不規則な揺れになる。見分けるには、記録を二本に分けて……」
「魔力の流れを二つに分けるのか」
いつの間にか、ユリウスが隣に立っていた。
「はい。こちらは強さ、こちらは間隔です」
「それなら、同じ時刻に二種類の異常が残る」
「そうです。片方だけを書き換えても、もう片方と合わなくなります」
ユリウスは設計図を見つめた。
「一つの記録を信じるのではなく、別の記録で確かめる」
「ええ。それが、私たちの仕組みです」
彼は小さく頷いた。
「任せる相手を選ぶだけでなく、任せた相手の仕事を確かめられる仕組みも作る。君の言った通りだ」
試作機が完成したのは、日が傾き始めた頃だった。
裏庭の水桶に細い管をつなぎ、グレンが上の栓を開く。水が勢いよく流れ込むと、水晶棒がかすかに震え、銀板の上に二本の線が走った。
一本はなだらかに上がり、もう一本は一定の間隔で小さく刻まれている。
「成功です!」
ノアが声を上げた。
だが、リゼットは銀板を覗き込み、眉を寄せた。
「待ってください。途中で間隔が乱れています」
「栓を動かしたからでは?」
グレンが尋ねた。
「いいえ。栓を動かしたのはこの時刻です。乱れたのは、その少し前」
彼女は記録の端にある細かな震えを指で追った。
ユリウスが地図を広げる。
「工房の地下には、王都の旧水路が通っている」
「では、誰かが近くの水門を動かした?」
「この時間に、工房周辺の水門を開ける予定はない」
皆の間に沈黙が落ちた。
次の瞬間、装置がもう一度震えた。今度は強い波が銀板を横切り、二本の線が同時に跳ね上がる。
裏庭の水桶から、濁った水があふれ出した。
「水圧が変わった」
ユリウスが立ち上がる。
「誰かが、下流側で流れを絞ったんだ」
リゼットは銀板を取り外した。手のひらに、まだ水晶の震えが残っているようだった。
偶然の試験で拾った異常。けれどそれは、王都のどこかで水が動かされている証拠だった。
「この装置を、今夜中に増やします」
「疲れているだろう」
「水路は、疲れて止まってはくれません」
リゼットが答えると、ミラがすぐに工具を取り上げた。
「なら、私も止まらない」
グレンが笑い、ノアは新しい記録紙を抱えた。
ユリウスはしばらく皆を見渡していたが、やがて地図の空いた場所へ指を置いた。
「私は取りつけ場所を決める。明日の夜までに、王都全域へ配置しよう」
「ユリウス様が、皆に任せるのですね」
「いや」
彼はリゼットを見た。
「私も皆の一人として働く。君だけに任せるのは、もうやめる」
工房の外で、細い雨が降り始めた。
新しい魔道具は、雨音と水路の振動を同時に拾い、銀板の上へ二本の線を刻み続けていた。その線はまだ短く、意味も完全には読めない。
それでも、ひとりの手では届かなかった場所へ、仲間たちの手が伸びている。
リゼットはユリウスと並んで、次の水晶棒を組み立てた。
聞こえないはずの水の声が、今夜は確かに、工房の中央まで届いていた。




