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雨音を記す工房令嬢は、無口な水路伯爵と明日の街をつくる  作者: 銀細工ナギ


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11/20

私の名前で証言する

 議会へ提出した請願は、三日後に受理された。


 ただし、公開審査の日取りが決まるまでには、いくつもの手続きが必要だった。水利局から資料の真正性を問う照会が届き、記録器の製造元を明らかにせよという通知も来た。さらに、申立人であるリゼットの身分と雇用歴について、細かな報告を求められた。


 それらの書面を読んでいるうちに、彼女の指は冷たくなった。


「職人の証言は補足資料として扱う」


 水利局から届いた回答の一文を、リゼットは何度も見つめた。


「主要な証言者は、監督官資格を有する者に限る……ですって」


 ミラが紙を取り上げ、眉をひそめた。


「つまり、あなたを最初から証言台に立たせる気がないのね」


「技術の説明だけなら、記録器の設計図でもできると思われているのでしょう」


 リゼットはそう言ったが、自分の声がひどく遠く聞こえた。


 その夜、工房には珍しく静けさがあった。グレンは作業台に向かっていたものの、金槌を振る回数が少ない。ノアは帳簿を開いたまま、一行も書き写していない。ミラも窓辺に立ち、暗い通りを見下ろしていた。


 水利局の回答だけではなかった。


 帰り道、見知らぬ男に呼び止められた。丁寧な身なりをしていたが、目は笑っていなかった。


「職人さん、余計なことを話すと、工房の営業許可に差し支えるかもしれませんよ」


 脅しだと分かっていても、胸の奥に残った。


 営業許可を失えば、仲間たちの暮らしまで巻き込む。工房を閉めることになれば、グレンもミラもノアも、エドガーも行き場をなくす。自分ひとりの勇気で済む話ではなかった。


 翌朝、リゼットはユリウスを訪ねた。


 彼は水路管理局の古い倉庫を借り、証拠の整理を続けていた。銀板、帳簿、振動記録、各地の測定結果。それぞれを番号で分類し、議会へ提出する順番を決めている。


「私は、証言台に立たないほうがいいのかもしれません」


 リゼットが言うと、ユリウスの手が止まった。


「そう思った理由を聞いても?」


「私が立てば、あなたではなく工房が狙われる。仲間たちも巻き込まれる。技術の説明なら、あなたができます。私は設計者として書面を出せば……」


「それは、あなたの意思ですか」


「みんなを守るためです」


「質問に答えていません」


 責める声ではなかった。だからこそ、リゼットは目をそらせなかった。


 ユリウスは整理途中の書類を脇へ寄せた。


「私は以前、現場の人間に任せることを恐れました。失敗すれば責任を負うのは自分だと思っていたからです。その結果、現場の声を聞かず、制度の数字だけを信じた」


「その話は、もう……」


「聞いてください。あなたが黙ることを、私が安全のために望んではいけない。あなたの意思を、私の判断で決めることになるからです」


 リゼットの喉が詰まった。


 守られることは、時に声を奪われることと同じだった。ユリウスはそれを知っているから、彼女の前に答えを置かなかった。


「怖いのです」


「はい」


「証言して、言葉を曲げられたり、嘘つきと呼ばれたりするのが怖い。私の発明まで、身分の低い女の妄想だと笑われるのも」


「それでも、あなたが決めるべきです」


 ユリウスは静かに言った。


「立つなら隣にいます。立たないなら、その選択も守ります。私はあなたの代わりに戦うためではなく、あなたと同じ場所で戦うためにここにいる」


 倉庫の高窓から、薄い光が差し込んでいた。その光の中で、銀板の傷が細く輝いている。


 リゼットはそれを見つめた。


 消された雨音。奪われた設計図。名前を書き換えられた発明。どれも、誰かが「あなたの言葉には価値がない」と決めたことで、存在を隠された。


 ならば今度は、自分で決めなければならない。


 工房へ戻ると、仲間たちは何も尋ねずに彼女を見た。リゼットは作業台の前に立ち、ゆっくり息を吸った。


「私は、証言台に立ちます」


 グレンが目を細めた。


「本当にいいのか」


「怖い。でも、私が作った記録器が何を聞き取ったのか、私自身の言葉で話したい」


 ミラが小さくうなずいた。


「それでこそ、記録を作った人の責任ね」


「責任というより……」


 リゼットは銀板を手に取った。


「私の名前で、私の見たことを話したいのです」


 ノアが証言用の書類を机へ広げた。エドガーは筆記具を整え、グレンは記録器の内部をもう一度点検し始めた。


 誰も彼女の背中を押さなかった。誰も代わりに立とうとはしなかった。ただ、それぞれの場所で、彼女が自分の足で立つための準備を始めた。


 午後、議会から通知が届いた。


 公開審査は七日後。証言者として、リゼットの出席が認められた。


 紙を読み終えた彼女は、窓を開けた。雨は降っていなかったが、遠くの水路から澄んだ流れの音が聞こえた。


「聞こえる?」


 リゼットが尋ねると、ミラが隣に立った。


「ええ。消されていない音は、案外遠くまで届くものね」


 リゼットはうなずいた。


 七日後、彼女は自分の名前で証言する。誰かに与えられた肩書きではなく、職人として積み上げた手と耳と記憶を携えて。


 そして、記録から消された雨音を、もう一度この王都の中心へ響かせるのだ。

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